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特別なことは何もなくて

「休憩入りま〜す」


高らかに声をあげ、カバンを肩にかけた篠山えりかは店を離れる。


篠山えりかはデパートで洋服の販売員のアルバイトをしている女子大生である。


家から片道720円をかけてアルバイトに来ている。時給は900円。

稼ぐために来ているのか、散財するために来ているのか、わからない。

そして、特にこの仕事が好きというわけではない。


コミュニケーションが億劫な彼女にとってはむしろこの仕事は嫌いである。

でも、不思議と辞めずに続けている。


階段を降りてビル内の反対側まで歩いて裏に入ると、従業員用の休憩室がある。

休憩時間は40分。その40分で昼ごはんを平らげ、残りの時間はトイレに行ったりスマートフォンをいじったりと好きなように過ごす。


(働きたくないなぁ…)


腕時計を覗き込むと、14時47分。休憩は15時27分まで。


(…まあ15時30分に店戻ろ。)


コンビニで買った野菜弁当の蓋を開けながら、あと7時間勤務かぁと、ため息をつく。


篠山えりかは後期は週3回しか大学に行かない。

それ以外の4日をアルバイトで過ごす。別に働きたくもない職種で。


(そういえば課題やってないなぁ)


(今日入荷したワンピちょっと可愛かったかも…でもシュミじゃないし)


(就職どうしよ…)


などと支離滅裂なことを考えながら弁当にがっつく。


--------------------



休憩室を出て、ビルの中を歩いていたら、CDショップに目が止まった


あ…


high estの新曲


high estの新曲が店頭に置いてあった。

篠山えりかは思わず駆け寄る。

洒落たステンドグラスのような柄の派手すぎないジャケットである。篠山えりかはそれを手に取った。見本だったようで、想像していたよりも軽かった。


彼女がこのバンドに出会った当時、田舎だったせいなのか知っているものに会ったことはなかった。友人とカラオケに行っても、知っている人がいなくて盛り上がれないから、ということで一度も選曲したことはなかった。


それが今や、女子中高生のカリスマ、とすら呼ばれるようになった。


売れる前から好きだったバンドが売れると、なんとなく、自分の元恋人をあとからとられたような気持ちになる。


(JKやJCに何がわかるっての…)


元の場所に見本を戻すと、篠山えりかは少し歩いて、すこし振り返って、また歩き始めた。


(あとで、ダウンロードしよ)



-------------------


その後また2回目の休憩があり、21時30分に退勤した。

普段は早く帰りたいから早番を希望する篠山だが、1ヶ月前の篠山は何故だか遅番で希望を出した。


(やっと終わった。)


(明日早番だし…とっとと帰ろ)


今日の遅番は、篠山以外に社員2人。社員はまだ退勤していない。


「お先に失礼します」


苦手な愛想笑いを浮かべ、一礼してデータ処理をしている社員2人の前から去る。


「お疲れ〜」


「お疲れ様です」


1人だと気楽。別にバイト先の人が嫌いってわけじゃないけど。1人でいるのが一番楽。



ビルを出るとすぐに駅がある。

早く帰ろう。早く寝よう。


あっ…そういえばまだhigh estの曲ダウンロードしてない。スマートフォンの速度制限は…ああ、来てる。どうしよう。

早く聴きたい。世の中の誰よりも、出来るだけ早く耳にしたい。出来るだけ早く覚えたい。



ちょっと食べて帰るか…


きっとWi-Fiも使えるだろうと踏んで、ファーストフード店に行くことにした。


夜の歓楽街に出る。居酒屋の勧誘ばかり。それを避けながら、ハンバーガーショップに入った。


適当に注文して、適当に1人席に座る。


よし、Wi-Fi使える。


音楽サイトでコインを消費して新曲をダウンロードした。


今回の彼らの曲は、確か保険か何かとタイアップしていた気がする。

爽やかな応援歌。初めて知った頃とは打って変わってしまった気がするが、特徴的なイントロのメロディーは相変わらずだった。



「………俺の曲じゃん」


右側で声がした気がした。


「………?」


私に向かって言ってるの?篠山はちらっと横目で見た。


メガネをかけた、お兄さん…というにはもう少し上か。10歳は離れていそうな黒髪ですこしワックスでセットした髪型の無精髭の生えた男性がいた。

しっかりと篠山を見つめていた。


「え……?」


篠山はその顔を見て目を疑った。


「み…ずき?」


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