まるで何かをなくしてしまったような
あとで加筆修正を行うと思います。
スマートフォンが震え、パソコンの画面から目をそらし、右手に握られた箸を弁当箱に静かに置いた。
そして、彼はもぐもぐしながら、スマートフォンを手に取る。
『篠山えりかが画像を送信しました。』
SNSを開き、送信された画像を見る。
「……………」
その画像を保存すると同時に、再びメッセージが来る。
『昨日作った資料はこんな感じです。すいません、送り忘れてました(-ω-;)』
ちょっと画面を見てから、
『そういえばそうだったね!見させていただきます!』
と送る。
後ろから何か視線を感じると思ったら、やはり、見られていた。先輩。
「食事中にスマホ〜?」
「あっ、いえ、すいません!…行儀悪いですよね。」
彼は、思わず立ち上がった。
「野崎くん最近多いよ〜俺だからいいものの〜」
先輩にそう言われ、彼は頭を少し触ったり、反射的に笑顔を作った。
「いや…ははは。気をつけます。」
一瞬間が空いてから、
「篠山さん?」
その人物の名をあげた。
「あっ…そうです」
すぐに当てられて、うわぁ、と思うが、それ以外に当てがないのだから仕方がない。
ふーんと先輩は少し唸り、少し考えてから、その人物に対して覚えているわずかな情報をひねり出した。
「前、実習か何かで来た子だよね〜。野崎くんとこの大学の〜」
「はい。」
その程度の印象なのだなと思いつつ、
「勉強のこと?」
彼は、その篠山との連絡のやり取りを思い返す。
「まあ…そうですね。いろいろ聞かれますねぇ。」
「へえ〜熱心な子だね。」
本当にそう思ってるんだか、どうなんだか。
「そうですね。」
「他の話しないの?どこか行こうとか。」
出た。笑顔を絶やさない。内心を悟られないように。
「しないですねぇ。」
「え?そうなの?なんだよ〜」
「いや、なんだよーって…」
先輩があからさますぎて、思わず吹き出した。
「何かあったら言えよ。」
「何もないですよ。」
そう言って、再び椅子にかける。
何かあったら問題である。
この男は野崎裕太。社会人2年目で、市役所直営施設に勤務している、公務員である。
今は昼休憩中。さっきのは、今年から赴任してきた先輩。
メッセージを送ってきた子は、同じ大学で学部学科の後輩の女の子。在学中に会ったことはないが、先日実習とやらで1ヶ月ほどここに通ってきていた。
彼女はよく言えば一生懸命。だがしかし世間知らず。
野崎は時計を見て、弁当箱を閉じる。まだ時間があるから、ふたたびスマートフォンの画面を覗き込んだ。
資料です、と送られた画像を拡大してみる。
それは、パソコンで打ち込まれたものを印刷したものに、ボールペンか何かで手書きで書き込まれている紙の写真だった。急いでいたのか、少し字が汚い。
「…………」
すごいなあ。まだ学生生活が長いというのに、もう卒業論文のテーマ決めてるだなんて。
俺は締め切りの2週間前くらいで終わらせたのになぁ。
これは、いろんな人に言ってる鉄板のネタ。なんとなく、アウトローな感じが出る。4大を出ていて、一発で公務員になれたというところから、自分に対して過度な期待をして欲しくはない。
篠山さん、目の付け所がなんかずれてるんだよなぁ。すごく一生懸命だとは思うけど。
きっと彼女は要領があまり良くないのだろうな。
なんとなく、この人はこんなやつだと悟ってしまう。自分は俗に言う世渡り上手なのだろうが、誰とでもそつなくコミュニケーションを取れる反面、深く付き合える人間が何人とおらず、なんとなく残念な気持ちにもなる。
時計を見つつ、ちょいちょいとプリントの裏紙に書き込み、弁当を書き込んでから適当にサイトを閲覧して、それを印刷し、ついでに思い出したことを付箋に書いて貼り付ける。
まあ、今の所こんなもんだろ。
写真を撮り、篠山えりかに送信した。
俺は要領がいい。
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頼まれた業務をこなし、気がつくと定時。
最近は契約更新の書類作りでカンヅメなんてこともあったが、今日は定時で帰れるらしい。
社内をちらっと見回し、爽やかに挨拶をして去る。明日は珍しく平日なのに休みだ。休みは前日の仕事が終わった瞬間からやってくる。今日も疲れたはずなのに、心がうきうきする。
ちょっと寄り道して帰るか。
仕事場から駅まで歩いていく道中で、この後
、何をするかずっと考えていた。
なぜか、イルミネーションが見たくなった。
信号待ちと同時に、時間を確認するためにスマートフォンのボタンに触れる。まだ17時台だ。この時間に外でこの画面を見たのは久方ぶりで、なんだかうずうずする。
篠山えりかからのメッセージ通知が来ている。
内容を確認しようかと思ったが、信号が青になったのでスマートフォンの画面を切ってポケットに入れた。あとでいい。
…家と反対側だけどどうせ明日は休みだし、今からイルミネーションでも見に行くか。
明日行こうとすると、明後日は仕事だから嫌だし。
どうせなら、すごいのを。
改札をくぐり抜け、階段を駆け下りるとちょうど電車が到着した時だった。タイミング悪く、下車した人々に飲み込まれる。
が、幸いにも座ることができた。
やっぱ、社会に出てから腰悪くなったわ。整体にでも行こう。そしたら高校の部活以来だ。
ふう、と一息ついて、目を閉じる。
気がつくと、30分以上眠っていたらしく、目の前の人が変わっている。今どこだ?
…ああ、もうそろ降りよう。
スマートフォンを手に取り、メッセージを見た。
一度に複数の内容をやり取りしていたからか、4つほど通知が来ている。
『high estは、携帯会社のCMとか歌ってますよ!』
『あ、それなら聞いたことある!結構色んなCMの曲歌ってるんだね(^^)』
そう返した。最後の方が俺。
『動画とかも結構投稿されているんですよ。お忙しいとは思いますがよろしければ!』
ご丁寧に彼女はURLまでつけてくれている。
篠山えりか。
電車が停車、そしてドアが開いたのに気がつき、急いで降りる。
野崎が降りたのと同時に、人々がせわしなく電車に駆け込んで行った。
ホームを吹き抜ける風が冷たい。
階段を駆け下りて、確か毎年西口の方にイルミネーションがあった気がする。
………?
篠山さん?
改札に近づくと見たことのある人が見えた。向こう側、壁に寄りかかっている。
さっきまでメッセージをやり取りしていた相手だ。
『篠山さ…』
野崎が改札を抜けたと同時に、知らない男が篠山らしき女性に話しかける。
なんだ、待ち合わせていたのか。
…いや?
彼女は、なんだかちぐはぐなリアクションをしている。
うちの仕事場に来た時も挙動不審は否めなかったが…
俺と話す時はもうちょいちゃんとしてなかったっけ?
もしかして絡まれてるの?
野崎はスマートフォンを手にし、通話ボタンを押した。
「…………」
やはり出られるわけがないか、あの状況で。
そして、男は誘い出すようにして困った表情をした女を連れて行った。
え、いや、いやいや
行っちゃったよ…
篠山さん?だよな?めちゃくちゃ困ってるように見えたけど…
『篠山さんって今駅前の西口にいたりしないよね?』
スマートフォンの画面をタップして、そう打ち込んだ。
いやいやいや、何をやっているんだ俺は。
いや、でも、もし、万が一に、
さっきのが篠山さんで、篠山さんが絡まれて断れずについて行ったのだとしたら…
…違ったら笑い話だ。そう思い、送信した。
多分、こっちのはず。
2人の歩いて行った方に野崎も走る。
少し歩くと2人の男と女が見える。合っていた。それにしてもティッシュ配りがすごい。
篠山さん、ずっと下見てるな…縦1列になっていて、会話もない。
ティッシュを一つ受け取ると、他のティッシュ配りもどんどん野崎の方に渡しに来る。
ティッシュには怪しげなチラシが入ったものばかり。カバンに詰め込みながら、前方を確認する。
何やってるんだ俺は…
と思った途端、視界にまばゆい光が飛び込んでくる。
イルミネーション。
「うわぁ…」
青と白が中心に、時々赤といった感じか。綺麗だ。
はっとして、周囲を見回した。
多分あれだ、あの2人の影が篠山さんたちだ。
談笑しているように見える。
さっきの会話ゼロは一体なんなんだといった感じだ。
なんだ、そういうのじゃなさそうだな。
…いや俺何してるんだよ。
ちょっとこの辺見てから帰ろうかな…
「…………」
と思いつつも、気になってまたその2人を見ると、再び篠山らしき女性が困った顔をしていた。しかし、男は妙に必死そうな顔をしている。
もしかしてやばくないか?スマートフォンに手を触れる。
『篠山さん大丈夫?』
メッセージをそこまで打ち込んだところで、いや、だめだと思い、野崎は通話ボタンを押した。
耳元で音楽が流れる。
出てくれ、と念じていた。
必死そうな表情の男が、何かに気がついたらしく、篠山らしき女性に指図する。
「あっ…」
彼女はスマートフォンを取り出し、画面をタップしていた。
「…もしもし!」
篠山の声がした。その声を聞き、食い気味に言ってしまった。
「もしもし!篠山さん!」
少し息を吐いてから、落ち着き払った声で言う。
「久しぶり、野崎です。ごめん、何度も電話して。」
篠山は、不思議そうな声だった。
「いいえ、何かありましたか?」
なんとなく2人の直線上にいた野崎は、少しずつフェードアウトして、
「いや、なんかあったというか…」
電柱に寄りかかって座りながら話した。
「篠山さん今どこにいる?俺さっき篠山さんのこと見たかもしれないんだけど」
「は、はい!?」
篠山がキョロキョロしているのが見える。やはり本人だった。
「篠山さんが駅で男の人に絡まれてるの見て…声かけようか迷ったんだけど、すぐに行っちゃったし…」
「嫌そうだったから、気になった」
言ってから少し恥ずかしくなったが、面と向かってじゃないから、と言い聞かせる。
「平気?篠山さん。」
あくまでも冷静に。
「あっへ、平気です!すいません!ご心配おかけしました!」
なんとなく、触れないでほしいというのは伝わってきた。しかし、本当に平気なのかね…
「そう。ならいいんだけど、急にごめんね。あ、施設に行くこと、また近くなったら連絡するね。よろしく。」
「いいえ!すいませんでした!ありがとうございます!よろしくお願いします!失礼いたします!」
篠山は早口で喋り、うん、うん、またねと相槌を打っていたら電話が切れていた。
いや、なんだこれ…
耳に当てていたスマートフォンを離し、腕をブラブラさせる。
えっと…………
何やってるんだ俺。
今日何度も思っていたが、今、一番その思いが強い。
あと何で今少し残念だと思っているんだ?
別に、そんなつもりはないし、何の期待もしていない。
仕事場に来ていた篠山さんと、仕事場の外の篠山さんは違う。
それを突きつけられたことになぜかショックを受けていて、それは当たり前のことではあるのだけど、なぜか、悲しいような、失ったような感覚になる。
あの男は黙って一体誰なのだろう。




