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関係性

19時。


そして西口に彼女はいた。


やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


なんでこんなことになっているのかな。


篠山えりかは内心ばくばくしていた。


アルバイトが終わってから、暇つぶしにいつも休憩室に行く途中で通るCDショップに入ったが、high estの曲が突如として放送され、逃げるように出てきてしまった。


これは、きっと私が見た幻覚か何かなんだ、きっと。


きっと、19時30分になってもあの人はこない。


そして、私は家に帰る。


そう、それでいい。そうなるはず。



いつか、こんな感覚を味わったことがある気がする。


いや、過去なんてどうでもいい。そんなことは。


スマートフォンが震えた。


『あ、それなら聞いたことある!結構色んなCMの曲…』


野崎さんだ。


そういえば、休憩中に一度メッセージに返事をした気がする。


スマートフォンに繋がれたイヤフォンを耳に挿し、曲を流す。


あえて、high estは避ける。


メッセージアプリを開くと、メッセージをすぐに受信。どうやらWi-Fiが入っているらしい。


『high estは、携帯会社のCMとか歌ってますよ!』


最後に篠山が送ったメッセージがそれ。


『あ、それなら聞いたことある!結構色んなCMの曲歌ってるんだね(^^)』


野崎さんとの話題がhigh estとは、なんだかなあ。


『動画とかも結構投稿されているんですよ。お忙しいとは思いますがよろしければ!』


そう打ち込み、送信する。


なんとなく、これでインタビューに連れて行ってもらうまでやり取りはないかなあ、という感じがする。


曲を聴きつつ、スマートフォンの画面を切る。


ここは、たくさんの路線が通っている。商業施設も会社も学校も、たくさんあるせいか人通りが止まない、


おしゃれな人、綺麗な人、背の高い人低い人、老若男女さまざまな人が歩いている。


(この中に知ってる人とか、同じ学校の人とかいそう)


あまりの人通りに、うつむき、そんなことを思っていた。


「お嬢さん。」


曲の奥から、そう聞こえた気がする。


目の前に人影が見えて、篠山えりかは顔を上げた。


「よっ。」


ニット帽をかぶった男。


「あっ…」


清川瑞樹。


朝よりも彼の前髪が短くなっている気がした。


「こ、ここ、こ…」


こんにちはと言おうとしたが、今の時間ははたしてこんにちはなのか?とよぎり、上手く声にならない。


「本当に来てくれたんだね。嬉しいよ。」


そう、ぼそっと呟いてから、清川瑞樹は自分の左腕につけられた時計を眺めた。


「よし、遅刻してない。」


19時16分を指していた。


「あ、結構早くから待ってくれてたんだね。どうもありがとう。」


「え、えっと…平気です。」


なんだかおかしいって。


「……………」


「……………」


「……………」


「……………」


やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


沈黙に焦りを隠しきれない。


「…場所」


「は、はいっ」


「場所変えよっか。」


ちょっと間があいて、うん、と篠山えりかは頷いた。


「あっち」


さっきから終始、清川は怒っているのか笑っているのかよくわからない表情をしている。口元は笑っているような気がするが、への字のような気もするし、目は全く笑っていない。


人ごみの中を歩く。自分たちの来た方へ向かう人々、自分たちと同じ方へ向かう人々、様々な流れがある。


清川の後ろを歩いていて、篠山は妙に冷静に彼の服装を眺めた。


紺色のチェスターコートに、緩すぎないデニムにツヤのありすぎない革靴。それになりやら大切なファイルやら書類やらが入っていそうな大きめの肩掛けカバン。


やっぱり、きちんとした身なりで清潔感がある、と感じた。


…脚、細いなあ。


清川を眺めていた目線を下に落として、自分の脚も眺めてからなんとなく残念な気持ちになった。


「…うわぁ!」


前を向き、急に、視界に眩しい光が現れる。


イルミネーション。


「すごい。」


「ね。」


道中、ずっと黙っていた清川が、口を開いた。


「もう、イルミネーションやってるところあったんですね。」


「一年中やってるみたいだよ。」


「へぇ…知らなかった。」


篠山はキョロキョロ、あちこちを眺めた。

アルバイト先の最寄のはずなのに、同じ場所なのかというほど雰囲気が違う。


「ちょっとさ、1人だと来れないから、なかなか。」


少し、へらへらしながら清川は言った。


「たしかに…そうですね。」


篠山もつられて笑った。


光り輝いているとはいえ、周囲は暗く、顔が見えないせいかなんとなく喋りやすい気がした。


「あっ…でも、他の2人は?」


他のメンバー2人のことを思い出して、篠山は思わず口に出した。


「大林さんと、桃井さん!一緒に来ないんですか?」


清川は一瞬真顔になって、にかっとして、


「いや、野郎3人でイルミネーションだなんて!」


そう言ってからはははと笑った。


「いや、そんなことないですって…友達?とは違うと思いますけど…一緒に行ける人がいる時点で…」


空気を壊してしまう気はしたけれど、篠山がそう発し、


「え?友達いないの?」


すこし笑いながら清川はそう聞き返した。


「い…いません。」


「いや、さすがにいるでしょ。」


「い、いないです。こういうの見に来る人なんて。」


「…………。」


「ふうん…」



清川は息を吸い込んだ。まるで歌い始めるかのように。


「ま、そういうこともあるって。」


「俺はよかったよ、ここに来れて。」


言い切ってから清川はニコッとした。


つられて、篠山もニコッとしたが、ふと、気になったことを口に出したら。


「あの、なんで待ち合わせなんて。」


「…ああ。」


清川は後頭部を触って、髪を撫でるような仕草をしてから、


「なんか、めっちゃキモいんだけどさ。」


「えっと…」


「昼間に会った時、声かけなきゃならない気がして、篠山さんに。」


「……………」


「あ、うん。引くよね。」


清川はやっちまった、という感じに苦笑いしたが、篠山は冷静ではいられなかった。


「ちょっと、意味がワカリマセン」


篠山は頑張って声を発したが、棒読みになってしまった。


すこし沈黙してから、


「えっと…謝りたかった。この前の夜のこと…その、覚えてないんだけど…」


清川はそう言った。


「怖い思いさせて、ごめん。」


「えっと…はい。それは…平気です。」


「本当に?」


「はい。もう過ぎたことなので。」


「危害は加えていない?」


「加えられていな…」


記憶を遡ると何もされていないわけではない気がしてきた。


「え?加えた?」


清川がなんとなく青ざめているようにも見えた。


「加えられていない…と思います。」


「…………怖いな。」


ふう、と息を吐いて、もうぜってー酒飲まねえ。と清川は呟いた。


「あのさ、」


「は、はい」


清川の端切れがなんだか悪い。


「俺のこと嫌い?」


「え?」


「嫌いじゃない?」


「嫌いじゃないですけど…」


「じゃあ好き?」


「ぅゔえ!?す、すき??」


「好きじゃない?」


何言ってるのこの人…という感じで清川を見つめたが、何を考えているのかわからないような表情をしている。


「そ、そりゃ、好きです…けど…曲とか」


「それって、high estの清川瑞樹が、でしょ。」


「俺自身は?」


「え、ええええ???」


「篠山さんは、俺のことどう思ってるの。」


どう思うって、そんなこと言われても…


「え、えっと」


ヴヴヴ…


「その、清川さん個人のことはよく知らないですし…」


ヴヴヴ…


「嫌いとかじゃないですよ!どうしたんですかいきなり!」


「俺さ…」


ヴヴヴ…


「……………」


すごい勢いで篠山えりかのスマートフォンが震えている。


「…携帯見たほうがいいんじゃない?」


顔を背けながら、清川は言った。


「あっ…ごめんなさい。ちょっと失礼します。」


野崎裕太から不在着信がありました


野崎裕太から不在着信がありました


不在着信2件と、メッセージ3件。


画面にそう表示される。


な、なにごと?目を疑った。


指紋認証をすると同時に、電話がかかってきた。


「どうぞ。」


清川瑞樹がそう言ったから、篠山えりかはすこし会釈をして、電話に出た。


「…もしもし!」


「もしもし!篠山さん!」


爽やかでハキハキとした声が聞こえる。


「久しぶり、野崎です。ごめん、何度も電話して。」


「いいえ、何かありましたか?」


「いや、なんかあったというか…篠山さん今どこにいる?俺さっき篠山さんのこと見たかもしれないんだけど」


「は、はい!?」


篠山は周りを見回した。やはり、暗がりで遠くはなかなか見えない。


「篠山さんが駅で男の人に絡まれてるの見て…声かけようか迷ったんだけど、すぐに行っちゃったし…」


「嫌そうだったから、気になった」


あ、さっきの全部見られてたのか。ていうか私、嫌そうだったのか。


「平気?篠山さん。」


「あっへ、平気です!すいません!ご心配おかけしました!」


「そう。ならいいんだけど、急にごめんね。あ、施設に行くこと、また近くなったら連絡するね。よろしく。」


「いいえ!すいませんでした!ありがとうございます!よろしくお願いします!失礼いたします!」


電話を切り、ふう、と息を吐いた。


電話を切ると、目の前には清川瑞樹。


「あっ…お待たせしました」


さっきとは違って、すこしニヤニヤしている。


「ちょっと面白かった、電話出てる時。」


と、言ってから、


「彼氏?」


と突っ込んできた。


「え、いやいやいやいやそんなんじゃないです」


野崎さんが彼氏だなんてそんな、野崎さんはいい人だからきっと彼女の1人や2人いるしそれに私なんて後輩程度にしか思われてなくて


「じゃあなに?」


「あっ兄です」


「兄なの?」


「え!いや、兄…じゃないですけど兄的な存在で…」


とっさに自分から兄という言葉が出てむしろ篠山は驚いた。


「あっははは」


清川瑞樹はまさに、爆発スマイルといった表情をした。面白くて笑っている、というよりは安心しているように見えるのは気のせいだろうか。


「兄ね。とっさに出たから、本音だって信じてる。」


「え?」


「篠山さん、ほんと健気だよな。」


「け、けなげってまた…」


「健気だよ。誰も傷つけまいと必死になってて、一生懸命。それに無意識に相手の望み通りにしようとしている。」


「そんなんじゃないです!」


「そうじゃなかったとしても俺はそう見えたけどね。」


「私は…じっ、自分のことしか考えてないですし!」


「ははは、そうかいそうかい。」


清川瑞樹はへらへらしているが、次の一言は緊張感を持っている気がした。


「そういうの、俺好きかもしれない。」


「は、はい?」


好き?ってなにが???


………え、でもかも?かもってなに?


「俺のことどう思ってるのとか聞いてごめん。」


「えっと…」


「篠山さんを、ただの俺らの曲を聴いてくれているうちの1人で済ますのは無理だと思ったんだよ。もう、3回も2人だけで会っている。偶然にしては出来すぎている。」


「なにか、あるんじゃないかとか、思っちゃったんですか?」


失礼だったかな、と篠山は言った後に感じた。


「って、ごめん、まだ早かった。俺別にがっついてるとかじゃなくて…えっと」


清川は前髪を引っ張るような仕草をしてから、


「俺とメル友になって頂けませんか。」


ちょっと不安そうに発した。


「…はい。いいですよ。私なんかでよければ。」


篠山えりかは、すこし涙を浮かべた。


「でも、清川さん。そんなに簡単に、好きだなんて言っちゃだめです。悲しいから。」


そして、目をこする。


「なんて、生意気言ってごめんなさい。」


「いや、そんなことはない。」


「清川さんチャラいですね。」


「いや、そんなことないって…」


「high estの瑞樹と、清川さんは別です。」


「うん。」


「清川さんのこと、もっと知れるといいなって思います。」


「俺も、篠山さんのことをもっと知れたらいいなと思う。」


「いい友達になってくださいね。」


「…友達かぁ。」


「よろしく。」


2人の影を縁取るよう、細かにライトは光り輝いていた。

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