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互いに頑張っている

『はい、好きですよ』


-------------------


昨晩のことを思い出すと、なんだかにやけてしまう。

ただの、他愛もないSNSでのやり取り。


恋人でもなんでもないけれど、向こうがただ自分に合わせてくれただけなんじゃないかとは思うけれど、なぜかくすぐったい気持ちになる。


「篠ちゃん今日楽しそうだね」


ふと、篠山えりかは我に返った。


今はアルバイト中。私は販売員。売り場にいる。


「何かあったの?」


販売員の華奢で巻き髪で色白な先輩が棚の向かい側から話しかけてくる。営業スマイル付きで。


「あっはは…そう見えますか?」


ちょっと、恥ずかしいな、と思いながら篠山えりかは明後日の方向を見ながら笑ってごまかした。


「えっと、あれです。新しい服着てるから…」


「ああ!そうだね!この間入荷したのだよね、それ。似合ってるよ!」


篠山えりかはへらへらしながら、ありがとうございます…と会釈をする。


「今日、人少ないから頑張ろうね。」


先輩の言葉に、はい、と返事をする。


なんでこんなにへらへらしてるのかな。柄にもなく…


篠山えりかは、ふっと、息を吐いて気持ちを切り替えよう、と思った。


しゃきっとしよう、と思ったとき、篠山は頭の中でhigh estの新曲を流す。

明るい、爽やかな応援歌。なんとなく頑張れる気がした。

清川瑞樹本人の意向はどうであれ、篠山えりかの糧になっていることには違いない。


平日の昼前、なかなかデパートにやってくる人は少ない。


よし、と笑顔を浮かべ、篠山えりかが店の外に顔を向けて、通りがかりの人にいらっしゃいませと声を出す。


「あ」


バチっと視線が合う。


「え」


頭の中にいる人物と同じ声。目の前の人物は篠山えりかの胸元をチラッと見て、


「やっぱそうだ。」


とひとこと。


「ここでバイトしてたんだ?」


清川瑞樹だった。


それに合わせて、篠山えりかも自分の胸元に視線を落とした。篠山、と書かれたネームプレートが付いている。ああ、これを見たのか。じゃなくて!


顔を上げると、清川瑞樹が、「よっ」と言ってきた。


「え、えっと…」


急に頭に血が上ってきて、沸騰した感覚になる。何も考えられない。


「なんかよく会うね。」


清川はなんとなく察したのか、顔を背け、ちょっと声が小さくなった。

ちょっと篠山を見てから、


「声、高っ」


と彼はニヤニヤした。篠山えりかは、頭から湯気が出るような感覚がした。


「そ…そういう風にしなきゃなので…」


思わず自分の顔を押さえつけてしまった。

なんだかとても恥ずかしい。


「え?ちょ、」


急に清川は焦り、周りをキョロキョロと見回してから篠山えりかの顔を覗き込んできた。


「どうしたの急に?」


「な、なんでもないです…」


「いやいやなんでもなくないでしょ」


「え?待って泣いてるの?」


「泣いてないです」


「いや涙目だって」


「涙目じゃないです」


「うわあ涙流れてる」


「…………」


「え、ごめんごめん、うわ、俺どうすればいいかな」


やばい。






やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


0.8秒間くらいだったとは思うが、脳内はやばいで埋め尽くされている。


うわあ、びっくりした。何で涙流してるの…意味わかんない…。てか、これじゃ迷惑だ、いろんな方面に…おちつけ、おちつけ。


ごしごしと、目をこすって、篠山えりかは、大丈夫です、すいません。と、わらった。


清川は、篠山えりかの顔をまじまじと見つめてから、少し目を背け、うん、なら良かった。と言った。



「す、少しびっくりしました。」


少し声が上ずって、篠山は内心テンションが下がった。


「いや、びっくりは俺の方でしょ。」


清川は少し笑っている。今日はメガネをかけていない。少し前髪が長い気がする。今は何もセットしていない髪の毛らしい。


「………これから仕事なんだけど、ちょい観光しよっかなってね。」


清川はちょっと自分の前髪の毛先を引っ張るように触りながら、言った。


「そうだったんですね、お疲れ様です。」


そうだ、接客しよう。それなら、緊張しない。篠山はそう思いながらしゃべり続けた。


「レコーディングとかですか?」


「いや、雑誌の取材。」


「インタビューとかですか?」


「そう。」


何だか、篠山えりかには清川瑞樹の印象が違うように感じられた。


「そうなんですね!どん…」


「何時まで?」


「え?」


篠山の質問をさえぎり、清川がかぶせた。


「何時まで?」


少し近づいて、少し目線の高さを合わせるように、清川はもう一度言った。


「バイトのことですか。」


「そう。」


「えっと…18時まで…です。」


「19時30分までいられる?」


「はい、えっと…」


今日の予定、明日の予定、どうだったかなと頭の中で記憶を巡っていると、不意に、私は今、清川瑞樹と話しているんだよな?と意識する。


急に心臓が速く動く感じがした。


「えっと…何でですか?」


「だめ?」


食い気味に清川がそう聞いてくる。


だめと言ってはいけない気がする。


「だめ…じゃないです。」


清川はちょっと笑顔になって、


「じゃ、19時30分に西口改札前。」


急いでいくから。と、篠山えりかの耳元で囁いた。そして、ちょっとこちらを見てから、歩いて行ってしまう。


何度か見た光景。


「え、あ、はい。」


清川が見えなくなってから、篠山の声が出た。


な、何だ今のは。


何が起きたの。


頭の中が混乱している。


おかしい。


「篠ちゃん、今の人友達?」


「…にしては年が離れてそうだから知り合い?」


「え!?あ、そうです!」


無理やり笑顔を作ると、先輩はニコニコしながら、そうなんだ、と離れる。


な、


なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ


篠山えりかは、思わず店の裏側に引っ込んだ。


呼吸が荒い。


何が起きた?さっきの清川瑞樹?


瑞樹は仕事でここにきた?


仕事、までの暇つぶしか!


うん、で、なんで、ん?西口?


西口に19時30分?今日のこと言ってる?


なんで西口に19時30分?


私が、行くんだよね?


ん?どういうことだ??


今日の19時30分に、私は、清川瑞樹と西口に待ち合わせるの?

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