始まる
もし他人の幸不幸が見えたら、あなたはどうしますか?
もし他人の幸不幸を奪えたら、あなたはどうしますか?
他人の幸せを奪いますか?
他人の不幸を奪いますか?
他人から奪ったそれを、あなたはどうしますか?
たとえそれが――
〓〓〓〓〓
幸運とか不運は、天秤みたいに釣り合っていると思う。
幸せが起きれば、しばらくして不幸なことが起こる。逆に、不幸なことが起きれば、そのうち幸せがやって来るのだ。
本当にそうだったとしたら、俺は……。
「ねえ、あの人濡れてなぁい?」
「水溜まりを通り過ぎようとしたところで車が来たのよ。それで水がかかったわけ。さっき見たわ」
絶好調ならぬ絶不幸調である。
じゃあこの不幸の連鎖が終われば、ものすごく良いことが起きるかもしれないじゃないか。なんてことはない。
それじゃあ前にものすごく良いことが起きたのかと聞かれれば、残念ながらそうでもない。
自身の幸不幸は天秤のようだと言ったが、それ以外の様々な要因によって傾くことがある。
例えばポイ捨てだ。すぐそこにゴミ箱があるのに、楽をしようと地面に捨てるのだ。間違いなく不幸の方に天秤が傾く。
ポイ捨てしたら、近くにいたおばさんに見られて、警察に大げさに伝えられ不法投棄で捕まった。
じゃあにボランティア活動。苦労して苦労してゴミを拾ったり、老人を介護する。これは幸せの方に傾く。
休み時間の昼食やおばあちゃん達に貰った菓子が美味しかった。
そして俺が今不幸な目に遭っているのは、多分俺が家のゴミ当番を忘れたからだろう。
楽すれば苦あり、苦しめば楽あり。幸不幸は表裏一体。俺こと『東堂政』は、そんな人生を送っている。
「おっと、もう昼過ぎるじゃん」
俺はまだ手をつけていない弁当を持って会社へ戻った。
仕事が終わった帰り道、俺は困っていた。
目の前の横断歩道に落ちているハンカチ。さっきおばあさんが落としてしまったのだ。拾おうと思ったが信号が赤になってしまった。だがあの速さなら追い着くだろう。
やっと信号が青になった。あれは青というより緑だろうといつも思うのだが、そんなことは今はどうでもいいだろう。俺はハンカチを拾おうと手を伸ばした。
ヒュウウウと、風が吹いた。ハンカチが飛んでしまい取り損ねた。今度はちゃんとハンカチを取る。
「よし」
そして早速ハンカチを落としたおばあさんの下へ行こうと……
「ん?」
した時、真横からエンジン音が聞こえた。
車が、俺に向かって来ていた。
周りに人は、いない。
歩道の信号は、青。
運転手、眠ってやがる。
やっぱ最近の俺、不幸だわ。
〓〓〓〓〓
目を覚ますと、白い天井が見えた。周りから独特の臭いがする。間違いない、ここは病院だ。
昔はよく病院に来ていた。風邪とかでよく通っていた。
「兄貴! 起きたのか!?」
うるさいな、その声は弟か。学校はどうした。
ん? 弟以外にもいるな。ひょっとしてみんないるのか?
しばらくして医者が来て、何か、自分は誰なのかーみたいな感じの質問をされた。ここで『私は誰?』とかふざけてみるのも面白そうだと思ったが、今の俺にはそんな余裕はなかった。
どうやら俺は数ヶ月眠り続けていたらしい。かなり重体だったらしく、体は完治しても、意識だけは戻らなかったとか。
「あー、会社クビだろうなぁ」
「いいのよ、あなたが生きているだけでいいの」
そう言って母さんは俺の体に負担がかからないくらいの力で抱きついた。恥ずかしかったから引き剥がそうとしても、ずっと眠っていたせいで力が衰え、俺には抵抗する力がなかった。
当たり所が良かったお陰で俺はなんとか一命を取り止めた。今まで俺が不幸な目に遭っていたのは、あの事故から生き残るためだったのかもしれない。
なんてことを話していると、医者が咳払いする。すっかり医者の存在を忘れていた。
「それでは、私の指をよく見て下さい。何本立っていますか?」
「二本」
……ん?
「これは?」
「五本」
……ん?
「私の顔をよく見て下さい」
「はぁ」
……あれ?
「……はい、いいですよ。今のところ異常はないみたいです。ではこの後精密検査をします。よろしいですね?」
「は、はい」
振り向きざまの医者の笑顔に少したじろいだ。医者の背後から黒いオーラのようなものが見えるからだ。
両親の方を向く。母さんと親父の周りは少し光っていた。どういうことだ?
弟は……真っ黒だな、オイ。
妹は、後光が射している。あいつは仏か。
その日から、俺は他人をよく見るようになった。
「あの人、黒。あの子、光ってる。あのじいちゃん、真っ黒。あの人……可愛いなぁ」
他人をよく見ると、見た相手の背後、というか周りが黒く見えたり光って見えたりする。俺は暇潰しついでにその規則性を調べることにした。
調べた結果、規則性はわからなかった。
同じような性格でも、同じような顔でも、黒かったり光っていたり様々だった。
「やあ、リハビリはどうだい?」
そう、俺は数ヶ月の間眠っていたせいで筋力が衰えていた。だから俺は週に数回リハビリをしている。
怪我は大分治ったのだが、医者が難しいことをあれやこれや言って無理矢理入院を続けさせられた。まだ退院してはいけないほどの傷があるのか、もしくはこの病院は俺から金をむしり取りたいのか。どうか前者であって欲しい。
「まあ、なんとか」
そして目の前にいるのが、俺に入院を続けさせている張本人である医者だ。俺が目を覚ました時に検査をした医者である。
「そちらの方も、大丈夫でしょうか?」
「いやぁ、実は先日逆の肩も脱臼してしまったんですが、まあ、なんとか」
お互いに笑い合う。
あの医者、あの日の翌日に何もない所でつまずき、体を守ろうと腕を伸ばし地面に手を付いた瞬間に脱臼してしまったらしい。そして昨日は逆の肩をやってしまったようだ。
「それじゃあ、また」
「あ、はい」
俺は少しよろめきながら歩く医者を見た。
……ん? 前は黒かったのに、今は光っているぞ?
やはり何かある。俺はそう思った。
俺が考えて至った結論はこうだ。
あの黒と光は、人によって纏う種類が違うわけではないようだ。黒くなれば光っている時があり、逆の場合もある。
今度は、あれが変化するのには何か条件があるのだろうと考えた。
「お兄さん、どうしたんですか? さっきからボーッとしてますけど」
「その声は我が妹でないか……て、うお!」
前を向くと、目の前に妹がいた。妹の後光は強過ぎて目を細めてしまうくらい眩しかった。俺は思わず視線を逸らした。
実はあの光と黒は、見る相手を意識しないと見えないということがわかった。だから妹を極力見ないようにすればあの太陽光のように眩しい光は見えなくなる。
そう、意識したらダメだ。心を落ち着けるんだ。
「いや、少し考え事を」
「そうですか。お父さんもお母さんも家でずっとお兄さんのこと心配してますよ」
「ああ、なるたけ早く退院するさ」
「本当にそうだよ。さっさと退院して働いて貰わないと、これからの生活が苦しくなる」
と、俺に嫌味を言ったのは俺の弟だ。
顔、イケメン。性格、悪い。まあそんなやつだ。
「ちょっと! お兄さんはクビになりたくてなったんじゃないんだから、そんなこと言わないの!」
「フォローになってないし、本当のことだろ」
しかし、こうやって並ぶと二人とも本当に美形だな。多分顔やスタイルとか良いところは全部あの二人が吸収してしまったんだろう。
「いや、いいんだよ。本当のことだし」
「でも……」
「ほら、お前らもう帰れ。親父と母さんが心配するぞ」
「わかりました。ほら、行くよ」
「待った。僕はまだ兄貴に話が――」
弟は自分の腕を引っ張る妹を振りほどき俺に近づいて来た。そして俺に何か言おうとすると……
「ぐほぁ!」
後ろから子供達が思いきり弟にぶつかってきた。俺に何か言おうとしたところでの不意討ちだったので、弟は妙な奇声を上げた。
「だ、大丈夫か?」
「へ、平気だ」
「そ、そうか。それで、話って何……」
「もういい!」
弟は怒ったまま帰って行った。
走るのではなく早歩きだったのには少し感心した。
「ん?」
弟を見た時に俺は気づいた。
弟の周りの黒いオーラみたいなのが少し薄くなっていたのだ。
あれはどういうことだったのだろう。
真っ黒だったものが少し真っ黒に変わっていた。あれが変化する前と後の間に何があった?
「……後ろから子供がぶつかってきた」
考えられるとしたら、それしかなかった。つまり黒いのは子供とぶつかったら薄くなるのか?
「いや違う」
俺はあの医者を思い出す。彼が子供と交流するところは見たことがないし、そもそも彼は子供に怖がられている。見ていない時に黒いのは変化していない。
「脱臼?」
そう言えば、医者が一回目の脱臼をした後、黒いのが薄くなっていた。そして二回目になると光っていた。
「黒いのが薄くなっていくと、やがて光る。ということだな」
弟と医者、この二人の共通点はなんだ?
「ん~……」
頭が痛くなってきた。病室に戻って寝よう。
「なんだか冴えない顔をしているな。どうかしたか?」
病室のベッドで不味い病院食を食べていると、向かいのベッドにいるじいさんが俺に話しかけてきた。
「いや、やっぱ病院食はなれないなぁと」
「ハハハ、そうかい。でもワシは毎日残さず食べている。だが、運動なんてしていないから少し太った気がするわい」
そう言ってじいさんはまた笑った。じいさんの周りは少し光っていた。
「それで君はどうして入院なんかしているんだ?」
「それ聞きますか?」
「なに、病院内でのコミュニケーションみたいなものさ。ちなみにワシは持病~」
「俺は車に轢かれました。今はこの通り元気ですよ」
俺は病院の二階の病室にいる。この病院は上の階ほど傷や病気の重い人がいる。二階程度の病室にいる人達なら怪我や病気は笑いの種だ。だがそれでもここは病院だ。基本的には笑い話にはしてはいけない。
「おっと、これはすまん」
「いいんですよ。代わりに少し質問していいですか?」
「ああ、いいとも」
じいさんの了解を貰い、俺は質問した。
「じいさんって、一度死にかけたことはありますか?」
「あるにはあるんだが、餅の喉に詰まらせたくらいだな」
「そうですか。まあそれで、死にそうになった直後に変なものが見えるようになったことってありますか?」
「三途の川か? いや、ないな。君はあるのか?」
「いえ、俺もありません」
会話が終わったのと同時に食事も終わり、看護師が来るのを待とうとした時、誰かがこの病室に入ってきた。
「おじいちゃん」
「おお! 来たのか! ほら、こっちにおいで」
九歳くらいの、明るい女の子だった。
「お孫さんですか?」
「ええ、時々こうして病院に来てくれるんだよ」
「へぇ」
俺でも家族が入院しても滅多に来ないのに、子供がこうして病院に来てくれるなんてな。感心する。
そう思いながら女の子を見ると、女の子はじいさんに寄って服を強く掴んだ。人見知りのようだ。
「ハハハ、すまんな」
「いえ、いいんです」
「ねぇ、おじいちゃん。おじいちゃんはいつお家に帰れるの?」
「うん、前にも言ったけどね、明日手術してね、お医者さんが私の病気を治してくれるんだよ。だからもうすぐお家に帰れるよ」
「そうなの? やったぁ!」
女の子は両手を挙げて喜んだ。
「そうだ! 手術が終わったら、おじいちゃんにいいものあげる!」
「おっ、何かな?」
「ないしょー!」
その後女の子は家での生活を教え、途中からここに来た、女の子の母親と一緒に帰って行った。
「手術、成功しますよ。絶対」
「そうかい。ありがとう」
「ええ」
あの女の子を見て気づいた。あの光は良いことをした時に現れる。そしてあの光を持っている人には良いことが起こる。人の幸運が形になったものだったんだ。逆に黒いのは不幸の形。何か悪い事をしたりすると黒くなる。黒いのを持ってると悪いことが起きるのだ。
女の子もじいさんも、まぶしいくらいに周りが光っていた。
数日後、じいさんはこの病室からいなくなった。
無事、退院したのだ。
「寂しくなるなぁ」
この病室で唯一ちゃんと会話できた人だった。他の人とはあまり会話をしない。じいさんはよく病室の人達と話をしていた。じいさんがいなくなると、たちまちこの病室は静かになった。
「やあ、久しぶり」
漫画でも読もうと病室から出ると、あの医者に出会った。
この力のことは医者にも言っていない。言っても信用しないだろうし、信じてくれたとしても変な検査をされるだけかもしれないからだ。
「肩、治ったんですか」
「まあね。これでやっと仕事ができるようになったわけさ」
「また脱臼しないで下さいよ」
見ると、医者の周りはまた黒くなっていた。
「気をつけるよ。あとね、君ももうそろそろ退院できるよ」
「本当ですか!?」
「うん。次の検査で問題がなければね」
「そうですか。検査はいつですか?」
「明後日くらいの予定だよ」
「ありがとうございます」
医者と別れた俺は漫画を読みに行かずにそのまま病室に戻った。
明後日、検査をして問題がなければ家に帰れる。だがその前に、この俺の目についてもっと調べなければならない。家に帰れば仕事探しだ。こんなことを調べる時間がなくなるかもしれない。
とりあえず、この力についてまとめておこう。
まず、俺には意識して見た相手の周りにあるオーラのようなものが見えるようになった。人によって光っていたり黒かったり、光や黒さが濃かったり薄かったりする。
そしてこの光と黒、どちらを持っているかでその先の運勢が変わる。光を持つ人は近い内に幸せが起こり、黒を持つ人は不幸が起こる。幸不幸が起これば二つはだんだんと弱くなっていき、最終的に光は黒に、黒は光に変わる。今まで見てきた中だと、ほとんどの人が一~二週間には変化していた。弟と妹は他と違い変化はなかった。
いまだに俺が何故こんな力を持ってしまったかは不明だ。まあ他人の幸不幸が見えたところで困ったことは何もないから気にしないでおこう。
二日後、とうとう検査の日がやって来た。
「やあ、今回は私が君の検査をすることになったよ」
またあの医者が俺の前に現れたかと思えば、医者は俺にそう言ってきた。
俺は医者をじっと睨んだ。周りが少し光っている。
「小指でもぶつけましたか?」
「うっ、なんでわかったんだい?」
「そんな顔をしていました。それよりもこの検査、あなたに見られるのはちょっとね……」
「そこは慣れだと思うよ」
短い間にこれだけ不幸がふりかかっている医者に見られるのは嫌なんだよ。
検査は無事終了。怪我もとっくの前に完治していたのでこれといった体の異常もなく、晴れて退院することになった。
帰宅して二日後、俺はバイトを探し始めた。前に勤めていた会社はクビになった。まったく、とんだブラック企業だったぜ。
俺はハローワークを抜け出し図書館に来ていた。静かな所に行きたかった。公園のブランコも良いかなと思ったが、まだまだ若い俺があそこに座るには早すぎると思った。
図書館に入ったからには本を読まなければならない。中をうろうろしながら目に入った本を取っては読んだ。
手に取った本はどれもおかしな内容だった。『人の幸福』だとか『幸せの本』だとか、なんとなく怪しげなタイトルばかりだ。だがその中で一番頭の中に残った言葉がある。
『幸と不幸は常に不平等に分けられる。しかし全体として見ればその和は0である』
再び図書館をうろうろしていると、子供が手を伸ばして本を取ろうとしているのが見えた。一度脚立を使おうとしていたが、一段目を登ったところであきらめた。落ちそうで怖いんだろうな。
「どれが欲しいんだ?」
見ていられなくなったので代わりに取ってやることにした。本を渡すとその子は頭を下げて感謝してくれた。素直に感謝してくれたのは久しぶりだったから、嬉しくなって頭を撫でてやった。
すると子供が持っていた光が増していった。
俺は驚いて後ろに飛び退いてしまった。すると光はそれ以上増すことはなかった。
「おかえりなさい。仕事見つかった?」
「ただいま母さん。まだ仕事は見つかってない」
というより帰って早々その話はしないでほしい。俺だって早く仕事を見つけたいんだ。このまま親に養われ続けるのはゴメンだ。
皆よりも先に風呂に入った。気持ちを落ち着けるためだったが、気づけば事故の後の出来事について考えを巡らせていた。俺はこれからこの目と手にどう付き合っていけばいいのだろうか。この手は多分人の運を自由に操ることが出来るんだ。それだけに怖い部分もある。不用意に人に触れれば最悪な結末が待っているかもしれないのだ。
そこで俺は考えを止めた。何か引っかかった。どのあたりだろうか。思い出せ。思い出さないと手遅れになってしまう気がする。
……運を、操る?
運を操る。俺の引っかかりの正体はこれだった。何かおかしいと思っていた。そもそも幸運とかが見える時点でおかしいのだが、とにかくそこに疑問を持ったのだ。
他人の幸せを下げる。不幸を上げる。ただそれだけなのか?
『人々の幸と不幸の全体の和は0』
それはつまり、こういうことだ。
「俺が誰かに幸運を与えれば、誰かが不幸になる」
俺は風呂から飛び出し、体を拭いてから鏡に映る自分を見た。今の俺の周りは真っ黒だった。
服を着た後、俺は弟の部屋に行った。
「なんだよ」
「すまん」
一応謝ってから俺は左手で弟の頭を撫でまくった。図書館で子供の頭を撫でた時は右手で、その時は光が増していった。予想通り左手は相手を不幸になりやすくするようで、元々黒かった弟の周りがさらに黒くなった。抵抗する弟を抑え込み、これぐらいかというところで止めた。
「何すんだよ!」
「すまんすまん。中々仕事が見つからないからヤケクソになってな。お前の頭を撫でて落ち着こうとしたんだ」
「八つ当たりじゃねえか!」
弟に聞こえなくなるまで笑い続け、一階に降りたところで風呂場に行り鏡を見た。俺の周りはぼんやりと光っていた。
俺は笑っていた。弟にした嘘笑いではない。この事実に、文字通り頭がおかしくなったんだと現実逃避した。いや、これは絶対に現実ではない。こんなのありえない。これを使えば、やり方次第で他人を幸運にも不幸にもできる。しかしその代わり、俺自身が不幸にも幸運にもなるわけだ。
その後、睡魔に襲われとりあえず寝ることにした。何年かぶりに早めに眠ることができた。
「政。今日こそ仕事見つけてくるのよ」
「わかったよ母さん」
退院してから母さんは俺に弁当を作ってくれるようになった。仕事探す間は家にいないし、俺は現在無職なわけで、帰りにくいのだ。だからこれはきっと母さんなりの配慮なんだろう。俺は母さんの作ってくれた弁当を受け取ろうとしたその時、俺の手が母さんの手に触れた。
「うわぁ!」
俺は咄嗟に手を引っ込めた。よかった、何も変化はない。
改めて俺は弁当をもらい家を出た。
結局、今日も仕事が見つからなかった。なかなか思い通りにいかず、もうバイトにしようかと諦めかけていた。
コンビニに寄って求人の雑誌を手に取る。きっと全部、入ろうと思えば入れるんだろう。でも全部バイトなのだ。非正規雇用で給料は安い。男衆の中で俺だけ職がないなんて恥ずかしい。それにもしそうなった時、弟は俺を見るたびどや顔をするだろう。そんな顔は絶対に見たくない。
コンビニを出ると、母さんが買い物をしていた。今日の夕飯のために商店街に行っていたようだ。帰りの途中のようで、おばさん達と世間話をしている。そういや俺が無職になっても母さんはいつものように笑顔でいた。まだ就職先見つからないと言っても、母さんは変わらず弁当を作ってくれた。
「何かお礼しないとなあ」
買い物袋を持つのを手伝おうと母さんを追いかけた。
そこで俺は違和感に気づいた。
少しずつ、母さんの周りの光が薄くなってきたんだ。そして消えかかったところで、急に真っ黒になったんだ。
「おいおい、待てよまてよ!」
俺は走って母さんを追いかけた。だがこの時間帯は人が多く、なかなか前に進めない。そうしている内にどんどん黒くなっていく。どんどん、どんどん……。
「母さん!」
母さんは俺に気づき、小さく手を振った。
まっすぐ母さん達に向かってくる車を背景にして。
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もし他人の幸不幸が見えたら、あなたはどうしますか?
もし他人の幸不幸を奪えたら、あなたはどうしますか?
他人の幸せを奪いますか?
他人の不幸を奪いますか?
他人から奪ったそれを、あなたはどうしますか?
たとえそれが、大切な人達を不幸にする力でも、あなたはそれを使い続けますか?
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「この『手』の力、素晴らしいとは思わないか?」
「はい。それがあれば、貴方はこの世界を支配できるでしょう」
「そうだな。だが私の他にも似たような力を持つ者達がたくさんいるらしい」
「はい。調べた結果、貴方も含めちょうど百人がそれらしき力を持っていました」
「この力は間違いなく私の脅威となる。明日から行動を起こせ」
「すでに始めております。しかし向こうの方も自身の能力に気づき始めているらしく、少し時間がかかるかと……」
「それで良い。優勢すべきことはあくまで私の安全だからな。……フフッ、まあとにかくーー」
今はこのゲームを楽しむとしようか。
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