強さの基準
「あんたらなに男同士でくっついてんのよ・・・汗臭いわね」
康太と船越がそんなことを話している中、やってきたのは文だった。ちょうど部活の休憩時間なのか、それとも康太がここにいるのを知ってやってきたのか、どちらかは不明である。
ちょっと詰めなさいよと、さも当然のように同じベンチの康太の横に座ると、二人を横目で見ながら目を細めていた。
「なに?進路相談でもしてたわけ?一年相手に随分早いのね」
「いやいや、こいつが俺に熱い視線を送ってきてたから注意しただけだって。俺にはもう心に決めた人がいるからお前の気持ちは受け取れないって」
「え・・・船越君ってそっちの趣味あったんだ・・・」
「そんな趣味ねえよ!っあ、いやないっすよ!でたらめやめてもらえますか!?」
「なんだよ、でもぶっちゃけ周りからはそう思われてたんじゃないのか?あんだけじろじろ見てたらそりゃ疑うよ」
周りの人間が気づいていたかはさておいて、少なくともずっと見ていたのは間違いない。もし気づいているものがいれば船越が康太に対して視線を向けていたという事実を曲解して受け取っていても不思議はない。
部活も違えば学年も違う、そんな人物になぜ視線を向けるのかと聞かれると、あまり理由が思い浮かばないのも事実である。
「まぁ船越君、私としては恋愛は自由だと思うわよ?でもこいつはダメよ?こいつは私のだから」
「だから違・・・ん・・・?あれ?先輩らって付き合ってるんすか?」
「あぁ、言ってなかったっけ?付き合ってるぞ」
購買部の近くのベンチ、文がすでに周囲に一般人が近づかないようにしているとはいえさも当然のように付き合っていると公言できる程度には、文も康太もこの関係に慣れてきている。
周りからすれば今までの関係が変化していないように見えるために驚きの事実なのだろう。船越のように今年度から康太たちを見ている人間からすれば普通に驚きの事実のようだったが。
「えと・・・俺、お邪魔ですか?」
「先に話してたのはあんたたちなんだから堂々としてなさい。ちなみに本当のところは何の話してたの?」
「いやだから船越君の特殊な性癖について」
「そういう嘘はいいから。どうなの船越君」
康太の冗談を完全にスルーして文は船越に話を振る。先ほどの発言が冗談であると理解してくれているということを知ったからか、船越は少し安堵した表情を作っている。
この人はまともな人種なのだなと、文の評価を改めていた。
「いや・・・なんていうか・・・八篠先輩って・・・強いじゃないですか・・・だから、なんか参考になればいいなって・・・」
「・・・参考・・・ねぇ・・・こいつを参考に・・・ねぇ・・・」
文が康太に視線を向けると、康太は渾身のどや顔をしながら『参考にしてもええんやで』というかのように自分自身に親指を向けている。
康太は参考にしてはいけない人物筆頭だと文は考えているのだが、そのあたりは今更というべきだろうか。
「まぁ・・・うん・・・強くなりたいっていう意味ではこいつはいい見本かもしれないわね。ぶっちゃけこいつは努力でここまで強くなったタイプだし」
「そうなんですか?」
「初期のこいつを知ってるとそう思うわ。あの状態からここまで強くなったのは紛れもなくこいつの努力のおかげよ。もちろん環境っていうのもあるけどね」
康太の周りは良くも悪くも学びやすい環境が出来上がっていた。小百合を始めとして春奈、奏、幸彦、智代など、康太を指導し導く人材には事欠かず、訓練する場所も最初からそろっていた。
そういう意味では学ぶ環境に関しては最適に近いものがあっただろう。それに追加して康太自身も渋々ながら努力したのが実を結んだからこそ今の強さがあるのである。
「じゃあ・・・俺も八篠先輩と同じ努力をすれば強くなれるってことですか?」
「・・・あー・・・うん・・・そうね・・・うん・・・死ななければそれもいいんじゃないかしら」
「死・・・え?・・・死・・・?」
「失礼なこと言うな。一応一日に何度も気絶させられるだけで殺されることはないぞ。殺されそうになったことはあるけど」
「普通の魔術師の訓練はそういうのはないのよ・・・今の双子を見ててわかるでしょ?毎日ヘロヘロになりながら頑張ってるじゃないの」
小百合のところに土御門の双子が通い始めてもうすぐ一カ月になろうとしている。毎日ボロボロになりながら、毎回のように痛めつけられながらも徐々に小百合から直接殴られる回数を減らし、それでもやはりボッコボコにされている。
もはや何の修業かわからなくなっているが、二人としても少しずつではあるが小百合の剣を見切れるようになってきていることが嬉しいのか、傷だらけになりながらも高い頻度で小百合の店に訪れている。
あの根性はいったいどこから来るのか、それよりもあそこまでボロボロにされて土御門の人間は何も言わないのか、少し気になるところでもある。
「・・・その双子って・・・先輩の兄弟弟子ですか?」
「ん?いやいや、ちょっとした知り合い。師匠のところで鍛えてくれって言われてて、それで少し研修に来てるだけだ。ほぼ毎日頑張ってるよ」
小百合の下で訓練している人間は康太たち直弟子だけではなく、文や土御門の双子など部外者も含まれる。そして指導するうえで方針などもしっかり決めて訓練している。そういう意味では小百合は案外面倒見がいいのかもわからない。
「・・・あの・・・先輩のところで俺が修業つけてもらうことって・・・できますか?」
「・・・一応聞いておくけど、それでうちになんかメリットあるのか?」
メリットという言葉に船越は少しだけ言葉に詰まってしまっていた。
康太たちからすれば貴重な時間を割いてまで誰かを訓練することに意味などない。一日中暇している小百合の時間が貴重かといわれると微妙なところだが、少なくとも康太たちの訓練の時間を減らしてまで部外者の訓練をする意義を見出せなければそれをする意味はないのだ。
「その双子ってのを鍛えてるのには何かメリットがあるんですか?」
「あるな。そいつの家、かなり有名な魔術師の家系なんだよ。そこに対するコネっていうのと、そいつら自身がかなり素質の高い魔術師だから将来的にもつながりを作って置けるって意味でうちのメリットは大きい。ついでに言うと師匠の個人的な知り合いだしな」
小百合は晴と明が赤ん坊のころから二人のことを知っている。そういう意味もあって二人を鍛えているというのもあるのだろう。
そういった特別な理由でもなければ小百合が部外者を指導することはありえない。
「でも確かに理由でもない限りはよその人間を指導するなんてありえないものね・・・当たり前っちゃあ当たり前なんだけど」
「・・・あの・・・鐘子先輩は八篠先輩より強いって言ってましたけど・・・鐘子先輩はどうやって訓練したんですか?」
「え?あー・・・私の場合は・・・良くも悪くも実戦が多いかしら・・・普段からしてこいつ相手に実戦訓練やってるし、時折依頼で戦ったりもするし・・・そうやって試行錯誤してるうちにいろいろ思いつくのよ」
「・・・やっぱ実戦に出ないとだめですか・・・」
「ダメとは言わないわ。実戦を経験してなくても強い人っていうのはいると思うもの。でもやっぱり実際に魔術師を相手にすると、練習通りにはいかなかったりするし、相手の動きによっても対応を変えなきゃいけないから、そういう経験をする意味でも実戦は貴重よ」
「・・・この間のあれは実戦って言えますか?」
「いえないわね。あんなの戦いですらないわ。言い方悪いけど、プロの選手が小学生相手にしたのと同じ。参考になる以前の問題ね」
「・・・そこまでですか・・・」
「そりゃそうよ。こいつは去年一年間普通に魔術協会で依頼受けてガンガン実戦に出てたのよ?ぶっちゃけ経験値も実力も違いすぎるわ。船越君がこいつを圧倒的にしのぐほどの素質と才能を持ってるっていうなら、その差を埋めるか、上回ることくらいできたかもしれないけど・・・そういうわけでもないでしょ?」
「・・・はい・・・平均より少し上程度だと師匠からも言われました」
魔術師としての素質が文のように高い値を持っていれば、かなり有利に魔術師としての活動をすることができるだろう。だがそうでもないのなら技術を磨くほかない。
「船越君のところの師匠の教育方針はよくわからないけど、最低限実戦を経験しておくのもいいことだと思うわよ?今度お師匠様にお願いしてみたら?たぶん無碍にはしないと思うわよ?」
「うす・・・言ってみます・・・」
他の師弟関係に口を出すわけにはいかないが、先輩としてある程度アドバイスをする程度はいいだろうと文は考えていた。
もしかしたら蝶よ花よと育てるつもりなのかもしれないが、船越の体格や気性からしてそれは考えにくい。
もっとも、学生時代はたいていが修業期間であるためにその時期にわざわざ実戦に出るような危険を冒す必要もないのだ。
康太や文が特殊な例なだけである。その証拠に康太も文も同年代から近い年代の魔術師が協会で活動しているのをほとんど見たことがない。
「まぁ、実力も定かじゃない新米魔術師にどんな依頼があるかって言われると微妙なところだけどな・・・最初は身内の中での依頼の手伝いとかになるよな」
「そうね。私たちの場合しょっぱなに事件に巻き込まれたっていうのが大きいかしらね・・・そこからはほとんど身内関係の依頼だったし」
「やっぱりそうなりますか・・・なんか魔術師って感じがしないですね・・・お手伝いって感じで・・・」
「そうだな、最初はバイト感覚だよ。そこからちょくちょく実績を重ねて・・・途中からだよな、支部長からの依頼が増えたの」
「そうね、いつ頃からだったかしら・・・?もう覚えてないわ」
「・・・支部長って・・・日本支部の?」
「そうそう、うちの師匠が支部長と昔からの知り合いっていうのもあって結構俺らに話が回ってくるんだよ。って言っても俺らもまだ未熟だからそこまで大した依頼は回ってこないけどな」
現段階で康太たちに支部長からの仕事が回ってくるのはひとえに信頼度という意味合いも大きい。
最近魔術協会の中で少々不穏な動きのある中、信頼できる魔術師を探し、なおかつ戦闘能力と調査能力を兼ね備えた人材を探した結果康太たちにお鉢が回ってくるというのが現状である。
そこまで難解な内容というわけではなく、場合によってはもっとほかにも適任はいるのだろうが、そのあたりは支部長としても頭を悩ませているところなのだろう。
康太のように魔術師になった瞬間から見ている魔術師で、なおかつ小百合の弟子ならば妙なことは考えないというのが支部長の考えなのだろう。
実際当たらずとも遠からずなのだろう。多少扱いが難しいことくらいでそれ以外は信頼できる位置を康太は確保している。
若干小百合寄りの評価になってきているのは不本意だが、それも仕方のない話かもわからない。
「へぇ・・・俺らと同い年のやつがそんなことを・・・」
「そうそう。結構いろいろ悩んでるっぽかったな・・・なんていうかうらやましい悩みって感じだったよ」
康太は小百合の店で休憩している土御門晴に今日の船越のことを話していた。
晴は生傷を作りながらも、小百合が加減している状態でならば気絶はぎりぎりしなくなってきている。
予知の魔術を使っているおかげもあって、康太よりも気絶しなくなるのはだいぶ早いように思える。
さすがは土御門の天才児というべきだろうかと康太は少しうらやましそうにしていた。
今回船越のことを話したのは一応同学年の魔術師がどのようなことを考え行動しているのか知っておいて損はないだろうと考えたからである。
もっとも康太と文の同世代の魔術師がどのように活動しているのか、康太たちは全く知らないわけだが。
「先輩はそういうことは考えないんですか?どうしたらもっといい魔術師になれるのかとかそういうの」
「もちろん考えるよ。ただ俺の場合は足りないものが多すぎてな・・・索敵はもっと広いのが欲しいし、隠匿とか調査系の魔術はまだまだ覚えたいのがあるし、戦闘用の魔術に関しては何が足りないのかも手探り状態だ」
康太は魔術師としてはまだまだ欠陥だらけだ。今後活動していくにあたってどんどん新しい技術が必要になってくるだろう。それらを一体いつになったら習得し、運用できるようになるのか、想像もできない。
魔術師として足りないものが多すぎるため何を覚えればいいのかも正直曖昧な状態になっているのである。
手っ取り早く覚えられる戦闘系の魔術を優先して覚えているというのが原因でもあるのだが、戦闘系に関しても足りないものは多い。
より高い攻撃力をより効率よく、なおかつ康太の素質に合った使い方をしなければならないのが頭の痛いところである。
文のような高い素質を持っていれば、それこそ使うつもりがあればどのような魔術でも使えるのだろうが、康太の場合はそうはいかない。
供給魔力量に難があるというのはなかなかに不便である。
「晴はそういうのないのか?ほしい魔術とか使いたい魔術とか」
「んー・・・俺らの場合、ぶっちゃけまだ実戦に出た回数が少なすぎてなんとも言い難いですね・・・何が足りないのかとか、何があったほうがいいのかとか、そのあたりもわかってませんから」
「そうか、まだその段階か・・・やっぱもうちょっと実戦に連れて行かないとわからないか・・・」
「なんかいい依頼があったら連れて行ってくださいよ。雑用でも何でもやりますよ?」
「とはいってもなぁ・・・今のところ俺らのところにも依頼は入ってきてないし・・・支部長に聞いてくるかな・・・なんかいいのがあったら斡旋してもらうか・・・」
支部長のところに気軽に顔を出せるこの状態を利用しない手はない。康太からすれば支部長から依頼をもらうことは多くても、自分から斡旋してもらうように頼みに行くのは初めてのことである。
そこまで面倒ごとに首を突っ込みたがるような性分も持ち合わせていないため、現状で満足してしまっているというのも原因の一つだろう。
そんなことを話していると明が小百合に気絶させられて康太たちの近くまで転がされてくる。それを合図にして晴はため息をつきながら近くに置いてあった木刀を手に取って立ち上がる。
「それじゃ行ってきます。明のことよろしくお願いします」
「あいよ。気をつけてな」
「何を気をつければいいんですか・・・?」
「全部。気絶だけはしないようにな」
「了解です。土御門晴、行きます!」
掛け声とともに晴は小百合にめがけて突っ込んでいく。小百合はため息をつきながら木刀を振るい、さも当然のように晴を痛めつけていく。
予知の魔術を発動しているからか、小百合の木刀の動きをよく見て回避や防御を行えている。
とはいえ小百合の剣撃は鋭い。予知で未来の剣筋を見切っても、体が反応しきれない速度で襲い掛かってくる。
フェイントに加えてあとだしで攻撃の軌道を変えてくるために見てからでは反応しきれない。あれをよけるには予知に頼るだけではなく、体全体の動きを見て次の攻撃を予測するしかないのだ。
「うぅ・・・痛い・・・痛いです・・・」
「お、起きたか。気分はどうだ?」
「よくないです・・・ほどほどに手加減されてるのがよくわかります・・・」
「そうだろうな、傷が少ないのがその証拠だ」
小百合は最低限の傷しか負わせていない。気絶させるのに必要な攻撃はせいぜい一撃が二撃程度だっただろう。晴と明の休憩時間を計算に入れて相手を気絶させているのがよくわかる。
一人当たり大体十分くらいだろうか。以前のように数分もかからずに気絶させられるよりはましになってきているとはいえ、やはりまだ実力面では劣っている部分があるということである。
「明は結局槍を使うことにしたのか?あの時からずっと使ってるけど」
「はい・・・私の場合力があまり強くないので・・・振り回して使える槍のほうが相性がいいと思うんです」
「ふぅん・・・まぁ師匠相手だと槍は相性が悪いかもな」
「なんでですか?」
「俺が普段使ってるからな。良くも悪くも手の内バレバレだろ」
康太はそれこそ一般人にほど近い時から槍を使っている。そのため素人がどのような動きをするのか、どのような対処をするのかわかってしまうのだろう。
小百合からすれば懐かしく、そして以前通った道をなぞるようなものだろう。一人すでに素人から少しまともなレベルまで育てているのだから。
「じゃあ先輩、槍の扱いで何かコツとかってありますか?」
「コツか・・・そうだな・・・良くも悪くも相手との距離が重要になってくるな。槍の形状のせいで懐に入られると弱いから、いかに相手を突き放すかっていうのが重要になってくるかもしれない」
「距離ですか・・・でもあの人と戦ってるといつの間にか距離を詰められてしまって・・・あたふたしてる間にやられちゃって・・・」
「そりゃ師匠は槍の懐に入るのは慣れてるからな。それを何とかしたいなら・・・突きよりも薙ぎを優先するべきかな。体の中心、腹とかめがけて攻撃すれば・・・まぁ絶対とは言えないけど、ある程度遠ざけることはできると思う」
「体の中心・・・やっぱり突きはよけやすいですか?」
「線で繰り出す薙ぎと違って突きは点だからな。受け流しやすいし何より回避しやすい。突きを出すなら避けられることを計算に入れたうえで出すべきだな」
「例えば?」
「避けた先に次の攻撃を置いておくとか・・・あるいはよけようと相手が動いたところで逆にこっちも動くとか・・・」
康太は今までの経験から槍をどのように使うかを思い浮かべたのだが、実戦において槍を本格的に使用した回数はたかが知れている。
ほとんどが魔術と併用して使ってしまっているために、槍単体での戦いというのは実はほとんどないのである。
「実戦での使用を考えるなら、やっぱ槍をうまく利用した形での魔術を使うのをお勧めするぞ。土御門ではそういうのないのか?」
「えっと・・・知り合いが打撃とか斬撃を飛ばしているのを見たことがあります。そういうのであれば」
「お、いいじゃん。むしろ俺が使いたいくらいいい魔術だ。射撃系でありながらしっかり武器としての特性も残ってる。場合によっては四方八方に飛ばしまくれるわけだな」
康太の頭の中では槍を振り回すと同時に周囲に斬撃が振りまかれているような光景が浮かんでいた。
実際それでほとんど間違いはないだろう。威力と射程の問題があるだろうが、そのあたりは些細な問題である。
使おうと思えば魔術などどのような場面でも使えるものだ。
「あとは、斬撃を残す魔術というのも見たことがあります。空中に変な・・・白い線みたいなのができて、その場所を通るとか触れるとかするものを斬るんです」
「ほほう・・・それも面白そうな魔術だな・・・トラップ形式か、相手が動き回ってくれるならかなりいい効果が望めるな」
「でも先輩、魔術師戦で武器ってそんなに重要ですか?」
明の疑問はもっともだ。魔術師はあくまで魔術を扱う者であって武器を持って戦うものではない。
康太が武器を持って戦うのはあくまで使ったほうが強いからという理由が大きい。素質面で恵まれなかったから、肉体的な戦闘に引きずり込もうという思惑も入っているため、この疑問にきちんと答えられるかは正直微妙なところだった。
「んー・・・重要かといわれると重要ではないな。文やお前たちみたいに高い素質を持ってるやつだったら武器なしでも十分強いと思うし、武器を扱う訓練をする時間に魔術を覚えたほうがいいかもっていうのはある」
「・・・それなら・・・」
「それでもだ。徐々にだけど師匠の攻撃を見切れるようになってきてるだろ?」
「・・・それは・・・まぁ・・・」
「師匠の剣に比べれば普通の魔術師が使う射撃魔術なんてスローモーションに見えるぞ。この訓練は武器を扱う訓練でもあり、攻撃をよける、防ぐ訓練でもあるんだ。一石三鳥くらいの効果はあるぞ」
康太の言うように、小百合の剣をよけるのに比べれば通常の魔術師が使う射撃魔術などほとんど止まって見えるだろう。
軌道もわかりやすく、何より距離があるためによく見てから判断できる。康太や真理が回避能力が非常に高いのは小百合の訓練を長いこと受け続けたことによる効果が出ているからなのである。
「特にお前たちの場合予知の魔術と併用すれば、たぶん避けられない攻撃はなくなるだろうな。予知だけじゃよけきれない攻撃も、お前たち自身の回避能力で避けられるようになる」
「・・・回避能力を高めることは重要ですか?」
「重要だな。相手の攻撃を防ごうとすればその分魔術を使う。その分処理を必要とする。回避すればその分攻撃に処理を回せる。あくまで俺の場合はだけどな」
まず攻撃を念頭に入れるあたりは小百合の弟子というべきか。回避をすればその分攻撃に思考を割くことができる。相手が魔術を使っているのに体一つで回避するというのは相手に圧迫感も与えられるのだ。そういう意味でも回避の意味合いは大きい。
「俺は正直普通の魔術師戦ってあんまりやらないから何とも言えないんだけどな・・・ぶっちゃけやるとやらないとではかなり違いが出ると思うぞ」
「・・・そういうものなんでしょうか・・・なんか相手が相手ってこともあって実感がわかなくて・・・」
相手が小百合では確かに強くなった気はあまりしないだろう。実際小百合に鍛えられ続けた康太からしてもその気持ちはよくわかる。
相手が圧倒的に強すぎるせいで今の自分の力を正確に把握できないのである。
康太も相手の強さを自分の身内である小百合や真理に当てはめる程度しかできていない。比較対象が少なすぎて自分が今どのあたりの実力なのかうまく把握できないのである。
「何やら興味深い話をされていますね」
「あ、姉さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
康太と明が頭を下げると真理は朗らかな笑みを浮かべながら康太たちの近くに腰を下ろす。そして真理の後ろについてきていたのか、神加もやってきて康太の足の間に滑り込んだ。
「お、今日はあんまりべたべたしてないな」
「うん、頑張って蹴った。あと叩き落した!」
神加は彼女の武器であるハンマーを片手に持った状態で軽く振り回す。シャボン玉を割る訓練は比較的うまくいっているようだった。
神加の運動能力は決して低くない。とはいえそれはあくまで小学生を基準にした話だ。康太たちに比べればまだまだ見劣りするところだらけではあるが、運動神経がいいのは間違いない。
「ご自分の実力がどの程度なのかわからないようですね。他者の評価を含め、わかりにくい部分ではありますから」
「ぶっちゃけ俺もどれくらい強いのか迷う部分はあるんですよね。今まで勝てなかったやつもいますけど・・・たいていは勝ってきたので」
康太の戦闘経験は一年という短い魔術師期間にしては多いほうであると思われる。だがそれにしても自分の実力を正確に把握できるほどに誰彼構わず戦ってきたというわけでもない。
他者との比較というのは案外難しいのである。
「そうですね・・・康太君なんかは戦闘面では割と高い実力を持っていると思いますよ。協会内部でも・・・うーん・・・中の上くらいの実力はあるのではないでしょうか」
「え・・・先輩で中の上なんですか・・・?」
「そのくらいだと思いますよ?十段階評価で言えば七くらいでしょうか。師匠レベルでようやく上の中とか九くらいですから」
小百合の実力をもってしてもかなわない存在がいるという事実に明は驚愕してしまっているが、康太はとりあえず自分の実力が平均よりは上に見積もられているという事実を嬉しく感じていた。
今まで支部長などに強いとか周りの人間に戦闘特化とか評価されることはあったが、具体的にどれくらい強いという評価がなかっただけにこの評価はうれしかった。
「ちなみに今のは協会全体の評価ですからね?支部内だとまた変わりますよ?」
「そうなんですか・・・?っていうか本部含んでも先輩は平均以上ですか」
「一部の上位陣の方がすごく強いですからね・・・あの方々を含めると私たちはどうしても平均より上程度になってしまうんです。全体を見てのトップクラスは師匠レベルじゃないと難しいですよ」
逆に言えば小百合は協会全体を見通してもトップクラスの戦闘能力を有しているということになる。
さすがは師匠だなと康太は何度もうなずいているが、協会全体を通しても平均より上、もう少しで上位陣に食い込む実力を持っている康太に明は開いた口がふさがらなかった。
「じゃあ・・・日本支部内ではどうなんでしょうか・・・?」
「んー・・・まず師匠はトップテン入りですね。康太君は・・・んー・・・トップクラスには入っていると思うんですが・・・まだまだ未熟な部分がありますからね・・・上の中から上の下といったところでしょうか」
支部内の話でも小百合が一番を取れないという事実に明はめまいを起こしてしまっていた。無理のない話である。彼女は小百合よりも強い人物と聞いても思いついていないようである。
逆に康太はすでに何人か思いついてしまっている。
封印指定アリシア・メリノス。そして小百合の師匠である智代、兄弟子である奏や幸彦、そして強いかはわからないが文の師匠の春奈も戦闘能力は高いだろう。この時点ですでに五人挙げられているのだ。小百合がトップテンに入っているという話が出ても何ら不思議はない。
「ちなみに俺と姉さんの実力差ってどれくらいですか?ぶっちゃけまだまだ勝てる気しないんですけど」
「ズバリ言えば、そこそこですね。大きく開いているということはありませんよ。ぶっちゃけ状況によってはひっくりかえせるレベルです。ですが私のほうが経験豊富ですし、何より康太君の戦い方を知り尽くしていますから、勝負にはならないと思いますが」
「そういうもんですか・・・?なんか全然勝てる気がしないんですけど」
「康太君の戦闘のセンスは高いですよ?私のような凡人よりはずっと良い才能を持っていると思います。私がうらやましいと感じる時もあるくらいですよ?」
真理は基本的に康太のような戦い方はしない。あくまで魔術がメインであって体術に頼るようなことはあまりしないのだ。
それだけ余裕があるということでもあり、魔術師としての適性が高いということでもある。
「さて、では本題、明さんの今の実力がどのくらいかという話に移りましょうか」
「は、はい。お願いします」
いよいよ自分の評価が下されるのかと、明はその場に正座して真理の評価をじっと待っていた。
経験も豊富、しかも協会内における評価に関しては真理の認識はかなり正確なものだろう。何せ彼女は長い間協会の中で活動してきたのだから。
「現段階で明さんの戦闘能力は高く見積もっても中の下程度でしょう。ちなみにこれは支部内での話です。実際お二方は現在出向という形で支部に所属していますが、本来魔術協会の人間ではないため本部での評価は置いておくことにします」
高く見積もっても中の下という評価に明は喜んでいいのかそれとも悪いのか複雑な表情をしていた。
支部全体から見て平均よりやや下という評価なだけに、少々不満もあるが現段階ではこの程度だろうという思いもあるようだった。
「少し意外ですね。もう少し低いと思ってました」
「結構妥当な線だと思いますよ。お二人は予知の魔術を扱えます。この時点で有象無象の魔術師はほとんど完封されてしまうでしょう。加えてお二方の素質の高さ、これを覆すには少々骨が折れます。康太君はそのあたりをよく知っていると思いますが」
「・・・そうですね・・・素質がいい奴が本当にうらやましいです」
この前文と戦った時に、魔術師としての素質が戦闘に大きく影響するというのは身に染みている。
相手は常に全力の攻撃を放てるのに、こちらは常に魔力の残量を気にしなければならないというハンデを背負う。
同じ魔術を使えば確実に打ち負け、同じ手数で攻撃しあえば間違いなく先に魔力が枯渇し、似た魔術を使ったところで性能の違いに泣かされる。
魔術師にとって素質というのは単純に自らが扱える力であり、その才能でもあるのだ。それが圧倒的に高い土御門の双子は、ただそれだけで魔術師の半分近くを追い抜かしているということになる。
「まったくうらやましい限りだよなぁ。こちとら貧弱な素質でやりくりしてるっていうのによ、天才様はうらやましいわ」
「て、天才だなんて・・・先輩のほうがずっと強いじゃないですか」
「そりゃ師匠にずっとしごかれてきたからな。同じ訓練を同じ期間やったら間違いなくお前たちのほうが強くなるだろうよ」
決して素質が高いとは言えない康太は若干ひねくれながらため息をつく。小百合の三人の弟子の中で、康太だけ素質が若干劣っている。今後きっと神加にも戦闘能力で後れを取る日が来るだろう。
そしてそれは遠い日のことではない。おそらく神加が中学に上がるころにはすでにその才能を開花させているころだろう。
そのころまでに康太ももう少しまともになっていないと兄弟子として堂々としていられないと少し焦っていた。
「私たちは先輩みたいになれるとは思えないんですけど・・・」
「俺みたいになれとは言わないだろ。っていうか俺以上の魔術師にならないと大変だろ。俺みたいなその辺の魔術師と違ってお前らは血統書付きの魔術師なんだから。場合によっては拉致とかも十分あり得るぞ?」
「あぁ、あり得そうですね。特に予知の魔術はほかの魔術師からすれば喉から手が出るほど欲しい代物、少し過激な魔術師ならそういった行動をとっても不思議はありませんね」
「え・・・?・・・ら・・・え?」
「あとは拷問とか?情報引き出すなら洗脳とかもありか・・・姉さんならそのあたりどうします?」
「・・・んー・・・協会としての立場を考えなくてもいいのであれば、やはりお二方を人質にして土御門、あるいは四法都連盟のどこかと取引をしたほうが確実でしょうか・・・よりうまく立ち回るにはほかの四法都連盟の人間と接触したいところですね・・・」
「やっぱりそうなりますか。この前みたいに他の家との面倒ごとを併発させれば相手も思考力が下がりそうですからね・・・可能なら三つとも・・・いやそれは難しいから最低でも一つは巻き込みたいですね・・・」
「二つの家を巻き込めれば御の字ですか・・・いくつかの派閥の勢力関係を確認しておくとより成功率が高くなりそうですね」
着々と過激な発言と思考を繰り返す康太と真理。京都のパワーバランスに関しては二人はそこまで詳しくはないが、複数の家が組織を作り出しているために一枚岩ではないというのがポイントになっているようだった。
だが自分の実力という話からなぜこんな話になったのかついていけない明は開いた口がふさがらなかった。
そしてそんな様子に気付いたのか、康太と真理は一つ咳払いをしてから小さくうなずく。
「とまぁこんな感じでお前ら双子は割と危険な立場にあるってことを自覚しろ。可能なら俺なんか片手で捻ることができる程度には鍛えておいたほうがいいぞ」
「えぇ・・・そんな無茶な・・・」
「無茶でもないですよ。あなた方が予知の魔術を完璧に扱えるようになれば不可能ではありません。無論簡単ではないですが」
康太のように戦いに特化した魔術師を片手で捻るとなると小百合クラスの実力が必要不可欠になる。
今まさにその小百合にボコボコにされているというのに、そんなことは今の明には全く想像できなかった。
そうこうしている間に晴が殴り転がされて三人のもとにやってくる。完全に気絶してしまっている晴を見て明はゆっくりと立ち上がる。
今度は自分の番かと小さくため息をつきながら。
「へぇ・・・あんたの実力がねぇ・・・」
「そうそう。支部の中だったらかなり上位にあるんだなって。たぶん文も俺とほぼ同列かそれ以上だろ」
康太は翌日の昼休みに、さっそく文に対して真理から告げられた戦力ランクの話をしていた。
現状康太とほぼ同レベルの戦闘能力を持つ文も、同じように高いレベルにあるといってもいいだろう。
タイプこそ違えど二人の実力は拮抗しているのだ。康太と同程度の評価を受けても何ら不思議はない。
もっとも二人の評価の中でも危険度という意味では大きな差が出るかもわからないが。
「あの双子の評価がちょっと高いように思うのは同意ね。でもやっぱり素質の面が大きいのかしら・・・ぶっちゃけあの二人血統書付きのエリートだしね」
「そこなんだよなぁ・・・ぶっちゃけ俺とはえらい違い」
「あんたは血統も何もないまさに雑種って感じだからね。良くも悪くもずぶとそう」
「文も一応魔術師の家系だもんな、ある意味血統書付きか」
「うちの親はそこまで有名でもないと思うけどね・・・あの人たちがどんな活動してるのか私もほとんど知らないし」
同じ家に住んでいる文でさえ、両親が魔術師としてどのような活動をしているのか知らないのだ。
良くも悪くも魔術師として優秀であり、家庭と魔術師としての生活を切り分けることができているということでもある。
家族としてどうなのかと康太は少し疑問にも思うが、それが一つの家族の形なのだろうと納得することにした。
「でもあの子たちがねぇ・・・康太的にはどうなの?あっちのほうがずっとスタートがいいわけだけどさ」
「ん?まぁいいんじゃないのか?別にあいつらと今すぐ敵対するってわけでもないだろうし、今から友好的ムード作っておけば敵になることは少ないだろうし、仮になってもその分叩き潰せばいいだけの話だし」
「それができるくらいあんたも強くならなきゃいけないわけだけど」
「なればいいんだよ。目標がしっかりできたから頑張って強くなるさ。まぁお察しの通り先は長いけどなぁ・・・」
康太の目標、というか行動理念の中にある自分の気に入らない行動をした魔術師を倒すというある種の通り魔のような考え方を実現するためには強さが必要不可欠だ。
康太はすでにいばらの道に足を突っ込んでいるとはいえ、自ら望んでそれ以上の困難に立ち向かおうとしている。
もっとも本人にそんな自覚はないのかもしれないが。
「強さで言うなら、あの子たちが平均よりちょっと下なのはいいんだけど・・・それだとここの一年生とかはどのくらいになるのかしらね」
「あぁ・・・船越君か・・・どうなんだろうな・・・ぶっちゃけちょっと手合わせした程度だからよくわからん」
手合わせした康太も、船越の実力が正確にどの程度と断言することは難しかった。何せ手合わせしたのもほとんど一瞬だったのだ。良くも悪くも早く終わってしまったために実力を出し切れていない可能性もある。
彼が強くなりたいと思っているのは間違いないのだろうが、彼がどの程度の実力を持っているのか知らないために康太としては判断も助言もしにくいのである。
「・・・ねぇ康太、今土御門の二人はあんたのところの管轄よね?」
「管轄っていうか・・・まぁ師匠が面倒見てるわけだし・・・うちと言えないこともないけど・・・」
「ならさ、船越君と土御門の二人、あるいはどっちかを戦わせてみない?それぞれ自分たちの立ち位置がよくわかると思うわよ?」
土御門の双子と船越を戦わせる。同年代で競わせるというのはなるほどいい考えかもしれないと康太は考え込み始めた。
実際、土御門の双子が今どの程度の実力を持っているのか、そして船越自身どの程度の実力者なのかを知っておきたいのも事実である。
本人たちも訓練ばかりではなく実戦という形で誰かと戦える機会があるのは好ましい方向に進むはずである。
「なんか余計なお節介って気もするけどな」
「そうでもないわよ。土御門の二人が成長してくれればその分私たちの依頼を手伝えるようになるんだし、経験を積ませるのも悪いことじゃないわ。船越君にとってもいい経験になるはずよ」
練習に限りなく近いだろうが、なるべく実力差がありすぎない相手と競い合いえるというのはかなりの経験値になる。
康太の場合は文が、文の場合は康太がそれに該当する。互いに近い実力で研鑽しあうことで訓練の結果を何倍にも跳ね上げることができるのだ。
「あとは三人にどう説明するかだな・・・うまいこと誘導でもするか?」
「必要ないでしょ。お前たちの実力が知りたいからいっちょ殴り合えとか言えばすぐに話が進むんじゃない?」
「なんか適当な不良漫画みたいな展開だな・・・まぁそっちのほうがわかりやすくていいか・・・」
変に嘘をつくよりも、回りくどいことをするよりも単刀直入に話をしたほうが早いこともある。
特に康太のような性格の人間ならそうしたほうが相手に良い印象を与えることもあるのだ。
誤字報告を30件受けたので七回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




