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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十三話「追って追って、その先に」

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強くなるために必要なもの

五月、ゴールデンウィークもあっという間に終わり、康太たちは再び普段の生活に戻っていた。


長期休暇の中でもバイトや魔術の訓練、小百合の店の商品の受け渡しがあったために康太としてはあまり休んだ気にはなれなかったが、いくつかの収穫はあった。


康太の魔術師としての本質、目的とでもいうべきものである。正直目的というには荒っぽすぎる内容だが、それでもないよりはましだった。


五月になって気温も上がってきた中、康太は部活動に精を出すのだが、その中で気になる存在が一つできていた。


康太は陸上部ということもあってとにかく走ることが目的となっているのだが、グラウンドの一角で康太のほうに意識を向けながら走っている存在がいるのに気づいたのである。


その人物がトール・オール、一年生魔術師の船越泰典であることは康太も気づいていた。


恵まれた体格で走っている姿は離れていてもよく目立つ。そして康太のように戦いに身を置いているものであればあそこまで意識を向けられていれば嫌でも気づくというものである。


睨まれているというわけではない。ただ見られている。観察されているというべきだろうか、康太の一挙手一投足を観察している。


「どうした八篠、ペース落ちてるぞ」


「悪い、ちょっと今日調子悪いわ・・・クールダウンして柔軟と筋トレやってる」


「珍しいね、何か変なものでも食べた?」


「変なものは食べてないんだけどな・・・なんかだめだ、早めに切り上げる」


「了解、部長に伝えておくよ」


陸上部仲間の青山と島村に声をかけながら康太はゆっくりとクールダウンをし、柔軟をしていく。

そして少し休憩すると見せかけて途中で走っていた船越を捕まえる。


「ちょっといいか、話がある」


「な・・・は、はい」


一瞬戸惑っていた船越ではあったが、康太の呼び出しとあっては逆らうことができないのか渋々従っていた。


同じ部の仲間だろうか、一緒に走っていた同級生たちに一言添えてから康太の後についていく。


「コーヒーでいいか?ほれ」


「あ、ありがとうございます・・・で、話って何ですか?」


康太は自販機でコーヒーを買ってから船越に渡し、いつもなら文と使っているベンチに腰掛ける。船越も渋々ながら腰かけて康太と話をする状態になっていた。


「さっきからずっと俺のほうに意識向けてただろ。あれはなんだ?」


「・・・!」


気づかれているとは思わなかったのだろう。魔術も使っていなかった、ただ見ていただけだ。しかも普通に走っているように見せかけるために部活動の仲間と一緒に走っていた。他にもグラウンドにはたくさんの人間がいたというのに、自分が見ていると気付かれるとは思っていなかったのか、船越は普通のものとは違う、冷たい汗がゆっくりと頬を伝うのを感じ取っていた。


「その・・・気のせいじゃ・・・」


「ないね。かなり時間かけて確認したけどお前から意識を向けられてた。たまに視線も外してたみたいだけどずっと俺のほうを意識してただろ?」


「・・・どうやって気づいたんですか?なんかの魔術ですか?」


「学校では基本使わない。万が一ばれたら面倒なことになるからな・・・気づいたのは俺の勘だ。お前に見られてるって感じた」


勘、小百合との長い訓練、そして何度も積み重ねた実戦の経験が康太に小百合のそれに近い感性をもたらしていた。


普通の人間なら気づけない、気づくことなどできない、気配すら感じ取る感性。


魔術を使わずにそれを感じ取る康太に、船越は畏怖すら感じていた。


康太も最初、小百合にそれを感じ取るように言われても『そんなもんできるか』と思っていたが、遠視の魔術を感じ取るところから始まり、徐々に魔術を介していない視線や気配すら感じ取れるようになっていた。


最近では目を閉じた状態で小百合と訓練を行い、視覚に頼らずに多くの者を感じ取れるようになってきている。


破壊に関わっていない、索敵の魔術が使えない小百合が身に着けた、ある意味苦肉の策とでもいうべきものだ。


彼女の師匠である智代が小百合に仕込んだ、索敵の代わりになる技術だ。


康太は索敵の魔術を使うことができるが、戦闘において必要になるということもあってその技術を小百合から引き継いでいる。


容易く引き継げるものではなかった。毎日のようにボロボロになって身に着けたものだ。普通の生活をしているものでは身につかない感性。船越がそんなことできるはずがないと思うのも無理はない。


「それで?なんで俺を見てた?また勝負でもするか?」


自分自身もコーヒーを飲みながらわずかに目を細め、船越に視線を向ける。その視線からはわずかに威圧感すら感じただろう。船越は大きな体を縮めながら小さく首を横に振った。


「い、いえ、そんなつもりは・・・ただ・・・その・・・先輩と俺・・・何が違うのかなって・・・知りたくて・・・」


その言葉に康太は目を丸くしてしまった。


何が違うのか。その言葉の意味が分からないほど康太も馬鹿ではない。この前の手合わせで実力差を肌で感じたからこそ、その違いを探し出そうとしたのだろう。日常生活から康太の強さの秘密を知ろうとしたのだろう。


向上心があるというのは良くも悪くも面倒なものだと康太はため息をついた。


「普段の俺の生活を見てても魔術師としての俺は見えてこないよ。普通の一般人として生活してるんだから」


「・・・でも・・・何かないかと思って・・・」


何かないか、魔術師として成長できる何かがないか、船越はそれを探しているのだろう。


だが康太の日常的な生活からそれを見つけ出すのは難しい。何せ康太はオンオフが激しい。普通の生活ではただの高校生でも、魔術師としての活動となると文字通り人が変わったようになる。

特に戦うと決めたときはその傾向が強い。


「魔術師として強くなってどうするんだ?誰か倒したい奴でもいるのか?」


「いえ・・・そういうわけじゃないですけど・・・」


「目的もなく強くなったって意味ないぞ?なんかあるんだろ?話せとは言わないけど、それでずっと見られてたんじゃ迷惑だ」


康太に何の迷惑もかからないのであれば特に気にすることもなく放置するつもりだったが、あのようにずっと見られていたのでは不快でしょうがなかった。


あの状態でずっと見られていては何事も集中できない。ここでやめさせるか何かしら行動を変えさせなければ康太としては今後の生活にもかかわる。


「・・・じゃあ先輩はなんで強くなったんですか?何が目的なんですか?」


「俺の場合はその必要があったからだ。俺の師匠は敵が多い人だからな、その弟子の俺も何かしら面倒を被るかもってことで鍛えられたんだよ。おかげでまともな魔術修業なんてほとんどしてないよ」


嘘は何一つ言っていない。文が行うような基本的な魔術修行を康太はほとんど行っていない。やったとすればそれは奏や春奈のもとで行ったものばかりだ。小百合のもとで行っているのはほとんどが戦闘訓練。戦うための訓練以外やってこなかったのである。


康太は必要に駆られたからこそ鍛え上げられた。逆に言えばその必要がなければまっとうな魔術師として成長できたかもわからない。


「目的がなきゃダメですか?」


「いや?俺もこの間まで魔術師としての目的なんてなかったから、別になくてもいいんじゃないか?ただその強さを得て何をしたいかだけは決めておけ。身を守るためか?誰かを守るためか?それとも倒すためか?そのくらいはあるだろ?」


康太は自分の身を守るために強くなった。最近ではその強さは自分の目的を果たすために使われようとしている。


その違いは大きい。守るための力でもあり倒すための力でもある。その力の振るい方は天と地ほど変わってくる。


「先輩は師匠に鍛えられてそこまで強くなったんですか?」


「それだけじゃないな・・・ぶっちゃけ俺の場合は実戦経験が多いからっていうのもある。やっぱ実際に敵が同じ魔術師だと訓練とは違うよ」


訓練はあくまで訓練でしかない。相手は本気でかかってくることはないし、ある程度安全を保たれた状態での戦いになる。


だが実戦は違う。敵が魔術師であれば当然相手も必死で襲い掛かってくる。そこに安全などない。


あるのは互いが全力で倒そうという気迫と意気込みだ。


中には自分の状況を正確に把握してあえて手を抜くという魔術師もいるがそういう魔術師は案外珍しい。


実戦は訓練の十倍以上のの経験を積むことができるといっても過言ではない。康太は密度の高い訓練に加え、何度も実戦を繰り返しているからこそ高い戦闘能力を得ることに成功しているのである。


「強くなりたいなら訓練と実戦の繰り返しだろうな。ついでに協会からの依頼も受ければ報酬も入る、評価も上がる、実力もつくの一石三鳥・・・いや、協会内でのコネもできるって考えれば一石四鳥くらいは狙えるんじゃないか?」


「・・・そんなに簡単に行くんすか?」


「まぁ最初はうまくいかないだろうな。お前の実力だと・・・たぶん序盤あたりが一番きつい」


「・・・俺はそんなに弱いですか?」


「弱い。魔術云々じゃなくて想定が甘すぎる。俺もお前とはちょっとしか手合わせしてないから何とも言えないけど、普通の魔術師相手にも苦戦するだろうな」


船越の素質自体はそこまで悪いものではない。体格も恵まれており、戦おうと思えばいくらでも戦うことはできるだろう。


だが康太はそれをバッサリと切り捨てた。実力がないわけではない。ただ戦いに対する想定が甘すぎるのである。


「射撃で相手の動きを封じるのは悪くない。けど防御の対策を全くしてなかっただろ?攻撃されることもなく勝てるとでも思ったか?相手は思い切り攻撃してくるぞ。それを対処しながら反撃できないようじゃ普通の魔術師にも負ける」


康太が戦った時思ったのは、防御を全くしていなかったことだ。攻撃されずに勝つなんてことはほとんどない。射撃系魔術ならば単純な障壁で防ぐこともできるだろう。だが攻撃魔術はそれだけではないのだ。


「魔術だけを磨いていけば強くなるってもんでもない。強くなりたいなら殴って殴られて、ぶっ飛ばしてぶっ飛ばされて、そうやって積み上げてくしかないんだよ。少なくとも俺はそうやって強くなった」


康太が強くなる過程は決して華やかなものではなかった。


泥臭く、みっともなく、情けないものだ。何度も気絶させられ、何度も傷を作り少しずつ強くなっていった。


その過程の中で勝てない存在に出くわしたこともある。康太は未だ強くない。まだ勝てない存在は山ほどいるのだから。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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