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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十二話「本質へと続く道標」

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康太の目標

「ふむ、その顔を見る限りデートは楽しかったようだの。拠点は出来上がったか?」


後日、康太と文は買い物デートを終えた後でアリスを引き取るために奏の社長室を訪れていた。


そこにはきっちりとスーツを着こなし、長い金髪を束ねたいかにもキャリアウーマンといった外見のアリスがいた。


もっとも幼い外見のせいでちょっと背伸びしているくらいにしか見えないが、てきぱきと仕事をこなしているのはさすがというべきだろうか。


「まだまだだよ。最低限必要なものはそろえたから・・・これから徐々に増やしていくことになる」


「ふむ・・・で、フミよ。コータとはやったのか?」


「ド直球でなんてこと聞くのよ・・・残念ながらまだ結ばれてません。康太が変な意地張っちゃってさ」


「その代りいろいろやったけどな。とりあえず俺としては結構満足。まだまだやりたいことは増えたけどな」


「余計なこと言わないの・・・で、アリスはちゃんと働いたわけ?」


文の問いかけにアリスは胸を張ってもちろんだと部屋中の道具を自由に操って見せる。


普通の人間ならば絶対にできないような魔術による仕事風景。文が自分の体を使わなければできなようなことでもアリスならば魔術でいくつも同時並行できる。


何と贅沢な魔術の使い方だろうかと康太と文がその光景を眺めていると、奥のほうから奏が現れる。


ちょうど風呂にでも入っていたのか、非常にさっぱりした様子だった。


「来たか・・・楽しめたか?」


「はい、ありがとうございました」


「奏さんも休めたようで何よりです。アリスは役に立ちましたか?」


「あぁ、たまっていた仕事の八割が片付いたよ・・・アリスには時折でいいから手伝いに来てほしいくらいだ。本当なら普通に雇いたいところだがな・・・」


「私は勤労よりも趣味に精を出したいのでな。その誘いは悪いが受けられん」


「ということらしい。まったくもって残念だ」


奏はそういいながらも仕方がないと割り切っているのだろう。十分な睡眠もとれたのか、アリスと一緒にいたことでいろいろと発散できたのか、以前のような今にも倒れそうな奏の姿はない。


良くも悪くもアリスが良い息抜きの題材になったのだろう。これからは定期的にアリスを手伝いに出させるべきだろうかと考える中、奏は康太と文が提出した依頼の報告書を眺めていた。


「・・・康太、文、改めて今回の依頼、達成してくれて感謝する。先ほど須藤さんから直接電話があったよ。協力関係を続けられそうだと、ものすごく謝られたがな」


いくら事情があったとはいえ会社の社長が一方的に協力関係をやめにしてほしいなどというのはそう簡単なことではない。


会社の長としてはしっかりと謝罪をしなければいけない立場にあるだろう。奏は今回の事情を知っているためにそれ以上は追及しなかったが、今後の関係を少しでも良くしようと条件を少しずつ改善していくということを言っていた。


「それは良かったです・・・あの女の子は?攫われてた中学生」


「そちらも問題ないそうだ。犯人についてはほとんど覚えていない、というか目隠しされていたために見ていないということもあって警察からも早々に解放されているようだ。もっともショックは大きいらしいがな。そのあたりは仕方があるまい。事件そのものの記憶を消すわけにもいかんからな」


魔術を使えば特定の記憶を消す、あるいは改竄することは不可能ではない。だがそれほどまでに強烈な事象を忘れさせては今後の生活などに支障が出る可能性もあり、同時に警察に対して強い違和感も与えてしまう。


仕方がないこととはいえやるせない気分になってしまっていた。


「まぁそれはさておいてだ・・・康太、文、お前たちに一つ聞きたいことがあってな・・・いや提案というべきなのだろうか?」


「なんですか?まだ入社するつもりはないですよ?」


「そういうことじゃない・・・お前たちは今後どのような魔術師になろうと思っているんだ?」


どのような魔術師に。康太と文それぞれに何度か投げかけられてきた質問だ。文は大まかながらイメージができている。だが康太は全くイメージができていない内容の質問である。


「それは・・・まだ・・・」


「・・・ふむ・・・今回のことで・・・いや、今までのことを含めて考えてな・・・康太、お前は誰かを助けることが向いているように思える」


誰かを助ける。それがどういう意味をもっていっているのかはさておき、康太と文はその意図を察しきれずに顔を見合わせてしまう。


「人助けをする魔術師・・・ですか・・・?なんかぱっとしないような・・・」


「だが今までお前がやってきた依頼、誰かの力になるものが多かったのではないか?誰に依頼されたというのはともかく、誰かの力になる、誰かのためになるようなことではお前は高い能力を発揮できるように思える」


誰かを助ける時、誰かの力になるとき、誰かのためになるとき。康太は今までこなしてきた依頼や戦いを思い出す。確かにそんなことが多かったように思える。


自分のためだけに戦ったというのは案外少ないように思えた。それは康太の周りの人間が関わっているのだが、そのあたりは置いておくことにする。


「問題解決、とまではいかないが、お前が助けたい人を助けられるような魔術師。これは一つの指標にはならないか?あくまで私の意見ではあるが」


魔術を学ぶものとして目標は必要だ。文だったらとにかく魔術の技術を磨いていつか家電製品を自らの電撃で動かすのが一つの目的となっている。


康太の場合そういった目標が今のところない。とにかく強くなることが目標になっており、強くなってから何をするのかという本質的なものが欠如してしまっているのである。


「康太が人助け・・・ねぇ・・・」


「なぁ・・・俺が向いてるとは思えないんですけど」


「どうしてだ?今まで良くも悪くも多くの人間とかかわってきて、いろいろと思うところもあるだろうに」


康太は確かにいろいろな人間にあってきた。自分の意思で問題を起こす者、問題に対して立ち向かう者、狂気の被害に遭ってしまった者、何年も抗い続けた者、そして最後まで救われなかった者、様々だ。


そんな中、康太は特に何もない。今まで多少の不運には見舞われてきた。小百合に出会ったり明らかに人ならざる者に憑りつかれたり、死にかけるような目にも遭ってきた。


だがそれだけだ。誰かを殺したいほど憎んだこともなければ、何を犠牲にしてもなしたいことがあるわけでもない。


目標、目的、ある意味欲求と言い換えられなくないそれが、康太には圧倒的に欠けてしまっている。


今まで流れに身を任せる形で魔術師をやってきたことの弊害である。こればっかりは本人の問題であるために師匠である小百合にもどうしようもない。


さらに言えば人助けというのが一つのネックでもあった。


「そりゃ・・・思うところはありますよ・・・無茶苦茶してるやつらは看過できないし、周りを無駄に巻き込む奴らも放置はできないです」


それは康太が常日頃から考えていたことではない。この考えはデビットとの出会いから生まれたものだった。


無関係なものが何の意味もなく死んでいく。ただその場にいただけで、ただ少しだけ運が悪かっただけで死んでいく。そんな死を体験してしまってはそういった『意味のない悪意』に対して無視することはできないのである。


正義感とかそういった類のものでは断じてない。ただ康太が許せないというだけの話だ。


「それだけの考えがあってなぜできないと思う?」


「そりゃ・・・俺が師匠の弟子だからですよ。奏さんは協会に顔を出さないからあんまり知らないかもしれないですけど・・・俺の評価酷いですよ?高いは高いですけど、知り合いの魔術師から聞くと結構ひどい評価ですから。どっちかっていうと師匠よりです」


康太は小百合の弟子だ。ありとあらゆる存在に迷惑をかけるような小百合の弟子だ。しかもすでに魔術協会の中での康太のイメージは真理のような平和主義者よりも圧倒的に破壊者である小百合のほうに傾いている。


このような状態で人助けを目的とした魔術師になどなれるはずもない。


門の管理をしている魔術師や武具を取り扱っているテータなどは康太を協会所属当初からよく目にしていたためにそこまで気にしないが、他の魔術師はそうではない。


康太の実績や、偶然見かけたときの状況を見て判断するほかないのだ。


「周りの意見や目が気になる・・・か・・・お前は小百合にこういわれたことはないのか?お前のやりたいようにしろと」


奏の言葉に康太は目を丸くした。確かにいつだったか言われたことがある。やりたいようにやれと、そうすることが一番だと。


まさか奏からその言葉が出てくるとは思わなかっただけに、康太は驚いてしまっていた。


「周りの評価というのは確かに大事だ。魔術師とはいえ人間社会の一部にすぎん。他者の評価が重要視されることも多くあるだろう。だが本質は違う。我々魔術師は義務ではなく、自らの原動力を元に動く。それが破壊か救済かは人それぞれだ」


康太は目の前に小百合がいるかのような錯覚を受けていた。外見も言葉遣いも違えば声もその抑揚も全く違う第三者、だが奏の背後に、いや、奏の姿が小百合にダブって見えてしまっていた。


その目が、康太を見るその目が、小百合のそれとほんの少しだけ似ていたからかもわからない。


「周りの意見よりも、お前はまず自分の欲求を満たすべきだ。お前が何のために魔術師をやっているのかは知らん、お前が何をしたいのかも知らん。だがお前が何かをしたいと思ったのなら、その欲求に従うべきだ」


周りの意見など知ったことか。私は私がやりたいようにやる。お前もだ、お前がやりたいようにやれ。お前は私の弟子だろう。


小百合ならばこんな風に言うだろう。奏が言うとこんな感じになるのだなと康太は苦笑してしまっていた。


奏と小百合、タイプは違うが似ている二人だ。やはり兄弟弟子ということもあって考えることは似ているのかもわからない。


「やりたいことって、本当に些細なものでもいいんですか?」


「むしろ些細なものであるべきだ。大義を見失うななどという輩はいる。だが大義によって些事を見失うことこそ、私は愚かであると思っている。この世の中は些事の積み重ねでできているのだ。それらを見失って大義もくそもないだろう」


多少矛盾しているかもしれないがなと付け足しながら奏は苦笑して見せる。


些細なこと、康太が思うのは本当に些細なことだった。自分でも時折思い出すことが難しい程度には小さな感情だった。


感情に従え、欲求に従え。小百合も奏も康太にそういった。誰もやめろとは言わなかった。


もうあんな思いはしたくない。もうあんな思いはさせたくない。


二万人以上の死を経験し、多くの者の悲劇を見た康太だからこそ、そんな風に思う。本当に些細で、それ以外にはどうしようもない一つの感情と欲求。


康太の本質、魔術師としての核となるべき部分に、小さな、本当に小さな願望が生まれることになる。














「いやぁ・・・なかなか面白かった。昨今の仕事というのはあのようにやるのだな。勉強になった」


一仕事を終え、大きく伸びをしながら満足そうに笑うアリス、奏の社長室を後にした康太たちはひとまず家路につこうと歩いていた。


「あれであの人も少しは休めるといいけど・・・アリス、あんたちょくちょく手伝いに行ってあげなさいよ」


「・・・んー・・・まぁ気が向いたらな。あ奴の蔵にはなかなか良い酒が置いてあった。嗜むついでに手を貸してやらんでもない」


どうやら奏の酒のコレクションはアリスの琴線を刺激したようだった。もとよりアリスは快楽主義者だ。酒という項目が嫌いなはずがない。


そして何かを求めるのであれば当然代価を求める。今回の場合であれば単純に奏の蔵にある酒が目的といったところだろうか。


「なぁアリス、アリスはなんで魔術師やってるんだ?」


「唐突だな・・・先ほどのカナデに刺激されたか?」


「まぁな・・・ちょっと自分の中の気持ちがはっきりしたところで聞いておきたくてさ」


文の目的、というかなぜ魔術師をやっているのかは康太もすでに知っている。自らの技術の向上、そしてそれによって得られる現代技術との融合。傍から見れば意味のないことのように思えるかもしれないが、本人からすればかなり高い目標なのだ。それができるようになるまでいったいどれほどかかるのか、康太も、そして文自身も把握できていない。


そして康太が知りたがったアリスの本質。アリスがなぜ魔術師をやっているのか、なぜ魔術師になったのか。


康太とアリスが出会ってそれなりに時間が経つが、そのあたりを康太は全く知らないのだ。


アリスの原点。魔術師アリシア・メリノスの始まりともいうべきその感情を。


「ふむ・・・私にも師匠がいた。といっても情けない師匠でな、あの人に教わったことは私が今使えるうちの一パーセントにも満たないだろう。魔術の才能もほとんどなく、あの人に習い始めて半年程度で私はあの人の実力をはるかに上回っていた」


アリスは自他共に認めるほどの天才だ。幼いころから魔術を磨き、人として生きられる限界さえも超えて生き続ける彼女の実力は本物である。


そんな彼女の師匠、気にならないほうが無理だった。


「だがあの人はものを教える才能や、時折出す発想が非凡でな・・・私も驚かされたものだ。私が今使っているこの魔術も、もともとは師匠と一緒に考えたものだ」


アリスはそういって自分の体に手を触れる。細胞単位で操るほどの高度な魔術、それを考え出したアリスの師匠。確かにアリスが非凡というだけのことはあったのだろう。


「きっとあの人なら、今の私の技術でできることをもっと思いついただろう。もっと多くの発見をできただろう、私が魔術師をやっているのは、ある意味あの人の発想に追い付きたいからだ」


アリスが追い付きたい、まるで自分のほうが圧倒的に遅れているかのような言い分に、康太と文は少しだけ驚いていた。


現代において最高位の魔術師でいながら、彼女が追いかける人がいたという事実が信じられなかったのである。


「見たことがないものを見たい、思いもよらなかったものを体験したい、所謂知的好奇心だ。生き続けるには、そういった刺激が必要不可欠なのだよ」


アリスは目を細めながら、すでにいないであろうその人物を思い浮かべていた。困ったような笑みを浮かべて自分の頭をなでて、反論されては泣きそうになる、そんな情けなくも尊敬していた師匠を。


生きていた時にはとうに実力を越していたとしても、魔術師としては全くの無名であっても、アリスにとってはその人だけが尊敬できる師匠だったのだ。


「コータはどうなのだ?先ほどカナデに言われて何かを思いついたのではないか?」


「ん・・・まぁ・・・俺の場合はそんな大したもんじゃないよ」


文やアリスのように知的好奇心や向上心の高いものなどではない。どちらかというと無茶苦茶な、そう、ちょうど小百合のような考え方に近いのかもしれない。


「魔術師ってさ、いろんな奴らがいるだろ?ものを作ったり、売ったり、魔術を開発しようとしたり、社会の方で活かしたり」


「そうね。千差万別ね」


「そんな中でさ、いろいろと悪いことする奴らいるだろ?なんかこう・・・周りはどうなってもいいやってやつ」


「・・・いるわね。たくさんいるわね」


「俺さ、そういう奴らがいなくなればいいと思ってる」


いなくなればいい。それは排他的な考え方だ。ありとあらゆるものを許容するのは危険なことではある。だが逆に危険だからといって排斥しようとするのもまた危険な考えだ。


文もアリスもそれを理解している。だが康太の言葉を、その考えを止めようとはしなかった。


「無関係な人たちを巻き込むようなやつらは、なんていうのかな・・・すごくむかつくんだよ。そういうの見てると腹が立つ」


それは正義に近い感情だった。だが決して正義ではない、独善的な、一種のエゴととられても不思議はないものだった。


「だから俺の魔術師としての目的は『俺が気に入らない奴をぶっ潰す』ってことにしようと思う。助けるとかそういうのは合ってないと思うし」


ガキ大将みたいな目標だなと文とアリスは若干眉をひそめたが、それでもそれを口に出すことはしなかった。


ある意味康太らしいと思ってしまったのだ。魔術師として、康太自身として、見失わない目標ができたのは良いことだろうと、二人とも思っていた。


魔術師ブライトビーの本質。自身の気に入らない者を叩き潰す。


まるでどこかの誰かのような危険で無茶苦茶な考え方ではあるが、康太はそれでいいと、これでこそいいのだと思っていた。


それがどのような未来に通じるものなのか、康太はまだ理解していない。

土曜日、誤字報告五件分(受けると思うので)三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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