欲望に従って
「やっぱり、奏さんに部屋を頼んだらこうなるわよね」
「まぁまぁいいじゃんか。これも奏さんの気遣いの一つだろ」
文はため息をつきながら一つしかないベッドを眺めていた。当たり前とでもいうかのように片づけられていたほかのベッド。もともと最上級の部屋を用意していたために無駄に広い空間はさておいて、明らかに何かしらの意図をもってして用意されたこのベッドに文はため息をつくしかなかった。
「あんたも慣れたもんね・・・もうちょっとドキドキとかしてくれないわけ?私結構緊張してるんだけど」
「俺だって全く何も感じてないわけじゃないんだぞ?ほれ」
そういって康太は文の腕を自分の胸元へともっていく。文の手が康太の胸元に、心臓の真上に来た瞬間、その手は康太の鼓動を感じ取っていた。
大きく早く脈打つその鼓動を感じて、文は一瞬目を丸くしてしまっていた。
「これは・・・興奮してるってことでいいわけ?」
「そういうこったよ。ドキドキしてるのはお前だけじゃないってこと・・・まぁここではそういうことはするつもりはないけどな」
「・・・なんだ、ないのね」
少しだけ安堵し、そして少しだけ落胆する文に対して康太は苦笑してしまっていた。
「そういうことはさ、なんていうか自分で用意したいんだよな。ここは俺が用意した場所じゃないから・・・やっぱ文とするなら自分で用意したい」
「・・・ふぅん・・・そういうもんなのね」
「男の子とはそういうものなのだよ。だから今はこれだけな」
そういって康太は文の体を掴むと、文が反応するよりも早くその唇を奪う。いったい何をと文が目を白黒させていると、康太が思い切り息を吸い込もうとした。
その瞬間文は理解してしまう。康太は今この瞬間、自分がやりたいと思うことをやるつもりなのだ。
あの時冗談半分で言っていたように聞こえた循環呼吸し続けたいという言葉、あれは嘘ではなかったのだ。
文は康太から逃れようとわずかに抵抗するが、その抵抗はほとんど意味をなしていなかった。
本当に抵抗しようと思えばできたはずだった。だが文は抵抗しなかった。いやできなかったというほうが正しい。
何せ文自身、この行為がいやであると思えなかったのだ。
少しだけ入っていた力は徐々に抜けていき、文の体は熱を帯びていく。康太の口から入ってくる息が文の肺を満たし、文の吐いた息が康太の肺を満たしていく。
文の力が抜けていく。形だけの抵抗をしていた腕はもはや持ち上げることもできないほどに力が弱まり、最初は康太に合わせるように背伸びしていた足は、もはや自分の体を支えることもできなくなりつつあった。
それが空気を循環させ続けていることによって生じる酸欠のせいなのか、それとも康太とのこの行為が思った以上に文の中で何かを呼び起こしたのか、どちらかは文には分らなかった。
立っていられない文を康太は抱きかかえて、そのまま深呼吸を続けていた。もはや文は意識すら朦朧とし始めている。顔を赤くし、わずかに涙さえ浮かべ、力が入らないながらも康太の体を抱きとめようと必死に腕に力を入れようとしていた。
いつの間にか文の体はベッドに横にされ、康太が覆いかぶさるように唇を重ね続けている。
息が苦しい、だがその苦しさが文は心地よかった。
体が徐々に浮遊していくようなそんな感覚、体の中から湧き上がってくる幸福感と満足感が文の体を支配し始めていた。
そんな中、不意に康太の口が文から離れる。
「ふぅ・・・文、大丈夫か?」
先ほどまで全く文のことを気遣わなかったのにもかかわらず、文が限界に近いと察するや否や即座に呼吸を中止した。
相手のことを観察することに長けた康太らしいというべきだろうか。だが文は少しだけ、本当に少しだけ不満もあった。
あのまま失神するまで息をされ続けたらどんな気持ちになっただろうかと、どれほど満足できただろうかと、文は必死に新しい酸素を求め息を吸いながら、朧げな意識の中で考えていた。
「あ・・・あんた・・・いきなりすぎ・・・」
「悪い、我慢できなかった・・・でも今日はこれでもう大丈夫だと思うぞ」
「・・・そう・・・そりゃよかったわね・・・」
勝手にやって勝手に満足して、男とは何て身勝手な生き物だろうかと文はわずかに眉間にしわを寄せながら康太の胸ぐらをつかんで強引に引き寄せる。
「あんたは満足したかもしれないけど・・・私は・・・満足してないんだけど・・・」
康太は自分で勝手に満足したが、文は満足できていなかった。いや、むしろ康太のこの行為が文のスイッチを押してしまった。
「ちょ、ちょい待ち文さん、これ以上はさすがに」
「女から求められて断るつもり?私もここで本番するつもりはないから安心しなさい・・・でもここまで火をつけられて黙っていられるほど私は大人じゃないのよ・・・!」
相変わらず力は入らないために、弱弱しく康太に迫る文だが、その気迫は康太に十分以上に伝わっていた。
ここまで来ると本番以外は何でもやりそうな勢いである。
「覚悟しなさいよ?私があんたにやりたいこと、今日でほとんど終わらせてやるんだから・・・!」
その夜、康太と文はそのテンションに任せて互いの欲求を次々とかなえていくことになる。
書き加えるとしたら、この日康太と文は宣言通り本番はしなかったということくらいだろうか。
 




