欲求に正直に
「なんか普通の服みたいなの買ったな・・・もったいないような・・・」
康太と文は早速購入した礼服を着込んでホテルのディナーを楽しんでいた。傍から見ても背伸びした学生程度にしか見えていないだろう。実際そのようなものではあるのだが席だけは奏の指示なのか一等席が用意されていた。
酒も飲めない学生風情にはもったいないほど良い席なのだが、そのあたりはもはやいまさらというべきだろう。
「これでいいのよ。チャイナドレスそんなに買ってほしかったわけ?」
「着てほしかった。もっと言えばすらっとした感じのドレスを着てほしかった」
「・・・あんたの趣味がわかったような気がするわ・・・体のラインが出る感じの服がいいのね?」
「そうだな。文はいい体してるから特に似合うと思うぞ?」
「・・・ありがとうね、セクハラまがいの誉め言葉でもうれしいわ」
せっかくの夕食であるにもかかわらず会話の内容が普段のそれと同じなのがまた残念なところだろうか。
もっとも康太たちからすれば場所や時間などはあまり関係ないのかもわからない。それが高級ホテルのレストランだろうと、学校の購買の近くにあるベンチだろうと、康太たちがいつもと違う話をする理由にはならないのだ。
「アリスも言ってたけど、男って服装が変わるとそんなにテンション上がるわけ?なんか理解できないんだけど」
「そうか?文にだって好きな服装の一つや二つあるだろ?それを好きな奴に着てもらえたらうれしいとか・・・そういうのないか?」
自然に好きな奴などと言われると文としては少し照れてしまうのだが、今はそのあたりのことは置いておくことにした。
「私の場合は・・・好きな服っていうのはあんまりイメージできないわね・・・なんていうか・・・好きな服っていうののイメージができなくて」
「そんなの適当だぞ?ナースだったら清潔そうだとか白衣の天使だとか、キャビンアテンダントだったら奉仕するとかそういう感じだし、メイドとか今となってはまさにイメージの産物じゃんか」
「まぁ、昔の本来のメイドとはちょっと変わってるかもしれないけどね・・・特に日本の場合は・・・まぁそうか・・・でもそういうのでいいのか・・・」
文は自分の思い浮かべる服装のイメージを次々と康太に当てはめていく。だがどうしても軍服や鎧といった戦う方向にイメージがつられてしまうのはその服を着せているのが康太だからだろうか。
文は難しそうな顔をしながらいくつかの服を康太に当てはめていく。
男性用の衣服で最もイメージしやすいのはスーツだろう。康太のように細身の体格であればたいていどんな服装でも似合うだろうが、すらりと伸びた体格であるがゆえにスーツなどは非常によく似合いそうである。
きっちりと着こなした形に加え、少し着崩した形など、スーツにもいろいろな着こなしがある。
それらを当てはめても康太は康太だ。文の中で康太のイメージが覆ることはない。どんな服装をしていても体のどこかに武器を仕込んでいるというイメージが強くなりすぎて、どうにも康太やアリスの言うところのテンションが上がるというのが起きることはなかった。
文自身が好きな服装というのも存在していないためにどうしたものかと康太の体をゆっくりと眺めていた。
「どうもダメね・・・なんかうまくイメージできないわ」
「それならなんか好きな体の部位とかないのか?そういうのをピックアップした服とかも結構あるぞ?」
「・・・好きな部位・・・ねぇ・・・」
康太の体の中でどこが好きかといわれると、正直選ぶのは難しかった。
上から順に康太の体をしっかりと確認していく。
髪、少し硬く、短めの髪は触れるとごわごわしている。文のそれとはまた違う康太の髪。文はこの髪が好きだった。
顔。康太の顔、他の誰でもない康太の顔。文はこの顔が好きだった。
首筋。筋肉質で贅肉のほとんどない引き締まった首筋。見ていると触れたくなる首筋。文好みの良い首だった。
上半身。腕や脇、背中など、どれもたくましく、文を簡単に抱え上げてしまう。特に背中は文の中でもお気に入りの部位といえるだろう。
下半身。文は何度かしか見たことはないが陸上部ということもあって鍛え上げられている。これも文の好きな部位である。
ここまで考えて文はどの部位が好きかというより康太そのものが好きなのだなと自覚する。
「・・・特にないわ。普段どおりが一番よ」
「えー・・・なんかないのかよ。文がなんか言ってくれないと俺もいろいろと要求しにくいじゃんか」
「あら、いいことを聞いたわ。じゃあずっと秘密にしておこうかしら。そうすれば無茶苦茶なこと要求できなくなりそう」
「ほほう、そうくるか。んじゃガンガン要求していく。文は一方的に俺に要求されるだけってことになるぞ?それでもよろしいか?」
要求されるだけ。康太の望むままに、康太の願いをかなえ続ける。延々と、康太が満足するまでずっと。
「・・・それもいいかもね」
康太には聞こえないような小さな声でそう言い、文は薄く笑いながら料理を口に運んでいく。
康太はあれやこれやと文に何を要求するか考えているようだった。
 




