ドレス選び
「おぉ・・・結構あるもんだな」
「探せばあるものね・・・これだけの数だとは思わなかったわ」
康太と文はひとまずこういう機会も少ないということもあって、東京内にある礼服を取り扱っている服屋にやってきていた。
男性用のスーツはもちろん、女性用のスーツやドレスの類なども扱っている。喪服のような地味なものから、明らかにバブリーなにおいを感じるような柄のドレスまで様々である。こういう衣服には興味がなかった康太と文は、このような衣服が大量にあることそのものに驚いてしまっていた。
「こういうのってたいていがオーダーメイドだと思ってたよ。普通に売ってるもんだな」
「まぁ売り方が普通かどうかはさておいて・・・すごいのは確かね・・・あっちのコーナーなんて目がちかちかしてくるわ」
比較的落ち着いた色とは対極、派手さを求めた彩色がなされているコーナーに目を向けて文は少し目を細めている。
店内の照明も相まってなかなか目に優しくない構図になっているのはこの店ならではのこだわりか何かなのだろうかと勘ぐってしまう。
「参考までに聞いておくけど、あんたとしてはどんなのを着てほしいの?」
「んー・・・ぶっちゃけ文なら何でも着こなすと思うけど・・・あんまり派手派手しいのはちょっとな・・・せっかくディナーなんだし落ち着いた雰囲気で」
「ドレスって時点でだいぶ浮ついてると思うのは私だけかしらね・・・まぁいいわ・・・って言ってもなぁ・・・ドレスなんて着たことないわよ・・・」
「まぁ日常生活送ってれば着ることはまずないわな。あ、アリスなら着たことあるんじゃないか?あいつ一時期貴族っぽいことやってたみたいだし」
何百年も生きてきたアリスならばドレスの一つや二つ着ていても不思議はない。確かに康太の言うことは間違ってはいないのだろうが、おそらくアリスが着てきたドレスは目の前にあるような現代の人間が着るようなドレスとはまた一線を画すものではないかと文は考えていた。
とはいえほかに相談できる人間がいないのも事実だ。奏はドレスよりもスーツを好むだろうし、小百合や春奈はドレスを着るような性格ではない。真理もまだ社会人にもなっていないのだ、ドレスなどを着る機会はなかっただろう。
そう考えるとアリスしか相談できる相手はいない。いざという時に頼りになるのがアリスしかいないというのは少し複雑な気分でもあった。
『もしもしフミか?今はデート中ではなかったか?』
「ちょっとアドバイスが欲しくてね・・・今日の夕食ホテルでディナーなんだけど・・・せっかくだから正装しようと思って。ドレスっぽいのを着ようと思ってるんだけど、どういうのを選んだらいいのかわからなくて」
文の言葉に電話の向こう側でアリスはあきれてしまっている。大きなため息が聞こえる中、文は少しだけ不思議そうにしていた。
アリスがこういう反応をするのは珍しいと思ったのだ。
『フミよ、何を思ってそのようなものを着ようと思ったのかは知らんがやめておけ。あんなものは着させられるものであって自ら着るものではない。ホテルでの食事ならお前たちの普段の服装でも十分問題はないだろうに』
「まぁそうなんだけどさ・・・康太は康太で別の意味のドレスを見てるし・・・まぁ二人ともちょっとテンション上がっちゃってるのよ」
『・・・まぁ、思えばデートらしいデートなどしたことがなかったのだったな。今まであれだけ一緒にいながら普通のデートがテンション上がるとは、情けない話よ』
「放っておいて頂戴。それで、何かアドバイスは?」
『・・・まぁそうだな・・・カクテルドレスにでもしておけ。コータを誘惑したいというのであればイブニングドレスが良いのではないか?』
カクテルドレスというのはアフタヌーンドレスとイブニングドレスの中間に位置している所謂露出が控えめなドレスのことである。一般的に夕方から夜にかけて行われるパーティーの準礼装として扱われることが多い。
対してイブニングドレスは夜の女性の正装という位置づけのドレスである。比較的露出度が高く格式高い場所などできる女性が多いというものである。
当然、今日思い立ってドレスを着ようなどと考えた文がそんなものを知るはずもなく、首をかしげてしまっていた。
「・・・そんなドレスがあるの?カクテルとかイブニングとか・・・普通の英語っぽいんだけど」
『せめて少しは調べて買おうとか考えんのか・・・まぁ実物を見たほうが早いだろうな。店員に聞いてみよ。あとはお前の好み次第・・・いや、コータの好み次第というべきか?露出の高さで勝負というわけか?』
「今更露出の高さで競ってもねぇ・・・ぶっちゃけ互いに露出マックスの状態を見てるんだけど・・・」
『馬鹿め、フミの愚か者め。男というのはな、全裸よりも衣服を着ていたほうが興奮するものなのだよ。ぶっちゃけ当社比三倍は違う』
「いったい何を比べたのよ・・・っていうかあんた会社だったの?」
『そんなことはどうでもよいのだ。コータを見てみろ。衣服を見てお前がどんな服装になるのかを妄想してニヤニヤしているに違いない』
文は言われた通り康太のほうを見る。アリスの言うように康太はところどころで衣服を眺めては目を細めてニヤニヤしている。
男というものはみなこういうものなのだろうかと、アリスが妙に男について詳しいことに少しだけ気になりながらも店員に話を聞くことにした。




