買い物 考え事
「そういえば文もバイクの免許取ったんだろ?あと奏さんからバイクもらってたよな?それガレージに入れておけばいいんじゃね?」
「あー・・・でもあのバイクまだ乗ってないのよね・・・なんか公道に出るのがちょっと怖いわ」
話が急に変わったことで、文は少し混乱していたが、文は自分の財布の中に入っている運転免許証を思い出しながらどうしたものだろうかと悩んでいた。
文は以前休みを利用してバイクの免許を取得していた。そしてその前には奏に祝いと称してバイクを一つ進呈されていたのである。
今はまだ鐘子家の一角で使われるのを待っているわけなのだが、本人がこの様子では一緒にバイクで出かけられるようになるにはまだ時間がかかるのかもわからない。
「せっかくバイクも手に入れたんだし、こうして堂々と置ける場所もあるんだし、使わないと損だぞ?何度か夜に練習してみるか」
「そうね・・・車どおりが少ない時間帯で練習するわ。今のうちに慣れておいて損はないと思うし・・・一緒に出掛けたりしたいし」
そのうちそれを使いながら魔術師として戦うこともあるかもわからない。何より文としては康太と一緒にツーリングに行きたいと考えていた。
今のうちにバイクの運転はできるようになっていて損はない。教習所と公道とでは緊張の度合いが違うとはいえそんなことを言っていてはいつまでたっても運転はできるようにはならない。
とにかくまずは自分の運転しやすい環境で練習するのが一番の上達の方法である。
「ていうかあんたはなんであんな簡単に運転できてるのよ・・・コツとかあるの?」
「んー・・・感覚としては自転車と一緒だしな・・・重心とかがしっかりわかってるとちょっとした動きで動かせるし・・・割と簡単だと思うぞ?」
空中で動き回ることが多い康太からすれば自分の重心がどこにあるのか、そして自分の体のバランスをどこで保てばいいのか、そういったコツをかなり早い段階で掴んでいたのだろう。
さらに言えば何の命綱もなしに空中にさも当然のように体を投げ出せる康太の胆力は常人のそれとは一線を画す。
空中に飛び出るそれに比べればバイクの操作や運転などさしたる恐怖は感じないのかもわからない。
「あんたに聞いた私がばかだったわ・・・まぁ一応私のバイクもあそこに運んでおくわよ・・・いろいろ教えてね」
「おう。ついでに整備用の工具とかパーツも買っておくか。たぶん荒い使い方になると思うからそのあたりも準備しておきたいな」
「本格的にあそこがガレージとして使われるわけね・・・でも私そういうの詳しくないわよ?」
「俺も探り探りだけどな、いろいろといじったりしてるよ。まぁ壊さなきゃ何でもできるプラモだと思えば」
「・・・あぁそうか、あんたの場合は分解も構築もできるもんね」
「バイクくらいの大きさと細かさになるとかなり燃費悪くなるけどな・・・そのあたりは練度でカバーだ」
康太の習得している魔術の中で最も高い練度を誇っている分解、そしてそれと対をなす構築の魔術。
この二つを使えば康太は比較的安全にものの分解や構築ができることになる。部品を破壊でもしない限りはそこまで苦労することなく物の組み立てができるのである。
特に康太が自分で所有しているバイクの構造はすでに康太の頭の中に入っているために、物理解析を行うまでもなく最大効率での魔術発動が可能だ。
良くも悪くも分解の魔術にはお世話になっているということである。
「あんたにかかれば大抵の機械は何とかなっちゃうのか・・・こういう精密機械でも簡単にばらせたりするの?」
そういって文はちょうど近くに置いてあったパソコンに目を向ける。昨今小型化が進む中ノートパソコンの性能もどんどん上がってきている。
こういったものも一瞬でバラバラにできるという意味では分解の魔術はかなり強力な魔術である。
「んー・・・精密になればなるほど燃費は悪くなるからな・・・外すパーツが多いわけだし・・・だけど接着されてる部分の強度はそこまで高くないから・・・バイクよりは消費は少ないだろうな」
「そういうものなのね・・・どこのパーツが壊れてるとかは解析できるんでしょ?」
「やろうと思えばな。もちろん複雑になるとその分時間もかかるし精度も落ちるけど・・・たいてい単純なものしか見ないからなぁ・・・」
康太はそういって片眼を閉じて目の前にあるパソコンを物理的に解析して見せる。
物理解析はあくまでどのような形のものがどのような構造になっているかを知るものであって、システム的なものを解析する能力はない。
そのためパーツの接触不良や破損は見抜けても、プログラムなどの干渉や不具合などは見抜くことはできないのである。
「うん・・・やっぱだめだ・・・かなりガツンと来る・・・やっぱパーツの種類が多いと危険だな」
「脳の処理が追い付かないんだっけ・・・?なかなか難儀な仕様よね」
「まぁ仕方ないわな・・・あ、文、これなんかいいんじゃないか?サイズぴったりだし」
「・・・ん・・・そうね・・・これも買っておきましょうか」
家電を着々と選んでいく康太と文は拠点に必要なものを一つずつ増やしていった。
郵送しそれらが届くころにはもう少しあの拠点もましになっていることだろうと想像しながら。
次に康太と文がやってきたのは家具などを取り扱っている店だった。家電だけではなく家具も何もないあの家の中にしっかりと住める空間を作るには家具の存在は必要不可欠である。
そんな家具屋の中で文はとあるコーナーの前で足を止めてしまっていた。
それはベッドコーナーである。大小様々、形もデザインも千差万別のベッドを前に文は頭の中で悶々としてしまっていた。
家の中にベッドがあるなんて当たり前のことだ。ベッドでなくとも寝具がないような家はほとんどないだろう。
だから文がベッドコーナーの前にいることはなにも不思議なことではないのだが、文が悩んでいるのはもっと別のところだった。
ここでベッドを買うことで、この中のベッドのどれかで康太と一緒に寝ることになる。そう考えてしまい、どれがいいだろうかと本気で悩み始めているのだ。
「なぁ・・・ベッドなんてどれでもよくないか・・・?」
「よくないわよ。少なくともこれで寝るのよ?ちゃんとしたの選びたいじゃない」
「ただ寝るだけだろ・・・?寝心地が良ければそれでいいんじゃないのか・・・?」
二人の中で『寝る』の意味が違っていることは言うまでもないだろう。割と長い間一緒にいた文でもやはりそういう行為を前にすると年相応の女の子になってしまうのである。
文が過剰に反応しすぎていると言えなくもないが、大事なことであるが故に悩んでしまうのも致し方ない話だろう。
「康太はベッドの細かいところとかは気にしないの?枕元に何か置けたりとか、コンセントがあったりとか、寝心地がどうとか」
「んー・・・まぁコンセントとか置ける場所はともかくとして、寝心地はあんまり気にしないかな・・・ぶっちゃけどこでも寝れるし」
「あぁ、そういえばどんなホテルでも普通に寝てたわね・・・じゃあベッド関係は私に一任してくれるってこと?」
「あぁ。あまりにも奇抜なデザインしてなければ好きに選んでくれていいぞ?」
「奇抜なデザインって・・・例えば?」
「棘がついてたりどくろが刻まれてたり」
「そんなのここに売ってるわけないでしょ」
一般的な家具量販店であるために康太がイメージしているようないかにも奇抜といったデザインの家具はそもそも存在しない。
とはいえ康太がベッドに関しては一任してくれたということで文は部屋に置けるであろうサイズを確認しながら近くにあるダブルベッドを探し続けていた。
入り口部分などはパーツごとにばらばらにすれば入れることはできる。あとはサイズの問題である。
文と康太が二人で寝て十分すぎる広さがあるほうが良い。なおかつ柔らかさなども求めたいところだった。
「ところで文さんや、ベッドにご執心なのはいいんだけどさ、ソファとかテーブルとかも見に行かんかね?」
「ん・・・そうね・・・あんまりこっちに時間費やしてももったいないか・・・でもなぁ・・・ベッドは今後・・・っ!」
ベッドで寝るという行為だけを思い浮かべていた文だが、あの空間、あの家の中そのものが康太と文だけしか基本的にはいない場所であるということを思い出す。
つまりする場所は寝室にあるベッドの上だけとは限らないという思考に至り、康太のほうを見る。
康太は好奇心と行動力の塊だ。以前アリスが言っていたように、とりあえずやってみるというのが康太の基本行動原理に近い。
戦闘の時でも魔術の時でも訓練でも、何事も自分でやってみて体得してきた康太にとってとりあえず気になることはやってみるのが康太なのだ。
つまり、気になったらすぐに実行に移す。やる場所などどこでも構わないのではないかと考えた瞬間、しっかり選ばなければいけないのはベッドだけではないということに気付く。
それこそ寝室にとどまらずリビング、キッチン、和室、ありとあらゆる場所でそういったことが想定されるのである。
選定しなければいけない家具の類は文が思っていたよりもずっと多く、この場所だけにとどまっていていいはずがなかった。
「・・・そうね、ソファもしっかり選ばないと・・・それにテーブル・・・あとカーペットとかもほしいわね」
「お、文さんエンジンかかってきたな?んじゃいろいろ見て回ろうぜ。せっかく来てるんだしいろいろ見ないと。照明とかもほしいよな、あとはタンスとかそういうの。いろいろ服とかも入れておきたいし・・・外套をかけておくようなやつもほしいな」
そういって康太は文の手を取って店の中を引っ張り始める。
康太もいろいろと考えているようで、店の中のものをいろいろと物色し始める。それらは一般的な家具ばかりなのだが、文には今全く別のものに見えてしまっている。
頭の中で卑猥な妄想が展開されているからか、康太と文がそういった行為をしているときにどのような場所でどのような体勢になるのかというそういうシミュレートしかできなくなってしまっていた。
そんな中さも当たり前のように家具を選んでいる康太を見て今の自分がどれだけ馬鹿なことを考えているのか、文は自分自身にあきれてしまっていた。
「文?どうした?そんな変な顔して」
「なんでもないわよ・・・いや・・・ごめん、なんか変な考えばっかり浮かんで・・・まじめに選ばなきゃね」
「もうちょっと気軽に選んでもいいと思うけどな・・・気に入らなきゃ買い替えればいいんだし」
替えればいいと簡単に言えるほど家具は安くはない。特に大きくなれば搬入にも時間がかかってしまうだけに選ぶときは慎重になってしまうものだ。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




