良い酔い方
「ところで康太、文、さすがにゴールデンウィークすべてを働かせるのは忍びない。せっかくの連休なのだからどこかに遊びに行ってきなさい」
「そうはいっても・・・」
「今からじゃどうしようもないんじゃないですか?ゴールデンウィークとかどこもホテルいっぱいでしょうし・・・」
接客業を除いたほとんどの業種が休みであるゴールデンウィーク。その真っただ中にどこかに行こうといっても無理の一言である。
日帰りでも多くの場所が人だらけで休んだり遊んだりできるとは思えなかった。
特に遊園地など恐ろしい混み具合になるだろう。素直に遊べるだけの環境があるとは考えにくい。
「宿泊先や交通手段は私が何とかしよう。どこか行きたいところはないのか?」
行きたいところと言われて康太と文は顔を見合わせるが、二人とも特に思い浮かべることができずにいた。
いろいろと考えてはみるものの、どこも適切とは言えない場所ばかりでゴールデンウィークに行くような場所ではないように思えてしまうのである。
「それなら学生らしくショッピングデートでもしてくればいい。せっかく恋人同士になったというのにデートもしていないだろう?」
アリスの思わぬ言葉に、康太と文はそういえばと顔を見合わせ、奏はなるほどなと小さくうなずいていた。
「なら、数日かけていろんなものを買ってくるといい。ちょうど拠点も空室の状態で渡したんだ。いろいろと必要なものや欲しいものを買う旅に出ればいい」
「買う旅って・・・なんか行商みたいですね」
「似たようなものだ。アウトレットに行くもよし、近くの店で済ませるもよし、そのあたりは二人で話し合って決めなさい。これは二人の問題だからな」
奏は寿司をほおばりながらそういうと、康太と文に視線を向けながら小さく微笑んだ。
何か買い物をといっても、康太たちがこれから買うことになるであろうものはかなり大きい家電や家具から小物までより取り見取りだ。
確かに奏の言うように数日かけて行うことになるだろう。
それらを送ったりすることもできるだろうが、受け取りなどをしたら一時的に部屋が散らかるのは目に見えている。
そう考えると同時に部屋の掃除や家具の配置などもしなければならない。
いや、そもそもどこに何を置くのかというところから始まる。寸法を取ったり二人でどこに何を置くのかを話しあう必要まで出てきそうだった。
考え始めればやりたいことは山ほどある。奏の申し出はありがたく、ぜひそうしたいところだった。
「しばらくは私が用意するホテルに泊まるといい。大きな駅も協会の門も割と近くにあるから立地もなかなかいいぞ?」
「そんな、そこまでしてもらうのは・・・」
「必要なことだ。ただの買い物デートでは少々華に欠けるだろう。いや、お前たちならそれでも十分というだろうが、これも親切心からくるお節介だと思ってくれ」
奏はそういいながらいつの間にか日本酒の入ったグラスを傾けていた。
いつの間に注文していたのかと康太と文は目を丸くしながら酒を飲んでいる奏の言葉に甘えることにした。
一日ずつ家に帰っても全く問題はないのだが、連日デートという特別なことをするのであれば宿泊先も決めておいてちょっとした旅行気分を満喫したほうがいい。
「わかりました。それでは数日お休みをいただきます」
「すいません、気を遣っていただいて・・・」
「構わん、すでにお前たちには十分に力になってもらった・・・さすがに手を借りすぎたくらいだ。これでは幸彦や小百合に怒られてしまうな」
兄弟子としては二人に格好いいところを見せたいのだろう。奏は苦笑しながら小さくため息をつく。
「小百合は特に今も三人の弟子を抱えているからな・・・あまりそのうちの一人を使いまわすのは良い気はしないだろう。今度直接詫びを入れに行くことにするよ」
「奏さんが師匠に会いに行ったらそれはそれですごい顔をしそうですけどね」
「はっはっは、確かに。かわいがっていたというのに、いつの間にか随分と嫌われてしまったものだ」
酒が入っているせいか、身内の話題をしているからか、奏はいつも以上に表情が柔らかく、また豊かだった。
憂うような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべる奏に、こんな風に笑うのだなと康太と文は素の奏を見たような気がしていた。
「アリス、ちょうどいいからこの二人がデートに行っている間はお前が手伝え。いろいろと頼みたいこともある」
「ん・・・私をこき使う気か?」
「安心しろ、せいぜい会議用の資料を作らせるくらいだ。高齢者にパソコン仕事はややつらいものがあるだろうからな」
「馬鹿にするな、私はコータやフミよりもずっと達者だぞ?伊達に長いこと生きてはいない」
自分自身で多趣味というだけあってアリスはパソコン関係にも明るい。
奏は奏でアリスが何百年も生きた魔術師だということをまったく気にしないで話をしている。
魔術関係で何かをさせようというのならアリスも渋ったのかもしれないが、単純にだれでもできる仕事となってはアリスも個人的に嫌だという以外に断りようがない。
なんともうまい会話のもっていき方だなと康太と文は感心していた。




