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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」
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帰宅と報告

「なぁベル、結局あの方陣術に組み込まれてた精霊はどうなったんだ?」


雑木林から抜け出しながら、康太たちは合宿所までの道を歩いていた。そんな中ふと康太はあの方陣術に組み込まれていた精霊のことを思い出したのだ。


そして昨日の夜、文が妙に機嫌が悪かったことも。


「ん・・・一応生きてたわ。ただだいぶ消耗してたから元に戻るには時間がかかるでしょうね」


あの方陣術に組み込まれていた精霊は無理矢理にマナを取り込むような動作をさせられていたのだ。


マナを一点に集めるという半ば無茶苦茶な動作をさせられていたためにその存在そのものが崩壊してもおかしくないほどの過負荷を与えられていた。その存在が崩壊していなかったのは偏に運が良かったからなのだろう。


文の機嫌はそこまで悪くない。恐らく彼女の中にいる精霊も仲間を助けることができて上機嫌なのではないかと思われる。


「無事なら何よりだけど・・・そう言う精霊ってやっぱ人間を恨んだりもするのか?ひどい目に遭わされたわけだし」


「前にも言ったけど弱小精霊は自我もないような子たちばっかりよ。恨むとかそう言う感情は多分ないわね。まぁ何かしらの変化はあるかもしれないけど」


精霊というのはその全てが話ができたり自我があったりするものではないというのは以前聞いていたが、今回組み込まれていた精霊もその例に漏れず自我の希薄な弱小精霊だったようだ。


結果論になるが今回被害を受けたのが弱小精霊でよかったと思ってしまう。もしこれで自我などがある上級の精霊であったら人間に強い恨みを覚えるだろう。


そうなったら一体どうなってしまうかわかったものではない。


「運が良かったのか悪かったのか・・・精霊が弱くて何よりだったな」


「まぁ実験で使うような精霊に上位のものを使うわけはないけどね。失敗してもいいようにしてるって意味では正しい判断よ」


絶対にやりたくないけどねと付け足しながら文は小さくため息をついて見せる。自分自身精霊を引き連れているという事もあって精霊をないがしろにするというのはあまり良い気がしないのだろう。


魔術師として合理的な考えをすることはできても、その通りに行動できるほど彼女は物分かりが良くないようだった。


いやどちらかというと物分かりが良いからこそそう言う事をしたくないのだろう。理解してなお自分の嫌なことはしたくない。文はそう言う種類の人間のようだ。


「上位の精霊で同じようなことをしようとしたらどうなるんだ?」


「もっとひどいことになるでしょうね。当たり前だけど下位よりも上位の精霊の方がマナの吸収効率もその量も桁違いに多いもの。それだけ周囲に及ぼす影響も大きくなるわ。今回ちょっと寒いくらいに収まってたのは下位の精霊を用いていたからでしょうね」


そう言う意味では運がよかったわと言いながら文は方陣術のあった方向に視線を向ける。


旅行中に面倒に巻き込まれるという意味では決して運がいいとは言えないが、それでも面倒事の規模が小さかったのはまさに不幸中の幸いとしか言いようがないだろう。


もちろん巻き込まれないに越したことはなかったが、こういう場所でこういう経験ができたのはある意味貴重だったかもしれない。


前向きにとらえるのであればむしろこの経験は二人にとって大きなものになるだろう。魔術師としての実戦をこのような場所で行うことができたのだから。


「ちなみにだけどさ、こういう事件って今まで何回くらい起こったんだ?」


「こういうって・・・マナ操作の事件?そうね・・・私が知ってる中でも五件くらいかな・・・相当レアよ」


「・・・そのレアな事件をピンポイントに引き当てたのか・・・」


今まで片手で数えられる程度しか発生していない事案を、康太たちが旅行している間に引き当ててしまうあたり相当運がないということがわかる。


いやもしかしたら運がいいのかもしれないが、どちらにせよ面倒な事案だったことに変わりはない。


「いったい誰が運が悪いのかしらね・・・まったくそいつの顔が見てみたいわ」


「・・・ひょっとして俺のせいだと思ってる?」


「違うの?私今まで魔術師として生きてきてこんなこと一度も経験したことなかったんだけど?」


文は康太と比べると魔術師としての経験は何十倍もある。今まで経験してこなかったことを康太と一緒に行動してきてすぐに遭遇したという事は、つまりそう言う事だろうとにらんでいた。


どういう理屈かは知らないが、康太は面倒事に引き合うような運をしているらしい。


ある意味強運と言えるだろうが、その運はとても良いものであるとは言えない。


「あんたの今までの話を聞いてると、たぶんすっごく運が悪いと思うわ・・・いえ悪運が強すぎるっていったほうがいいのかな・・・?でもそれだと変か・・・なんて言えばいいのかしら」


ただ運が悪いだけなら面倒に巻き込まれてそれで終わりだ。だが康太の場合運悪く何かに巻き込まれ、運良く助かっている。悪いことの後に良いことがあるという意味ではバランスはいいのだが康太の場合そのバランスが絶妙すぎるのである。


言葉で簡単に表せるものでもないために文は悩んでしまっていた。


「どっちにしろ褒められてないことだけは理解した、まぁなんとなく気づいてはいたけどさ」


「そうね、まぁいいんじゃない?いろいろ経験できるし。何かあったらフォローくらいはしてあげるわよ」


それはこれからも一緒にいるから大丈夫という遠回しな励ましだったのだが、正直あまり元気が出る内容ではなかった。


つまりこれからも面倒に巻き込まれるだろうけど頑張ってという事だ。これで元気が出る程康太は前向きにはなれないのである。

















翌日、魔術師としての事件が終わったところで学校としての行事が終わるはずがなく、当然のように康太たちは朝から動いていた。


と言っても周囲を散策したり土産を買ったりするだけで終わってしまうようなものだった。帰りのバスの中で熟睡してしまったのは言うまでもない。


帰りにいろいろと土産を購入し、小百合のいる店にたどり着いたのは夜になってからだった。


いつも通り店の守護神(仮)のまさるマネキンを一瞥しながら康太が店の中に入るとその中にはいつも通りの光景が広がっている。


相変わらず胡散臭いものばかりが置かれているいかにも怪しい店だと思いながら康太は店の奥の居住スペースへと足を運ぶ。


「師匠、ただいま戻りました」


中をのぞき込むといつも通りちゃぶ台に位置して新聞を読みながら茶をすすっている小百合の姿がある。


それなりに若いはずなのにこういう姿が似合ってしまうのはどうなのだろうかと康太は眉をひそめてしまっていた。


「ん・・・ご苦労・・・報告は受けているが一応お前の口からきいておこう。何があった?」


恐らくは協会の方から事務的な連絡は受けているのだろうが、そこはやはり弟子である康太の口から聞くのが筋だと思ったのだろう。康太としてもとりあえず話すことがいくつかあるためにそれを断るつもりもなかった。


「とりあえず生徒たちは全員無事、なおかつ魔術の露見もしていません。今回戦った魔術師は禁術?を使ってマナを集めようとしていたらしいので阻止しました。協会の魔術師に引き渡して状況終了です」


「・・・ふむ・・・その怪我はその時に負ったものか」


康太は可能な限り隠していたのだが、どうやら微妙に動きが違うのを見透かされていたようだ。


康太の負傷箇所は二つ。頭部と腕だ。どちらもわずかに切れているだけだがそれでも体の動きに少しだけ違和感があったのだろう。


そう言うところを見破ってくるあたりさすがだと康太は少しだけ感心していた。


「はい・・・少し手間取りました」


「まぁ相手もいっぱしの魔術師・・・マナが少ない環境だとはいえお前では手間取るのも無理はない。むしろよくやった方だろう。止めはライリーベルがやったようだが」


康太と文が連携していたことも、そしてどのような戦いをしていたのかもどうやら小百合はすでに知っているようだった。


恐らくはあの場に駆けつけた協会の魔術師が報告したのだろう。そこまで確認できていたなら少しくらい手助けをしてくれてもいいのにと康太は内心舌打ちをしていた。


「それで、お前自身何か変化はあるか?何かしらの感覚に目覚めているかと思ったが」


「えっと・・・自分の体の近くにあるマナくらいなら感じられるようになりましたけど・・・それもあんまり範囲は広くなくて・・・」


実際康太が向こうに言って得られたものはマナの変化を感じることができるようになったくらいのものだ。


とはいえその範囲も狭いし自分の体の近くにあるマナでしかその動きを感じ取れない。だが小百合はそれで十分だと考えているようだった。


「何も最初からすべてができるようになるとは思っていない。少しずつ身に着けていけばいい。そう焦ることもないだろう」


「・・・まぁ・・・そうですね・・・あ、あとこれお土産です」


康太が買ってきた土産物を受け取ると、小百合は小さく笑って見せた。買ってきたのは漬物だ。土産として正しいかどうかはさておいてどうやらお眼鏡にかなうものだったらしい。


「そう言えば姉さんは?今日は大学ですか?」


「あぁ、なんでも実験があるとかでそれなりに忙しくしているようだ。もうそろそろこっちに来る頃だとは思うが・・・」


実験という事は真理は理系の大学生だったのかと康太はいまさらながらに真理のことをほとんど知らないのだなと思いながら彼女を待つことにした。


なにせこの体の傷は真理ではないと治せないだろう。小百合に治すのを頼もうものならきっと傷口を開く結果になるのは火を見るよりも明らかだ。


「あれももう少し落ち着けばいいんだがな・・・お前という兄弟弟子ができてから妙に心配性になっているきらいがある・・・どうにかならんものか」


「まぁ俺からしたらありがたいですけどね・・・師匠はこんなんですし・・・」


「・・・前から思っていたがお前達は私のことをなんだと思っているんだ・・・師匠に対する態度かそれが」


前々から康太と真理は師匠である小百合がダメダメであるという事は互いに話している。しかも小百合に聞こえるように言うから性質が悪い。


もっとも尊敬していないわけではないのだ。技術の高さもその強さも理解しているし尊敬もしているが、だからこそ師匠としての性格や素行がもう少しよければと心の底から思ってしまうのである。


もったいないという言葉が正確かどうかはさておいて、康太にとっては傍若無人な小百合と比較的常識人な真理を比べた時にどちらが頼りになるかと言われれば圧倒的に後者なのである。


人間性格が大事だよなと心の底から思えるほどに。


この後康太は戻ってきた真理に治癒を施してもらい、彼女にも土産を渡したところで帰宅することになる。


ようやく平穏に戻れる。そう考えてその日は比較的早く眠りについた。そしてそれは同じ苦労を共にした文も同じであった。













後日、康太と文は魔術協会の方に顔を出していた。


理由はいたって単純、今回起きた事件の詳細を報告するためである。


もちろん康太たちだって今回の事件の全貌を確認できているわけではない。どちらかというと証言をするというだけに過ぎないことなのだが魔術の存在が露見しかけたという意味ではかなりの重要案件だったことに変わりはない。一般人にほど近い感性をしている康太からすればまるで事情聴取のようなものだと解釈していた。


康太の住む場所の近くにある通り道になっている教会から魔術協会日本支部へと転移するのもこれが二度目である。


魔術師としてのコードに加え術師名を記したものを教会の神父に見せることで通行が可能になるというシステムのようで一人前とまでは言えないまでも一応魔術師である康太も問題なく使用できるようだった。


「にしても災難でしたね、まさか旅行中にピンポイントにそんなことが起きるなんて・・・」


「全くです。本当にいい迷惑でしたよ」


「まぁレアな案件だったんだろ?いい経験になったと思うしかないんじゃないか?」


この場にいるのはブライトビーこと八篠康太、そして康太の兄弟子であるジョア・T・アモンこと佐伯真理、そして康太と行動を共にしたライリーベルこと鐘子文の三人である。


小百合もついてくるのかと思いきや『私が行くとまた面倒なことになりそうだからお前達だけで行ってこい』と同行を拒否していた。


その時丁度いろいろとやるべきことが溜まっているらしかったために、そちらを優先したいというだけだったかもしれない。あるいはただ単に面倒に思ったからだったのかもしれない。


どちらにしろ小百合は魔術協会に行くことそのものを控えているような気がしてならなかった。


自他ともに認める敵の多さから自分の周りで面倒が巻き起こるというのは半ば予想できてしまっているのだろう。そう言う意味では自己分析はしっかりとできているのだろうが、それならもう少し敵を作らないようにできないのだろうかと思えてしまう。


それぞれ魔術師の装束を身に着けた康太たちがゲートをくぐり魔術協会の日本支部に到着すると、徐々に康太と文の方に視線が集まってくる。


時折小声でささやくような呟くような声が聞こえてくるあたり内緒話でもしているのだろう。自分たちが現れたとたんにこういう反応が出てくるというのは正直いい気分ではなかった。


「なんていうか・・・俺もやっぱ嫌われてるんですかね?」


「あー・・・あんたの場合はそうかもね・・・なにせ師匠があの人だし」


師匠が小百合である時点で、その弟子である康太も自動的に敵対者であるとみなされてもおかしくない。


この魔術協会の支部内では荒事は基本禁止されているために面倒事は自然と淘汰されるが、それでも何も起きないとは限らないのだ。


ここにやってきた初日に面倒事が発生しているのを目撃している康太からすればいつ襲われるのだろうかと戦々恐々である。


「まぁ否定はしきれませんが・・・今回の場合は少々事情が異なりますよ。あれを見てください」


真理の視線の先にあるのは掲示板のようなものだった。そこには幾つも情報が掲示されている。魔術の存在そのものを露見させることができないためにネットなどを用いての情報共有が難しい中こういった紙媒体での伝達が未だに主流で使われているというのも何とも面倒なものである。


だがこうした徹底的な管理こそが今まで魔術の存在を隠してきたのかもしれない。


「ひょっとしてこの前の事件がもう掲示板に載ってるんですか?」


「はい、あなたたち二人の名前も載っていますよ」


康太と文が掲示板の方に寄ってみると、そこには確かに先日の事件の大まかな内容とそれを解決した魔術師として『ブライトビー』『ライリーベル』という二つの術師名とそれぞれの仮面のデザインが記されていた。


名前だけではなく仮面のデザインも記しておくのはつまり仮面こそが魔術師を見分けるために必要なものだからでもある。


素顔を貼り出されるよりずっとましなのだが仮面がこうして表示されているというのも非常に妙な気分である。


「へぇ・・・こんなのあるんだ・・・」


「ある程度大きな事件や重要度の高い事件を解決したり起こしたりするとこうして支部の中でこうして記されるんです。とても名誉なことですよ?」


「私も初めて載ったわ・・・良いことなんだか悪いことなんだか・・・」


大きな事件や重要度の高い事件というのはつまり規模という意味だけではなく、どれだけ魔術の存在が露見する可能性があったかという事だろう。


今回のような禁術を用いたような場合は協会としても防がなければいけない事件であると同時に大きく自然にも影響を与えるという事もあって魔術の存在が露見しかねなかったのだ。それ故に危険度はそれほど高くなくとも重要度の高いものにカテゴライズされているらしい。


名前を出されて褒められるという事なのだろうが、ひっそりと暮らしたい康太からすればこうやって大々的に褒められることも可能なら避けたかった。

これでまた自分へのヘイトが高くなるのだろうなと確信しながら康太は小さくため息をつく。


一方文は魔術師として貢献できたことが嬉しいのか、それとも活躍し褒められたことが嬉しいのか仮面越しでもわかるほどに目を輝かせている。


魔術師として生きていたらこれくらいが当たり前なのだろうかと首を傾げた後康太たちは今回の事件の報告をするべく支部長の元へと向かうことにした。



誤字報告を五件分受けたので、そして土曜日なので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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