ウィル大活躍
康太はつかんでいた魔術師を再現の魔術で滅多打ちにして気絶させると、その魔術師を盾にしながら縛られている魔術師の方へと向かう。
味方を盾にされているからか、転がされている魔術師は攻撃ができないようだった。どうやら直線的な射撃系魔術しか覚えていないようである。
康太は盾にしていた魔術師を思い切り振り回すと、縛られている魔術師めがけて思い切り叩きつけた。
その体に人一人がたたきつけられる衝撃は予想以上だったのか、それとも縛られた態勢でいながら頭を床に強打したのか、縛られた状態の魔術師は動かなくなっていた。
康太は二人が気絶したことを何度か頭部と腹部を強く蹴り上げて確認してからワイヤーで思い切り縛り上げていく。
手足がうっ血しそうなほどに締め上げられても何の反応も示さないあたり本当に気絶したのだろう。
康太は索敵を続け、周囲が安全であることを確認してから被害者のもとへと向かおうとする。
扉もなく、ただ廊下から続いているだけの部屋にその少女は転がされていた。
おそらくさらわれた状態のままで放置されているのだろう。部屋の隅にはごみの入った袋があり、その中には食料品のものと思われるごみが詰め込まれていた。
食事は与えられていたようだと少しだけ安心しながら康太はその少女のすぐ近くまで歩み寄る。
小さく息をする音が聞こえる。規則正しい息遣い、彼女が眠っているのは間違いなさそうだった。
匂いを確認して彼女が被害者本人である確認もとれた。あとは犯人の二人を協会へ運び、彼女をこの場から逃がすだけである。
「随分早かったわね、もっとてこずるかと思ってたわ」
康太の戦いが終わったことを察したからか、文もこの建物の中に入ってきていたようだ。
いつの間にかやってきた文に少し驚きながらも康太は小さくため息をついて休憩室代わりのスペースに転がしてある魔術師二人の方を横目で見る。
「片方が眠っててくれたからな。完全に油断してたぞこいつら」
「運がよかったわね。とりあえず私はこの二人を協会に連れていくわ。あんたはその子を指定のポイントに・・・その前にっと」
文は身をかがめると寝ている少女の額に触れて何やら集中しだす。数分間そうしていただろうか、文は小さく息をついてから立ち上がった。
「これで記憶の操作は完了よ。この子は犯人二人が眠った隙をついて自分で逃げ出した・・・一心不乱に逃げて、自分が今どこにいるのかもわからない状況だった。脚本としてはそんなところかしら?」
「中学生にしては度胸があるな。なかなかお転婆っぽいぞ?この子がどんな性格なのかも確認しておくべきだったか」
「一度こうと決めた女は強いのよ?意地でもやり通すわ。恐怖がきっかけになって新たな一面が・・・とでも思えば不思議でもないでしょ」
恐怖がきっかけ。確かにそうかもしれないと康太は薄く笑う。本当に恐怖を覚えるとどんなことでもできるような錯覚に陥る。
一度死を、あるいは死に近い何かを経験するとそれ以外のものは些細なもののように思えてしまう。
もちろん苦しいのはつらい、痛いのはつらい。でもそれでも、生きていたいと強く願う。生き続けたいと思ってしまう。
人間とはそういう生き物だ。どんなに口で死にたいといっても、死の間際にはやはり生きたいと、生きたかったと願うのだ。
もしそれでも死にたいと願うものがいれば、それは生きることそのものに疲れた者だけだろう。
「んじゃビーはその子を連れて指定の場所までお願いね。ウィル、しっかりその子を守りなさいよ?」
文の言葉に返事するかのように、康太の体を覆っていたウィルが右腕を作り出して親指を突き立てる。
だんだんとリアクションが早くなってきたな、とウィルの成長を喜びながら康太はウィルを自分の体から須藤香織の体へと移していく。
「そいつらには気をつけろよ?片方は縛られた状態でも攻撃してきたからな」
「ワイヤーで縛ってるでしょ?万が一攻撃されそうになったら即電撃をお見舞いしてやるわ。油断はしないから安心しなさい」
油断という言葉は文にはない。普段からして康太と訓練しているのだ。相手が死に体かどうか、余力を残しているかどうか位の判別はつく。
何より、康太が気をつけろと言った。それだけで文からすれば何よりも警戒するに値するのである。
「しっかりエスコートするのよ?まだ仲間がいないとも限らないしね」
「了解。そっちもな。万が一からまれたら呼べ、助けに行くから」
「必要ない・・・と言いたいところだけど、そうね。万が一の時はお願いするわ」
万が一自分が不利になったら。文はそういう意味を込めてそういった。
康太も文の言葉の意味を正確に理解し、ウィルを纏った須藤香織を連れて建物を降りていく。
ウィルを纏った彼女の姿は、ライダースーツを纏ったようだった。頭部はヘルメットで、体は密着した服装。ウィルの形状と質感から言って通常の衣服は再現しにくいということでこのような形になったのだろう。
これからバイクに乗るのだからちょうどいいかもしれないなと思いながら康太は早々に建物を後にした。




