予知の力
熊がわずかに怯むと同時に、康太は攻勢に転じることにした。
治療などができない野生動物、本来ならば傷つけることだって可能ならばしたくないところだ。
ならばどうするか、斬撃ではなく打撃で徹底的に痛めつけるほかない。理性がないとはいえ相手は動物。相手のほうが強いということがわかれば引いてくれるはず。
熊が何のために康太に立ちふさがっているのかは不明だが、康太を敵に回すだけの意味を持っているのかがわからない。だからこそわからせるほかないのだ。
炎に怯んだ熊に対して康太は噴出の魔術を使って一気に接近し、跳び上がりながらその顔面めがけて全力の蹴りを放つ。
エンチャントによって強化され、さらに噴出の魔術によって攻撃力を増した蹴りはその顔面を的確にとらえた。
僅かに体がのけぞるが、康太は攻撃の手をやめない。がら空きの腹部に、太い首に、振り上げたままの腕に、康太は連続して蹴りを放っていた。
噴出とエンチャントのコンボにより攻撃は熊に対してかなりの衝撃を与えているらしく、蹴りが入るたびにその体が大きく後方へと運ばれていく。
だがこの体重差、ダメージを与えられているかは微妙なところである。相手が炎に怯んでいるからこそこのようにダメージを与えられているが、熊がやけくそになれば蹴りなど無視して攻撃してきても不思議はない。
再び康太の蹴りが熊の頭部に直撃すると、熊はその目を見開いて康太の方をにらむ。
瞬間、熊の腕が康太を切り裂こうと思い切り振り回される。
熊の一撃を受ければ康太だってどうなるか分かったものではない。康太は攻撃を取りやめ瞬時に回避へと気持ちを切り替えた。
噴出の魔術を使って熊と距離を取ろうとするが、熊は執拗に康太に接近しようと突進してくる。
大きく手を広げて襲い掛かる熊に康太は冷静にその突進を見極めながら前進する。
振り下ろされる両腕の脇をすり抜けるようにしてその体に再び蹴りを当てる。
蹴りを主体とした康太の攻撃、腕を使ってもエンチャントと噴出のコンボならば同様の結果が得られるだろうが、幸彦に忠告されたように手を痛める可能性があるため攻撃頻度がかなり低くなってしまう。
さてどうしたものかと考える中、康太は自分の近くに少し大きめの石が落ちていることに気が付いた。
とあることを思いつくと同時に康太は即座にその石を拾い、エンチャントの魔術をかける。
そして熊めがけて進むように噴出の魔術を発動すると、石は一直線に熊へと向かっていきその体に直撃する。
噴出の魔術は炎の出る起点を自分の体としなくてもいい。エンチャントも自分の体でなくてもよいのだ。
普段再現や遠隔動作など、自分の体をベースとした魔術を多く使っているせいで頭から抜けていた。
本来ならばこのような使い方こそ、魔術師が行うような行動なのだと。
石を投げられた熊は、高い威力の投石に驚きこそしたものの、まだ全く堪えていないようだった。
さすがの耐久力だと康太は褒めたくなるが、同時にこの熊を倒してみたいという気持ちがわいていた。
ウサギがこちらにやってくるまでいくらほどの時間があるだろうか。康太の頭の中には目の前の熊を倒すという考えが満ち始めていた。
熊の弱点、それを頭の中に思い浮かべた時、ぱっと思いついたのは額だった。
猟師などが頭を撃ちぬく場所。ちょうど額の部分を徹底的に攻撃すれば何とかなるのではないかと康太は考えていた。
ウィルを連れてくるべきだったなと少し後悔しながらも、康太は熊の頭部めがけて攻撃を集中し始めた。
狙うは脳震盪。だが熊ほどの生き物相手に脳震盪が起きるかどうかは正直微妙なところである。
頭に衝撃を与えても、首の骨や首周りの筋肉が衝撃を逃がしてしまう。頭を揺らすことによって発生する脳震盪だが、熊のように太い首をしていると脳震盪は起こしにくい。人間ほど簡単には脳を揺らさせてはくれないだろう。
だからこそ康太は単打ではなく連打で熊へと攻撃をし続けた。
常に上からの攻撃。熊にとって自分より大きな生き物に対しての攻撃はとにかく経験が少ない。
熊よりも大きな動物など日本に数えるほどもいないだろう。その動物もほとんどが動物園にいるようなものばかり。
野生において最大といえる熊は、自分より高い位置への攻撃になれていない。高い場所にある木の実などを取ることはしても、頭上への攻撃というのはできないのだ。
康太はそれを教えられたわけでもなく理解していた。先ほどから熊の腕が頭よりも後ろに回っていないことから、そして康太が跳び上がった時から熊の攻撃頻度が下がったことに気付いていた。
だからこその頭上からの連続攻撃。連続して繰り出される康太の蹴り、そして時折叩きつけられる投石、この攻撃に熊は大きく後退していた。
全体重を乗せた蹴りに、加速して投げられる石、この攻撃を連続して頭部に受ける上に熊の攻撃は康太に当たらない。
圧倒的不利を理解したのか、熊は一度康太から距離を取って低く唸り牙をむく。
先ほどまでの体を大きくする威嚇ではない。康太が熊の生態に詳しければ、その表情からわずかな怯えが感じられたことに気付けただろう。
とはいえ、相手はほとんどといっていいほどにダメージを受けていない。これほどの耐久力とは思わなかったと康太は苦笑し、同時に少しショックを受けていた。
自分の攻撃をここまで受けてなおかつ平然としている熊に対して強い敬意を向けていた。
そんなことをしていると、康太の索敵に小さい影が二つ確認できる。それが先ほど伝えられたウサギであるということは理解できた。
こちらに猛烈な勢いで走ってきている。この状況で近づかれるのは非常にまずいと康太は歯噛みしていた。
熊とはまだ戦闘中だ。とはいえウサギを捕獲するのが目的なのだ、熊にかまってウサギを逃がしたというのはさすがに言い訳にならない。
康太はじりじりと後退し、熊から距離を取る。そしてウサギが二匹自分の近くを通り過ぎようとした瞬間に後方へと高速移動し、通り過ぎようとしたウサギを二匹抱えようと手を伸ばす。
唐突にやってきた康太に、ウサギは一瞬硬直する。それも無理のない話だろう。康太が移動した瞬間、熊も康太めがけて襲い掛かってきていたのだから。ウサギの視点からは自分たちを捕まえようとする康太、そして襲い掛かろうと勢いよく突っ込んできている熊が目に入ったのだ。
その硬直は康太にとってうれしい誤算だった。二匹のウサギを抱え上げると康太は即座に噴出の魔術を使って木の上に退避する。
熊は康太のいる木の下までやってくると体を伸ばして康太を捕まえようとしているのか、爪を木に立てて低い唸りを上げ続けている。
「ったく・・・どんだけタフなんだよ・・・ぜんぜん堪えてないなこいつ・・・」
自分の腕の中で暴れて逃げようとしているウサギを強引に抱え込みながら、康太は文たちがやってくるのを待った。
そして同時にこのウサギが件のウサギなのか確認しようとしていた。
模様と匂いからして康太たちが探していたウサギに間違いはない。七匹のうちの二匹を確保できたのは運がよかった。山の中でこれほど早く見つけられたのも土御門の二人の予知があってこそだと康太は安堵していた。
「ビー!大丈夫!?」
康太の耳に聞こえてくる文の声。どうやら近くまでやってきているようだった。康太の索敵にはまだ引っかからないが、その声を聴いて康太は安堵と同時に少しだけ不安を覚える。
「大丈夫だ!ウサギは確保した!けど足元に熊がいるから気をつけろよ!」
「まだ倒せてないの!?じゃあ私がやるからじっとしててよね!」
簡単に私がやるからなどと言ってのけた文に少しだけ康太は不安を覚えるが、次の瞬間康太の周囲に霧が発生し、それらが道のように形成され始める。
霧の道が出来上がると同時に熊めがけて、正確には熊の周辺めがけて電撃が発生し破裂音を響かせる。
熊は即座に体をのけぞらせてその場から距離を取る。だが電撃は熊を追うように襲い掛かっていく。
だが決して直撃はしてない。電撃による光と音によって熊を驚かせているだけでダメージは全く与えていなかった。
熊は電撃におびえ、その場から去ろうと徐々に距離を取り始める。
その光景に康太はため息をついてしまっていた。自分があれだけ攻撃しても全く引くそぶりを見せなかった熊が、威力もさしてないであろう電撃におびえて逃げ出そうとしているのだから。
「ビー、今のうちに離脱するわよ!その子の縄張りに入ってるなら悪いのは私たちなんだから!」
「了解!そのまま牽制しててくれ。離脱する!早く追って来いよ!?」
「任せなさい!ウサギを逃がさないでよね!?」
文は再び電撃を発生させて熊を牽制する。康太はそれを見て肉体強化の魔術と噴出の魔術を駆使して木から木へと跳躍し山を下りる方向へと進んでいく。数分後、康太を追うように文たちが同じく山を下りてくる。合流すると同時に康太はウサギを土御門二人に預けてため息をつく。
「はぁ・・・ショックだよ、熊があそこまで耐久力があるものとは思ってなかった・・」
「刃物は使わなかったわけね」
「使えるかよ、野生動物が怪我すればそれだけで致命傷になりかねないんだから。勝手に入っておいて殺すなんてのはさすがにな・・・」
襲われ、対峙していた康太だが、傍からその様子を確認していた文でも康太が攻撃を控えていたのは把握できていた。
打撃ではなく、ナイフや再現の魔術を使った斬撃を駆使すれば熊を殺すことくらいはできただろう。
それをしなかったのはひとえに康太たちこそが侵入者であるからだ。熊は悪意あって康太たちを襲ったわけではない。
むしろ康太たちが縄張りに入った可能性があるから熊はやってきたとみるべきだ。ならばこの場において悪は康太たちだ。なのに一方的に熊を痛めつけるというのは避けるべきだ。
とはいえ、あれだけ攻撃してしまったのも事実。同時にあれだけの攻撃にほとんど怯んでいなかったのもまた事実。
「とりあえずこの子たちを協会に連れて帰りましょ。さすがに私たちが持ったまま移動するのは無理よ」
「そうだな、ベイカーさんにさっさと預けて次は町か平原のどっちか・・・今何時だ?」
「十五時、もうすぐ日が暮れるわね」
四月になって暖かくなってきたとはいえ、日が落ちるのはまだ早い。まずは平原部に向かって夜が更けてから街に向かうのが適切だろうと康太たちは考えていた。
ついでにほかの依頼を受けた魔術師たちがどのような動きをしているのかも確認しておいたほうがいい。
康太と文、そして土御門の二人は早々に山を下りて協会に向かうことにした。
「さすがバズの身内だ。仕事が早くて助かるよ!」
康太たちは二匹のウサギを連れて協会にいるベイカーのもとを訪れていた。捕獲してきたウサギ二匹を見てベイカーは嬉しそうにその二匹を再びケージの中に入れる。
ウサギたちは途中から暴れることもなくおとなしくしてくれていたために比較的運ぶのは容易だった。
「といってもまだ二匹だけですよ。他の魔術師は町の方を重点的に探しているんですか?」
「教会の近くにある町の方は結構魔術師が向かっているらしいよ。そっちのほうが被害が大きそうだから仕方がないかもしれないね。君たちはどこを探していたんだい?」
「山の中です。においがそっちに分かれていたので」
康太はそういって近くにいるウサギの一匹を見る。康太たちが連れてきた以外にも、どうやらほかの魔術師が捕獲したウサギがいるようだった。
「これで三匹・・・あとは四匹だね」
「まだ半分にも到達してないですか・・・町の方は魔術師たちが向かってるなら俺たちは別の方向で捜索しましょう。ところで、見つけたっていうのは町の方角で間違いないですね」
「そうらしいね。まだほかにもいるかもしれないし、いないかもしれない。そのあたりは不明瞭さ」
「ビー、においはどれくらい分かれてたの?」
「町3、山2、平原2の割合だった気がする。と言っても確実とは言えないぞ?かなり匂いも薄れてたし」
教会という動物があまり訪れない場所だからこそ匂いが残ってくれていたが、少し移動すると野生の動物が来ても不思議はない場所であったため、においはかなり薄れてしまっていた。
その後別の場所に向かっていても不思議ではない。
「じゃあ町で一匹見つけたってことは、残り町2、平原2ってところかしら」
「ぶっちゃけ平原で捕まえるのが一番面倒くさい気がする。遮蔽物ほぼないだろ?北海道特有というかなんというか・・・」
「そのあたりは頑張るしかないわね。町の方はほかの魔術師に任せて日があるうちは平原を探しましょう。それじゃベイカーさん、また後で」
康太たちはさっそくウサギたちを探すべく北海道の地に戻りウサギたちを探すことにした。
三方向に分かれているうちの一つ、山はすでに探した。次は平原部分。町と町をつなぐ永遠とも思えるほどに続く一直線の道。平原が続くその場所ににおいは残っていた。
時間はもう残されていない。あと数時間もなく日は落ちるだろう。暗闇になれば完全に暗闇となってしまう。
だが同時に、康太は日が傾くのを待ってもいた。
温度が下がってくる夕方、康太は平原を見渡せる位置に立つと周囲を確認していた。土御門の二人は常に予知を、文は常に周囲を索敵し続けている。
そんな中、康太は熱視覚化の魔術を発動していた。
周囲に高温の物体があればそれを見ることができる。地形を見難くなるこの魔術だが、熱を正確に見ることのできる魔術ならば生き物を探すのに適している。それもこういった平原であればなおのことである。
近くを見て近くにいなければ、双眼鏡などを使って遠くを探し続ける。そんな中明が康太の肩を二回ほどタップする。
「先輩、あっちの方角に何かいるっぽいです」
「了解。探す手間が省けて本当に助かるな。予知万々歳だ」
康太は明の指示した場所を重点的に探すと、熱源を一つ確認することができた。大きさは双眼鏡を使っているせいで把握しにくいが、人型ではない。少し丸い形をしているのが確認できる。
「一匹確認。ウサギかどうかは不明。とりあえず行ってみるか」
「了解。けどどうやって近づくの?平原だと隠れる場所もないし・・・気配でも消すの?」
「気配を消すなんて器用なこと俺にはできないんだけどなぁ・・・気配を強めることならできるんだけど・・・」
「逆効果ですね・・・どうしますか?狙撃とか?」
「麻酔も何も持ってない状態じゃ狙撃したって殺しちゃうぞ。とはいえどうするかなぁ・・・近づいたら間違いなく逃げるよなあれ」
ウサギだってバカではない。近づいてくる動物がいれば逃げようとするだろう。もっとも自分自身が逃げられると思っているならばある程度近くまで行っても問題ないかもわからないが。
そんな中、康太たちは幸彦から受けた助言を思い出す。
「よし、こうなったらぎりぎりまで近づいて鬼ごっこと行こうか」
「鬼ごっこって・・・ウサギ相手にですか?」
「あぁ。引きこもりウサギに体力の違いを思い知らせてやろうじゃないか。全力で追いかけてやる。幸い道から結構距離があるから魔術使っても目視されないだろうし」
「一応霧を作ってごまかしておくけど・・・大丈夫なわけ?穴の中に逃げられたりすると厄介よ?」
「あ、ウサギって穴掘って巣を作るんだっけ?今まで室内で暮らしてた輩にそんなことできるのか?」
「いや知らないけど・・・まぁいいわ。やるだけやってみましょうか」
「おう、さあ行くぞ、男衆は追いかけて女衆はその補助をしてくれ」
「え?俺も追いかけるんすか!?」
「当たり前だろ!野原を駆け回るのは男の仕事だ」
「なんですかその仕事・・・」
晴は若干困っているようだったが、これも訓練の一環だと思って康太の言葉に従うことにした。
「待てやぁぁぁあああ!」
「おとなしくつかまれ!」
康太たちが発見したのは間違いなくウサギだった。康太たちが目視できた瞬間ウサギは即座に逃げ出した。
当然康太たちは追い回す。走り続けてどれくらい経っただろうか。晴は未来予知でうまくウサギの進行方向に回り込み、ウサギを確保しようと二人で野を駆け回ることになる。
「ビー、頑張りなさい!日が暮れるまで時間ないわよ!」
「二人とも頑張って!・・・って先輩、これ念動力とかで捕まえちゃいかんのですか?」
「男二人が追いかけたいって言ってるんだからそうさせておきなさい。たぶんビーの方はそれわかってやってる節があるから・・・」
視認できるほどの距離にいるのであれば念動力で捕まえてしまえばさしたる苦労をせずに捕まえることはできるだろう。だが康太がそれをしないのはひとえに晴の訓練のためである。
実際に動く相手に対して予知を発動させ続け、また自らも動き続けるというのは一種の訓練になる。
しかも今までやってきたような攻撃に対して防御をするということではなく、相手を追う、つまり自分たちが攻撃側に回るというのはなかなか経験できない。小百合のもとで訓練している状況では特に。
そういうこともあってこのウサギには訓練の相手になってもらったということである。ウサギには申し訳ないがすぐに終わってしまってはつまらない。そのため文たちに協力してもらって少しの間追い回すことにしたのだ。
「じゃ、若干動きが鈍くなってきましたね・・・!このままなら追い詰められますよ!先輩!俺が回り込むんで先輩確保お願いします!」
「了解した!一気に決めるぞ!」
というか、すぐに終わってしまうのは仕方のないことだ。何せこのウサギ、今まで全くと言っていいほどに運動などしてこなかったのだ。
狭いケージの中で少し動く程度のことしかしてこなかったために体力はないも同然の状態。それで体力旺盛な男子高校生の追跡を逃げ切れるはずもない。
「よっしゃぁああああ!捕まえたぁ!」
「獲ったどー!逃がさないぞこのウサギめ!」
木々などの遮蔽物のあった森であれば不意打ちに近い状態で確保できたが、平原ではしっかり追う以外に確保の方法はない。もっともそれは魔術師以外の場合に限られるのだが。
「お疲れ様二人とも。ウサギは預かるからしっかり休んでなさい」
「あ、ありがとう・・・ございます・・・いやぁ・・・なかなか大変で・・・し・・・」
捕まえていた康太の手元から文が念動力でウサギを運ぶのを見た瞬間、晴は驚愕の表情を作る。
そう、念動力で捕まえてしまえばもっと早かったのではないだろうかと気づいてしまったのである。
「・・・あの・・・先輩・・・念動力で捕まえるとかダメだったんですか?」
「あ?ダメなわけないだろ。使える手段は何でも使うのが実戦だぞ」
「・・・なんで念動力で捕まえなかったんですか?」
「お前の訓練のためだな。楽ばっかりしてたらせっかく実戦に来てる意味がないだろ?ていうかこれを見る前に気付いてほしかったよ」
相手が小さく細かく動くということもあって念動力では捕捉しにくいということもあっただろうが、文ならばこの辺り一帯を念動力で浮かせることくらいはできた。
そう考えると今までの康太たちの奮闘はほぼ無駄と思えてしまう。訓練ができただけまだ良しと思うべきだろうか。
「なんですかそれ!苦労したのに・・・!」
「はっはっは。こうしてちゃんとウサギも確保できたんだからそういうな。動き回りながら予知をするのもなかなかいい経験だっただろう?相手の先を読んで先回り、なかなかできない経験だからな」
「・・・そりゃ・・・そうですけど・・・」
「ならよしだろ。ちょうど日も暮れるし・・・一度協会に戻って報告しよう」
日も暮れようとする時刻、すでにだいぶ暗くなり、ほとんど何も見えなくなり始めている。この暗闇に目が慣れるようになるには少し時間がかかるだろう。
「あの、もう一匹はいいんですか?平原にもう一匹いるみたいなこと言ってましたけど・・・」
「うん、そうなんだけどさ・・・見当たらないんだよ・・・熱視覚でも見つけられないし・・・もしかしたらもう別の場所に行っちゃったのかもしれないな」
「匂いは?残ってないの?」
「この平原のところまでは二匹いたんだ。けど途中から一匹になっちゃってる。もしかしたらもう確保されたか・・・あるいは捕食されたか・・・」
試される大地というだけあって北海道は食物連鎖の勢いは激しい。それこそ野生動物に狩られてしまった可能性だってある。
動物ならば食べられてしまっても匂いが残るかもしれないが、鷹などの大型の猛禽類に捕獲された場合、いきなりにおいが消えてしまっていても不思議はない。
「まぁ、他の場所を探しまくってそれでもいなければもう一度ここを探すって感じでいいんじゃないか?肉眼で確認できるところを探してもいなかったんだ。これ以上は時間の無駄だし、何よりもう暗いからな」
暗くなってしまっては平原での調査は少々効率が悪い。捜索場所を町へ移す必要があるとほかの三人も理解しているようで康太の言葉にうなずいていた。
とりあえず見つけられるものは見つけたのだ。康太たちはひとまず協会のベイカーのもとに戻ることにした。
ベイカーに一匹のウサギを届けてからすぐに、康太たちは町へと向かっていた。
町に到着した時にはすでに完全に日が暮れ、あたりは暗くなっていた。夜が始まり、ここからは魔術師の時間だ。
「北海道の町って全体的に暗い感じがするな・・・建物が少ないからか?」
「っていうか建物の間隔が広いからでしょ。街灯はあるけど、関東に比べると暗く感じるわね。そのほうがありがたいけど」
人の往来も少なく、なおかつ車の行き来も少ない。さらに暗いとなれば何かを探すのであれば一般人に見られる心配がない分安心して探せるというものである。
とはいえほかにも魔術師たちが行動している以上ある程度協調性を持たなければ要らないいさかいを呼ぶことになるだろう。
「ベル、他の魔術師はどのくらいいる?」
「今のところ・・・四人確認できてるわ。それぞれ町で活動中・・・ウサギの姿はまだ見つけられないわね・・・匂いはどう?」
「さすがに町で結構動き回ったっぽいな、あっちこっちににおいが残ってる。この辺りを活動の中心にしてるのは間違いないんだろうけど・・・」
残ったウサギは三匹、町に来ていたウサギは二匹のはずだが、平原で見つからなかったウサギが一匹いたはずである。そのウサギもこちらに来ている可能性がある以上三匹この場所で見つけられる可能性は高い。
とはいえ、北海道の町は広い。広大な大地を悠々と使っているためにその捜索範囲はほかの町とは比べ物にならない。
「ウサギって草食ですよね?草木がある場所を中心にしてるんじゃないですか?」
「・・・むしろ草木がない場所のほうが珍しいんだけどな・・・たいていいろいろと植えてあるぞ?」
街路樹などに加えて自然に生えてくる雑草の類も多く存在しているために、植物が生えていないのは建物と建物の間、所謂路地裏という場所くらいのものである。
「とりあえずウサギたちがなんか食べてる証拠を探すか。そのあたりの草木を探ればたぶんあると思うんだよ」
「また糞を探すんですか?なんかいやだな」
「それによってどれくらいの時期かわかるだろ?こう匂いが残りまくってると追跡も難しいんだよ」
ウサギのにおいがしっかり残っているということはつまりウサギがこの場所にいるという証拠でもあるのだが、逆にここまで残りすぎているとどこに行ったのか追跡が難しくなってしまう。
康太は嗅覚強化の魔術をかなり使いこなしているが、それでもまだ微細なにおいの強弱に関しては嗅ぎ分けが難しいのである。
特に右往左往したような場合には特定が難しくなる。
「ところでさ、ウサギがそんなにうろうろしてたなら町の人たちも見てた可能性あるわよね?」
「そうだな・・・いっそのこと張り紙でもしてみるか?写真は・・・ないか・・・?いやベイカーさんに聞いてみるのもありだな」
もしこの町での目撃情報があるのなら、一般人対策として連絡先を載せた張り紙などをしておくのも一つの手かもしれない。
とはいえウサギが魔術的な力を発動しないとも限らないために一般人にあまり意識を集中させるのは得策とは言えない。
探して探して、それでも見つからなかった時の最終手段とするべきだろうと康太たちは考えていた。
「とりあえずこの町を探すしかないか・・・最低四人の魔術師が探しててそれでも見つからないって相当だぞ?二人はなんか見えたか?」
「・・・いえ・・・今のところ何も・・・」
「なんか見つけたような反応はないですね」
四人もの魔術師が索敵の魔術を発動して動き続け、それでも見つけられないというのは少々異常な事態だ。
すでに町の中で一匹見つけているとはいえ、他の三匹はどこに行ってしまったのか。
「ベルの索敵にも引っかからないわけだろ?」
「そうね、今のところそれらしい姿は見つけられないわ」
町自体はそこまで大きくはない。だというのに見つけられないというのは何か理由がありそうである。
康太は少し考えてから土御門の二人に目を向ける。
「なぁ、お前たちは未来予知でどこまで先の未来を見ることができる?」
「えっと・・・俺はマックスで三日まで・・・遠くなればなるほど魔力消費が大きくなるのでその分見られる長さは少なくなりますけど」
「私は五日から一週間くらい先まで見られます。同じように先の未来ほど魔力消費は大きくなるので・・・」
二人の未来予知に対する適性の問題か、晴と明でそれぞれみられる未来の遠さにも差があるらしい。
だが日をまたぐレベルで遠くの未来を見ることができるのであれば良くも悪くも知りたい情報は知ることができる。
「・・・なるほど・・・それならそうだな・・・五時間後と一日後の未来を見てくれるか?俺たちがどう動いてるのか知りたい」
五時間ごと一日後。康太に指示された通り、二人はそれぞれの未来を確認し始める。予知の力によってそれぞれの未来を確認した中で、晴は難しい顔を、明は何かを見つけたような顔をした。
「どうだ?それぞれの俺たちは何をしてる?」
「・・・五時間後はこの辺りをうろうろしてますよ。変化なしです」
「・・・明日はこの辺りじゃないですね・・・暗い・・・どこ・・・?」
晴と明の発言の違いに、康太は着目していた。五時間後、つまり今日の活動限界の時間の康太たちは何の手がかりも得られていないが、明日の同時刻の康太たちは何かしらの手がかりを得てどこか別の場所を調査しているということだ。
「場所を特定してくれ。どんな風景だ?何が見える?」
「暗いです・・・室内・・・?木や草はないです・・・街灯もない・・・代わりにベル先輩が光を作ってます・・・」
「・・・ベルが堂々と魔術を使ってる・・・木や草がない・・・室内の可能性が高いな・・・どんな場所だ?」
「えっと・・・道がずっと続いてます・・・通路・・・みたいな・・・」
「洞窟か?それとも人工物のトンネルか?」
「・・・トンネルに近いです。しっかり舗装されてます・・・いや・・・ところどころ雑な感じで・・・」
「人工的な地下空間って感じか・・・?ベル、この辺りに地下があるか調べてくれ。普通の索敵じゃ見つからないくらい深い場所にあるかもしれない。ハレは近い未来、十分から十五分程度先の未来を予知し続けろ」
康太の指示で文は地下を中心に索敵を始め、晴はこの先康太たちがどのように動くのかを未来予知で確認し始めた。
明は常に未来を予知し続け、その場所がどのような場所なのかを探し始める。すると、明の見ていた未来が急に変化した。
「あ・・・先輩、明日の未来が変わりました・・・もう全く別のことをしています」
「別のことってのは?」
「協会にいますね・・・支部長と何かお話をしています」
「オッケー。ってことは今日中に何とかしたってことか・・・二人とも近い未来をとにかく予知し続けてくれ。地下空間らしき場所にたどり着く未来があったら詳細に予知だ」
康太の指示通り未来予知を続ける土御門の二人に対して、文は地下を重点的に索敵し続けて一つ妙な場所を発見できていた。
「ビー、町の外れの建物・・・ダストシュートから地下に降りられる場所があるわ・・・明らかに変な場所ね」
「お、それらしいところ見つけたか・・・よっしゃ、そこに行ってみよう」
文が見つけた場所に康太たちが向かうと、そこにある建物の中にいくつか不審な点があった。
いや、正確にはダストシュートの一部に妙な場所があるというべきだろうか。
ダストシュートは本来高い階層から一階部分の集積場所まで一気にごみを落とすというものだ。
なのにそこから地下に何かが通じているというのがまずおかしい。
「あれ?どれだ?」
「ダストシュートと排水系のパイプの近くよ。変な形になってるでしょ?そこから地下に行けるっぽいのよ」
「・・・あ、ほんとだ。良く見つけたな」
一見するとダストシュートの部分と排水系のパイプの部分が一体化して、地下へと通じていても不思議がないように見えてしまうが、排水パイプにしては明らかに大きすぎる空間が地下につながっているのがわかった。
広範囲の索敵から潜り抜けるために、わざとこのような空間を作っているとしたら大したものである。
「でもかなり大雑把なつくりだな・・・いろいろと雑だ」
「急ごしらえで作ったんでしょ。土属性の魔術を使えば比較的簡単に作れるし・・・っていうか問題なのはこんな空間を作って何しようとしてるのかってことよ」
ダストシュートの先にあるごみ集積場所のせいで康太の嗅覚強化による追跡は不可能に近い。
だがこの先に何かがあるのは間違いなさそうである。
本来ならば何かしらの手順、あるいは手がかりを得てこの場所にやってくるべきだったのだろうが、地下に何かがあるという未来を予知できたおかげで割と早くこれを見つけることができた。
そういう意味では土御門の二人を連れてきて正解だった。情報収集系の依頼に関しては二人の未来予知はある意味反則ともいえるレベルで状況を進めることができる。
何せ未来の自分たちが地道な調査で得たはずの知識や情報を現段階で得ることができるのだから。
「よし、入るぞ。この中に痕跡があればここで確定だ」
「え・・・ごみの中に入るんですか・・・?それはちょっと・・・」
「なんだよ、ごみの中くらいでうろたえるな。これからもっと汚い場所に行くかもしれないじゃんか」
康太の言葉に土御門の二人はかなりいやそうな表情を仮面の下で浮かべているが、康太の言うようにこれから汚物にまみれることだってあり得るかもしれないのだ。
そういう意味では早々に慣れておいたほうがいいかもしれないが、それはあくまで理屈だ。素直に言えばこんな汚い部分には触れたくないというのが正直なところである。
康太が先導して中に入ると、そこには分りにくいが確かに地下に通じる通路と、それをふさぐ扉があった。よくよく観察しないと見つけられないほど小さな溝がある。康太は遠隔動作の魔術で扉を内側から強引に開けると、その扉の向こう側を覗き込んだ。
空気がよどんでいるのがわかる。きちんと酸素が行き届いているかも怪しい。康太は即座に暴風の魔術を発動し、中に強制的に空気を送り込んだ。
誤字報告を25件分受けたので六回分投稿
出張が終わって気が抜けていましたかね
これからもお楽しみいただければ幸いです




