表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十一話「新しい生活」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

944/1515

VS熊

康太は真正面から近づく熊の存在を確かに感じ取っていた。


今まで巨大な動物などと遭遇したことがない康太でも、その存在感をその肌で感じ取ることができていた。


木々の奥から聞こえてくる息遣い、ゆっくりとこちらへと近づいてくる、木々や草木を踏みつぶすその足音。そして嗅覚強化の魔術を発動しているからこそ伝わる獣臭さ。


どれも康太にとっては初体験の事象であるにもかかわらず、康太はそれが熊が近づいてきているサインだということを感じ取れていた。


どうやって追い払ったものか。


現状、康太が強い殺気を放っても全く意に介していない。相手はそれだけの覚悟をしているということになる。


時期的に冬眠明けして少し時間が経っている、ちょうど空腹であり、なんでも食べたいという状態である。


康太のことを餌として見ているのか、それとも全く別の理由があって近づいてきているのか。


本来野生動物は基本的に臆病な個体が多い。康太がここまで強い殺気を放っているにもかかわらず近づいてくるということは必ず理由がある。


もしや子供でもいるのだろうかと康太は目を細めていた。


子連れの熊は非常に獰猛であるということくらい康太も知っていた。子供を守るためなら親熊は何でもする。


自分の子供を守るためにどんな生き物でも殺して見せる。


そんな状況になったらさすがに追い払うのは難しいかもしれないなと思いながら康太は姿勢を低くしながら熊を待ち構えた。


ゆっくりと、そして確実に近づいてきた熊の姿を康太は目視することができていた。


大きい。


康太が最初に抱いた感想はこれだった。自分の体と比べても、今まで戦ったどの魔術師と比べても比較にならないほどの大きさだ。


身長が高いとかそういうことではない。肉が分厚い。肩幅が広い。頭が大きい。腕が、そして足が太い。


康太の比較的細い体ではダメージを与えられないかもしれない。それほどに太く大きい体だった。


熊は康太を目視でとらえると、閉じていた口をわずかに開きその牙を見せつけてくる。さらに立ち上がり、その両腕を大きく広げて見せつけるようなポーズをとった。


大きい、体長は二メートルに届くかもしれないほどに大きい。体重は数百キロにも及ぶだろう。


低く唸るその声が自分に対する威嚇であると康太も理解していた。


だからこそ康太もその行動を真似ることにした。日中での活動ということで仮面を外していたのが功を奏したというべきだろう。


口を開き、自身の口の中にある歯を見せ、低い態勢のまま両腕を大きく広げて見せる。自分の体を少しでも大きく見せるための威嚇のポーズだ。


なるべくならば殺したくはない。とはいえこの場を離れた文たちのもとに向かわせるわけにもいかない。


この膠着状態は康太にとって望むものでもあった。相手は威嚇をしたまま動く気はないようだ。


相手の腕、そして牙の射程距離の中に康太はいない。当然同じように康太のナイフも届く距離ではない。


とはいえ相手は獣だ。その俊敏性は人間のそれをはるかに上回る。さらに言えば単純な力そのものも康太では相手にならないだろう。


だが当然それは康太が何の魔術も使わなかった場合の話だ。魔術を使えば倒すことも殺すことも不可能ではないだろう。


無論それは康太も承知している。だがむやみやたらと殺したいわけではないのだ。


動いてくれるな。そう祈りながら康太は威嚇のポーズを取り続ける。熊もまた康太に対して威嚇し続ける。


康太の殺気を物ともしていない。いや、自然界において殺し殺されるのが当然なのだ。殺気程度で怯むような軟な環境にいるわけではないのだと、康太は追い払うことをあきらめる。


ウサギ二匹をすでに土御門二人の未来予知で捕捉している時点で捕獲できるかは怪しくても捕捉することはできるだろう。


ならばその邪魔をしないようにこの場にとどめるのが康太の役目だ。


索敵の魔術を発動させ周囲の状況を確認しながら、康太は目の前の熊の戦力を確認していた。


爪、牙、主な攻撃手段はこの二つ。そして巨体を支える太い腕と足。首がほとんどないのではないかと思えるほどの太さ、あれでは脳震盪を狙うのはまず無理だろう。


ならばどうするか、手足を負傷させるのがベターであると康太は判断していた。巨体を支えられるだけの手足ではあるが、そこのどこかしらが負傷すれば確実に相手の機動力を削ぐことができる。


「先輩!そっちに行きました!」


不意に聞こえた明の声に康太が強く反応し、そしてさらに反応したのは熊だった。康太以外にも誰かがいることは察していただろうが、こちらにやってきているということに気付きこの状況すらも危険であると判断したのだろう。


牙を大きく見せつけながら勢いよく康太のほうへと突進してきた。


速い。


康太は内心舌打ちをしながら魔術を発動した。


襲い掛かる熊の腕に対して康太が考えた行動は回避だ。まず発動したのは肉体強化の魔術。そしてそれと併用してその体に無属性のエンチャントの魔術を発動した。


振るわれるその腕を康太はぎりぎりのところで回避した。だが相手は止まらない。腕を振った勢いそのままに体を叩きつけようとしてくる。


体格差をうまく使った戦い方だ。いや、相手からすればとにかく相手との距離を詰めて噛みつこうというのが当然の考えなのだろう。


だが康太も簡単に近づかせるわけにはいかない。


その体を足場に跳躍し、熊の背後を取るとナイフを構えながら完全な戦闘態勢に入る。


そして同時に周囲の状況を正確に把握しようとしていた。


先ほどの明の声、明らかにこちらにウサギがやってきているということだ。


だが康太の索敵には誰も引っかからない。おそらく明が魔術で声を大きくして康太に届くようにしたのだろう。


康太の索敵の範囲の外、いったい彼女たちが今どこにいるのか康太には今のところ知る術がない。


今はこの熊をこの場にとどめなければならない。


康太の姿を即座に視認した熊は再度接近を試みて突っ込んでくる。両腕を大きく広げ、康太めがけてたたきつけるように振り下ろしてくる。


隙だらけ、だがその速さと大きさは侮れない。


康太は反撃を捨て回避に専念する。回避した瞬間には次の攻撃がやってくる。連続攻撃、態勢も相手の位置も関係なく、とにかく攻撃する。


何という無茶苦茶な攻撃だろうかと康太は回避しながらもその能力の高さに驚いていた。


これが野生なのかと、強く感動すら覚えながらその体からわずかに黒い瘴気を発生させる。


相手を衰弱させることができたならば、わざわざ外傷を与えることもないと考えたのである。


Dの慟哭で相手の生命力を吸い取ることができれば、相手をこの場にとどめることも不可能ではないだろう。


康太が黒い瘴気を熊の体にまとわせていくが、いつまでたっても相手の生命力を吸い取ることはできなかった。


康太の懸念が一つ的中してしまった。この魔術は発動できない動物がいる。


今まで何度かペットショップに向かった時に試したことがある。中型以上の大型動物にはこの魔術は発動できないのだ。


人間以外で発動が確認できたのはネズミクラスの小動物。ウサギにも発動できるのは確認済みだ。


この魔術そのものが疫病の性質を組み込んでいることからして、発動に適している生き物と適していない生き物がいるのだろう。


本来の疫病が熊に通じるかどうかというよりは、この魔術を作り出したデビットがどのような意図をもって、どのような目的をもって作り出したのかというところに問題があるのだ。


康太は歯噛みしながら攻撃を続ける熊の攻撃を回避し続けていた。


Dの慟哭が効かないとなればできることは限られる。相手の動きは速い。そしていつウサギがこちらにやってくるかわからない以上、早いうちに決着をつけなければならない。


咆哮を上げながら襲い掛かってくる熊の攻撃を飛び上がって躱し、その首部分に手をついて康太は即座に魔術を発動する。


そして熊が反撃するよりも早くその体から離れ、木の上に飛び上がった。


次の瞬間、熊は大きく前進しようとするが、唐突に急加速し地面に勢いよく転がってしまう。


いったい何が起きているのか熊自身理解できなかっただろう。熊は自分の前足をついて再び立ち上がろうとするが、前足に込めた力が強すぎたのか、地面から飛び起きるようにして今度はしりもちをついてしまう。


康太が発動したのは肉体強化の魔術だ。肉体強化の魔術はその生き物の最大限までであればその身体能力を強化できる。


あの熊の身体能力が限界かどうかはさておき、普段の力以上の力が強制的に発揮されるという状況は彼らにとっては気持ち悪さしかないだろう。


さらに言えば康太はその筋力をバラバラに強化していた。


それぞれの部位がバラバラの強化をされ、体がうまく動かせていないのだ。


臓器の部分までは強化の手を加えていないために、普段康太が尋問などの時に使うような強烈な不快感を伴う強化はされていないが、体を思うように動かせないというストレスは強烈なはずだ。


康太は少しできた間を使って周囲の状況を再度確認していた。


近くにいる熊のせいで獣臭さがあたりには満ちている。そのためウサギのにおいを判別することは難しい。


索敵の魔術でもそれらしい姿は見えていない。ウサギがいつ来るのかはさておいて、この熊がこのままここにいてはウサギが怯えてこちらに来ない可能性もある。


土御門の二人がどのような未来を見たのかは知らないが、明が叫んだということはおそらく遠い未来だ。

ならば早いうちに熊を排除しなければこちらにウサギが来ないことも考えられる。


康太は熊を追い払うにはどうしたらいいだろうかと思いながら木の上から降りる。


そしてエンチャントの魔術をかけたままの両腕を広げ、その両手の平からわずかに炎を噴出させる。

動物が本能的に恐れる炎。康太が一番効果的であると判断した対策がこれだった。


揺らめく動き、そして高い熱。触れれば痛みを伴うということで動物がもっとも恐れる現象が炎だ。


熊もそれが該当するとは思えないが、少なくとも今のままでは熊は怯えてくれないのは目に見えている。


熊は康太の掌から出てくる炎を見てわずかに表情を変えた。先ほどまでのそれとは少し違う。熊の顔などあまり見たことのない康太だったが、そのわずかな表情の変化を見逃さなかった。


日曜日なので二回分投稿



これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ