初めての試み
「さて・・・んじゃ現地に行きますか。幸彦さん、門の申請はお願いしていいですか?」
「構わないよ。けどもう行くのかい?準備とかしなくて平気かな?」
本当であればいろいろと準備をしたいところなのだが、第三者の介入があるとわかった以上のんびりしていると先にウサギを確保されかねない。
というかこれだけ小さく破壊を起こしていることから、もうすでに先回りしてウサギを確保されていても不思議はないのだ。
門が偶然開いたのであればまだ相手も探している最中かもしれないが、相手がタイミングを見て意図的に門を開いたのであれば勝ち目はない。
「ベイカー、今回の移動はあらかじめ予定されていたことなのかい?」
「予定自体はされていたけど、細かいタイムスケジュールは決まっていなかったよ。とりあえず準備ができたチームから移動させようって感じだったし、その日は僕が寝坊してきたし」
「なるほど、それならよーいドンの競争でもまだ望みがありそうですね」
本来予定になかったことによって、門の開閉は予想外の時間に行われた可能性が高い。
あらかじめ予定などなかったのだから門の使用申請を出しようもない。門が開いてしまったということ自体は不運だったが、そういう意味では不幸中の幸いというべきだろうか。
「ならさっさと動きましょう。どうせ武器の類はあまり持ち込めないですし、さっさと動いてさっさと確保しましょう」
「わかった、伝えてくるよ。けど注意するんだよウサギってのは臆病な生き物だからね。索敵範囲に入った瞬間にはもう気づかれていると思っていいよ」
「そのあたりは動物だからなぁ・・・仕方がないとしか言いようがないですね」
普通の人間と動物では身体機能に差がありすぎる。それは筋力という意味ではなく五感などが含まれたすべての能力だ。
特に草食動物や小動物の類は危機察知能力が尋常ではない。おそらく文の最大規模の索敵を施しても、その索敵内に入った段階で康太たちのことを捕捉していると思っていいだろう。
大げさかもしれないが動物を相手にするということはそういうことだ。
「あっちが野生の勘に頼るならこっちは期待の新星に頼りましょうか。頼りにしてるぞ二人とも」
「え?あ・・・任せてくださいよ!」
「すぐに見つけて見せますよ!」
康太に頼られたのがうれしかったのか、土御門の双子は意気揚々と胸を張って見せる。情報戦ですでに負けているのであれば現在ではなく未来の情報を拾うしかない。
そういう意味では土御門の二人がこの場にいたのは僥倖だった。動物の動きを常に察知するには通常の索敵に加え、予知の魔術を使わなければ追いきれないだろう。
「あとバズさんのほうで何かアドバイスみたいなものはありますか?」
「そうだね・・・動物って基本的に目に見える距離にやってきても逃げないことがあるでしょ?あれは彼らの中での危険範囲がわかっているからなんだよ」
「危険範囲?」
「要するにこれ以上近づかれたら逃げ切れないっていう距離だね。逆に言えば逃げないってことはそこまでだったら近づかれても逃げられるっていう自信があるってことさ」
そう言われてみればと康太たちはテレビなどでチーターの餌である草食動物が、チーターが可視範囲に入っているにも関わらず逃げない映像があったことを思い出す。
つまりはそういうことなのだ。たとえチーターであってもある程度の距離があれば自分の足ならば逃げ切れるという自信があるからこそ急いで逃げるような必要がない。
「でもそれって野生で鍛えられた草食動物の場合ですよね?今回のウサギっていつ頃から飼育してるんですか?」
「基本子供のころからだね。生後三カ月くらいかな?それくらいから育て始めたよ。ちなみに今二歳」
「ほとんど室内で過ごしてきたんですか・・・ますます野生の勘なさそうですね」
ウサギで言うところの二歳が人間でいうところのどれくらいの年齢になるのかは康太は知らなかったが、生まれてからほとんどをケージの中で過ごしていたことになる。
そんなウサギに野生の力があるのかは甚だ疑問だった。
「話を戻すよ?つまり今ビーが考えたように今まで室内、しかも限られた空間の中で生きてきたウサギには体力もないし走力もない。加えて野生の草食動物が持っている距離感もない。君たちにとってはそこが勝機さ。加えて君たちは魔術という力も持ってる」
「なるほど・・・なんだか捕まえられそうな気がしてきました。精霊が入っているっていうのと第三者の介入がありそうっていうのが少し気になるところですけど・・・まぁそこはアドリブで何とかしましょう」
「そうね・・・ちなみに最初に聞いておくべきことだったんですけど、ウサギが逃げてから今どれくらい経過してるんですか?」
「あともう少しで三十六時間経過だね。まだそこまで時間が経っていないとはいえ、猶予はなさそうかな?」
すでに丸一日が経過しているということで康太たちはさらに急がなければいけないという気持ちを加速させていた。
一日あれば魔術師であればいくらでも対策を練ることができるだろう。
早々に門を使用禁止にしてくれていればまだ猶予があったかもしれないがさすがにそういうわけにもいかなかったのだろう。
康太たちは幸彦の後に続いてすぐに現地に向かおうと走り出した。
持っているのは大きな音の出ない最小限の武器や道具だけ。はっきり言って戦力的にはかなり厳しいが、今回は主に捕縛だ。康太からすれば初めての経験である。
上手く手加減できるかなと少しだけ不安になりながら康太たちは門をくぐって現地に降り立った。




