無属性の強み
飛散した小さな鉄球をいくつか被弾したのか、魔術師は苦悶の声をあげている。
目の前に康太がいたはずなのに、どこから攻撃が飛んできたのか全く分からなかったのだ。
完全に無音の攻撃が周囲から飛んできた。しかも自分だけではなく木々や地面、つららの刃にも命中している。無差別に近い攻撃であるというのは理解できていたが、それがどのようにして行われたのかが理解できなかった。
これで鉄球がこの場に転がっていれば蓄積の力によって引き起こされたという事を思いつくことができたのかもしれない。だが鉄球はすべて深くめり込んでおり一見すると弾丸のような攻撃を加えられたようにしか感じられなかったのである。
康太が別の攻撃をしていても対応できるくらいには警戒していたはずだった。魔術の発動にも似た何かは感じていた。だが何が起こったのか理解できなかった。
これこそ無属性の魔術の強みである。
基本的に属性のついた魔術というのは威力がある代わりにわかりやすい。氷の魔術にしろ雷の魔術にしろ、視覚的にもそれ以外の感覚的にも知覚されやすいのである。
目で見える、音で聞こえる、肌で感じる、匂いを嗅ぐ。これらで察知できるというのは非常に大きな利点でもあり欠点でもある。
それに対して無属性の魔術というのは知覚しにくいのである。当然魔術である以上効果は一定だし使い方にも限りがある。だがそれを正確に把握するのはなかなか難しい。
だが確認しにくいという利点の裏には欠点もある。地味というのもその欠点に含まれるが、最大の欠点は超常的な現象を他の属性に比べて起こしにくいという点である。
氷結させる、雷を起こすという現象を他の属性であれば比較的容易に行えるが、無属性の魔術の場合はいくつか手順を踏んだりその分面倒な術式を組まなければいけなかったりする。
無論超常的なものを起こそうとせず、ただ戦うためだけの力としてみるのであれば無属性の魔術は普通に優秀だ。
相手に知覚されにくく、工夫すればこうして威力を出すこともできる。
康太のこの攻撃で、どのような攻撃を受けたのかわからないというこの状況を受けたことで、相手の魔術師は康太が無属性の魔術を得意とする魔術師であるという事を確信していた。
無属性の魔術は地味だ。暗示なども含まれるそれは基本的に戦闘に向いているとは言い難い。だがだからこそ厄介なのだ。無属性の魔術で戦闘を行うものなど限られる。特に有名どころとなるとさらに限定される。
その中に康太の師匠である小百合、デブリス・クラリスも名を連ねていた。
無属性の攻撃魔術というものをそもそも知らなければ対策のしようがない。自らの魔術を脅かすような属性の魔術は大抵あらかじめ予測して警戒しているものだが、無属性の魔術というのは完全に警戒外のそれだった。
それ故に康太の目の前にいる氷を扱う魔術師は混乱していた。そもそもどのように対処すればいいのかわからなくなってしまったのだ。
単に近接攻撃を得意としているのであれば距離をとって攻撃し続ければいい。最大限警戒すればいい、接近されそうになったら範囲攻撃を行って突き放せばいい。
だが今康太は槍の攻撃範囲外からも攻撃を行ってきた。それはつまり遠距離攻撃もできるという事だ。
距離をとっても先程の攻撃が来るとわかった今、どのように対処するべきなのか、どう対処すれば安全に戦えるのか、考えながら自問自答を繰り返すような状況になってしまっているのである。
康太が早々に限られた手札である鉄の数珠を使用したのには相手の混乱を誘うというのがある。
今まで基本的に近接攻撃しかしてこなかった自分が遠距離攻撃をすることによって、もしかしたら遠距離攻撃もできるのではないかと相手に考えさせる。
そうすれば相手も対応に迷うはずだ。現に魔術師は悩んでいるように見える。迷えばその分対応は遅れる。すでに相手は康太の術中にはまりつつあるのだ。
もっとも康太が相手の迷いを誘ったのもそれ相応にリスクのある攻撃だった。先程放った鉄の数珠の攻撃は基本的に無差別攻撃。つまりは相手の指定ができないのだ。
どこに飛んでいくかわからない攻撃であるために、運が悪ければ相手に当たらないことだってあり得る。二つしかない数珠をここで使うのは康太にとっても少々リスキーだったのだ。
運よく数珠は相手に当たったが、次からは命中率を考えて何か別の方法を取らなければならないだろう。
被弾した魔術師は自らの負傷箇所を凍らせることで止血しているようだったが、これ以上の出血は危険だろう。可能ならば打撃によって戦闘不能状態に追い詰めたい。
もちろん相手がそんなに簡単にやられてくれるはずもない。ここで仕留めると決めたのだ、殺すまではいかずとも半殺し程度にはする覚悟で臨まなければ自分は相手に勝てない。
煌々と輝く足元の方陣術を制御しようとしているおかげで相手のスペックは下がっている。まだこの方陣術の発動をあきらめていないあたり、恐らくこの方陣術を作るのに相当の苦労があったのだろう。
早々に康太を倒してすぐに実験に取り掛かるつもりでいたのだろうが当てが外れた。今はもう康太を倒すか自分が負けるかという瀬戸際に来ているのだ。それを相手はまだ理解できていない。
痛みと氷結止血による寒さによってまともな思考ができているはずもない。その体にはすでに震えが来ている。
康太は相手の被弾を確認してすぐに次の行動をとった。このまま一気に畳み込むべきだ。先程から康太は魔術を連発している。いくら魔力消費の少ない魔術ばかりだとはいえこうも連発していてはすぐに魔力が空になってしまう。
可能な限り早く戦いを終わらせなければ不利になるのはこちらだ。
康太は体勢を整え、槍を構えて再び接近しようと試みていた。