意識改革
「ってなると・・・目的によってはほかの魔術師の介入もありそうですね・・・そのあたりも含めて戦闘が可能ってところですか」
「うん、頼めないかな?表向きの依頼では動物の捕獲としか提示されてはいないけど・・・間違いなくほかの魔術師の介入もあるだろう。そういう意味で、索敵能力だけではなく戦闘能力もある程度有した魔術師が好ましい。となれば・・・」
「俺たちが適任と・・・なるほど・・・でも幸彦さん、どうして幸彦さんがこの依頼を受けなかったんですか?」
幸彦が康太たちにこの依頼を持ってきたその理由は理解できたが、なぜ幸彦がこの依頼を受けなかったのか、その理由に関しては話されていない。
ただ手に負えないということだけを伝えられていたが、話を聞く限り幸彦ならば大して問題にしないような依頼な気がしてならなかった。
「うん・・・実はね・・・僕は動物に嫌われやすいんだ。とりわけ小動物には」
「・・・あー・・・逃げられやすいと」
「そうなんだよ。僕の気配を察知してるのか、それとも別の何かを感じ取ってるのか・・・犬より大きな動物程度なら問題ないっぽいんだけど、小さな動物、ハムスターとかウサギとかレベルだと・・・」
「逃げられると・・・捕食者として見られてるんですかね?」
「僕肉より魚のほうが好きなんだけどなぁ・・・」
幸彦の食の好みはさておいて、小動物に逃げられやすいということであれば仕方がないだろう。
相手はウサギ、人間よりも機敏に動ける。そんな相手を捕まえようとなったら魔術を使い捕縛するほかない。
人間よりも素の察知能力が高い動物相手なのだから魔術を使わなければいけないのだが、索敵で如何に早く見つけても、近づく段階で気づかれて逃げられてはどうしようもない。
「了解しました。そういうことであれば引き受けましょう」
「あぁ、ありがとう。そういってくれると思っていたよ。ところで康太君、今回の依頼、武器の類は持っていかないほうがいいかもしれない」
「・・・というと?」
「単純に身軽にするため、というのもあるけれど、金属を身に着けていてそのぶつかる音が聞こえるということがあるからね。相手は動物だ。可能な限り音が出るものは持っていかないほうがいい」
「なるほど・・・持っていけても布でくるんでおけるサイズのものってことですか・・・ウィルに頼めば最低限の武器程度は持って行けそうですけど・・・組み立て式の武器もやめたほうがいいかなぁ・・・」
康太の武器は良くも悪くも携帯性を優先にしているものが多い。
槍の竹箒改然り、双剣の笹船然り、大量に用意された鉄球や杭然り、持ち運びやすさが優先されていることが多い。
そのため細かいパーツに分けることができるのだが、今回に関してはそのパーツがぶつかり合う音が原因で相手に逃げられかねない。そうなれば捕縛は困難だろう。
そうならないために可能な限り武器の類は持っていかないのが適切であると幸彦は考えているようだった。
「私としては武器はそもそも鞭くらいしか使わないから問題ないけど・・・康太はどうするの?音が出ないようにってなると・・・」
「槍なし、剣なし・・・ついでに鉄球の類も持っていかないほうがいいだろうな。最低限のナイフ程度になるな・・・ナイフとか普段あんまり使わないんだけど・・・」
康太の主力武器二つに加えて、射撃系攻撃の中核をなしている鉄球関係も持っていけないとなるとかなり戦力が落ちてしまう。
徒手空拳ができないわけでもないし、ナイフによる攻撃ができないわけでもない。その程度の訓練や技量は小百合を始め多くの人から指導されている。
特に竹箒改が分解できるということもあって、ナイフの扱いに関してはそれなりに訓練を積んでいる。
攻撃範囲がかなり狭まり、攻撃力もだいぶ下がるとはいえ攻撃ができなくなるわけではない。
「わかりました。とはいえ武器なしだとちょっときついかもしれませんね」
「うん、そういうと思ってちょっとしたテクニックを教えようと思ってね。無手でも軽く石くらいなら切れるようになるさ」
「え?マジっすか。空手とかやる感じですか?」
空手には素手でビンを切ったりできる技術があると康太は聞いたことがある。というか漫画などで見たことがある。
康太の想像上では胴着を身にまとい、巨大な石をチョップ、もとい手刀で両断している幸彦の姿が存在していた。
「いやいや、そういう話ではないね。まぁ空手も多少は心得ているけれども、今の話は魔術的な話さ。さすがに本当に手だけで石を切れるようになれっていうのは無茶だよ。時間がいくらあっても足りない」
ということは時間があればできるようになるのかと康太と文は少し疑問を抱いていたが、その疑問を置いておいて、幸彦は自分の手を差し出して魔術を発動する。
その魔術は康太も使える無属性のエンチャントの魔術だった。
「これ・・・ですか?」
「うん、康太君も使える魔術だよ。こいつを使って、ちょっと応用すれば素手でも石を切り裂くことができるようになる」
そう言って幸彦は冷蔵庫の中から適当な野菜を見繕って持ってくると、それを持った状態で腕を振るう。
次の瞬間にはその野菜は見事に両断されていた。素手でやったにしてはその断面は刃物で切り裂かれたかのような均一なものであった。
「と、まぁこんな具合かな。康太君はこの魔術をどれくらい操れるようになった?」
「えっと・・・発動した時にできる膜を少し分厚くしたりする程度はできるようになってきました。部分的に分厚くしたり薄くしたり・・・その程度です」
無属性のエンチャントの魔術は、発動した部位に発光する膜を展開する。その膜は防護壁にもなり、打撃などの攻撃を強化する役割を持っている。
分厚くすればその分効果が増すというわかりやすいものなのだが、康太は未だその分厚さを調整する程度しかできていない。
「うん、それくらいできるなら十分やれそうだね。この技術はその膜の形を若干変えるだけなんだ。と言っても元々がそういった魔術じゃないからちょっとしかできないけどね」
そう言って幸彦は自分の手にかかっているエンチャントの魔術の形をわずかに変える。
手刀の形をもってして作られた手の形に添うように、エンチャントの膜は刃のような形を形成してみせた。
鋭く、そして薄い。だがこれならば確かに先ほど野菜を切ったのもうなずける話である。
「これでさっきのをやったんですか」
「うん、多少だけどリーチも伸びる。と言っても本当に少しで、数センチ伸びるか伸びないかってところかな。これができるようになれば武器も持たずに斬撃を繰り出せるよ」
斬撃、本来であれば武器の類を持たなければ生み出せない攻撃を手足のみでできるようになるということだ。
これはかなり良い使い方だ。エンチャントの魔術の応用というべきなのだろう。魔術をそのまま使うのではなく、応用して使い方を模索する。康太にとっては面白く、またありがたい使い方だった。
「えっと・・・こうか・・・?こう・・・か・・・?」
康太は幸彦がそうしていたように手刀の形を手で作ると、エンチャントの魔術を発動してその手を覆っていく。
だが当然初めての試みでそんな簡単に行くはずがない。手の部分は分厚さを増しているものの、幸彦のように鋭くなることはなかった。
「・・・んー・・・幸彦さん、なんかコツとかありませんか?まったく変化するそぶりがないんですけど」
「んー・・・こういうのは本人の感覚次第だからなぁ・・・康太君は普段どんな感じで膜を操ってるの?分厚さが増すような感覚はどんな感じ?」
「えっと・・・なんていうか、これを粘土みたいな感じだと思ってます。魔力を凝縮した粘土を、こう、足していく感じで」
「うん、ならその粘土を足していく部分を鋭くしていくとか、足した粘土をそぎ落としたり形成していくような感じがいいのかな。いろいろと自分で試行錯誤してみるといいよ」
他人にコツを聞くのも近道の一つではある。その中で自分で試行錯誤するのはある意味遠回りのように見えるかもしれない。
だが時として遠回りこそが一番の近道という結果になることだってあるのだ。
康太は言われた通りエンチャントの魔術を操ろうと必死に試行錯誤していた。まずは形を変えるところから。
今まではただ分厚さだけを変えていた。その中で部分的に分厚さを変えることもできるようになっていたのだ。ならばあとはその形を変えるだけ。部分的に発動していたものをさらに変化させる。
先ほどのイメージはすでに頭の中にあった。ゆっくりと、ゆっくりとその手の形を、その手を覆った膜を造形していく。
数十分後、康太の手を覆った皮膜は歪ではあるが形を作り始めていた。
幸彦のそれが洗練された刀剣を模したものだとすれば、康太のそれは武骨な石器、石でできた武器を彷彿させる。
「うん、初めてのチャレンジでこれだけできるなら上出来だよ。これなら三日もあれば野菜を切るくらいはできるようになるだろうね」
「これは・・・なかなか大変ですね。実戦で使えるようになるにはさらに大変になりそうです」
「うん、実際の刃物にエンチャントを使って刃の形の感覚を覚えてみるといいかもしれないよ?そうすると形が作りやすくなるかもしれない。ともあれ、無手でも武器は作れるといういい見本になれたかな?」
「はい、ありがとうございます」
康太は深々と頭を下げる。小百合では教えられない技術をこうして教えてくれるのは本当にありがたかった。
康太の攻撃は基本近接、射撃攻撃はどうしても数が限られるために長期戦には向いていない。
そういう時にこの魔術があるとありがたい、武器もなくし徒手空拳で戦わなければならなくなったとき対応できる。
「さて・・・ちょっと話がそれたね。依頼に関しての話を詰めていこうと思うけども・・・文ちゃんのほうから何か質問はあるかい?」
「そうですね・・・今回のウサギの捕縛ということですが、七匹全部私たちが担当するんですか?」
「いや、さっきも言ったけど別の魔術師も動いている。多く確保してくれる分には構わないけどすべて確保する必要はないよ」
「なるほど・・・ではそのウサギを殺してしまうのはありですか?」
今回の依頼はあくまでウサギが外部に逃げ、そのウサギが魔術もどきを発動しないようにあらかじめとらえてしまおうというのが背景にある。
魔術の隠匿のために必要な措置である以上、それは捕縛ではなくてもよい。殺してしまっても目的は達成しているといえるのである。
「一応、可能なら捕縛が好ましいね。脱走したとはいえ一応は研究成果の一部だ。それなりに価値のあるものだから・・・とはいえ、絶対ではない。君たちが無理だと判断したのならそれはきっと仕方のないことなんだろう」
康太たちとしても、一応目標を捕縛するつもりではいる。だが万が一何者かの手に渡るようなことがあった場合、目標を何者かに渡すようなことがあってはならない。
最終手段としてそのウサギを殺すことも視野に入れておくべきなのだ。
その未来を想像したのか、土御門の二人は少々つらそうな表情をしている。
自分たちが何をするのか、何をしなければいけないのかを考えたのだろう。頭の中では理解できていても心は納得できていない、そういう表情だった。
「晴、明、とりあえず状況としてはお前らが参加できるレベルであると俺は判断する。お前らには目標捜索のサポートをしてもらう。ただし、戦闘になりそうな場合は離脱してもらう。いいな?」
「・・・あの・・・えっと・・・」
「・・・言いたいことがあるなら言っておきなさい。黙ってるだけで全部理解できるほどこいつは察しが良くないわよ」
文の言葉に、晴は意を決したのか、身を乗り出して康太を見る。いやそのまなざしの強さからにらんだといったほうがいいだろう。
「ウサギ・・・目標を殺すのは反対です。可能なら、生かして捕らえるべきです」
「最初からそう言っている。殺すのはあくまで最終手段だ」
「だから、殺すことを視野に入れないでほしいんです。俺たちも全力を尽くしますから、何とかして助けられる方法を」
「模索してどうする?」
康太の威圧感を含んだ言葉に、晴と明は気圧されてしまっていた。
二の句が継げなくなってしまっている晴と明を見て、康太は小さくため息をついてからわずかに頬を掻く。
「あのな、殺さないように全力を尽くすのなんて当たり前のことなんだよ。それでもどうしようもないことがある。どうすることもできない状況になる。そういう時のことを今から話しておくことに何の不満がある?」
「・・・でも・・・その・・・殺すのは・・・やっぱり」
「・・・殺さなかったとして、仮に生きたまま確保できたとして、そいつらは一生実験動物だ。生きているよりもむごい扱いをされるかもしれない。それでも殺したくないっていうのはお前のエゴだ。自己満足以外のなにものでもないぞ」
依頼を達成するために必要な手段、そして最低限こなさなければいけない事柄を話すのは当然のことだ。
その前提すらも彼ら双子は理解できていない。いや、頭では理解できているのだ。心がそれに追い付いていないだけで。
「先輩は・・・生き物を殺したことはあるんですか?」
「・・・いや、俺はないな。少なくとも自分から殺したくて殺したことは一度もない」
康太の奇妙な言い回しに文はその言葉の意味を理解していた。対して土御門の二人は殺したことがないにもかかわらずなぜここまで言い切るのかと、少しだけ歯噛みしていた。
実際に殺したことがないくせになぜここまで大きく出ているのか、それが理解できなかったのだ。
「先輩だって、その場になったら躊躇するんじゃないんですか?それなら最初から殺さないようにしたほうが」
「・・・お前は今何の話をしているんだ?」
「・・・は?」
「言葉の通りだ。お前は今何について話をしている?今この場は道徳の授業か何かか?」
今この場は幸彦が持ってきた依頼について話す場だ。それ以上の意味を持たない場であり、道徳の授業などでは決してない。
「生き物をむやみに殺してはいけない。そんなことはお前に言われなくたって理解してるよ。でもそういうことを話したいならよそへ行け。お前は今誰だ?一般人の土御門晴か?それとも魔術師土御門ハレか?」
「・・・それは・・・」
「倫理観を大事にするのはいいさ、好きにすればいい。だけど魔術師として依頼を受けるなら、お前たちは自分の倫理観よりも優先しなきゃいけないことがあるんだよ」
倫理観よりも大事なもの、優先しなければいけないもの。晴と明はそれぞれ考え込んでしまっていた。
自分の優先しなければいけないものがいったいなんであるのか、それをどのように優先すればいいのか、二人は頭の中で自問自答し続ける。
「それでもなお、自分のやりたいようにやるには、それだけの強さがいるんだよ。俺の師匠はこういう時『お前のやりたいようにしろ』っていうけど、それをできるようになるにはそれだけ他人を押しのけるだけの力がいる。今お前らにそれはない」
小百合が訓練を強いるのは、単に生き延びさせるためだけではない。
小百合がよく言っている、やりたいようにやるというそのわがままを通すにはそれだけの力が必要なのだ。
その力は相手を傷つける力だ。暴力と呼ばれる力だ。だが魔術師として我を通すならば絶対に必要なものでもある。
権力や財力といった力もまた、我を通すために必要なものだろう。だがそれらを手に入れるには時間や手段が必要であり、それらを手に入れればまた別のしがらみに取り込まれてしまい身動きが取れなくなる。
自らの力だけで自分の思うようにことを動かすには、やはり力をつけるしかないのだ。
「情けないだろう。お前たちは今俺にわがままを通すこともできないんだ。それができるようになるには強くなるほかないんだよ」
それは切っ掛けだ。今土御門の二人は良くも悪くも惰性で訓練をしている節がある。
自分で強くなりたいという意志がなければ、結局その訓練は身につかない。
数年という期間があるとはいえ、そのすべてを訓練に費やすような無駄なことはしたくない。
可能なら一年、いや半年程度で自分たちだけで依頼を受けられるようになってほしいと康太は考えていた。
そのためにも、自発的に強さを求めるだけの意志が必要なのだ。もっとも、今回のことがそのきっかけになるかどうかは康太も確信がない。
ただ単に生き物を殺したくないというだけかもしれないし、その程度では自分のわがままを通したいだけの理由にはならないかもしれない。
もっとも、康太からすればそのどちらでもよかったのだ。現場で勝手な行動をしなければそれでいい。
「殺すのが最終手段なのは私も同意見。さっき幸彦さんが話したように、誰かがそのウサギの脱走を意図的に引き起こしたのだとしたら、タイミング的にもう相手の手に渡っていても不思議はないわ。奪還できないのなら、情報を漏らさないようにするためにも殺しておかないと」
「でも・・・殺したら実験の成果とかも全部パーになっちゃうんじゃ・・・」
「話を聞いていなかったの?今回の依頼はいくつかの支部や本部が合同になってやっていた実験の成果物を回収するってことよ?ほかの魔術師がそれを狙っているのなら、情報漏洩を第一に考えるのは自然な考えよ」
「そういうことだ。あくまで最終手段であって可能な限り奪還を主目的とする。まだ異論があるか?」
康太と文も、土御門二人の気持ちがわからないでもないのだ。殺さないに越したことはない。しかも相手は小動物。抵抗なんてまともにできないだろう。
それでも殺さなければいけないだけの理由を与えてしまったのは康太たちのような魔術師だ。
実験動物となっていたウサギに何の罪もない。魔術師としての勝手な都合で彼らの命を奪わなければならない。
それは魔術師としての義務だ。仮に康太たちが殺さなかったとしても、先ほど康太が言ったように結局は実験動物の毎日に戻るだけ。
生きているよりもつらい目に遭わされることだってあるかもしれないし、本当にそのウサギたちのことを想うのなら殺してやったほうが良いのではないかとさえ思えてしまう。
だが康太たちにそのあたりは全く関係ないのだ。ウサギのこれからが重要なのではなく、ウサギが誰の手に渡るのかのほうが重要なのだ。
「康太君、もう少し優しくしてあげたらどうだい?彼らは今協会に出向している立場なんだろう?」
「あぁ、そうでしたね。もう少しお客さん扱いしてあげましょうか」
お客さん扱いという言葉に土御門の二人はわずかに憤慨する。確かに実力的に劣っていることは否めない。足手まといだと言われても仕方がない。
だが同盟相手であるにもかかわらず、仲間としても認められないような扱いをされるのは我慢ならなかった。
「ふざけんといてくださいよ、協会に行くって決まった時から、俺らは一人前の魔術師として活動するって決めたんですよ!」
「そうです!足手まとい以前の扱いはやめてください!私たちだって自分で考えて行動くらいできます!」
「なら自分たちで考えろ。今回の依頼を完遂するだけの方法と、今のうちにどのような状況があり得て、どういう行動をとらなきゃいけないのか。ぬるい考え方でも、その程度のことは考えられるだろ」
康太の攻撃的な言葉に幸彦は苦笑してしまっていた。康太の言い方が小百合にそっくりだったのだ。
康太は意識していなかったが、誰かに指導をしようと思ったら、誰かに意図的に自分で考えるようなことをさせようとしたらこのような言い方が最適であると考えてしまったのだ。
それは康太が今まで小百合にそのように指導されてきたのが原因でもある。
どんな状況でも高圧的に接してきた康太の師匠、どのような状況でも攻撃的に接してきた師匠。そんな小百合の姿をずっと見てきたのだ。康太が本気で指導しようと思ったら似たような対応になってしまうのも仕方のない話かもしれない。
ただ教えるだけなら優しく教えられる。だが依頼を受けるということはもう遊びやただの訓練ではないのだ。
それは実戦、生半可なことでは容易にこなすことはできない。
しかも今回の依頼は複数の支部が関わっているという話だ。面倒ごとの香りが漂ってくる中、土御門の二人を安全に行動させるには本人の意識を変えるしかない。
荒療治だなと文は小さくため息をつきながら、必死に唸っている土御門二人を見てわずかに目を細める。
「幸彦さん、話を先に進めましょう。そのウサギが脱走した時につながっていた教会はわかっていますよね?」
「もちろん。こちらでも把握しているよ。ただ結構面倒なところだよ?野性味たっぷりなところさ」
「・・・自然豊かなのはうれしいことですね。その分人目を気にしなくてもよくなる」
都心部に逃げられたらいちいち監視カメラの有無を気にしなければいけないところだったが、幸いに逃げた先は自然豊かな場所であるらしい。
それならば監視カメラの数は極端に少なくなるし、何より自然の宝庫だ。ウサギとしては隠れるところなんて山ほどあるだろう。
「んじゃさっそく動きますか。幸彦さん、その実験を行っていたチームと渡りをつけてくれますか?」
「構わないよ。手がかりを探すんだね?」
「そうですね。においを覚えたほうが追いやすいですし・・・行くぞお前ら。それとも怖気づいたか?」
康太の言葉に土御門の二人は「まさか!」と言って立ち上がる。
ちょっと強く言われた程度では二人の意志が弱くなるということはなさそうだった。むしろ絶対に殺させてなるものかという強い意志が見え隠れしている。
康太に反抗しているわけではないのだが、それでも強くものを言うことができない以上隠れて自分たちの意志を通そうとしているのが見え見えだ。
康太からすれば生かそうが殺そうがどちらでもよいのだが、二人がやる気になってくれて何よりである。
「ところで、他にも何人か魔術師が動いてるって言いましたよね?その魔術師の詳細も教えてもらえますか?捕まえるふりして逃がそうとするやつもいるかもしれませんから」
「わかった、あとでデータを渡しておくよ。ウサギといってもずっと飼育されていたやつだからあんまり機敏じゃないかもしれないけどね」
「そのあたりは野生の本能が呼び戻されるでしょう。逃げたってことは何かしらに反応して・・・」
そこまで考えて康太は眉を顰める。運搬中にケージが破壊されたところまではまだいい。だが破壊されたケージに入っていたウサギが一斉に門のほうに走ったというのはどういうことなのだろうかと考えたのだ。
普通、ケージが破壊されたらばらばらに逃げそうなものだ。基本的に意思疎通などできないような動物、ないし生き物ならば自分の思う方向、自分の逃げたい方向に逃げそうなものである。
だというのに皆一様に『逃げることが可能な』門のほうに向かったというのは気になる点である。
「幸彦さん、その逃げたウサギって全部が門に逃げたんですか?協会内部に逃げたやつはいましたか?」
「いや?全部門のほうに逃げたよ」
「・・・一直線に?」
「報告ではそういう風に聞いているね。少々不自然な動きだと言いたげだね?」
「まぁ・・・普通散り散りになりそうなものですからね・・・ちなみに幸彦さん、そのウサギって普通のウサギに比べて変な行動をとることってありましたか?何かそういうデータとかは」
「え?いや・・・ちょっとわからないな・・・これから会いに行く実験チームに聞いてみるといいよ。もしかしたら何かしら知っているかも」
「・・・それもそうですね・・・そうします」
これがどうでもいいことなのか、それとも何かの核心に触れる部分なのか、康太は眉をひそめながら幸彦とともに協会に足を運ぶことにする。
実験の担当をしていた魔術師チーム、日本支部でそれを担っていた魔術師は協会の一室を貸し切って今回の実験を行っていたようだった。
部屋の中は動物臭さが未だ残っている。動物の糞尿や体臭の香りだ。ペットなどとは違う、いろんな意味で生き物のにおいがするその部屋に康太と文、そして土御門の双子は仮面の下で顔をしかめてしまっていた。
「やぁ、君たちがバズの紹介してくれた魔術師か・・・ってブライトビーにライリーベル!なるほど・・・なかなかにして大物を引っ張ってきたね、バズ」
部屋の中にいた白衣を着た魔術師に康太たちは強引に握手をさせられるが、それが彼なりの信頼の証だということは何となく理解できていた。
大物などといったが、幸彦からすれば知人の中で一番頼みやすかった康太たちに頼んだというだけに過ぎない。
康太と文は自分たちが大者扱いされていることに少しだけ驚いていた。仮面を見ただけで康太と文をそれぞれ言い当てたあたり、康太と文はそれなり以上に有名になってきているのだろう。
「みんな紹介するよ。僕の友人のコット・ベイカー。今回の実験に参加していた魔術師の一人だよ」
「初めまして諸君。コット・ベイカーだ。ベイカーと呼んでくれ。というかバズ、君ブライトビーやライリーベルと知り合いだったのかい?」
「あぁ、彼の師匠は僕の弟弟子なんだよ。つまり僕の身内さ」
「あぁ、なるほど合点がいったよ。君と同じく武闘派な人間だもんね。改めて初めましてブライトビー。バズにはいつも世話になっているんだ」
康太が幸彦の身内にあたる人間であるとは知らなかったのか、ベイカーは康太の手を再度取って強く握手をしてくる。
何というか勝手にどんどん話を進める人だなと康太は眉をひそめていたが、それよりもいくつか確認したいことがあった。
「ベイカーさん、依頼を受けるにあたっていろいろと確認したいことが」
「わかっているよ、ウサギのケージの確認、そしてウサギの行動の奇妙な点、そしてウサギの特徴だろう?ちょっと待ってね」
実験にかかわっていて今回の脱走にもかかわっていたというだけあってある程度知りたいであろう情報についてはすでにまとめてあるようだった。
少し早口なのは彼の癖なのか、それともこういった話をするのが好きなのか、どちらかはわからないが非常に楽しそうに見える。
良くも悪くも研究者なのだなと康太たちは少しだけ目を細めていた。
「お待たせ、これが実際に使っていたケージ、当日のウサギたちの食事や体調の詳細、それと僕なりに当日の彼らの行動をまとめておいた。それと一緒にそれぞれの名前と写真だよ。探すのに参考にしてくれ」
そう言ってベイカーは大きく破損したケージやファイルや書類の束を持ってくる。
それらすべてが今回の事件のことにかかわることであると思うと、土御門二人は辟易してしまっているようだった。
康太からすればむしろこの程度の情報で助かったとすら思っていた。
「ありがとうございます、ベルは書類関係を頼む。俺は破壊されたケージを見る。あとベイカーさん、個別のケージがあればそれもお願いします。においを覚えます」
「おぉ、君はにおいで追うのか。了解だよ。少し小さいものになるけど構わないかな?」
「そのほうが覚えやすいです」
康太はベイカーとともに個別のケージを探しに行き、文たちは残された書類に目を向けていた。
「あの・・・これ全部見るんですか?」
「一応目を通すわ。主に必要な情報は外見と、どのウサギにどの属性の精霊が入っているか、それとどんな性格かね」
「性格って必要ですか?」
「必要不可欠ね。実際どんな行動をするのかはその個体によって異なるでしょうし。ビーが変な行動をとるウサギについて聞こうとしてたでしょ?もしかしたら普通のウサギと違って個性が強かったり、あるいは連携を取ろうとするかもしれないもの」
動物が連携をとるという言葉に土御門の二人はピンときていないようだった。
というか動物と戦うことになるかもしれないという状況自体がいまいちピンときていないようである。
無理もないかもしれない。魔術師になったら戦う相手は基本魔術師だ。それがウサギと戦えと言われても困るの一言である。
「でも厄介だと思うわよ?少なくとも普通の魔術師よりは素早いし小さいし、あんたたちの予知がかなりカギを握るからそのつもりでいてね」
「わ、わかりました」
「が、がんばります」
土御門の二人は意気込みながら文と一緒に資料に目を通し始める。
ウサギは七匹、それぞれ精霊を宿していて、それぞれ模様が異なるということが記されている。
写真によってその模様は一目瞭然なのだが、それら一つ一つに名前が付けられている。
火の精霊を入れられている黒いぶちが背中にあるイーラ。
水の精霊を入れられている真っ白な体毛のアーマ。
風の精霊を入れられている茶色と白のまだら模様が特徴のサンタ。
氷の精霊を入れられている黒と白のまだら模様が特徴のスーさん。
土の精霊を入れられている茶色い体毛のウーロン。
雷の精霊を入れられている黒い体毛のリュート。
光の精霊を入れられている耳が黒くそれ以外は白いチーター。
それぞれ名前を付けているあたり何というか愛着があるのだなとそれなりに察することができるのだが、一つ一つの報告書に事細かにその日の様子などを書いているところが何とも研究者の報告書らしい。
当日の彼らの様子には不審な点は見当たらない。それ以前までの様子と特に変わらず、餌を特に食べなかったとかいきなり鳴き出したとかそういうこともない。
ケージが壊れた瞬間、何かに呼ばれるように一直線に門のほうに駆け出していったという。この辺りが康太が気にしているところなのだろう。
「あの・・・これ見てもどう判断しろっていうんですか?」
「こんなの見ても正直・・・何もわからないというか」
「何がわかるかどうかは実際にその状況にならないとわからないのよ。だから知識として入れておくにとどめなさい。少なくとも外見的特徴は覚えておいて損はないわ。っていうか動物にどうやって精霊を入れたかのほうが気になるわよ・・・無理やり・・・?それとも何か特殊な方法でもあるのかしら・・・」
文は今回の依頼内容に近しい部分である精霊に関することにかなり注目しているようだった。
ウサギの中に入っている精霊の中には文が身に宿しているのと同種の精霊もいる。そういう意味では見つけやすさにある程度補正がかかるかもわからない。
「とりあえず写真撮っておきましょ。ウサギの写真は手元に持っておきたいわ。自然豊かって言ってもウサギがそう野生にいるとも思えないし」
「そうですね・・・ちなみに先輩の索敵範囲ってどれくらいですか?」
「そうね・・・調子と索敵するものによって変わるけど、マックスで半径五百メートルってところかしら。無茶すればもうちょっと行けるかもね」
「無茶って・・・具体的には?」
「脳の負荷を無視して索敵するってことよ。広範囲を索敵すると一度に入ってくる情報が多すぎて頭がパンクしそうになるのよ・・・一度チャレンジして思い切り吐いたわ」
文の処理能力はかなり高いほうではあるが、それでも索敵範囲には限界がある。
一度に大量の情報を頭の中に入れるというのはそれだけ危険なことなのだ。それは予知の魔術によって土御門の双子もすでに経験している。
広範囲索敵を無理のないように発動しようと思えば、索敵の対象を限定するほかないのだ。
そういう意味では今回の依頼は適しているといえるだろう。対象とするのは生き物だけでいいのだ。
誤字報告を25件分受けたので六回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




