これが初陣
「すまない、待たせてしまったかな・・・っと?あらら先客かな?見たことのない顔だけれども・・・」
「幸彦さん、お疲れ様です。この二人は気にしなくても構いません、俺たちが呼んだだけです」
「そうかい?それなら・・・よいしょっと」
康太の言葉に幸彦は土御門の二人に会釈しながらも店の奥にある居間へとやってくる。
そしてゆっくりと腰を下ろすと小さく一息ついて話を始めようとしていた。そんなとき文が幸彦のために茶の入った湯呑を持ってくる。
幸彦は小さく礼を言ってからそれを口に含んで再び小さく息をつく。
「さて・・・今回康太君と文ちゃんに持ってきたのは・・・まぁ依頼なんだけども、ちょっと僕の手には余る案件でね」
「幸彦さんの手に余るようなことですか・・・なおさら俺の手には余りそうなんですけど・・・」
「いや、そのあたりはちょっと期待してるところがあってね・・・まぁ詳細から話そうか・・・ところで本当に彼らの前で話していいのかい?」
幸彦は土御門の二人と面識はあるが仮面の下は知らなかった。その状態でもこの二人が魔術師であるということは理解しているだろう。
そのうえで心配だったのである。この場で依頼の話をしてもいいものかと。
「あぁ、じゃあ今のうちに正式に紹介しておきましょうか。この二人は土御門の晴と明、以前幸彦さんともお会いしたことがありますよ」
「・・・あぁ!あの時の二人か。なるほど、結局あの後康太君たちが面倒を見ることになったわけだね」
「まぁ、ありていに言えばそういうことです。今回の依頼、場合によればこの二人も同行させようと思っています」
康太の言葉に幸彦は少し考えるようなそぶりをしてからなるほどねと小さくつぶやく。そしてうなずいてから体を少し前に乗り出した。
「うん、僕の私見ではあるけれど、彼らを連れていくのは賛成だ。依頼の性質上、土御門の使う予知の魔術は、ことを有利に進めるのに役立つだろう」
「わかりました。それで、依頼の内容というのは・・・?」
「うん、依頼の内容は動物の捕獲なんだ」
動物の捕獲。なんとも面倒くさそうな内容に康太は眉をひそめてしまっていた。
迷子のペットを探せとかそのような依頼であればそれ専門の魔術師に話を持っていくところだろう。なのにわざわざ康太に話を持ってきたということは何かあるはずだ。
何よりそんな案件を幸彦が持ってきている時点でいろいろと疑わしい状況でもある。協会がただの動物探しに躍起になるとは思えない。
「で、その動物とやらはいったいどんな動物なんですか?明らかにやばい動物なんですよね?」
「んー・・・種類的に言えばただのウサギなんだけどね・・・まぁ隠しても仕方がないか・・・そのウサギは魔術的な実験に使用されてた実験動物なんだ」
実験動物。あまりいい印象のない単語だっただけに康太も、それを聞いていた文や土御門の双子も眉をひそめてしまっていた。
嫌な予感は的中。だがその嫌な予感が面倒な方向に加速しているのを康太は感じ取っていた。
「その実験内容は?」
「・・・動物に魔術を使わせるための実験、とでもいえばいいかな」
「・・・動物に魔術を・・・?」
康太は一瞬文のほうに視線を向ける。そんなことが果たして可能なのか。そういった疑問を向けたつもりだったのだが、文自身もそのことに驚いており、康太の視線に気が付いても小さく首を横に振っていた。
魔術は基本的に自然界に存在する力を利用するものだ。知性を持った人間が発動することができる。これは単純に持ち前の知性と本人の素質、そして鍛錬によって発動可能の状態まで訓練する。
それを動物に可能にするにはどうしたって相手の知力が足りないだろう。動物では魔術についての説明も、その理論や性質の理解もできない。動物は本能でしか生きていないのだ。いきなり魔術の話を持ち出されてもどうしようもないだろう。
「あの、動物でも魔術って発動できるんですか?発動できるとは思えないんですけど」
「どうして?なぜ康太君は動物では魔術を発動できないと?」
「・・・そりゃ・・・知性が圧倒的に欠けているとしか」
「ふむ・・・では、知性さえなんとかなれば魔術の発動は可能と?」
幸彦の切り返しに康太はどう答えたものかと悩んでしまっていた。確かに、仮に何かの動物の知性が人間並みになり、偶然その動物に魔術の素質があったのなら、その動物が魔術を発動することは可能なように思える。
だが通常の動物に人間並みの知性を持たせるのは不可能に近い。そもそも生き物としての基本性能が圧倒的に異なっているのだ。
人間のほうが優れているというわけではない、動物のほうが劣っているということでもない。単純にその方向性が違いすぎるのだ。
「可能だとは思いますけど・・・そんなの不可能ですよね?」
「そうだね。動物たち本人の意志で発動することはできないだろう。だけど動物にだって芸を覚えるだけの知性はある。時間をかけて一つ二つのことを教えることは可能。そうだろう?」
「・・・まぁ・・・そうですね」
犬や猫に芸を仕込むのと同じように魔術を教え込む。幸彦の言い分だとそのように聞こえる。
「まぁとはいっても、ぶっちゃけ今の実験段階ではそこまで進んでいないさ。今回のウサギの状態はいうなれば精霊を体内に内包させた状態ってだけだよ」
「精霊を・・・ってことは契約してるんですか?魔力を内包させてる?」
康太も体内に精霊を内包しているが、今のところ契約しているわけではない。というか精霊との契約がどのようなものなのか未だにわからないのだ。
最近ようやく精霊の影響で涙を流すことが少なくなり、徐々に素の状態の精霊の存在を感じ取れるようになってきたが、未だ精霊に変化はない。
康太に協力してくれるようなそぶりもなければ、出ていこうとするような兆候もない。
「正直に言うとそのウサギがどんな状況なのか詳しくは知らないのさ。出てきた情報は精霊を内包してるってこと、そいつが逃げ出したってこと・・・まぁ詳しいことは直接実験をやっていた連中に聞いてみたほうがいいかもね」
「ちなみにその実験をやってたのって・・・あ・・・ひょっとして本部ですか?」
「あはは、康太君の面倒ごとセンサーもだいぶ感度が良くなってきたね。正確には本部とほかのいくつかの支部で連動して行ってる実験だね。当然だけど日本支部もかかわってるよ」
「・・・本部が関わってるとろくなことがないですね・・・精霊を宿した動物・・・場合によっては精霊が勝手に術を使うこともあり得るか・・・」
康太は地下にいる自分の弟弟子のことを考えながら口元に手を当てて悩み始めた。
小百合の話では、神加の身を守るために精霊たちがかなり無茶苦茶な方法で魔術とも呼べない強引な術を発動した形跡もあったという。
精霊が宿主を守るために行動する可能性がある以上、精霊を宿した動物が何らかの拍子に魔術を発動しないとも限らない。
何より死に瀕した時の動物というのは何をするのかわかったものではないのだ。自力で魔術を完成させる可能性だって十分にあり得る。
「一応聞いておきますけど・・・逃げ出した動物の数は?まさか一匹ってことはないでしょう?ついでに言うと、俺だけにこの依頼が出されたってわけでもないですよね?」
「ご明察。いやなかなかどうして、康太君もたくましくなってきたね。逃げたウサギは全部で七匹。それぞれ火、水、風、土、氷、雷、光の精霊を宿しているよ。各支部の探し物が得意で、ある程度戦闘もできる魔術師に話がいっている」
「なるほど、それで俺たちに・・・」
「文ちゃんは広範囲の索敵が可能で、康太君は知覚系魔術を使って追跡やらができるからね。加えて、土御門の二人がいるとなれば捜索は苦労しないだろう」
「戦闘はあくまで万が一の備えってことですよね?」
「一応そのつもりさ・・・まぁ状況が状況だから、少々面倒なことになるのは否めない。何せ、運悪く門を使われたからね」
「え?門を・・・?どんだけタイミング悪かったんですか?」
「正確に言えば搬送中に逃げられたからね・・・いや、逃がされたというべきなのかな?」
「・・・どうにもきな臭い話みたいですね。どういうことですか?」
幸彦の少しだけ低くなった声音に康太は嫌な予感を覚えながらもその話の続きを聞こうとしていた。
「・・・これは僕の方には正式に上がっていない話なんだ。実験を行っていた魔術師に知人がいてね。その知人から聞いたいわゆる部外秘情報ってやつなのさ」
「顔が広いとこういうところで便利ですね・・・それで、さっきの言葉を聞く限り、誰かが意図してウサギを逃がそうとしたと聞こえますが」
「実際その通りかもしれない・・・というのがその知人の見解なんだ。新品のケージや機材関係が、どういうわけか同時に壊れ、そしてウサギたちが何の迷いもなく一直線に駆けだして門のほうへと逃げた。それこそ止める暇なんてないくらいにね」
「・・・攻撃とかを受けたわけではなく、あくまで偶然を装っての犯行・・・の可能性が高いということですか」
「あくまでその知人の言うことではあるが、確かに不自然ではある。知人曰く、動物実験には次からはもう少し足の遅い動物を選ぶべきだなとぼやいていたよ」
ウサギは草食動物、しかも小型ということもあってかなり足が速い。短い距離で、なおかつ遮蔽物などがある場所なら人間は彼らに追い付くのは難しいだろう。
とっさの状況で素早く動くウサギたちを捕らえられたかどうかは、正直康太がその場にいたとしてもできたかどうかわからない。
「じゃあウサギは一つの門から出て行って・・・どこかの街に潜伏していると?」
「そういうこと。複数の魔術師がうまく連携を取れればいいんだけれども・・・まぁ他の支部としては逃げた先が日本ってこともあって、日本の人間がちゃんと片をつけろって感じだし」
「動物が逃げ出したのは日本支部だけなんですか?」
「うん、他の支部にいた動物のいくつかをそれぞれの支部に移送する計画を練っていてね。日本支部にたどり着いたときにやられたわけさ。正式に話は上がってきていないけど、なぜかほとんど同じタイミングで同じようにケージや機材が破損、あるいは大きく損壊したという話も出ているね」
「・・・偶然とはいいがたいですね・・・完璧に人為的な犯行ですか」
「これが単純に支部への嫌がらせだとか、動物保護どうのこうのいう感じの話なら随分と簡単になるんだろうけど・・・僕にはそうとは思えなくてね・・・」
「同感です・・・明らかに嫌な予感がしてますよ・・・」
幸彦と康太。ともに面倒な人間に囲まれて苦労をしょい込んできた二人だからこそ分かることがあった。
この件は面倒くさいことになると、二人は確信していた。そしてその確信は当たっている。やはり自分たちは間違っていなかったと二人が気づくのはまた少し後の話になる。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




