頼まれたので
「へぇ・・・そんなことやってるんだ」
「あぁ、あれはなかなかいい練習になるぞ。神加は夢中になって攻撃してたけど」
康太は翌日の昼休みの時間、いつも通り屋上で文と一緒に食事をとっていた。もはやいつものパターンになりつつあるこの行動だが、文も康太もこの時間が嫌いではなかった。
「小百合さんも思ってたより平和な修業方法知ってるのね。あ、でも幸彦さんが考えたんだっけ?」
「らしいな。俺の時には全くやってくれなかったけども」
康太の時には徹底的に実戦訓練だったために少しだけ思うところがあるが、神加の体はまだ成長しきっていないということもありこの判断は間違ったものではないとも考えていた。
苦労して今の実力を手に入れたのだが、それはあくまでなるべく早く実力をつける必要があったからだ。
神加の場合はまだまだ成長の幅があるため、ゆっくりと実力をつけていけばいいのだ。そういう意味では無理をしない今の修業方法は適切である。
「あ、幸彦さんで思い出した。ちょっと幸彦さんから頼み事されてるんだよ」
「頼み事?」
それは康太のもとに届いたメールだった。緊急で頼みがあるということだが、それが間違いなく魔術関係のものであるのは想像に難くなかった。
メールであるために魔術だとか具体的な単語は全く入っていないが、幸彦が何かしら康太たちに頼みたいというのは間違いないだろう。
「具体的な内容は?」
「それがちょっと具体的には書かれてないんだよ。とりあえず今日店にくるらしいからその時に話すそうだ」
「ふぅん・・・じゃあ私も行ったほうがいい?」
「うん、来てくれると助かる」
「わかったわ。放課後一緒に行きましょ。たぶん依頼よね?」
「たぶんな。どんな内容なのかはわからないけど」
幸彦は協会の中での仕事を多く手伝っているためにその内容に関しては全く想像できない。
それこそ戦闘になるのか調査になるのかすら不明だ。何せ彼はどちらもこなせるだけの魔術師だ。わざわざ康太たちに頼むとはいえ、幸彦が手を借りたくなるような依頼であるというのなら少々警戒する必要があるかもわからない。
「ところでさ、依頼っていうのはいいんだけど、その場合あの双子はどうするの?」
「・・・どうしようか・・・正直迷ってるんだよなぁ・・・調査系だったら連れて行ってもいいと思うけど、戦闘が入ってくるとなるとちょっと・・・」
土御門の双子が小百合のもとで修業を始めてから、あの二人はほぼ毎日店に顔をだしに来ている。
協会の門を使うことで比較的容易に京都と小百合の店を行き来しているためにまるで近所のような気軽さでやってくるのだ。
そして気軽にやってきてはボコボコにされて帰っていくのが最近の彼らの日課となりつつある。
一応依頼を受け、経験を積むというのがあの双子の目的だが、いまだ戦闘能力の高くない二人を連れていくべきか否か康太は悩んでいた。
「幸彦さんの反応次第って感じね、調査系の依頼でも結果的に戦闘に発展するかもしれないわよ?」
「あぁ、いつものパターンだとそんな感じになりそうだよな。でもさ、考えてもみろよ、俺らってあいつらが依頼とか・・・っていうか実戦でまともに戦ったりしてるところ一度も見てないんだぞ?一度くらいは見ておいたほうがいいんじゃないか?」
康太も文も、土御門の双子が実戦で立ち回っている姿を見たことはない。ただ単にあの双子が事件に直接関与した経験がほとんどないのが理由の一つだが、訓練を本格的にするよりも自身の実力の把握に加え、どこを鍛えたほうがいいのかをはっきりさせておいたほうがいいように思えたのである。
そういう意味では多少危険でも幸彦の用意した依頼に連れていくというのはいい案のように思えた。
何せ幸彦ならば康太に対してそこまで無茶な依頼はしてこないだろうと考えたのである。
「確かにそれもそうかもね・・・うん、そのほうがいいかも。どこの誰が出したのかわからない依頼よりは幸彦さんが出した依頼のほうがまだ安全そうだわ」
「だろ?まぁ本格的な戦闘をやる上で手が足りないっていうなら遠慮してもらうことになるだろうけど」
「幸彦さんがそういう依頼を持ってくるとは思えないわね・・・あの人って直接戦闘にかかわるようなイメージはないわ。どっちかっていうと巻き込まれるイメージ」
「あぁ、それはわかる。いい人なんだけどな」
「いい人だけど不憫な人って気がするわ。奏さんや小百合さんに囲まれてるんだもの、きっといろいろな面倒ごとを抱えてきたんだと思うわ」
幸彦の苦労人っぷりは、付き合いのそこまで長くない康太と文にも理解されてしまっていた。
本人からすれば苦笑するしかないような立場だろうが、こればかりは事実であるがゆえに否定することができない。
「んじゃ双子にメール送っておくわね。今日は店に来るように」
「おう、呼び出しだ。今日話があるから店にこいよと」
「何よそれ。チンピラの呼び出しみたいじゃないの」
「間違ってはいないと思うんだけどなぁ」
実際今の康太はチンピラのようなものだ。メールで後輩を呼び出しているのだから、大してチンピラとの違いはない。しかも危険な目に遭わせている場所に連れていくのだからなおさら間違ってはいないのだ。
「失礼します。土御門晴、明両名到着しました」
「お、来たな。お疲れさん、とりあえず中入れ」
「はい、失礼します」
基本的に訓練は自主的な意思に任せているために、康太たちから呼び出しがあるということは今までほとんどなかった。
そのため今回初めて呼び出されたということもあって土御門の二人は少々緊張しているようだった。
非常に硬い動きで店の中に入り、奥の居間の一角に正座する。
「そ、それで、何の御用でしょうか?」
「な、なにか失礼なことをしましたでしょうか?」
「二人とも硬くなりすぎだっての・・・今日はちょっとした話をするだけだ。別に叱るとかそういうことはないっての」
「あと少ししたら来ると思うから、それまでは楽にしてていいわよ。っていうか二人は幸彦さんを知ってたっけ?」
「一度協会で会ったことがあるな。魔術師としては知ってるだろうけど本人の顔を見るのは初めてだろ」
康太と文が以前協会に向かい、拠点についてのアドバイスをもらった時に土御門の二人は魔術師の状態の幸彦と遭遇している。
とはいえあの時は魔術師としての接触だったために、二人は幸彦の顔自体は見ていないのである。
「あの、どなたかと会うんですか?」
「あぁ、俺の師匠の兄弟子の幸彦さんに会う。お前たちもあったことがある人だ。クレイド・R・ルィバズっていえば思い出せるか?」
康太が告げた術師名に、土御門の双子は疑問符を飛ばしながらも自分の記憶を探っている。そして思い出すことができたのか二人とも「あー、あの人!」と手を叩いて見せた。
「あの人がなぜ話を?俺らにですか?」
「いや、正確には俺に話があってな。実はその話にお前たちもかかわらせようと思ってるんだよ」
「かかわらせようって・・・ことはひょっとして」
「えぇ、まだ確定ではないけど、たぶん幸彦さんは康太に依頼を持ってくると思うのよ。その関係であんたたちにも協力してもらおうと思ってるの」
初めての実戦。土御門の双子からすればただ叩きのめされるだけの訓練に比べれば天国のような状態に思えるだろう。
二人は訓練での実力を認められて実戦に駆り出されるのだと思ってしまっているが実際は違う。
自分がどれだけの実力を保持しているかの確認をしてもらいたいだけなのだ。別に実力を評価しているというわけではない。
「ち、ちなみにどんな依頼ですか?戦闘ですか?調査ですか?」
「そのあたりも一切不明よ。もし戦闘オンリー、しかもかなりやばそうな相手だったら今回の話はなかったことにするからそのつもりで」
「え!?な、何でですか!」
「危険なところにお前らを連れていくならまだ実力が足りないからな。今回はあくまでかもしれないってだけの話に参加させようとしてるってだけだ。確証がないのに呼び出して悪いけどこういうこともある」
京都から呼び出しておいてもしかしたらこの話はなかったことになるかもしれないというのもなかなかひどい話のように思えるが、これも土御門の双子のためなのだ。
少なくともまだ実力が確かではない状態で戦闘メインの依頼に連れていくわけにはいかない。
もっとも相手の戦力がそこまでではないのであれば連れて行ってもいいかもしれないが、幸彦が依頼を持ってくるという段階で、戦力が乏しいという条件が加わっているのであれば相当厳しい戦闘になりかねない。
そんな状況に二人を連れていくのははばかられる。
「・・・あれ?そういえば小百合さんは・・・?」
「あぁ、あの人なら地下に引っ込んでるよ」
「え?なんでですか?ひょっとして修業とかしてます?」
「いや、幸彦さんが来るって聞いたらさっさと引っ込んじゃっただけ。あの人兄弟子二人のことがすごく苦手だからさ」
康太の言葉に土御門の二人は「へぇ・・・」と意外そうにしていた。小百合に苦手なものがあるとは思いもよらなかったのだろう。
実際小百合が何かを苦手にしているところなどなかなか想像できない。実際に目にしなくては理解はできないだろう。
「実は兄弟子の・・・その幸彦さんってすごく怖い人だったりします?」
「いいやまったく。すごくいい人だぞ。そんでもってすごく強い人だ。俺なんか目じゃないくらいに強い」
「・・・なんか先輩の師匠とかその周りの人って強い人ばっかりですね」
「うん、すごく強い人ばっかり。まぁそういう環境のおかげで今こうしていられるわけなんだけども」
周りに強い人物が多いというのは実際良い環境だと思っていた。
強くなるにはこれ以上ないといってもいいくらいである。
だれもかれもが小百合のような性格だとさすがに困るが、奏も幸彦も基本的には人格的に尊敬できる人物だ。
そういう意味では康太は非常に恵まれているといえるだろう。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




