泡のごとく
「真理、そろそろお遊びは卒業にしろ」
「あ、師匠・・・といってもまだ彼女に実戦訓練は早すぎますよ?危険なことはさせられません」
「・・・弟子そろって同じようなことを・・・次の段階に進めと言っているだけだ。ほれ」
小百合が真理に投げ渡したのは先ほどタンスの中から取り出した道具だった。
それはシャボン玉などを作り出す筒状の物体だ。ストローでもあれば作れるような簡単なものだが、きちんとプラスチックによって作られたものであることから、これがどこかで買ってきたものであるということがわかる。
「あぁ、懐かしいですね!なるほど、これなら安全です」
真理はそういいながらシャボン玉を作るためにまずは容器に石鹸水をため込み始める。いったいあのような道具でどのような修業をするのか康太は全くわからなかったが、真理が勢いよくシャボン玉を作り出すとそのシャボン玉はゆっくりと飛翔しながら神加の周りを飛び回り始めた。
一つ一つの大きさは十五センチほどだろうか。簡単に作り出したシャボン玉にしては大きいのが特徴だった。
いくつも作り出されたシャボン玉は宙を浮き、神加の体を取り囲んでいく。
「神加さん、これからそのシャボン玉をどのような攻撃をしてもいいので撃ち落としてください。手が汚れてしまうかもしれませんから蹴りのほうがいいかもしれませんね」
「シャボン玉を壊すの?」
「そうです、魔術を使っても構いませんよ?」
作り出されたシャボン玉は一見無秩序に動いているように見えたが、その実真理によって操作されているようだった。
不意には消えないように、そして妙なところに動かないように、神加の身長に合わせてぎりぎり攻撃が届く場所に配置してある。
神加は最初、自分の近くにあるシャボン玉を蹴りあげて消して見せた。そして次々と蹴りを放ってシャボン玉を消していく。
徐々に楽しくなってきたのか、攻撃というよりはただ足を振り回しているように見える。雪が積もったときの雪を蹴りあげるような動作に似ているかもしれないと康太は考えていた。
「さて神加さん、色の違うシャボン玉を壊すと得点が倍になりますよ?頑張ってください!」
いつの間にか得点制になっていたことに驚くが、真理は周りにあるシャボン玉よりも少々大きめの赤いシャボン玉を神加の頭上に作り出す。あれではただの蹴りでは届かないような位置である。
「・・・お姉ちゃん、魔術使ってもいいんだよね?」
「はい、構いませんよ?」
「じゃあ・・・!」
神加は魔術を発動して障壁を作り出すとその障壁を足場にして赤いシャボン玉めがけて飛び上がる。
障壁をまるで階段のように構成し駆けあがっていくその姿は、康太が再現の魔術を使って駆けあがっていくそれと似通っていた。
「えい!」
掛け声とともに神加は障壁を蹴り、赤いシャボン玉に拳を当てる。あの歳で空中戦も嗜めるとは、将来が楽しみな弟弟子だと心底思いながら康太は感心していた。
「うぇ・・・べたべたする・・・」
「だから蹴りのほうがいいですよといったんです。手がべたべたすると気持ちが悪いでしょう?」
「うん、次からそうする」
シャボン玉に含まれている洗剤が手についたのが気持ち悪いのか、神加は自分の服で手をぬぐっている。
だが洗剤独特のべたべたがとれないのか不快な表情をしていた。
「康太、せっかくだ、少し見本を見せてやれ」
「見本ですか?」
「お前ならどうするか、お前ならどのように蹴りを出すか、それを見せて教えてやれ」
まだ蹴りの方法などわからない神加にこの訓練をするにはやはり手本が必要だろう。シールはがしのようにわかりやすい攻略法がないために、見た目をイメージしてそれを実行できるだけのセンスを磨くのがこの訓練のようだった。
「では康太君には少々難易度を上げましょうか。ついでに制限時間も。さぁ、どうぞ、いくらでも壊してください」
そう言って真理は康太の体の周りにシャボン玉を作り出していく。だが康太の周りのシャボン玉の位置はなかなかに攻撃がしにくい頭より上の位置ばかりに点在していた。
これらをすべて時間以内に壊すとなるとなかなか骨が折れそうである。
再現の魔術を使えば一斉に撃ち落とすことはできるのだろうが、それでは神加の訓練の見本にならない。
ここは自分の体と、再現の足場だけを使って攻撃するべきだろうと康太は軽く準備運動をしてからシャボン玉めがけて蹴りかかる。
神加のそれとは圧倒的に違う速度で放たれた蹴りは、シャボン玉を一つ一つ確実に減らしていった。
蹴りの動作とその反動が次の蹴りの予備動作となる。連続して放たれる蹴りは幸彦に習ったものだった。
そして先ほどの神加と同じように頭上に赤いシャボン玉が作り出されるのを確認すると、康太は再現の魔術を発動し空中に疑似的に足場を作り出すとそのまま空中を駆け上がり、そのままサマーソルトキックを放ち頭上の赤いシャボン玉を割って見せる。
普段ほとんどやらないサマーソルトだが、弟弟子の前でいいところを見せたい康太なりの見栄が出たというところだろうか。




