それぞれの努力
四月になり学年が一つ上がることによって康太たちの生活は大きく変化していた。そしてその変化を最も楽しみ享受しているのはほかでもない、康太の弟弟子である天野神加である。
小学校に入学し、完全に新しい生活スタイルへと変化し、日中は小学校に通い、学校から帰ってきたら勉強と修業をするという今までになかった生活を送っている。
今までであれば日中は勉強したり修業したりと、やりたいことをやっているような印象があった。
だが小学校に入ってから日の出ている間、昼過ぎから三時までの間は小学校に通っていることもあり今までのような慢性的な修業ではなく、短い時間で集中して修業を行うということを学び始めている。
そんな中、康太は少しだけ不安でもあった。
「神加、学校はどうだ?」
「楽しい。友達もできた」
「そうかそうか。友達っていうのは男の子か?女の子か?」
「両方。一緒に中休みとか昼休みに遊んでる」
「そっか、それは良かった、ちゃんと魔術のことは秘密にしてるか?」
「うん、学校にいる間は魔術のことは考えないようにしてるから大丈夫」
康太の不安は友達ができるのかということと、神加が魔術の存在をちゃんと隠せているかというところだったのだが、今のところその心配は杞憂に終わっているようだった。
まだこれから先どうなるかわからないために不安は残るが、現時点では神加はうまく学校生活になじめているようだ。
どうやらもともと神加のコミュニケーション能力は高いようだ。そういう意味では嬉しい誤算というべきか。
学校に行くことを許可したのは康太だ。以前の京都でのやり取りから神加は一般人に紛れても問題ないと判断した。
同い年の土御門満一とのやり取りを直接見たわけではないが、文からそこまで問題行動はなかったと話をされている。
日中唐突に変化を起こすということも、記憶が揺り起こされて不安定になるということも極端に少なくなった。
彼女の精神が回復しているといううれしい方向に進んでいるとはいえ、それだけでは不安は取り除ききれない。
「神加は休み時間何してるんだ?」
「ドッジボールとか、鬼ごっことか。私ドッジボールは最後まで残るんだよ」
「そうか、すごいな」
神加は普段から訓練を行っているために動体視力に関してはほかの子供と比べ高い能力を有しているのだろう。
同い年の子供が投げるようなスローボール程度であれば見てから反応するくらいは余裕なのだろう。
「神加さん、今日の訓練を始めますよ」
「はい!お姉ちゃん!」
その言葉に神加は真理の後に続いて地下へと向かっていく。別れ際に康太に手を振って別れを告げていくあたり、徐々に元の彼女に戻ってきているのではないかと思えてしまう。
そんな中、先ほどまでのやり取りを見ていた小百合が小さくため息をつく。
「ここに連れてきたときとは別人だな」
「それだけ神加が元の普通の女の子に戻ってきてるってことですよ。いい傾向じゃないですか」
「・・・いい傾向・・・といえればいいんだがな・・・まぁいちいち気絶させる手間が省けるという意味では好都合か」
小百合にとっては神加を壊さないように、精神が暴走するのを防ぐために気絶させるつもりなのだろうが、彼女が言うとどうしても物騒に聞こえてしまうのはなぜだろうかと康太は眉を顰める。
そして今まさに訓練をしているであろう神加のほうに意識を向けながら康太は小さく息をつく。
「でも訓練のほうも順調みたいですし、なかなかいい魔術師になるんじゃないですか?少なくとも今のところ同い年の魔術師よりは進んでると思いますよ?」
「・・・どうだかな。比較対象が土御門のお坊ちゃまではまともな検討ができているとは言えんな。あそこはいろんな意味で特殊だ。温室育ちすぎる」
「まぁそれは否定しませんが・・・でも最近は晴と明は結構頑張ってるじゃないですか」
「どうだかな・・・あれはあれで努力の片鱗は見えるが、それでも圧倒的に足りん。生ぬるい環境のそれが染みついている」
小百合としては土御門の訓練は何から何まで徹底してぬるいという印象しか持っていないようだった。
確かに小百合の訓練に比べれば土御門のそれは圧倒的に優しいものが多い。実戦を想定していない訓練などもあるだろう。彼女に言わせればお遊びのようなものになってしまうかもわからない。
「今はあの双子よりも神加の訓練をバージョンアップしたほうがいいだろうな。そろそろ次の段階に進んでもいいころだ」
「え?もうですか?まだシールはがしでいいんじゃ・・・」
「阿呆、あれではいつまでたっても手の動きしか学習できん。そろそろ足の使い方も教えるべきだ」
小百合の言葉にそういえばあのシールはがしは主に足さばきと手での攻撃と防御を想定した訓練だなと思いながら今後の神加の訓練について考え始めていた。




