序列はどちらが
「っていうか・・・先輩ってそんなすごい魔術師なんすか?」
今まで口を閉ざしていた船越が康太のほうに目を向けてつぶやく。恐れおののいている佐々木に対して船越は冷静に康太のほうを見ていた。
おそらく康太の体つきなどを観察しているのだろう。
康太はお世辞にも恵まれた体格をしているとはいいがたい。身長こそ百七十前半はあるが、筋肉もそこまであるというわけではなく細身の体だ。
この体のどこにあれほどまでの実力があるのかわからないというのが船越の正直なところだった。
「いや別にすごくもなんともないと思うぞ?そんな偉業を達成したこともないし・・・っていうか俺の周りの人間が濃すぎるんだよ」
「えっと・・・あれ?先輩封印指定とか解決してませんでしたっけ・・・?」
噂の中には封印指定の話もあったのだろう。佐々木の師匠はしっかりと魔術協会に彼女を関わらせているようだった。
封印指定の話もすでに知っているあたり彼女がどれほど魔術協会の中の仕事を手伝っていたかがわかる。
もしかしたら協会内ですれ違ったことくらいはあるかもしれないなと思いながら康太は笑いながら首を横に振る。
「解決してるもんかよ、あんなの巻き込まれただけだ。ついでに言うとまだ封印指定の脅威は消えてないんだぞ?」
そう言って康太は体から黒い瘴気をわずかに漏れ出させる。
それがいったい何なのか文以外の三人は理解できなかった。そもそも封印指定百七十二号の、デビットの姿を見たことがないのだ。
瘴気を見せたところで理解できるはずもなかった。
「っていうか俺の行動って基本的に誰かに依頼されたり、巻き込まれたりばっかりだぞ?まだ修業中の身だから自発的に行動っていうのはあんまりないな」
「そ、そうなんですか?てっきりご自分で動いているのだとばかり・・・」
「俺の噂を知ってるってことは俺の師匠の話も聞いたことはあるだろ?」
康太の師匠。藤堂小百合、デブリス・クラリス。康太のことを話すうえで彼女の存在は欠かせないといってもいい。
その証拠に佐々木は小さくうなずいた。
「デブリス・クラリス・・・協会の中でも指折りの危険人物と・・・師匠からは言われました・・・絶対に敵にしてはいけない人だと」
「そう、その人の弟子が俺なわけだけど・・・あの人が敵の多い人でさ・・・いろいろと巻き込まれたのが最初だったな」
自分に非はない。自分は被害者であるということを知ってもらい、なおかつ佐々木の恐怖心を取り除こうとしたのだが、佐々木は今もなお康太に対して強い警戒心を抱いたままだった。
「でも・・・師匠が言ってました。ブライトビーはデブリス・クラリスの正統な後継者だって・・・あれほどの魔術師はそういないって」
「お前の師匠もすごいこというな・・・あれだぞ?俺には兄弟子が一人いるけど、俺あの人に一度も勝ったことないぞ?それなのに俺が正統後継者?そんなわけないだろ」
康太の兄弟子である真理は、いまだ小百合のもとを巣立てていないが、それでも康太より圧倒的に強い。
何せ彼女は何年も小百合のもとで修業してきたのだ。はっきり言って戦闘に対する経験値が違いすぎるのである。
魔術の練度もそうだが、彼女の持つ戦闘に対する技量は目を見張るものがある。康太から見た彼女の性格は戦闘に向いているものとはいいがたいが、小百合の弟子として最も後継者に近いのは彼女ではないかと現時点で康太は考えていた。
「先輩より、強いんですか?」
「強い。っていうか俺の周りって俺に勝てる人ばっかりだぞ?ここにいる文だって、本気でやれば十分俺に勝てる実力があるし、俺の兄弟子、師匠、師匠の兄弟弟子の人たち、あと俺と同盟を組んでるある魔術師と、はっきり言って俺の実力ってそこまで高くない」
戦闘能力だけで言えば康太より上の人間は何人もいる。だが目の前にいる三人の一年生からすれば康太の戦闘能力だってもはや天と地ほどの差があるのだ。
そんな康太よりもさらに強い魔術師がたくさんいるという事実に目がくらみそうだった。それほど危険な魔術師が山ほどいるのかと僅かに身震いしてしまっている。
「あの・・・私たちも・・・今後戦える術を磨いたほうがいいんでしょうか・・・?」
「・・・んー・・・それを決めるのは俺らじゃないな。魔術に対する相性とか、今後どんな魔術師になりたいとか、そういうことを加味して決めるべきだと思う。俺みたいにそうなるしかなかったのと違って、お前らは自分で選べるだろうからさ」
小百合の弟子になった時点で康太には強くなる以外の選択肢がなかった。そしてそれは真理も、そして神加も同様だ。
神加に関しては彼女自身の才能もあって強くならなければいけない。そこに選択肢などない。そうならなければ命が危ういのだ。
「ただ、戦えるだけの力があれば選択肢が広がるのは確かだと思う。万が一の時の自衛の術くらいは覚えておいたほうがいいかもな・・・っていうのが俺の考え。ただ一点突破で調査とかそういうのに特化した人もいる。すごい人だよ、あの人の執念と実力は半端ない」
康太は一人の魔術師を思い浮かべていた。何年にもわたって調査をし続けた調査専門の魔術師。
一度か二度かかわった程度だが、あの人ほど強い意志を持ち続け、力を持たないにもかかわらず挑み続けた人はいないと康太は確信していた。
「話がだいぶそれたわね・・・いや、戻ったっていうべきかしら?あんたたちがどんな高校生活を送りたいか、どんな魔術師生活を送りたいか、それによって一年生の派閥の形を決めなさい。それを話し合うのがこの場よ」
文がそれてしまった話を戻すと、一年生たちは戻ってきた話の本筋をもう一度考え始めていた。
先ほど康太と文が言っていたように考えて決めるのは一年生たちなのだ。康太たちがこうして足を運んでいるのは、あくまで船越の独断や暴走によってその決定に残り二人の意見が反映されないような状態になることを防ぐためである。
逆に言えばこの三人が話し合いを望み、なおかつその話し合いが円滑に進むのであれば康太たちがここにいるだけの意味はなくなる。
「・・・俺は同盟に参加するつもりだ。三すくみの状況っていうのはいろいろと経験できそうだし、何よりこの人の動向が気になるからな」
この人というのが康太のことを指しているのは船越の視線で理解できた。船越は康太に逆らう気はないようだが、康太に負けたままでいるつもりもないようだった。
未だ康太に勝つイメージも、勝てる気もしないがこのまま負けたままというのは船越の中にある男の子の部分が許さないのだろう。
男子たるものそうでなければならないなと、康太は内心大きくうなずきながら感心していた。
「私は・・・正直同盟に参加しても・・・って気がしてます・・・今のままじゃはっきり言って足手まといもいいところだし、学校内で何かしたいかっていわれると・・・正直微妙だし・・・」
嘉吉は現段階で学校内での活動には消極的であるようだった。学校内でできることと言ったら広い場所を利用しての魔術の訓練くらいだ。
あとは各教室を一時的な拠点代わりにすることもできなくはないが、公共施設の一部であるために完全に私物化というのも難しい。
そのため彼女にとって同盟に参加するだけの意義を見いだせないのだろう。
「私は・・・参加してもいいかなって思ってます。先輩の話を聞く限り、このままっていうのはちょっとあれな気がするし・・・その・・・同盟に入れば先輩たちにいろいろと質問してもいいですよね?」
「それは私たちに何かを指導しろってこと?言っておくけど私たちもまだ修業中の身だからあんまり大したことは教えられないわよ?」
「構いません。このままでいるよりは多少は護身術的なものを身に着けておいたほうがいいと思うし・・・何より先輩たちの技量は聞いていますから」
その分怖さも残るだろうが、佐々木は自身の中にある恐怖よりも魔術師としての成長を選んだようだった。
その選択が正しいのかどうかはさておいて、成長したいという向上心は評価できるものだった。
「んじゃ嘉吉以外は同盟に参加って形か・・・ちなみに誰がトップになるんだ?」
「トップ・・・っていうと序列の話っすか」
「そうね。学年での序列っていうのは簡単に言っちゃえば一番上の人がほかの学年の人とやり取りする役目よ。いわば連絡要員兼雑用役ね」
ちなみに私たちの学年では私が一応序列では上よと付け足しながら文は小さくため息をつく。
実際に上級生たちとやり取りをしているところを見る限り、あまり利点があるとも思えない。
はっきり言ってここでの序列などあってないようなものだ。そのため、この場では序列の意味よりも上下をはっきりと決めたというところが重要になる。
今後の関係性に加え、自分たちが上の学年に上がったときにどのように判断するかという考えを培ういい機会にもなるのだ。
「先輩たちから見て、俺と佐々木、どっちが上だと思います?」
いうまでもないよなと言いたげな表情を浮かべる船越に対して、康太と文の意見は一致していた。
「俺的には佐々木が序列一位になったほうがいいと思う」
「右に同じく。佐々木ちゃんのほうがちゃんとまとめられそう」
「・・・はぁ!?なんで!?」
「私・・・ですか?」
てっきり船越が選ばれるとばかり思っていたのか、選ばれた佐々木はあっけに取られているのかきょとんとしていた。
船越はなぜ自分が選ばれなかったのかわからないという様子である。実力的には自分のほうが圧倒的に上なのになぜ選ばれなかったのかという疑問が強く船越の中に残ってしまっていた。
「単純に経験の違いだな。さっきの話を聞く限り、佐々木は魔術協会の中でいろいろと経験積んでる。たぶん魔術師としての経験値は俺より上じゃないか?」
「船越君の実力・・・っていうか戦闘能力は佐々木ちゃんより上かもしれないけど、序列一位に求められるのはあくまで魔術師としての立ち回り方。戦いだけが魔術師の在り方じゃないのよ?」
「俺にとっては耳の痛い話だな」
戦いだけが魔術師の在り方ではない。康太からすれば少々耳の痛い話であった。
他にも多くの魔術があるというのに康太はほとんど戦闘用の魔術しか覚えていない。
だからこそ文に序列一位を譲っているというのもあるが、本心から言えば面倒くさいのである。
上級生たちとはただでさえ確執があるのだ。康太が前に出るよりは文が前に出たほうがまだやんわりと話が進むだろう。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




