仮面をつけたら
「いだだだあだだだだ!」
「おはよう。気分はどうだね?」
トール・オールの意識を痛みによって強引に覚醒させた康太は少し距離を取りながら彼の様子を観察していた。
彼はいったい何が起きたのか、どのようになったのか自分に残った記憶と今の状況を比べて把握しようと周囲を見渡していた。
「おれは・・・えっと・・・」
「お疲れ様、そっちの実力はよくわかったよ。痛みはあるか?」
「・・・ちょっと・・・頭が・・・」
思い切り脳震盪に近い症状を起こしていたのだ、わずかに頭に痛みが残っていても仕方のない話だろう。
康太はとりあえずこれでもう戦う必要はないなと小さくため息をつく。
「さて先輩方、この学校内での派閥形成に関してだけども、一年生たちの中でもいろいろあるみたいだし、あとのことは少々待ってやったほうがいいと思いませんか?」
先ほどの一年生女子との会話を聞く限り、彼女たちには戦闘能力はほとんどないようだった。
少なくともこのトール・オールの言いなりに近い形になってしまっているのは間違いない。それは同盟とは言わない。派閥の仲間ともいえない。それではこの学校内の立ち位置を確保していないのと同じだ。
そしてそれは三年生も理解しているのだろう、どうしたものかと悩んでしまっていた。
「そうだな・・・一年生は上級生を交えて今後の派閥の形を作り直したほうが良いように思える。他も同様の意見か?」
三年生の言葉にその場にいたほとんどの魔術師が首を縦に振る。
トール・オールだけがこの状況をうまく理解できないでいた。
「お、おい待てよ、待ってくれよ!何勝手に話進めてるんすか!一年生の話にあんたらが口出すような話じゃ」
「少し黙ってろ」
康太の言葉にトール・オールはそれ以上声を出すことができなくなっていた。康太がわずかに出した威圧感とその殺気に怖気づいてしまったのだ。
先ほどの戦闘のすべてを思い出したわけではないが、その体に、脳裏にその恐怖が刻み込まれているのである。
「この学校内で派閥を作るってことは仲間を作るってことだ。いざって時に協力できる味方を作るってことだ。お前のそのやり方は仲間でも味方でもない。それじゃ派閥とは言えない」
いうことを聞かせているという点では仲間というよりも部下のそれに近いかもしれない。少なくとも女子に対して力任せに言うことを聞かせるようなことをするのは康太からすればあまりよい行いとは言えなかった。
「あんたは・・・どうなんだよ・・・あんたと一緒にいるそいつ・・・あんたもそいつに言うこと聞かせてるんじゃないのかよ・・・!」
文のことを言っているのだと理解すると、康太はもう笑いを止められなかった。
文がまさか自分より圧倒的に弱い存在だとみられているとは思わなかったのである。
魔力量だけで実力が決まるわけではないとはいえ、ここまで康太や文が弱いと勘違いされたことは少ない。
ここまで油断され、甘く見られたことがない文も少しだけ笑ってしまっていた。
「こいつはこれでも俺以上にやばい魔術師だぞ?ぶっちゃけ俺も、こいつに確実に勝つ自信はない」
つい先日康太と文は戦った。康太はかろうじて勝利を手にしたが次どうなるかはわからない。
それに康太が文に勝とうと思ったらいくつも危ない橋を渡らなければならないだろう。康太が身を切らなければ倒せない、いやそれでも倒せるかわからないと確信する相手、それが文なのだ。
そんな文を康太が無理やりいうことを聞かせているという勘違い、笑うなというほうが無理な相談だった。
「あんた以上とか、変な誤解受けそうだからやめてよね。っていうかあんたにだけはやばいとか言われたくないわ」
「そうか?結構ベルも大概だと思うけど」
相手への容赦を捨てた文はかなりえげつない攻撃をする。そういう意味では文もなかなかに戦闘に長けた魔術師になり始めている。
「トール・オール、お前が今までどういう風に魔術師として生活してきたんだかは知らないけど、あんまり強がると取り返しがつかないことになるぞ?」
そう言って康太はいまだ立ち上がることができていないトール・オールの眼前に立って自分の仮面をわずかに叩く。
「この仮面をつけて戦いを挑んだ時点で、お前はどうなってもおかしくないんだ。戦うならそれなりの覚悟をもって挑め。喧嘩みたいな中途半端な気持ちでやると怪我するぞ」
手加減されて、負けて、さらにそれを窘められて、トール・オールの魔術師としてのプライドはズタズタにされていた。
もとより康太との実力差がどの程度なのか知るための戦いだった。自分のほうが勝っていると考えていたトール・オールの自信は完全に崩れてしまっていた。
「戦いばっかやってるやつの言うことは説得力が違うわね。あんたの場合は相手を壊す覚悟でしょ?」
「当たり前だ。相手が半身不随になろうと意識不明になろうと知ったことか。挑んできたやつが悪い」
康太の言葉に、もしかしたら自分は場合によってはそうなっていたのだろうかとトール・オールはわずかに身震いしてしまっていた。
 




