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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十一話「新しい生活」
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痛みの教育

そんなことを康太が考えていると短い悲鳴と同時に明が地面を転がって康太たちのもとへとやってくる。


完全に白目をむいてしまっており、気絶してしまっているのは明らかだった。すかさずアリスがその状態を調べ命に別条がないことを確かめると安全な場所に放置することにした。


「・・・あの・・・なんで治療しないんですか?治せるなら今すぐに・・・」


「私が止めたんだ、痛みをしっかりと覚えなければ鍛錬にならん」


やってきたのは明を転がしてきた小百合だった。退屈そうな目をしてため息をつきながら木刀で軽く晴の頭を叩く。


「痛みを覚えた時の体の感覚、痛みを覚えた原因、そのあたりをしっかりと理解しないと次に活かせん。何のためにこんなことをやっていると思っているんだ?」


「・・・八つ当たりとかじゃないんですか?」


「そういうのはもう間に合っている。お前たちにやるのはちゃんとした訓練だ」


一瞬だけ自分のほうを見た小百合に康太は憤慨していたが、小百合に八つ当たりされても最低限守り切れるだけの実力は持っている。


今度八つ当たりしてきたら返り討ちにしてやると意気込みながらも、康太は小百合の発言に突っ込みを入れることはなかった。


「痛みを覚えただろう?体が上手く動かない感覚を覚えただろう。なら次はその状態で魔術を使って戦って見せろ。さっきは途中から予知の発動もおぼつかなくなっていたぞ」


晴の状態をほぼ正確に把握していた小百合はその木刀の切っ先を晴に向け、床に転がっていた木刀を晴に差し出す。


早く続きをやるぞという合図だということは容易に想像できた。


「あ、あの・・・休憩とかは・・・?」


「何を言っている?明が戦っている間数分間休んでいたんだ。十分だろう?」


気絶していた時間を休憩というあたりさすがは師匠だなと康太はため息をつく。昔の自分を見ているようだと思い返しながらとりあえずその場に座って訓練を観戦する態勢に入っていた。


「あの、先輩ら、何とか言ってくださいよ。この人無茶苦茶言ってますよ」


「それがうちの師匠だ。その人に指導を頼んだ時点で逆らう権限はお前に与えられていない」


「まぁ、その人に鍛えられるとまず間違いなく実戦慣れはできるわよ。まずは初日だし、こういうものもあるんだって思ってやってみたら?」


康太は諦めから、文は経験から小百合の指導方法に逆らわない理由を告げるが、それら二つとも納得できない晴は先ほどの痛みの恐怖を思い出してわずかに体を震わせる。


その様子を見て小百合は晴の首根っこを掴むと強引にその場に立たせた。


「震えている暇はお前にはない。そんな暇があるなら少しでも防いで見せろ、反撃して見せろ、それでも男か」


「お、男とか関係ないでしょ!痛いのは嫌ですよ!こんなん訓練じゃないです!ただの暴力ですよ!」


「ただの暴力が襲い掛かってくるのが実戦だ。訓練でできないことが実戦でできると思うな。実戦のじの字も知らないひよっ子がわかったようなことを言うな」


小百合の言葉は至極正論なのだが、どうにも納得したくないなという気持ちが康太と文にはあった。


何せ傍から見ていればやっていることはただ単に木刀で殴り倒しているだけなのだ。これが魔術の訓練と言われても納得するものは少ないだろう。


先ほどの晴の言葉ではないが、八つ当たりという言葉が一番しっくりくる気がしてならなかった。


「止めないのね?てっきり止めるかと思った」


文の言葉に康太は笑みを作りながら気絶している明と今まさに木刀で殴られようとしている晴を見比べて小さくため息をつく。


「あいつらが音を上げるならそこまでだろ。別にあいつらは今この時期に絶対強くならなきゃいけないってわけでもないしな。ついでに言えば別に師匠に教えてもらう必要だってないんだ」


「土御門の人たちに教えてもらうってこと?」


「本来はそれが筋だ。そもそもここにきてる時点でどっかズレてるんだよ。それがあいつら自身の気持ちからきてるのか、土御門のお偉いさんの都合なのかはわからないけどな」


学生時代は実戦に出させるということだったが、別に魔術協会に所属しなくてもよかったはずなのだ。


出向に近い状態で協会に所属するという形をとったせいで、支部長は頭を抱え康太たちに、主に小百合に押し付けてきたが、協会にやってこなくても西のほうでいくらでも面倒ごとや実戦はあったはずなのだ。


それをわざわざ協会に頭を下げてでもこちらにやってきたというのには何か意味がある。康太はそう考えていた。


そして二人がそれに耐えかねたというのであればそれはそれで仕方のない話だ。根性があるなし云々にかかわらず、強くなりたいという意志がないのであれば結局訓練が続くことはない。


康太のように状況的にそうしないと死にかねないような強迫観念が働くこともないのだ。彼らは良くも悪くも恵まれているのだから、こんな急ごしらえの訓練をする必要など本来ないのである。


「まぁ、あんたみたいになりたいっていう気持ちはあるんでしょ?あんたが戦ってるところって格好いいし」


「マジで?そんなこと初めて言われたぞ?」


「初めて言ったもの。まぁあこがれちゃうのも仕方がないんじゃない?」


ほぼ同年代の魔術師が戦っているのを見て、あのようになりたいと思ってしまうのは仕方のないことかもしれない。


とはいえ、こんな痛みを伴った訓練ではその憧れがかすんでしまうのもまた仕方のない話だろう。















「うっげぇ・・・痛い・・・痛い・・・」


「うぅ・・・痛い・・・泣きそう・・・」


一通り訓練が終わってボロボロになった二人を連れて康太たちは一度地上の居間部分に戻ってきていた。


徹底的に、時間が許す限り小百合の攻撃を受け続けた二人は体中に痛みを覚えもだえてしまっていた。


小百合がアリスに治療を禁じたのが原因である。訓練の途中で最低限の治療をしたのはあくまで訓練を容易にするためであり、訓練が一段落した状態であれば治療する必要はないと断言したのだ。


痛みを覚えた状態で放り出されかねない二人は体の痛みを訴えながら今のちゃぶ台に頭を突っ伏してしまっていた。


「この程度の痛みで苦しんでどうする。実戦では刃物なども使ってくる場合があるんだぞ。この程度の痛み飲み込め」


「む、無茶言わないでくださいよ・・・めちゃくちゃ・・・痛いんですから」


「そうですよ・・・私なんて女の子ですよ?」


「男女平等の世の中で男も女もあるものか。そもそも私自身が女だぞ」


小百合の言葉に全くもってその通りだと納得する康太だが、少しだけ二人が不憫だった。


初日からこの有様ではこれから先続くかどうかもわからない。訓練は継続してこそ意味があるというのに、小百合は継続させるつもりがないように見えた。


「師匠、初日なんですからもうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないですか?いきなりこれじゃ続きませんよ」


「馬鹿を言うな。お前の時はもっと厳しかっただろうが。これでも優しくしているほうだ。何よりお前はほとんど弱音を吐かなかっただろう。暴言は吐いていたが」


「そりゃ・・・まぁそうかもしれませんけど」


康太は小百合の弟子ということが知られてしまっていたために強くならなければ本当に殺されるだけの可能性があった。そのために必死に訓練したが二人はそういうわけでもない。


必死に訓練するだけの理由が今のところないのだ。


「それに続かなかったらそれだけの話だ。私は鍛えてほしいということだから鍛えてやっているだけ、逃げるのであればそれはそれで構わん。その程度の奴だったというだけだ」


小百合の言葉に晴と明はピクリと反応する。厳しい訓練は嫌なようだが、腰抜け扱いされるのも嫌なようでわずかに体を震わせながらも弱音を吐くのをやめていた。


「最初はてっきり神加ちゃんがやってるようなシールはがしかと思ってたんですけどね・・・先輩の時もこんな感じだったんですか?」


「そうだな、おおむねこんな感じだった。師匠の訓練は割と最初から殺意高めだからなぁ・・・慣れれば何とかなるけど」


「慣れるまで何カ月かかるか・・・っていうかそもそも先輩はなんでそんなに平気そうなんですか?」


康太だって最初から平気だったわけではない。初期は一日に何度も気絶させられ、体中にあざを作っていたものだ。


そのたびに真理に治してもらっていたとはいえ、やっていることは今この状況とそう変わらない。


「平気って言われてもなぁ・・・俺だって普通にボッコボコにされたけど・・・」


「そうは見えないですよ・・・魔術使った状態でも普通に生き残ってたじゃないですか」


小百合との魔術を使った総合戦闘訓練でも康太は気絶することなく生き残っている。傍から見ればそう見えるのかもしれないが、康太からすればあれは殺されているのと同じようなものである。


「あれは俺の完全な負けだよ。実戦だったらあの後なぶり殺しにされるだろうな。魔力切れを起こしたら魔術師としては負けだ、特に俺みたいなポンコツはな」


自身のことをポンコツと称するのは決して謙遜ではない。康太の素質的に長期戦ができないというのはかなりのデメリットなのだ。


小百合クラスの人間相手にも魔術師戦で魔力切れにならないように立ち回ることができなければ今後魔術師として戦っていくのは難しい。


もっともっと実力をつけなければと康太が考える中、小百合は小さくため息をつく。


「とりあえずお前たちは予知の魔術をもう少しまともに扱えるようになれ。あとは予知したうえで回避できるだけの身体能力を身につけろ」


「簡単に言いますけど・・・そんなことそう簡単には・・・」


「安心しろ、殺すつもりでしごいてやる。康太の時と同じ程度には厳しくしてやるから感謝しろ」


「・・・感謝したくないんですけど・・・」


本来ならば指導してくれている段階でかなり感謝しなければいけないのだが、ひどい目に遭っているだけに素直に礼を言えるような気分ではなかったのか、双子は奇妙な表情をしている。


いろいろな感情が混ざり合った表情だ。うれしくもあり悔しくもあり、情けなくもあり感謝もしている。


「師匠の見込みとしてはあとどれくらいで実戦に出ても問題なさそうですか?」


「今の実力でも実戦である程度戦果は残せるだろう。ただ万全となると話は別だな。支部的には面倒に巻き込まれても怪我をしないようにしたいのだろう?ならまだまだ時間がかかるな」


現段階でも双子の実力はそれなりに高い。問題は実戦でも生き残れるだけの立ち回りができるかどうかだ。そのあたりは実戦を積むしかない。


小百合のほぼ実戦形式の訓練は良くも悪くも最適な訓練であるといえるだろう。


「あんたも最初はこんな感じだったのよね?昔を思い出す?」


「そうだなぁ・・・血の味を思い出すよ。何もかもみな懐かしい・・・」


かつて小百合にぼこぼこにされた記憶を思い出しながら、康太はやや遠い目をする。


土御門の双子の訓練はまだ始まったばかりである。


日曜日なので二回分投稿


また出張で長期間予約投稿が続きます。反応が遅れてしまうのはご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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