表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/1515

康太と文の戦い

「そう言えばお前エアリスさんにはもう話したのか?今回の事」


「一応ね・・・面倒が起きるのは半ば予想してたみたいよ?そこまで驚いてなかったし」


「マジか・・・魔術ってさ予知みたいなことってできるのか?」


予知


予知夢や占いなどで未来の状況や光景をあらかじめ知ることができるというものだ。ほとんどはインチキか脳の勘違いという風に言われているが、科学では証明できないような何かがある、特に魔術に関しては。


「予知の魔術か・・・確かにそう言う魔術は知ってるけど・・・正直私はそう言うのを使ってる人にはあったことがないわ。術式も見たことがないのよ?」


「へぇ・・・お前の修業場の本の中にもないのか?」


「えぇ、一時期探したことがあったんだけどね・・・師匠なら何か知ってるかもしれないけど・・・」


予知の魔術。文曰く存在はしているようだがそれを扱える人間はどうやらかなり限られているらしい。


術式そのものを見たことがないという事もあってその存在そのものが眉唾物であるらしいが、未来を予知することができるのであればこれほど心強いものもないだろう。


「エアリスさんが予知を使えるってことは?」


「そんな事あるわけないでしょ・・・でももしかしたら何かあるのかしらね」


弟子である文も師匠であるエアリスの実力を正確に把握しているわけではない。もしかしたら予知に近い魔術も扱えるのかもしれないが、それらは弟子である自分が知るべきことではないのだ。


もしかしたらただの勘、あるいは康太が小百合の弟子だから、または文が自分の弟子だから何か面倒に巻き込まれると予想したのかもしれない。


どちらにしろ実際に巻き込まれているのだ、そう考えると彼女の考えは正しいということになる。


「ちなみにエアリスさんからのアドバイスは?なんかないのか?」


「ん・・・アドバイスって言っていいのかは微妙だけど、勉強してこいって言われたわ。正直どうとらえたらいいのか・・・」


勉強してこい。


それは高校の行事としていくのだからちゃんと勉強くらいしろという意味だろうか、それとも魔術師としてなかなかできない経験だからしっかりとそこから何かを得てこいという事だろうか。


康太は恐らく後者だと思うのだが、文としてはどちらの可能性もあると踏んでいるようだった。


「お前の場合は経験積めばすぐに一流だからなぁ・・・もう魔術もたくさん覚えてるしさ・・・うらやましいわ」


「あのね・・・私は十年以上の下積みがあるのよ?むしろこの前あんたに負けたの結構ショックだったんだから」


実際にショックだったのは負けた時よりも康太が魔術師歴一年未満の駆け出し以下の存在だったと知った時だったが、文はそのことに関しては口にしなかった。


だが実際、文は天才のように見えるが彼女が強力な魔術を有しているのも、数多くの種類の魔術を修得しているのも彼女の努力の結果なのである。


元々の素質というのもあるだろうがそれを腐らせないように日々努力し研鑽を重ねた結果が今の彼女だと言えるだろう。


それを単にうらやむのは、彼女の努力の全貌を見ていないからでもある。それを見れば康太は恐らく彼女を羨むことはないだろう。


むしろそれを見たら彼女への見る目が変わるかもしれない。畏怖や軽視から尊敬へ、そしてその努力と今ある彼女に対して強く刺激を受ける事だろう。


それを見ることも感じることもできないのは康太にとって残念な点であると言わざるを得ない。


「まぁ勝負は時の運っていうしな。あの時は俺に運が傾いたってことで」


「多少の運でどうこうなるような実力差じゃないと思うんだけどね・・・まったくなんでこんなのに負けたんだか・・・」


なんでこんなのに


自分で言っておきながら本当にその理由がわからなかったのだ。


あの時自分は手を抜いたつもりはない。全力で戦った、そして負けた。だからこそ文は康太の修業風景を見たいと思ったのだ。


康太と一緒に修業するようになっても康太に負けるような気は微塵も起きなかった。今こうして協力関係になっていてもそれは同様だ。


そしてそれは康太も同じだった。文の実力を知れば知るほど、その努力を見れば見る程彼女に勝つことはもうないだろうという確信が深まっていく。


互いが互いに考えていることが似通っている、それは互いを認め、なおかつ客観的に実力差を理解しているからこその必然的な思考の到着点と言えるだろう。


「俺がもうちょっと成長したらもう一回くらい練習試合するか?今度はどうなるかわからないけど」


「成長って・・・どのくらい待てばいいわけ?あんたまだ十個も魔術覚えてないじゃないのよ」


「・・・えっと・・・あと一年くらい待ってくれると・・・その・・・ありがたいかなって思います」


実際康太が文とまともに戦えるようになるには相当な時間がかかるだろう。そもそも素質自体でも負けているのだ。それ以外で勝つには定石から大きく外れた手法を取るしかない。


魔術師らしい戦いをして文に勝つにはどうすればいいだろうかと考えている中、康太はそれを感じていた。




「文・・・」


「えぇ・・・来たわね・・・」


康太がそれを感じるよりも早く文もそれを感じ取っていた。すでに方陣術を介してこの中にいる生徒たちの意識が外部に向かないように方陣術の結界を発動し始めている。


康太は自らの装備を確認しながら周囲のマナの移動する方角を正確に把握しようと努めていた。


「予想通り、ショッピングモールの近くの雑木林の方角だな」


「そうね、まず間違いなくその方向でいいわ。行ける?」


「もちろん、体はあっためてある。みんなを頼むぞ」


「わかってるわ、可能な限り早く応援に行くから」


可能な限り早くというのは文が結界を発動した後で完全に魔力の補充を終えてからという事でもある。


結界の発動時間を伸ばすには魔力を延々と注ぎ込まなければいけない。文が結界を張るのはあくまで康太が移動している間、そして自分が移動を開始するまでの間だ。


今回の問題の発生場所がそれなりに離れているという事もあり、まず間違いなくここにいる生徒たちが危険に巻き込まれることはないだろう。それならば最低限の術の発動をして外部への意識を逸らし、内部での行動に限定できれば文も十分に動ける。


もちろん魔力の補充そのものに時間がかかってしまうためすぐにというわけにはいかないが、それでも昨日よりはずっと早く助けにはいる事ができるだろう。


康太は軽く準備運動を終えた後槍を構えてマナの移動先をまっすぐに見つめる。この先に先日の魔術師がいるのだ。これを妨害するのが自分の仕事、それ以外は考えなくていい。


余計な欲を出すべきではない、あくまで生徒たちが面倒に巻き込まれないようにすることと事件そのものを未然に防ぐことが自分の役目だ。


まだ発動して間もないからかそこまで気温の低下は感じない。気温が下がりきる前に接近して術の妨害をしたいところだった。


この方陣術はいわば餌のようなものだ。康太をその場におびき出すための餌、康太はあえてその餌に釣られようとしている。


「んじゃ行ってくる。早く駆けつけてくれよ?」


「はいはい、気を付けてね」


先日と同じく魔術を可能な限り使わずに地道に屋上から地上へと降りると康太はゆっくりと走り出す。いきなり体力を消耗するわけにもいかない、疲れない程度の速度でマナの向かう先へと移動を始めた。


マナの向かう先へと向かえば向かうほどに気温が下がっていくのが感じられた。徐々に方陣術の効果が表れてきているのだろう。


息が白くなるほどに周囲の気温が下がる中、康太は公道に出ないように、人目につかないように物陰から物陰へと移動していた。


先日は合宿所近くの雑木林だったために人目はほとんど気にしなくてもよかったのだが、今日の場所はショッピングモール近くの雑木林だ。それなりに距離が開いているために移動するとなると公道を通ることは避けられない。


もちろん魔術師の外套に仮面というわかりやすい不審者の姿をしている状態で堂々と公道を歩けるわけがない。面倒ではあるが自分は文と違って意識を逸らせるような魔術は使えないのだ、こうして隠れながら移動するほかないのである。


術の効果を長引かせるのは正直康太にとって良いこととは言えなかったが、魔術の、ひいては魔術師の存在を公にしないための措置だ。


本当に暗示などの魔術を早く修得しなければと思いながら康太は何とか目的の雑木林にたどり着く。


ここまでたどり着けばあとは隠れながらマナの向かう先をたどるだけだ。その中心に方陣術があり、そこに件の魔術師がいる。


雑木林について身を隠すと同時に康太は携帯で文に電話をかけていた。携帯にイヤホンをつないでコール音が鳴り響く中で周囲の風の音が康太の耳に聞こえている。


この寒さに加えて風まで出てくるとなるとかなりつらい。ここまで走ってきたため体は温まっている。震えが来るほどではないがこれから体が冷えていくとどうなるかわかったものではない。


暑いのはまだ我慢できるかもしれないが、寒いのは体の動きを鈍らせる。早々に決着をつけたほうが良いと判断していた。


『もしもし、状況は?』


「今目的の雑木林に着いた。随分冷えるな、たぶんここで間違いないと思う」


軽く移動してマナの動きを観察しながら今自分がいる位置とマナの移動先を大まかに予測する。二点測定法という簡易式の目的地の求め方だ。目的地に向かう何かがある場合、複数地点からその動きを見ることで線と線を結ぶことで目的地を大まかに予想する。


ゲームで培った知識がこんな場所で役に立つとは思っていなかったため康太は小さく笑みを浮かべていた。


恐らく雑木林の真ん中あたり、小高い丘のような場所になっているところが方陣術のある場所なのではないかと考えていた。


「今からとりあえず接触する。可能な限り早くこっちに合流してくれ。このまま通話は続けておくからタイミング逃すなよ?」


『了解よ。止めはきっちりやってあげるから安心しなさい』


いいとこどりしてあげるからちゃんと生かしておくのよと言われているようだが、それだけ彼女もやる気があるのだ。先日は接触することもなかったために相手の尊顔を覗くことが楽しみであるようだ。


精霊の怒りを未だ引きずっているのかもしれないなと思いながら康太は通話をつづけた状態で小さく息を吐く。


今度は逃がさない。そう心の中で反芻しながら康太はゆっくりとマナの向かう先へと歩を進めていく。


康太が目的地に近づくにつれてそれははっきりと周囲の地形に現れていた。


強い冷気がそこにあるという事を示しているかのように周囲に霜が降りているのだ。いや正確に言えば地面も含めて凍りかけていると言ったほうがいいかもしれない。


一歩一歩足を進めるたびに細かい氷を踏み砕くような爽快な音が聞こえる。まるで新雪や霜を踏みつぶした時のような独特の音と感触だ。


この感触は何時振りだろうかと考えながら康太は自分の吐く息がさらに白く、自分の皮膚を刺す外気がさらに冷えていくのを感じていた。


昨日と同じかそれ以上の寒気、先程まで温まっていた体を外気が徐々に冷やしていくかのようである。手足が徐々に冷えていくのを感じていた。特に武器を所有している部分に関してはなおひどい。金属製の数珠や康太がもつ槍は徐々に冷えてきている。このままではこれらと触れている手から凍傷になりかねないだろう。


自分が通るたびになる独特の音、自分が歩を進めるたびに周囲の葉や草木が折れていく。


これがただ力をかけたからなどという理由であればよかっただろう。康太が周囲に音を出しているのはわざとではない。周囲の地面や草木が凍り付いているせいで僅かに触れるだけで音を立ててしまうのだ。


空でも飛ばない限りは音を立てないなどということは不可能に近い。いや仮に空を飛べたとしても木々が鬱蒼としているこの場で音を立てないということは不可能だろう。


いわばこれは鳴子のようなものだ。この場所から自分がやってきているという事を相手に知らしめている。それだけ相手に先手を取られる行為だ。はっきり言ってあまり良い状況とは言い難い。


マナは薄く、寒気も強い。長期戦に不向きな状況だ。いやどちらにせよ康太の魔術師と素質からしてそもそも長期戦には不向きだろう。


雑木林に入ってから数分、康太は歩みを止めていた。


いる、この先に。


魔術師としての感覚に目覚めていない康太がなぜそれを感じ取ることができたのか、康太自身その理由を理解できていない。


いうなれば『なんとなく』本当にその程度のものだった。ある意味勘と言ってもいいだろう。なぜかこの先に先日遭遇した魔術師がいると思ったのだ。


視界の先はまだ暗く、方陣術の発動の光も見えていない。別に誰かの気配を感じ取ったわけでも相手からの殺気が放たれたわけでもない。


それでも康太はこの先にいるとそう感じた。そしてその感覚を信じることにしたのだ。


訓練中にも何度か味わった感覚だ。姿を隠した小百合や真理がこちらを見ている視線や攻撃しようとしている時の空気。魔術的なものではない。一種の感覚、魔術師のそれとは違う、戦いの経験を得たことで康太が得たものだった。


実戦のそれとほぼ同じレベルで放たれる小百合と真理の空気は、この状況においても康太を正しく導いていた。


相手の場所は大まかながら理解した。だからこそ康太は行動に移ることにした。

自分の歩みは相手に自分の場所を教えてしまう。相手の方が先手を取れる状況にあるのならそれを変えてしまえばいい。


「文、今どこだ?」


『今から移動するところよ。魔力を補充しながら行くからそれなりに時間がかかるわ』


小声で話しながら康太は意を決する。今行動するのは簡単だが文が合流するのを待った方がいいだろうか。


それとも文が合流すると同時に攻撃できるような態勢にした方がいいだろうか。


そこまで考えて康太は首を横に振る。自分がやるべきは囮であり相手の妨害。後詰は文に任せているのだ、自分にできることをすればいい。


「文、これからアクションかける。可能な限り方陣術は妨害するから後よろしくな」


『了解よ、位置情報常にこっちに伝えておいてね』


「あぁ、んじゃな」


康太は自分の位置情報を文に伝えながら会話を終了させる。既に文はこちらに移動を始めている。文の移動速度は自分よりも速いだろう。自分がそれまでに相手と交戦していれば相手は康太しかいないと判断してくれるはずだ。


康太は小さく息を吐いた後で思い切り助走するべく一度距離を取る。


マナは動き続けている。周囲の地面や草木は凍り付き少し触れるだけで音を立てる。


魔力は満タン、後は攻撃を仕掛けるだけ。


正直可能なら二人同時に攻撃したいところだが、不意打ちというのは二段構えにすることでその脅威を増す。


確実に相手を倒すには少しでもいいから勝率をあげたい。少なくとも今この状況はあまりよろしくない。なにせ相手にこちらの位置を音で知らせてしまっているのだから。


周囲の状況は頭に入れた。自分の装備の内容も確認してある。この状況を打開する方法も考えた。あとはそれを実行するだけだ。


小百合と真理、そしてエアリスの教えを思い出しながら康太は大きく息を吸い込む。


自分は小百合の弟子だ。デブリス・クラリスの弟子ブライトビーだ。


自分の敵となったなら叩き潰すのが道理、逃がすなどもってのほかだ。


二度と逃がさない。ここで確実に仕留める。


もう何度思い浮かべたかわからない今日の目標を掲げながら康太は体の感覚を確かめていた。


寒さの中でも体は正確に動こうとしてくれていた。まだ体は温かい、十分に動くことができるだろう。


夕食が体の中で燃えてエネルギーになっているのがわかる。体の中に体温と同じ温度の魔力が満ちているのが確認できる。それを使い切るまでにケリをつけたい。


意を決しクラウチングスタートからの全力疾走の後、康太は大きく跳躍した。


誤字報告を五件分、そして日曜日なので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ