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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」
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最後の夜

「あと十二時間か・・・現実的な数字だけどなかなかきつそうだな」


「そうね、帰りのバスで寝なきゃいけないかもだけど・・・今夜がやまよ。気を引き締めなさい」


十二時間、明日の早朝四時まで。


言葉にすればそれほどたいした時間ではないように感じるだろう。だが実際にはかなりの時間がある。


丸一日行動していてさらに深夜の行動も強いられるとなるとその疲労や集中力の減退は避けられないだろう。


今夜を乗り越えなければ康太たちに安全は無いとはいえ、楽な時間ではないのは容易に想像できてしまう。


「ちなみに文は相手がどう動くと思う?俺らのいる場所まで来るか?」


「来ないでしょうね。わざわざ相手陣地にやってくるバカはいないわ。たぶんだけど迎撃戦の構えを取る。丁度昨晩と同じような感じよ」


つまり相手は方陣術を起動させ康太をおびき寄せる。その陣地内に罠なり準備をしてから康太を倒すつもりだ。


昨夜の戦いで方陣術を発動すれば康太がやってくるのはすでに相手も理解しているだろう。そうなれば方陣術を発動することを目的とするのではなく、それを利用して康太をおびき寄せることを目的としていても不思議はない。


「俺らの目的はどうする?捕縛か?それとも阻止か?それとも解決か?」


「私達の目的はあくまで阻止よ。相手がそれ以上手が出せないような状況にすればよし。そして今夜を過ぎてしまえばそれでもう気にすることはないわ。無理して怪我するのもバカらしいでしょ?」


康太たちはあくまで問題が発生した場合の対処を強いられているだけの話だ。問題全てを解決するような余裕もその理由もない。


仮に自分たちが帰った後でまだ件の方陣術を使用しようとしていればそれこそ協会の人間が動くだろう。ただでさえ同級生という足手まといを抱えている自分たちが危険を冒してまでそんな面倒を解決する必要はない。


自分達は今夜さえ超えてしまえばそれでいいのだ。それ以上を求めるのは筋違いというものである。


「オッケー。なら最低限の妨害工作だけに限定するか。あれだけのものを準備するには時間かかるんだろ?」


「そうね、早くても数日はかかるわ。相手が真っ当な準備をしてるなら正副予備の三種類を用意してると見ていいわね。昨日のを一つとカウントすれば」


「あと二つってことか。もし相手が連続で発動しようとしたら」


「そうなったら二つとも止めればいいだけの話よ。もちろんあくまで予想の話だけどね」


ある実験を行うためには必ずいくつものデータを取るために複数回試してみるのが基本だ。


方陣術がどれほど準備にかかるのかは知らないし相手がどれだけの準備をしていたのかもしらないが、どちらにせよ新しい方陣術を作るのに数日かかるのであれば前もって用意してあったものをすべて破壊、あるいは解体してしまえばそれで康太たちの行うべきことは終了する。


もちろん相手を捕縛できることに越したことはないが、それをできるだけの実力が康太たちにあるかと聞かれると正直微妙なところである。


ここが普通の場所であったのなら文の全力を使って何とか互角の戦いをすることができたかもしれないが、生憎この辺りはマナが非常に薄い。そのせいもあって文は全力を出しにくい状況になってしまっている。


まともな戦闘ができる状況ではないために準備ができる相手側の方が有利に事が運ぶことになってしまう。


不意を打つことができるとすれば、相手はまだ文の存在に気付いていないという事だろう。康太だけが倒しに来たと勘違いしてくれればまだ打つ手はある。


「お前の予想では相手はどれくらいに動くと思う?」


「・・・あくまで予想だけど、昨日と同じ時間帯に動くと思うわ。場所に関してはそうね・・・経路を限定できるような場所が好ましいわ。山間部とまではいかないけどそれなりに起伏のある場所・・・」


文はそう言いながら視線を駅の向こう側の空間に向ける。それは康太たちが宿泊している合宿所から少し離れた場所にある雑木林だ。昨夜にあの魔術師が方陣術を発動しようとしたところでもある。


そして再び視線を移動させたのは今日行ってきたショッピングモールから少し離れた場所にある同じような雑木林だ。


こちらの方は小高い丘になっているために人が入るという事はあまりないようで手入れもされずに木々が鬱蒼としている。


どうやら文はその二か所にある程度絞っているようだった。


前者は先日事を起こしているから可能性としては低い。つまりショッピングモール付近の雑木林が最も可能性としては高いことになる。


一定時間を過ぎてしまえば店のほとんどが閉まり、立ち入る人も交通量も極端に少なくなるはずだ。魔術師が動くにはもってこいの状況と言ってもいいだろう。


「もし見つけた場合はどうする?」


「先制攻撃を仕掛けなさい。もちろん可能ならの話だけど、相手のペースにさせちゃだめよ。ただでさえ地の利は向こうにあるんだから」


相手が準備しているという事を考慮に入れれば先制攻撃を入れでもしない限り終始相手のペースに持っていかれる可能性が高い。


そうなる前に可能な限りこちらに主導権を引き寄せたいところである。


先制攻撃をするとなるとそれなり以上の射程距離が必要になる。正直康太の手持ちの道具や魔術で長距離攻撃はまだできない。


だが弱音を吐いていても仕方がない。やるしかないのだ。


「了解・・・やってみるよ」


任せたわよと言いながら康太の背中を軽く叩く文は、康太に任せるだけではなく自分にもできることをしなければと眉をひそめていた。


今回自分たちは一蓮托生、康太だけに背負わせることはしないと意を決していた。













旅行最後の夜。と言っても特に変わったことなどあるはずもなく夕食を取り終え入浴を終えた生徒たちが各自の部屋に戻っている中、康太たちは行動を開始していた。


流石に二日連続で抜け出すという行為に対してほかの生徒たちが怪しまないはずがなく、文はそれぞれの同室の友人たちと教師たちに暗示をかけ深夜でも行動できるように仕向けていた。


魔力の消費は正直ギリギリになってしまうが、それでもこれから何が起こるのかが分かっている分多少余裕を持って行動することができる。


時間がかかるとはいえ魔力の補給自体はできるのだ。状況に応じてしっかりと行動を変えていかなければ面倒なことになりかねない。


昨夜と同じく夜の寒さは康太たちをむしばんでいた。


湯冷めの可能性を考え入浴はしていない。恐らくこれからまた寒くなる、体を温めておくよりも水分を飛ばしておく方が重要なのだ。


そうでないと体のどこかしらから凍りかねない。行動しなければいけないかもしれない夜に行動を阻害するようなことは可能な限り避けたかった。


「どうだ?今のところ変化あるか?」


「今のところはないわ。マナが少ないってこと以外は全く平穏そのものね」


康太よりも知覚能力に長けている文は周囲に意識を集中しているが、今のところ変化は感じ取ることはできなかった。


マナの流れも大気の状況も、昼から夜にかけて調べていたがこれと言って大きな変化はない。


まだ相手は動いていないというのは喜ぶべきことなのかもしれないが、欲を言えばこのまま何も起きないでほしいところだった。


「あんたは装備は大丈夫なわけ?今日で旅行終わりなんだから出し惜しみはなしよ?」


「わかってるって。一応全部の武器持ってきた。これでダメならもうどうしようもないよ」


康太は自分のベルトに取り付けられていた槍を組み立てながら懐から数珠やお手玉のようなものを取り出す。


一回限りしか使えない道具とはいえそれなり以上の威力を持った代物だ。相手に通じるかどうかはさておいて今のところ心強い武器でもある。


槍を組み立ててから康太は軽く素振りを始める。小百合や真理の指導によりその扱いは素人には見えない程度には上達した。


小百合曰くまだまだぎこちなさが目立つそうだがまだそれで十分。まだ康太は槍の扱いを学び始めて一ヶ月も経過していないのだ。ぎこちない程度は許容範囲である。


何より康太は槍使いではない魔術師だ。魔術を扱うものなのだから槍の扱いがおぼつかなくても仕方がない。


もっとも康太の場合魔術のいくつかはまだおぼつかないところがあるわけだが。


「そっちは?戦闘の準備はいいのか?」


「それなりに済ませてあるわ。問題は魔力がどれくらいもつかってところね・・・たぶん手助けできる回数も限られるから気をつけなさい」


「了解・・・頭に入れておくよ」


康太の魔術と違って文の魔術は魔力の消費が大きい。それだけ威力が高いという事でもあるのだ。普段ならば頼もしいのだが魔力の補充が十分に受けられないこの状況においてはそれは大きな痛手である。


康太が覚えている魔術は分解、再現、蓄積の三つ。どれも燃費の良い、魔力消費の少ない魔術だ。その分射程や威力、手間などが増えているがその程度であれば十分許容して然るべきである。


恐らく教える段階で小百合が魔力消費の少ないものを厳選したのだろう。師匠らしいこともしているのだなと感謝している反面、もう少し師匠らしいことをしてほしいと考えてしまうのは欲張りだろうか。


一方文の覚えている魔術は多種多様。康太のように魔力消費の少ないものもあれば魔力消費の大きい高威力のものも多く存在する。


康太であれば十発も打てば魔力切れになってしまうようなレベルの魔術を、文はほぼ無限に放つことができる。それは彼女の魔術師としての素質の高さゆえである。


消費した魔力をすぐさま補充できるだけの供給口を彼女は有しているのだ。


だがこの状況ではその供給口は正しく働いてくれない。いや正確には正常に機能はしているのだ。補給する対象である魔力の源のマナが少ないというだけ、それだけが問題なのである。


「お前はここのみんなを守ることを優先してくれていいぞ。俺のフォローは最悪の状況が近づくか・・・あるいはお前が大丈夫だと判断してからやってくれ」


「言われなくてもそうするつもりだったけど・・・意外ね、てっきり俺の方を優先しろとか言うのかと思ったけど」


「さすがにそんなこと言えないっての・・・言ったら師匠にどやされる・・・たぶん姉さんにも怒られるな」


何よりも優先されるべきは魔術の隠匿である。魔術師として異端である小百合でさえもそれに従っているのだ、ポンコツであるとはいえ魔術師の端くれである自分もそれに従わないわけにはいかないだろう。


それに何より文は優秀であるとはいえ戦いの場所に引っ張り出すのは危険だと感じたのだ。


相手の魔術は氷。昨夜見たあのつららの刃を用いた攻撃はうまく使えば文の雷の魔術に対して有効に使える。


多少慎重になってもいいから確実に仕留めることができるというタイミングで攻撃してくれるのが一番ありがたい。中途半端なタイミングで魔術を打ち込んで相手に攻略され泥沼な展開になるのはまっぴらごめんだった。


止めも手柄も何もかも文に与えてもいいから確実に仕留める、それが康太の中の今日の目標だった。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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