アリスの喜び
「やったなビー・・・いや、今はコータというべきか?」
康太が文を立ち上がらせると二人の耳に聞きなれた声が聞こえてきた。
そこにいたのはいつの間にかこちらにやってきたのか、仮面をかぶったアリスだった。
康太も文も戦っている間集中していたためにアリスがやってきたことに気付いていなかった。
まさか自分たちの戦いをアリスが見にくるとは思っていなかったのである。中途半端に外れた仮面をつけなおして康太と文はその顔を隠す。
「おうよ。見てたか?勝ったぜ」
「そっちではないのだが・・・まぁよい。良かったなベル・・・いやさフミ」
「ちゃんと術師名で呼びなさいよ・・・まぁ気持ちはわかるけど」
せっかく二人の気持ちを伝え合ったこの瞬間に術師名で呼ぶなど野暮だとアリスは考えているのだろうが、今は魔術師として活動しているのだ。喜び合うのは別の機会に取っておくことにした。
「長かったな、ここまで来たのはお前の努力の結果だ。誇るがよいぞ。お前は正真正銘良い女だ、私が保証する」
「・・・あんたの保証っていうのもなんだか変な気分だけど・・・そうね・・・悪い気はしないわ・・・ありがと」
長年人を見てきたアリスが言うのだ。文はまさしくいい女なのだろう。それこそ康太にはもったいないくらいに。
だが文はそれでよかった。康太の相手がよかった。康太の相手でいられるのであればよい女ではなくてもいいとさえ思えるほどに。
我ながら惚れすぎなのではないかと思えてしまうが、文はそれでもよいかと思ってしまっていた。
「それにしても・・・二人ともずいぶんとボロボロになったものだな・・・特にビーは酷い有様ではないか」
敗北した文よりも康太のほうが負傷しているという事実に文はやっぱりそうかと眉をひそめていた。
「そうか?ベル相手にこの程度で済んだのはむしろ運がよかったんじゃないのか?」
「途中で特攻をしかけていたからな・・・その結果がこれだろうよ・・・酷い有様だぞ・・・火傷もそうだが、ところどころ竜巻で切っているな・・・」
アリスが外套で隠れている康太の素肌を露出させると、アリスの言うように酷い火傷と切り傷が目立つ。
火傷は文の使っていたエンチャントの魔術に真正面から突っ込んだ結果、そして切り傷は竜巻に巻き込まれたときの被害だろう。
康太が文に勝つために支払った代償はこれだけ大きかったのだ。逆に言えばこれだけの代償を支払ってでも康太は文に勝ちたかったということになる。
「惚れた女の前で格好をつけたいのはわかるが、頑張りすぎだの」
「あはは・・・ベル相手ならこれくらいしないと勝てる気がしなかったからな・・・追い込むにしろ、牽制するにしろ、ある程度身を切らないと勝てないんだよ」
康太は良くも悪くもバランスの悪い魔術師だ。そんな康太がバランスの良い万能型の文を崩すには、その身を切ってでも攻勢に出るほかない。
康太はそのあたりを理解していた。そして文にはその度胸が足りなかった。
もっと早い段階で自滅覚悟の攻撃を繰り出していれば結果は変わっていたかもしれない。相手を倒そうとしているのに自分の身を切らず安全な状態で戦い続けていたのでは相手を崩すのは至難の業になる。
特に相手との実力が拮抗していればしているほどに。
康太はかなり早い段階で無傷で勝つことをあきらめた。勝つために身を切ることを選んだ。文はその決断が遅すぎたのだ。
そのあたりはさすが戦闘特化の魔術師というべきだろうか。
「ベルはどうだった?ビーに押し倒されて。うれしかったか?たぎってしまったか?」
「・・・馬鹿なこと言わないで。戦いの最中にそんなこと考えるわけ」
「最後のあれは戦っているとは言えなかったがな・・・あの時のお前の顔は見ものだったぞ?写真を撮っておけばよかったと思うほどだ」
「・・・それ以上言うと怒るわよ?痺れさせてやろうかしら」
「ははは。そう怒るでない。私は今非常に上機嫌なのだ。せっかくの良い気分を邪魔してくれるな」
文が告白されて、いや文が康太に告白の返事をもらってなぜアリスが嬉しくなるのか、文はわからなかった。
それは康太も同じくだ。アリスからすれば目をかけていた二人が恋仲になるというのは今までの人生の中でもあったことだ。
だがアリスが嬉しいと特に感じたのは康太が文のことを好きだといったからである。
自分の弟子に憑りつかれた少年。死について悩み、幸せになってはいけないのではないかと見当違いな悩みを抱いていた康太が、自分の幸せのために文に告白したのだ。
アリスからすればこれほどうれしいことは久しぶりだった。迷惑をかけているという自覚があったからこそのうれしさだった。
康太が幸せに向かってくれているというのはアリスからすれば喜ぶべきことだ。それは何物にも代えがたい。
「ビー、ベル、もしお前たちの子供ができたら、それを私に預けないか?立派な魔術師に育ててみせるぞ?」
「気の早いことを言わないでよ。第一、封印指定の弟子なんて嫌よ私は。普通の魔術師として育てるわ」
「俺の子供って時点で普通の魔術師になれるかは微妙だけどな」
康太の言葉は妙に説得力があり、文は額に手を当てて悩み始めてしまう。いつの間にか当たり前に子供を作る話をしている自分がいることに驚きあきれてしまっていた。




