屋上の上で
次の瞬間、康太の体から黒い瘴気が一気に噴出していく。屋上を包み込むように展開した黒い瘴気は文の視界を一気に塗りつぶしていく。
だが文とて索敵を怠っていない。康太がどこにいて何をしようとしているのかは常に把握している。
意図的に索敵範囲を狭め、康太の動きを絶対に見逃さないように集中して索敵を行っているおかげで康太が何を仕掛けてくるのか文はすでに把握していた。
康太は屋上のフェンス上を高速で移動しながら上空に向けて炎の弾丸を発射している。収束の魔術を使って文めがけて襲い掛からせようとしているのだが、康太はもう一方向、炎の弾丸を射出していた。
上空へと打つのと同時に自分の後方に向けて撃ち続けている。そうやって放たれた炎の弾丸は収束の魔術によってほぼ一斉に文めがけて襲い掛かる。
予想できていた攻撃だ。この程度の攻撃ならば十分対応できる。文は現象系の魔術がほとんどであるために物理的な防御能力がほとんどないように思えるかもしれないが、先ほどの噴出の魔術を水の盾で防御したように、水の盾を作り身を守ることくらいはできる。
だが文はあえてそれをしなかった。
自身が持っている二枚の鉄板。いや盾というべきだろう。それに電撃を通し磁力の魔術を発動するとそれら二つを空中に飛翔させて高速で移動させ、襲い掛かる火の弾丸を一掃していた。
杭の射出のように一回の操作ではなく、常に磁力を操作し続けているために必要な処理は莫大になってしまうが、康太の鉄球、そして炎の弾丸などを防ぐには最適な魔術といえるだろう。
康太の炎の弾丸をすべて防ぎ切った瞬間、康太は文めがけて突進を仕掛けていた。
噴出の魔術を使っての突進、明らかに後先など考えていない愚直な突進に文は舌打ちしながら即座に盾を展開する。
だが体ごとぶつかってくる康太に対して、ただ磁力で浮かせているだけの鉄の盾では防ぎようがなかった。
わずかに軌道をそらせることはできても、その突進を止めることはできていない。多少の変化では康太はすぐに対応してきてしまう。
そこで文は自身の周りに電撃の球体を発生させた。高威力の電撃、康太もそれを理解しているのか球体に触らないように移動し続けている。
そこに文はわざと盾を電撃の球体に触れさせた。
瞬間、盾に向かって周囲の球体が一斉に電撃を放ってくる。そして球体と球体の延長線上にいた康太に向かって電撃が勢いよく放たれる。
もはや避けられるタイミングではない。康太は自身がまとっていた外套でその体を覆いつくすようにして見せる。電撃は外套に直撃し、電撃は外套に取り付けられている装甲から装甲へと伝達されていく。
そして即座に外套を脱ぎ捨て、康太は文への突進を続ける。
明らかに近接戦を狙っているというのになぜこうも無茶苦茶な攻めをするのか、文は理解できていなかった。
康太の能力ならば射撃戦でも何でも可能なはずなのだが、あえてそれをしていないように思える。
いったい何をするつもりなのか、文はいぶかしみながら康太に集中する形で索敵を継続する。
康太の指一本まで索敵できるように集中している中、仮面の下で康太が笑っていることに気が付いた。
いったい何を企んでいるのか、そう考えていると康太が空中に向けて手を掲げているのが感じ取れた。
いったい何を、そう考え気づいた瞬間にはもう遅かった。
文が索敵を一時的に広げると、そこにはいつの間にか空中に投げ出されていたであろう剣があった。
双剣笹船、ウィルに預けっぱなしになっていた康太の武器。
康太が上空にわざと意識を集中させたのはウィルの動きを悟らせないため、そして接近してきたのは康太の動きに集中させるため。
康太はわかっていたのだ。この状況になれば文は康太に意識を集中すると。ウィルはすでに動きを封じたのだから問題ないと思い込んでいた。
だが実際は動きを鈍くしただけで動けなくなったわけではない。康太はウィルにあらかじめ指示を出していたのだ。
剣を屋上に投げるように、そしてそのタイミングは今この時。
噴出の魔術によってまるで康太の手に吸い寄せられるようにやってきた双剣笹船、康太の手に武器が渡ったとなれば面倒なことになる。
文は接近してきている康太に対して電撃を放とうとするが、それよりも康太の動きのほうが圧倒的に早い。
双剣笹船を手に取った康太は剣を受け取った動きのまま文めがけて刃を振るう。
「避けろよ?」
横薙ぎの攻撃、そして康太の声が聞こえたと思った瞬間、文は磁力の力を使って上空へと緊急回避していた。
瞬間、康太の拡大動作の魔術が発動し屋上にあったフェンスを一刀両断していく。
広範囲の斬撃、空中に行くか康太の背後に回る以外に回避の方法はないに等しい。
「飛んだな?」
待ってましたと言わんばかりに康太は自身が持っている装備、そして魔術を一気に展開していく。
火の弾丸、鉄球、再現の投擲攻撃。
康太の最大攻撃力が発揮される多角的攻撃。わかっていたのにこの状況を回避しきれなかったと文は歯噛みしながらも目の前に襲い掛かる魔術を見て即座に対応しようとしていた。




