私が誰か
「で、あんたはいつまで手を抜いてるつもりなの?」
文の言葉に康太は眉をひそめながら小さく息をつく。手など抜けるはずはない。康太が対峙しているのはほかならぬ文なのだ。
手を抜いた瞬間やられるのは目に見えている。
「・・・手を抜いてるつもりはないんだけどな・・・そう見えるか?」
「見えるわ。デビットもウィルも使わずに私に勝つつもり?」
その言葉に康太は納得する。文はデビットとウィルを使った状態こそ康太が最大の攻撃力、そして防御力を発揮できる状態であると理解している。
いつデビットが使われてもいいように常に索敵を発動し、康太の動向に注意を向け続けている。
だが一向にDの慟哭を使う気配も、ウィルに力を借りる気配もない康太に、少々ではあるにせよ苛立ちを覚えたのかもしれない。
自分は康太に本気を出させる価値もないのかと、文は考えたのかもしれない。
「俺の力だけでお前に勝ちたいっていうのが一つの理由なんだけどな・・・デビットやウィルに頼ってばっかりっていうのはちょっと思うところがあるんだよ。それにあの時はデビットもウィルもいなかったからな」
一年前、初めて戦った時は確かにデビットもウィルも康太とともにいなかった。そういう意味では今のこの状態はかつての康太と文の戦いの再現と言えなくもない。
だが文がそれを許さなかった。
文は自らの周りに霧を発生させ始める。その霧は廊下を徐々に満たしていく。それがどのような意味を持っているのか、康太は理解していた。
「そう、それがあんたの考えなわけね・・・随分となめたこと言ってくれるじゃないの、ちょっとむかついたわ」
文の体から電撃が放たれていく。明らかに攻撃態勢に入った文に対して康太は霧を吹き飛ばそうと暴風の魔術を発動しようとする。
「私が誰なのか、思い知らせてあげるわ」
康太が暴風の魔術を発動させると同時に、文も同じように暴風の魔術を発動する。そして文は同時に強力な電撃を風と共に動く霧に乗せて康太めがけて襲い掛からせる。
康太と文がほぼ同時に放った暴風だが、その威力は文のほうが上だった。
常に残りの魔力を気にかけながら魔力を発動している康太と違い、文は常に最大威力の魔術を発動できる。
二人の素質の差は大きい。同じ魔術を使ったとしても、同系統の魔術を使ったとしても一つ一つの性能は文のほうが圧倒的に上なのだ。
康太の暴風の魔術は文の暴風に押し負け、渦を巻くように霧がうねりながら康太のほうへと襲い掛かってくる。
康太は即座に暴風による対処が不可能であると判断すると、扉を破壊しながら廊下から教室の中へと逃げ込む。
だがその瞬間、それが罠であるということに気が付いた。
教室の中が不自然に暗い、それはかつて文にやられたことがある罠であると瞬時に思い出し、康太はとっさに目の前に炸裂障壁の魔術を発動した。
康太がやってくるのを待っていたといわんばかりに、その体めがけて教室に置いてあった机や椅子などが襲い掛かる。
文の磁力操作によって操られた机と椅子は康太の炸裂障壁によっていくつかは防ぐことができたが、一斉に襲い掛かるその圧力に耐えかね、炸裂障壁は砕け散り机や椅子を切り刻んでいった。
康太の索敵を使えば文が以前使っていた電撃の球体の魔術を見抜くことはできる。だが教室内に自然に置いてある机や椅子などにかけられた異常を見抜くにはまだ練度が足りなかった。
索敵そのものをあまり得意としていない康太の特性を理解している罠だった。手の内を理解している相手がここまで厄介だとは思わなかったと康太は歯噛みするが、炸裂障壁に切り刻まれながらも康太めがけて襲い掛かる机と椅子を前に、康太はたまらず再び廊下へと躍り出る。
電撃はすでに止んでいたが、待ってましたと言わんばかりに文の放つ鞭と鉄の杭が康太めがけて襲い掛かる。
鞭は身のこなしで回避し、磁力の力で襲い掛かる鉄の杭を康太は自らが持つ槍で迎撃していった。
「あんたが本気を出したくないっていうならそれでもいいわ、私がそれだけ実力がないってことだものね」
文の言葉にそんなことはないと康太は否定したかった。文は強い。そのことを康太が一番よく知っている。
「あんたが全力を出すまでもない相手だっていうならそれはいいわ。そこが私の限界ってことだもの」
槍で必死に杭を迎撃しながら康太は文が振るう鞭を回避する。返答する暇もない、文にこたえる暇もない。
「ねえビー・・・私はあんたにとって何なの?守る対象なの?いつから私はあんたに守られる立場になったのよ・・・!」
怒りさえ含めたその言葉に、康太は瞬時に判断しそれを発動した。
康太の外套から剥がれ落ちるように分離したそれは、康太の前に立って徐々に形を作り出していた。
その姿はまるで影、魔術師の影。戦闘特化の魔術師、ブライトビーの影。
「上等だよ・・・!そこまで言うならやってやる!負けたあとで文句言うなよ!?いくぞ!シャドウビー!」
康太の言葉に呼応するかのように、待ちわびていたかのようにウィルはブライトビーの形を完成させると文めがけて突進する。




