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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」
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満喫小旅行

「えっと・・・たしかこっちだから・・・あった、ここね」


温泉を後にした康太たちは先の話に出ていたケーキの美味しいという喫茶店に足を運んでいた。


有名であるというのもあるのか、先ほどの温泉同様に康太たちと同じ三鳥高校の生徒が多数確認できた。


店内は洋風テイストに仕上がっており、ファミレスとは一線を画す内装になっている。


どこかシックな風情が漂っており、カフェか喫茶店、どちらの名前で呼ぶか非常に迷う光景が広がっている。


明るすぎず暗すぎず、適度な照明で店全体を上手く演出しているようにも見える。もしかしたら時間帯によっては酒を求める客が来るのではないかと思えるほどに良い雰囲気の店だった。なるほど有名になるのもうかがえるというものである。


店内の匂いは甘い香りで満ちているかと思いきや、どちらかというとコーヒーや紅茶といった芳ばしい香りの方が強かった。そのことからどうやらこの店の売りは甘味だけではなくドリンク類でもあるようだと康太たちは実感していた。


とはいっても客のほとんどが女子であるのは言うまでもない、もちろん中には男子もちらほらと混ざっている。


甘味どころで有名なだけあって女子率は高いが、それでも男子が入るあたり知名度の高さがうかがえた。


七人で固まって座るべく四人と三人、つまり男子と女子で別れる中、康太たちは近くのボックス席に座っていた。


「こうしてみると甘いものだけじゃないな、結構普通の食べ物もあるじゃんか」


「でもあんまり食べると晩飯食えなくなるからな・・・軽くなんか・・・」


「じゃあ小さなケーキか・・・クレープくらいならいけるんじゃないかな?」


康太たちがそれぞれ食べるものを決めている中、女性陣はメニューを食い入るように眺めていた。


それぞれが食べたいものをあらかじめ決めていたのか、ページをめくる手は迷いがない。メニュー表を見ながら自分が食べたいものを選別し決定しているようなのだが最後の選択で迷っているものがほとんどだった。


「あー・・・どうしよう・・・チーズも捨てがたいけどモンブランもなぁ・・・」


「チョコ・・・ショート・・・タルト・・・」


「パフェもいいけどパイ生地も美味しそうだなぁ・・・」


「いっそのこと全部・・・いやそれはダメね・・・」


そんな女性陣を眺めながら康太たちは自分たちも何かほかに食べたいものがあるかどうかを選別しようとしていた。


だが目に入ってくるのは甘そうなものばかり、とりあえず三人はコーヒーや紅茶を頼みこの甘さを紛らわせようと試みていた。


「向こうはまだ決めるのに時間がかかりそうだな、気長に待つか?」


「そりゃ無理もないよ・・・これだけメニューがあったら誰だって迷うよ」


「いっそのこと全員で分ければいいんだろうけどな。俺らは一口でよさそうだし」


康太としては冗談のつもりで言っていたのだが、それを聞いていた文は冗談とは受け取っていないようだった。


自分の頼みたいものと腹の調子などを考えて幾つかのメニューを選別すると視線を康太の方に向ける。


「康太、あんたモンブランとチョコケーキだったらどっちが欲しい?」


「は?えっと・・・モンブランかな」


「いいわ、だったらそれを私と半分こするわよ」


冗談で言ったつもりだったのにいつの間にかそれを採用されていた康太は眉間にしわを寄せてしまっていた。


甘味が思考を鈍らせているのか、それとも甘いものが食べたいからこそ思考を最大限に加速させているのか、どちらにしろその行為はあまり行儀が良いとは言えなかった。何より男子と女子で同じ食べ物を分けるというのはどうなのだろう。


「あの・・・さすがにそれはどうなんだ?」


「大丈夫よ、私達親戚同士だし。ある意味身内だし、問題ないわ!」


普通の男女なら仲の良い者同士でもなければしないだろう。だが幸か不幸か康太と文は互いを親戚同士と偽っている。


その設定を最大限活かしてくるあたりさすがというべきなのかそれともしょうもないというべきなのか、ここは意見が分かれるところだろう。


しかも近くにいた女子はしまったその手があったかと悔しそうにしている。

多くを食べることなく、自分の味わいたいものを味わうことができる。これほど良いことはないだろう。


もちろん食べ過ぎ、あるいはもうこれ以上食べられないとなったら男子たちに任せるつもりではあったが積極的にそう言った手を使える文を羨んでいた。


「むぅ・・・青山君、島村君、どっちでもいいから今から私の親戚にならない?」


「何それプロポーズかなんか?しかもなんつー理由だよ・・・」


「そんなに食べたいなら食べればいいじゃない・・・」


「ダメなの!たくさん食べると太るの!それは絶対ダメなのよ!」


女子として体重を増やすわけにはいかない。だが多く存在する甘味を少しでも味わいたいという二つの気持ちが同時に主張している故に女子たちは非常に悔しそうな表情をしていた。


甘いもののためにここまで真剣になれるのだから不思議なものだと思いながら康太たちはどうしたらいいものかと視線を合わせていた。


結局その後全員が疑似親戚関係を築き、甘味を仲良く味わうことになる。もっとも康太たち男子はあまりにも甘いものの量が多く、コーヒーや紅茶をおかわりする羽目になった。









「あ、あのカバン可愛い!」


「ほんとだ、あ見て!あっちの靴良くない?」


「いいわね・・・でもこっちもなかなか」


「この財布もいいなぁ・・・でも予算がなぁ・・・」


康太たちは喫茶店を出た後、予定通り買い物にやってきていた。


ショッピングモール、というより複数の店が大量に一部の場所に集まっていると言ったほうがいいだろう。商店街などをもっと大規模に、さらにもっと集中的にしたらこんな感じになるのだろうかと康太たちはその規模に驚いていた。


都心部ではなくこういった土地がある場所でしかできないような建物の種類にもそうだが、これだけの敷地面積に店しかないというのは少し意外だった。


平日の昼間であるというのにそこには多くの客が足を運んでいるようだった。家族連れもいれば男女のカップルのような人々、そして女性だけでの買い物を楽しんでいる人々もいる。


もちろん康太たち三鳥高校の生徒たちも同様に店しかないこの一帯を歩いていた。


もう少し別の何かがあってもいいものだがと思いながらも康太たちは女子たちの買い物に付き合っていた。


「いやぁあれだな・・・女性陣は食事に買い物に元気だなぁ」


「まぁそう言うもんじゃないのか?うちの姉貴とかもあんな感じだったし」


「あぁ八篠ってお姉さんいるんだっけ?大学生?」


「あぁ、今は一人暮らししてるけどな」


康太には一人姉がいる。これもまた例に漏れず一般人で今は大学に通うために一人暮らしをしている。


自分が姉さんと呼ぶ兄弟子の真理とは正反対と言ってもいいほどの性格の違いだ。小百合とは違う意味で傍若無人な性格をしている。


あの人に何度泣かされたことかと康太はため息を吐きながら女性陣が買い物する姿を眺めていた。


「康太!ちょっといい?」


「あ?はいはいなんですかお嬢様」


「これちょっと押さえててくれない?丈が合うか確かめたくて」


「はいはい」


今回康太たちが立ち寄っている場所では試着ができない店も多い。実際にハンガーなどでつるされている商品を肩から当てるなどして判別する以外に確認の方法がないのである。


買ってサイズが合いませんでしたではシャレにならない。こういう時に誰かが支えてそのサイズを確認する必要があるのだ。


康太にそれを頼んだのは身長的に康太が一番高いからだろう。高い場所から押さえて全体像が見えやすい方がいいと考えたのだろうが、親戚同士という設定上関わりやすい、いや頼みやすいというのも考えに入っていたのかもしれない。どちらにしろ付き合わされる康太の身にもなってほしいと考えていると、文の声が康太の耳に届く。


「警戒・・・解いてないでしょうね?」


本当に小さな声で聞こえてきたその言葉を聞いて康太は一瞬文の方を見た。本当に一瞬、康太が視線を向けたその瞬間だけ文のその視線が鋭くなっていたのを康太は見逃さなかった。


他の友人たちが気付かないほど一瞬のその視線の意味を康太は理解していた。


魔術師としての目、それを見た康太は小さくため息を吐きながら肩を落とす。


「はいはい、大丈夫だよ。何も問題なしだ」


それがサイズの話なのか、それとも警戒の話なのか。否、康太はどちらも含めて問題ないと答えた。


実際康太はずっと魔力を垂れ流しにしている。もちろん自分に負担が出ない範囲で少量ずつ体から放出していっているのだ。


魔力放出を続けている以上、康太は一切警戒を解いていない。もちろん友人たちと話している間はそれに集中しているが、それでもいつ襲われてもいいように気構えだけはしている。


槍などの標準装備は有していないが襲われたとき用に幾つか道具は持ってきている。


もちろんそれでも頼りない装備であることに変わりはないがないよりはずっとましだ。


「今のところそっちは気になったものとかないのか?他にもいろいろありそうなものだけど」


「そうね・・・今のところ気になるものはないかな・・・もし何かあったらまた頼むかもしれないから」


「了解・・・あんまりこき使うなよ?」


今の会話、友人たちからすれば商品のことを指しており、また丈合わせなどを康太に頼むような内容であると感じただろう。


だが康太たち魔術師からすれば、周囲に敵がいるか否かを確認するものであり、万が一の際は康太が動くことになるという事の確認でもあった。


言葉を選ぶというのは正直あまり得意ではなかったが、周囲に多くの人間がいるというのが康太たちへの注意を散漫にしてくれている。多少意味深な言葉でも問題なくいうことができるというのは非常にありがたかった。


この周辺だけで一体どれほどの人間がいるだろうか。仮に変調があった場合康太はこの区画から離れ、すぐにでも戦闘を行えるようにしなければならないだろう。


この辺りで人気の少ない場所というと少し離れた場所にある路地裏か、さらに遠くにある森林地帯くらいしかない。


そこに移動するまで相手が待ってくれる保証もないのだ。この場では面倒が発生しないことを祈るばかりである。


「鐘子さん!あっちに可愛い服があったよ!」


「本当?待って!今行く!それじゃ康太ちょっと待ってて!」


「・・・はいはい」


俺は警戒してるけどお前は平気なのか?その言葉を告げるのを忘れて康太は小さくため息をついていた。


その様子を同情のまなざしで見ている青山と島村の視線が印象的だったのは言うまでもない。










「いやぁ買った買った・・・悪いわね、荷物持ちしてもらっちゃって」


「今はいいけどな・・・帰りは自分で持てよ?」


文たち女性陣が購入した品物を持ってやりながら、康太たちは自分たちが宿泊している合宿所に戻ろうと移動を開始していた。


購入したものが多いためか、それなりに重いが日々鍛えているおかげかそこまで苦痛には感じなかった。


青山や島村に至っては女子と一緒に行動できて大満足という表情をしている。簡単な考え方ができて何よりだと思いながらも、康太だって女子とこうして話す時間を設けられたのは嬉しいのだ。


魔術師とかそう言う荒事を抜きにして女子と話すことができる相手なんて部活動のマネージャーくらいのものである。


文とだって魔術師がどうのこうのという面倒事がなければ平和的に話をすることだってできただろう。


それができなくなってしまったのは残念だが、こうして仲良くなれただけでも僥倖と思うべきだなと康太は考えていた。


「結局特に何の問題もなかったな。やりたいことやれて無事帰れて万々歳だ」


康太は同級生たちが話に夢中になっているのを確認した後で少し離れて小声で話し始める。


万が一に聞こえても問題がないように言葉を選びながら話を進めていた。


「そうね・・・まぁ今のところはってだけだけどね。少なくともこの辺りは問題ないみたい・・・他に何か気が付いたことは?」


康太は周囲を見渡しながら感覚を研ぎ澄ませる。


自分の周囲のマナの動き程度しか感じ取れない康太が感覚を研ぎ澄ませたところで高が知れているが、それでも周囲の異常を察知しようと集中していた。


場所は駅前。丁度そろそろ帰ろうとしている生徒たちがちらほら見え、日も傾いてきているからか主婦などの姿も見える。人が多いというほどではないが日中に比べれば十分以上に人の姿を望むことができた。


「ぶっちゃけこれだけ人がいるとさ・・・まぁこういう場面では手を出しにくいって思うよな。それかもうこの場にはいないってことも考えられるし」


「なるほどね・・・まぁあり得なくはないわね。でも確実にいるはずよ、少なくとも私の・・・普通の私たちの考えとしてはね」


私たち


それが魔術師という言葉を隠しているものであると気づくのに時間はかからなかった。


つまり文は普通の魔術師として考えた時、目撃者である康太を排除するのを最優先にするという結論を出したのだ。


その結論が間違っているかどうかはさておき、普通の魔術師としての思考ができるというのはこの状況においては非常にいい参考意見を出せる。


文はこの状況ならまず康太が狙われると感じたのだろう。


「でもさ、それだと俺が釣り糸垂らしたら露骨に警戒するだろ?それこそ見つけてくれって言ってるようなもんだし」


「そうね、でもそれでいいのよ。何も私たちはこの旅行中に必ず問題を解決しなきゃいけないわけじゃないんだから。飽くまでこの旅行中に問題がなければそれでいいのよ」


問題があれば解決する。だが問題が起きなければ対応はしない。


お役所的な考えかもしれないが、なにも康太たちはここに問題解決のためにやってきているわけではない。


今回ここにいるのは単なる学校行事であり、その間に問題が発生しなければただのうのうと学生として振る舞っていればいいだけの話なのだ。


文があえて康太の魔力を放出させたのは囮としての意味もあるが、相手に警戒を促すという意味もある。


これ見よがしに突き付けられた目印、きっと普通の魔術師であればすぐにそれが囮であると気づくだろう。


そして文の目的はその囮であるという事実をあえて知らしめること。それによって時間を稼ぐことでもあった。


正直言ってむやみやたらと交戦すること自体が悪手であるこの状況において相手に警戒心を植え付けるというのは非常に良い手段と言える。


なにせ相手はすでに一度康太と交戦し、その力量をある程度ではあるものの知っているのだ。


負傷した相手は手ごわい。それは驕りなどが無くなり、徹底的に警戒と対策、そして自らの全力を向けるからである。


だからこそそれを逆手に取るのだ。相手が警戒し、この行動自体が罠だと思ってくれさえすればそれでよし。


わざわざ罠に向かってやってくるような真似をしなければなおよし。もし罠に向かってくるようなことをするなら迎撃する。


来る者は拒む、去る者は追わず。そう言うスタンスでいいのだ。


「問題がないと判断するデッドラインは?」


「そうね・・・明日の午前四時がデッドラインかしら。それ以上過ぎればまず間違いなく安全だと思うわ。相手にだって生活があるしね」


魔術師だって何も魔術だけで生計を立てられるわけではない。次の日の表の生活などもあるのだ。連日連夜夜遅くまで行動していれば必ず支障が出るだろう。


それ故にあまりにも遅くまで警戒を続ける必要はない。ある程度時間が過ぎれば行動を起こすつもりはないと判断して終戦の構えをとっていいだろう。なにせ康太たちは明日にはもう帰ってしまうのだ。日が昇り一般人たちが跋扈するような空間になれば魔術師は活動できなくなる。


そうなれば康太たちはこの旅行を問題なく潜り抜けることができるだろう。現在時刻は十六時半。約十二時間後まで何も起こらなければ良い、文はそう判断しているようだった。



誤字報告十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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