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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十一話「新しい生活」

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新年度

唐突だが、ここでウィルの性能について再度解説しておこう。


ウィル。協会に所属してた神父によって作り出された魔術であり、本来であれば術者がすべて操らなければいけないところを、人間の魂とでもいうべきものを魔術そのものに取り込むことで半自動的な操作を可能にした、所謂『生きた魔術』


ウィルの体は赤黒い液体状をしており、固体にもなることができるという特性を持っており、これにより武器にも防具にも形を変えることができるが、これは副産物的なものでしかない。


この魔術の本来の性能は人間の魂を内部に取り込むというものである。そのためには多大な魔力を消費するが、その術式の発動方法はこの術を作り出した神父しか知らない。そのためすでにこの効果は使えないものとなっている。


半液体、硬化などによってはほとんど魔力を消費しないため、通常のウィルはほとんど魔力を消費せず、消費する魔力も康太や神加、小百合などから供給を受けることで今もこうして動くことができている。


ウィルを動かしているのはその中にいる数十人の人間の魂、意志とでもいうべきものだ。数十人の人間の意志が溶け合う形でウィルの中には内包されている。


何十人もの人間の意志を使うことで、高い処理能力を発揮し、複雑な動きを可能にしているのがウィルである。


そしてそのウィルの技術の中には分裂とも言うべきものがある。


そう、この分裂こそ最も重要なものだった。


「よし・・・いい感じじゃないか」


「・・・似合ってる?」


「あぁ、よく似合ってるぞ」


康太はそういって神加をなでる。神加はランドセルを背負った状態でそれを見せるようにくるりと一回転して見せる。


「神加さん、とてもかわいらしいですよ。もうお姉さんですね」


「・・・えへへ・・・」


真理も神加のことをなでながら笑みを浮かべている。


四月。神加が小学生として新たな一歩を踏み出すその日、ウィルは神加の背中のランドセルになっていた。


体積的に、ランドセルとなるにはウィルの体は大きすぎる。そこでウィルに分裂してもらい、神加を守るために協力してもらったのだ。


「ウィル、神加を頼んだぞ?お前だけが頼りだ」


ランドセルになった状態のウィルに話しかけると、赤黒いランドセルはその一部を変形させて手を作り出し、親指を突き立てて『任せろ』というかのような反応をして見せた。


一般人を前にしてこのような行動をとられると困るが、ウィルが神加を守ろうとしてくれているのはわかる。


「ウィル、気をつけるんだぞ?今のお前は普段よりだいぶ性能が落ちてる。神加を守ることに集中するんだ」


分裂の欠点、それは体積が減ることもそうだが、内包されている意志も一緒に分裂してしまうというところにある。


体積が減ったことによる防御、攻撃性能の低下に加え、内包している意志の総量が減ったことによる操作性能の低下も含まれる。


今のウィルには戦闘時康太が行う『シャドウビー』のような複雑かつ高速な動きはできないのである。


だが、神加の様に特別な才能を持ったものをただ何の防備もなしに外に出すのは危険と判断し、ランドセルに偽装させてウィルを一緒に行動させるのだ。


文の話によると


『小学校の頃から魔術師っていうのは別に変な話じゃないわ。ただその時期だとまだ魔術も習いたて、まともに発動できるのは一つか二つで索敵なんてまずできないから互いに知らないっていうのがほとんどだけどね。けど神加ちゃんは普通じゃないってことを頭に入れておきなさい。あの子の感性は特別よ。何かしらを感じ取って誰かを魔術師であると認識する可能性もある。警戒して然るべきよ』


幼いころから魔術師であっても、同級生で隣の席になった友人が実は魔術師だったということを長い間知らなかったということもあるという。


子供の頃の感性はバカにできないが、それでも内包している魔力を感じ取れるほどになるにはやはり索敵の魔術を覚えるほかない。


まだ魔力の制御を学ぶ段階である小学生のような幼い段階で、索敵のような魔術を覚えることはまず難しい。


特殊な訓練をしている神加でさえ、覚えている魔術は三つ程度だ。


だが以前精霊を瞬時に見つけた時の様に、何かしら特別な五感を有していても不思議はない。


目で見えているのか、耳で聞こえているのか、それともそれ以外の何かか、それは不明だが神加は通常の魔術師が見えているそれとは全く別のものが見えていると考えていい。


そんな神加が一般社会に出て何か問題を起こす可能性は決してゼロとは言えない。


だからこそ、ウィルを彼女の身近につけて守らせようとしているのだ。


「魔術のことを隠すって、この歳では難しいかもしれないけど・・・どう伝えればいいものかなぁ・・・」


「一番いいのは魔力を内包しないことですよ。そうすれば魔術の発動はできませんから」


学校内では魔力を常にゼロの状態にする。確かにそのほうがいいのかもわからない。必要に駆られたときにだけ魔力を練るのが適切なのだろうが、神加の場合それができるかも微妙なところである。


何せ神加の中には大量の精霊がいるのだから。


「お前たちはなぜそんなに心配している・・・そいつが小学校に通うのがそんなに心配なのか?」


「師匠は相変わらずですね・・・逆に聞きますけど心配じゃないんですか?」


「心配などするか。こいつなら変質者が出ても返り討ちくらいはできるだろうよ」


小学一年生になる少女にいったい何を期待しているのかと康太と真理はため息をついてしまう。


この人物に誰かの心配をしろというほうが無理な話かと、半ばあきらめてしまっていたがそれでも小百合は神加の師匠なのだ。しかも今は保護者である。最低限子供の心配くらいはしてほしいものである。


「神加の才能を知ってそれを欲しがる魔術師は山ほどいるでしょう?そういう連中に襲われたら」


「日中、しかも小学生の登下校の時間に小学校を覗き見ているような魔術師がいたらそいつはロリコンかよほどの暇人のどちらかだ。少なくともまともな奴ではないな」


「・・・確かにそれはそうかもしれませんが・・・」


小学生、特に一年生は朝学校に行ってから帰ってくるのはたいてい昼過ぎ、少し長くなれば十四時から十五時には家に戻ってくる。


そんな生活の中で小学校の中をつぶさに観察するような魔術師がいたら、その魔術師は日中働いていないということになる。


教師が魔術師という可能性もあるのだが、神加が入学するにあたって小百合と真理はその小学校の下見をしてきているためそれはありえないと断言できるようだった。


つまり小百合の言うように、日中に働かない、しかも小学校にわざわざ索敵を施すような暇人、あるいはそういった趣味を持った人間でない限り神加の特殊さに勘付くことができる者はいないのだ。


「学校だけじゃなくて登下校は?神加の通う学校ってここからどれくらいなんです?」


「歩いて二十分ほどですね。近い、とは言えない距離ですが遠くもありません」


小百合や真理の歩行速度で二十分ということは神加の場合さらにそれ以上の時間がかかることだろう。


体力づくりの一環としてはいいかもしれないが、それだけの距離がある場所に通おうとするというのはなかなかに不安が残る。


もちろん、そんなことを言い出したらどこにもいくことができなくなるわけだが。


「いちいち心配していては何もできん。こいつの自立を促すにはある程度危なくても見守ることが一番ではないのか?」


「・・・なんか師匠のくせに師匠らしいことを・・・」


「あたり前だ。私はお前たちの師匠だぞ」


「とか言って心配するのが面倒くさいからでしょ?」


「あたり前だ。私はお前たちの師匠だぞ」


同じセリフなのにどうしてこうも意味が違ってくるのか、日本語とは不思議なものであると康太と真理は頭を抱えながらランドセル型のウィルを背負った神加に視線を移してから心底不安そうにしていた。


可能ならばいっしょについていきたいくらいだが、康太や真理が一緒についていっては神加が成長しない。成長できない。


何より康太や真理のような魔術師としてある程度実力を有している人間が一緒にいては神加が魔術師であると宣伝しているようなものだ。


「まぁ・・・師匠が言うことも一理あります・・・神加さん、いろんなことがあると思いますが、私たちは神加さんの味方ですからね?」


真理がそういいながら神加の頭をやさしくなでるが、神加は真理が何を言いたいのか本当の意味では理解していないのだろう。


小首をかしげながら、それでも自分のことを想ってくれているということは理解したのかはにかむような笑みを浮かべて見せた。


「お前たち学生はいいな、一年一年いろいろと変わるんだ。いろいろと覚えるべきことも多くなる」


「・・・師匠だって学生時代があったでしょ?それと同じですよ・・・っていうか師匠、ずっとこんな生活続けるつもりですか?」


「何か問題が?」


何が問題があるのか、本当にわからないという表情をしている小百合。確かに小百合は日常的に稼いでいる。


だがいい大人が一日中家にいて、なおかつパソコンの前で煎餅をかじって生活しているというのはどうなのだろうかと康太は頭を抱えてしまっていた。


無論稼いでいるのだから文句は言いにくいのだが、神加にこれが当たり前の大人の姿だと思われたくないのだ。


「なんていうかこう・・・もうちょっとまともな大人っぽくふるまってもらえませんか?これじゃ神加が家に・・・ここに友達とか呼べませんよ?」


「阿呆、まともな大人なんてろくなものじゃないぞ。見栄を張って周りの意見や視線に振り回されて自分のやりたいことをできもしない。そんなものがまともだというなら私はまともでなくて一向にかまわん」


「またそんな屁理屈を・・・」


「屁理屈も理屈だ。第一、下手なサラリーマンよりも私は稼いでいるぞ。少なくとも貯金額で言うなら奏姉さんにだって負けん」


小百合が自分から奏のことを引き合いに出すのは珍しいなと思いながらも、そういえばそうだったなと無駄に稼いでいる小百合の現状を聞くとそれ以上何も言うことができない。


小百合の厄介なところはやるべきことをすべてやっているということなのだ。


料理をしないわけでもなく毎日しっかりと食事は作っている。部屋の掃除もある程度するし、金だって稼いでいる。魔術師として弟子たちの指導も怠らない。


趣味らしい趣味こそないものの、彼女にとっては金稼ぎこそが趣味なのだろう。











「てなことがあってさ・・・あの人はもう本当にどうしようもないなって思ったよ」


後日、康太と文はいつも通り部活の休憩中に購買部の近くにあるベンチに座って雑談していた。


もうすぐ三鳥高校にも新一年生が入学してくるということもあって同級生たちは少々そわそわしている。


これから部活勧誘の季節が始まるとなると、康太たちもいろいろやることはあるのだ。


「なるほどね・・・それで、神加ちゃんは無事に小学校に通い始めたの?」


「あぁ、今日から通ってるよ。最初はこっそり後をつけようかと思ったけど、師匠に止められた」


「それに関しては小百合さんグッジョブね。最悪通報されてたわよ?」


声をかけたり道を聞いたり、最悪見るだけでするだけで通報されるようなご時世だ。小学生の後ろをこそこそと付け回すような男子高校生がいたら間違いなく誰かに通報されることだろう。


それがたとえ身内であっても職務質問は避けられない。しかも康太の場合血のつながりなどないのだ。それが正当なものであると証明することは難しいだろう。


新学期が始まっていきなり警察に連れていかれるなんてことになったら目も当てられない。文からすれば康太の行動を止めた小百合は良い行動をしたと言わざるを得なかった。


「うちの新入生が入ってくるのいつだっけ?今週中?」


「そうだろ?まだ早いかもしれないけどもう部活見学に来てるやつも何人かいるぞ?気が早いっていうか妙にやる気っていうか・・・野球部とかサッカー部は結構そういうの多いきがする」


「あぁ・・・その二つは結構しっかり結果残してるもんね・・・県大会ベスト・・・いくつだったっけ?」


「忘れたけど、まぁそれなりの奴が入ってくるとか言ってた気がするな・・・うちの陸上部はあんまり関係ないけど」


「テニス部も同じくよ。基本的に個人競技ならどこに行っても同じだからね」


チーム戦ならば強豪校に行くのもうなずけるし、それだけのやる気を出すのも納得できる話だ。


あるいは指導者が優れている学校ならば、仮に遠くでも、レベルが高くても低くても通うだけの価値はある。


高校時代の部活というのはそれだけの価値がある。部活以外に生きがいや意味を見出している康太や文からすれば、部活に精を出せるというのは少しだけうらやましく、今となっては理解できない感情だった。


「あ、そうだ文、ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」


「なに?お金でも貸してくれって?」


「いや金は間に合ってるからいい。そうじゃなくてさ、できれば今週中、どっかで時間くれないか?」


康太が文のことを誘うというのは別段珍しい話ではないが、こういう形で切り出してくるのは珍しいなと文は思っていた。


どこかに遊びに行こうとか、何かをしようとか、そういう風に目的から入っていくのは今まで何度かあったのだが、時間が欲しいといういい方は康太にしては回りくどい。


「いいけど、何かするの?」


「うん。いろいろ考えたんだけど、ちょうどもうすぐお前と会って一年だろ?それがいい節目になるかなと思ってさ」


もうすぐ一年。康太と文が出会って、もうすぐ一年が経とうとしている。


最初に文と康太があったのは廊下だった。すれ違うだけの出会い。文はあの時康太が魔術師であると気付いていたが、康太は文が魔術師であると気づいてはいなかった。


そしてちゃんと自己紹介したのも、ちゃんと話したのも魔術師として戦った時だった。


出会い方としては奇妙なものだ。あまり良い出会いではないともいえるだろう。


だが二人はそうして出会った。二人はそうして知り合った。あの四月の互いに初めての魔術師戦が二人の始まりだった。


「・・・そっか・・・もう一年たつのね・・・本当にあんたには振り回されてばかりだった気がするわ」


「そういうなよ、俺だって別に振り回したくて振り回してたわけじゃないんだからさ」


「それはわかるけどね・・・まぁいろいろと思うところがあるのよ・・・あの時はまともな魔術師やってたと思うんだけどなぁ・・・」


かつての自分のことを思い出しながら文はため息をつく。確かにあの時の文は典型的な魔術師という感じだった。


良くも悪くも優秀な魔術師。今の文からは想像もできないような、教科書通りの魔術師といえるだろう。

おそらくかつての文と今の康太が戦ったら間違いなく康太が勝つだろう。


それだけ康太の実力は高くなり、普通の魔術師に対して効果的な立ち回りを覚えたということでもある。


だが、文はこの一年で大きく成長した。実戦と訓練を重ねることで、康太に勝るとも劣らないだけの戦力となっている。


康太が背中を預けてもいいと本気で思えるほどに文の戦闘能力は上がってきているのだ。


一年の節目だからこそ、互いに成長してきたからこそ、そして康太はそれだけのためではなく、文のほうを見て意を決したように小さくうなずく。


それは康太が決めていることでもあった。


「今度の夜、時間があるときでかまわないから俺と戦ってくれ。あの時みたいに一対一で、この学校で」


康太の言葉に、文は目を丸くしてた。康太と戦うことなんて訓練以外ではないと思っていただけに、文は驚きを隠せなかった。


「なに?今更序列にこだわるようになったの?」


「いや、序列は今まで通り文が上でいいよ。そういうの面倒くさいし」


普通魔術師ならば序列やら上下やらはこだわるはずなのだが、康太に限ってはそういう話ではないらしい。


相手が文だからか、それともただ単にこの学校内での序列に興味がないのか。おそらく両方だろうなと文は分析しながら小さくため息をつく。


「じゃあなんで?私の実力はわかりきってるでしょ?私もあんたの実力はわかりきってるし」


「うん、でも一年だぞ?あれから一年、俺らがどれくらい成長したのか確認したいだろ?あの時と違って俺もそれなりに強くなったしな」


康太と文が戦った時、康太はまだ魔術を二つしか覚えていない状態だった。康太の言うようにあの時と違い康太はずいぶんと強くなった。


訓練を重ね、実戦を潜り抜け、確実にその強さを自分のものにしてきた。運などという不確定なものではなく、実力として身に着けてきたのだ。


「あんたってそんなに戦いが好きなタイプだったっけ?」


「まぁ戦い事態は避けるべきだと思うけどさ。文とはやっぱり一度本気で戦ってみたい。なんでだろうな」


「わかんないのに戦おうとしてたわけ?しょうがないやつね・・・」


一年の区切りということもあって文とこれからも争わずに一緒にいたいと康太は思っているのだが、それ以上に文と全力でぶつかってみたいというのがあるようだった。


それがなぜなのか、康太自身わかっていない。相変わらず見切り発車な奴だなと文はため息をついてしまう。


だが、文自身少しだけ興味があった。


訓練で康太とよく戦ってはいるが、それはあくまで訓練であって本気の戦いではない。


ある程度条件を決めたり、勝敗の明確なルールを決めたりするものであって魔術師としての戦いではないのだ。


今の康太と今の文、現在の二人の実力で本気でぶつかり合ったらどちらのほうが強いのか。


「・・・まぁいいわ、そういうことならやりましょ。どうせなら何か賭ける?ただ戦うだけじゃちょっとつまらないでしょ?」


「お、いいね。なんにするか」


せっかく二人が本気で戦うというのに、ただ戦うだけではつまらない。勝敗に対して本気になれるようにある程度条件を決めておくのも悪くはないだろう。


新一年生がやってくる前に事を済ませたい。康太と文の戦いをだれにも邪魔されたくないのだ。


「勝ったら本気で嬉しいことをしましょう。あるいは逆に負けたら絶対嫌なこと」


「なんか一気に緊迫感が増すな・・・んー・・・どうするかな」


「罰ゲームとかが一番わかりやすいかしら。ゲテモノ料理を食べるとか?」


「イナゴの佃煮とか芋虫のテンプラとかか?なかなかハードル高いぞ」


「虫を食べるっていうのは結構よく聞くけど・・・奏さんに相談すれば教えてくれるかしら?」


奏は食に関してはなかなかのこだわりを見せている。普段訓練の後に連れて行ってくれる料亭などを見ればわかることだが、彼女は食に関しては妥協がない。


そう考えるとゲテモノ料理、地域によっては当たり前に食べるような虫料理なども熟知していても不思議はない。


「マイナス方面はそれでいいとして、プラス方面は?なんか特典みたいなものがあればやる気も出るだろ」


「そうね・・・相手に自分の言うことを一つ聞かせるとか?」


「なんかそれも違う気がする。第一俺ら普通に頼みとかしてるだろ。今更いうことを聞かせてもなぁ・・・」


「・・・私は結構あんたに命令したいんだけどね・・・あんた嫌がりそうだし」


「俺が嫌がるようなことを命令するつもりなのか・・・文さん俺が思ってたよりずっとドエスですね」


ドエスじゃないわよ失礼ねと文は憤慨しているが、康太からすれば嫌がるような命令をされるのはなるべくごめん被るところである。


とはいえ文の提案も悪くはないと思っていた。


どうせなら文が本気で嫌がるような提案をしてやろうと康太が画策している中、文は自分の発言がだいぶ早まったものだっただろうかと少しだけ焦っていた。


とはいえ、もう戦うことは決まった。あとはその日程を決めるだけなのだが、いくつか問題がある。


「今週中っていったっていつにするの?さすがに今夜は早すぎるでしょ?あんたの装備この前ほとんど使っちゃったって言ってたし」


「んー・・・そのあたりは気にしなくていいぞ。普通に戦えるだけの装備はもう準備できてるし。っていうかコツコツ溜めた装備は一度じゃ使い切れないんだよ。ていうか持ちきれない」


康太が日々作っている装備、主に鉄球や杭などの攻撃道具は日常的にその数を増やしている。


康太が本気の戦闘をする際にそれらを持って行動するのだが、当然装甲などの中にそれらを仕込めばその分重くなる。ウィルに手伝ってもらったとしても重量、そして体積的な問題で一度に持っていける量には限りがあるのだ。


そのため康太の装備は完全に尽きたわけではない。まだ備蓄が残っているので普通に戦闘を行うくらいなら問題ないのだ。


とはいえ手を抜くつもりはない。康太は全力で文と戦うつもりでいた。


「じゃあ明日の夜ね。先輩たちに話はしておくわ」


文はそういって立ち上がる。学校内で戦う以上、三鳥高校の魔術師同盟に話はしておくべきなのだろう。つなぎ役となっている文がそれをするのもある種の義務のようだった。















「え?文さんと戦うんですか?」


「えぇ、一年の区切りっていうか、積み上げたものを確かめたいというか」


神加と近接戦の訓練をしながら真理は康太が戦いの準備をしているのを見て目を丸くしていた。


よそ見をした隙を見て神加がその体に張り付けられたシールめがけて襲い掛かるが、真理はそれを難なく回避し少しだけ神加との距離を取る。


「何というか・・・怪我はしないでくださいね?さすがに文さん相手となるとそれも難しいとは思いますが」


「そうですね。文相手に無事に戦い抜ける気はしません。多少は身を削らないと近づくことも難しいと思いますよ」


昔のように隙の多い文ならば今の康太なら余裕を持って近づくことができただろう。


だが今の文は魔術師としての実戦を重ねた経験を活かし、隙はかなり少ない。


多彩な魔術とその応用、そして出力の高さに継続戦闘能力の高さ。持ち前の才能に加え努力を積み名実ともにAランクの魔術師といえるだろう。


自分の武装を整える康太のその目は真剣そのものだ。殺意こそあまりこもってはいないものの、康太が本気で文と戦おうとしているというのは理解できる。


その姿を見て男の子ですねぇと真理は笑みを浮かべていた。


「そういえば神加、学校はどうだった?」


「えと・・・いっぱいいた」


「・・・まぁそうか、そりゃいっぱいいるわな。変な人とかはいなかったか?」


「うん、みんな子供だった。わたしみたいなのはいなかったけど」


私みたいなの。それが魔術師、あるいは精霊術師のことを示しているのは何となく理解できた。


やはり神加は五感で相手の何かを感じ取っているのだろう。思えば今まで普通の魔術師以外の人間とはあまり関わってこなかった。


関わったとしても康太の両親くらいだ。その程度しか魔術師ではない一般人とのかかわりがなかったというのは少々痛手と思うべきだろうか。


「神加、同じような人以外に魔術を見せちゃいけないぞ?精霊もそうだし、ウィルの本当の姿もな」


「うん、わかってる。内緒」


「そう、内緒」


人差し指を口に当てて神加は頷いて見せる。魔術の存在は隠匿されるべきであるといわれたところで、小学生の神加にはまだ理解は難しいだろう。


真理や文に教わって文字の読み書きに加えある程度算数なども教えてきたが、まだ社会的に考えてなぜ魔術を隠匿するべきなのかは教えても理解できない。


「コータよ、戦うのは良いが・・・まさか本気で戦うつもりか?さすがにそれはどうかと思うぞ?」


その様子をいつの間にか聞いていたのだろう、アリスが顔だけをこちらに向けながらだらけた態勢でそんなことを言う。


いつの間にかどんどんアリスの私的な道具が増えている地下空間に、小百合がそろそろ怒るのではないかと思いながらも康太は武器の手入れをやめない。


「ちゃんと本気で戦うぞ。殺す気ではやらないけど、魔術師としては本気で戦う」


「・・・まったく、男というのはいつだってこうだ・・・フミが哀れだの」


「そういうなよ、今回は勝敗にいろいろと賭けをしてるんだ。何も得られない戦いってわけじゃないぞ?」


「・・・ほう?賭けとは?」


「負けたほうは罰ゲームでゲテモノ料理、勝ったほうは負けたほうに命令を出せる。今のところの案だけどな」


康太と文の間に交わされた約束を聞いてアリスはにやりと笑っていた。何か企んでいるような笑みだったが、何を考えているのかまでは康太には分らなかった。


「ちなみにそれはいつだ?まさか今日ということはあるまい?」


「明日の夜だ。だから早く準備しないとな」


「そうかそうか、ではマリ、ミカよ、どうせなら明日、観戦でもしに行かないか?コータの成長っぷりを見に行くのも悪くあるまいて」


アリスの提案に真理はそれはいいですねと手を合わせる。神加は何をしに行くのかわかっていないようだったが、康太がいるということもあってついていくことには賛成のようだった。


「思えば去年お二人が戦った時も、私と師匠、そしてエアリス・・・春奈さんが一緒に観戦していたものです。懐かしいなぁ、あれからもう一年経ったのですね」


初めて康太と文が戦った時、小百合と真理、そして文の師匠であるエアリスこと春奈はその戦いを観戦していた。


真理は主に小百合と春奈が喧嘩しないように仲裁していたような気もするが、二人の戦いを見ていていろいろ思うところがあったのは間違いないだろう。


「いいですね、今回も観戦しましょうか。なら一緒に師匠や春奈さんにも声をかけましょうか、せっかくですし」


「・・・あいつがそんなことで動くのか?どうせ『面倒だから勝手に行ってこい』で済ませそうなものだが・・・」


「容易に想像できますが・・・その時は引きずってでも連れて行きますよ。師匠も康太君や文さんがどれだけ強くなったのか興味があるでしょうからね」


今まで訓練の中でどの程度の実力を有しているのかを見ていても、実戦でどれだけのポテンシャルを発揮できるのかを小百合は見ていない。


師匠としてはこの実戦を見てみたいと思うのは普通の反応だろう。


誤字報告を20件分受けたので五回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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