利害の一致と足止め
文がこちらにやってきている四人を援軍だと判断した理由は二つある。
まず第一に四人の魔術師がこちらの索敵範囲に引っかかってから数秒後、おそらくは残った三人の魔術師の索敵範囲にも入ったか、あるいは何かの連絡を受けたのか、三人の戦闘意欲が急に上がったように感じられたのだ。
まるで援軍が来たことを喜び、再び優勢に立てると確信したかのような魔力の動きをしたのである。
そしてもう一つ、文からすればむしろこちらのほうが理由としては大きいかもしれない。根拠などないような理由だが、文はその理由に絶対の自信を持っていた。
四人と告げ、方角を康太に教えた後、康太はその四人の方角を強く警戒したのだ。まるでそれが自分たちの敵であるとすでに理解しているかのように。
横でこのやり取りを聞いていた倉敷からすれば、警戒するのは当たり前のように思えるかもしれないが、康太はその方角からきている魔術師に強い警戒を払った。その理由はひとえに康太の勘としか言いようがない。
そう、それこそが文が援軍であると判断した理由なのだ。
康太の勘は徐々にではあるが鋭くなっている。小百合ほどではないにせよ、独特の感性を磨きその判断に十分に影響を及ぼすようになっている。
康太の何となくの考えが見事に的中するということも多くなっている。文は康太の勘だからこそ信じるつもりになったのである。
九対三の状態でも善戦、それどころか短時間でその戦力の六割以上を削り取った康太たちを相手に同数で魔術師たちが勝てるはずもなかった。
相手も必死に連携してこちらに勝つ戦いではなく、時間稼ぎをするための戦い方に移行していたが、完全に攻撃態勢に入った康太たちの攻撃を防ぎきることも避けることもできずに一人、また一人と倒されて行ってしまう。
完全に戦力不足、だが連携と展開の早さは目を見張るものがある。
「ビー、こいつらが本部の連中にちょっかい出した連中だと思う?」
最後まで抵抗を続けていた魔術師を気絶させた段階で、文は周囲に倒れ伏したままの魔術師たちを一瞥しながら康太に意見を求めた。
この戦ってきた者たちが本当に本部にちょっかいを出すだけの実力者なのか疑問に思ったのだ。
「・・・正直微妙なところではあるけど・・・本部の奴らがちょっかい出されたのってそいつを回収するときだろ?人数も少なかっただろうし、何より急に大勢に囲まれれば撤退を考えるのもうなずける」
「数的有利を前面に押し出したような戦い方だものね・・・厄介ではあるけど・・・」
個人個人の戦闘能力は低いとは言えないものの、高いとも言い難い。平均よりは上ではあると思うが康太たちの様に経験を積み、高い戦闘能力を有した魔術師に比べるとどうしても見劣りしてしまう。
とはいえこの魔術師たちの連携の質が高いのは事実だ。いくつもの支部からやってきていると思われるほどに多種多様な言語を使用している。おそらくは普段は別の支部で、別の国でそれぞれ活動しているであろうはずなのにこれほどの連携。
この連携はかなり脅威だった。これで連携が大したことなければ五人に囲まれようと康太ならば圧倒できたかもしれない。
「個人の実力はともかく、これで本部に喧嘩を売るだけのグループが確かに存在してるってことになるな。しかもかなり大規模じゃないか?」
本部の魔術師を少人数相手にしても十分立ち回れるだけの実力はあると康太は判断しているようだった。
実際、奪うこともできずに適度に距離を保って撤退ということであればこの実力ならば可能だろう。
不意打ちをして、なおかつ相手は失えない物品を抱えた状態だったのだ。有利な条件がそろった状態であれば不可能ではない。
「大規模だと考える理由は?」
「こいつらが下っ端の可能性を考えると、これから来る四人が本命の可能性が高い。というか間違いなくそうだろうな。肌にピリピリくる」
「・・・強いの?」
「強いのが混じってると思う。師匠と戦ってる時によくこういう感じになるから」
索敵などではない、肌で感じる強者の感覚とでもいうべきか。小百合を引き合いに出しているあたり康太が警戒する理由もうなずける。
だが同時に小百合を比較対象にするほどに相手が強いのではないかと文は不安を感じてしまっていた。
「クラリスさんと同程度強いかもってこと?」
「さすがにそこまではわからないな・・・でも撤退を本格的に視野に入れるべきだと思う。こっちも全力でやるけど、抑えきれるかはわからない」
実際に肌で相手の強さを感じ取るといってもその強さのすべてがわかるわけではない。小百合と同じような空気を纏っているというだけで小百合と同じくらい強いとは限らないのだ。
とはいえ、康太が撤退を匂わせたことで文と倉敷は眉をひそめた。
「トゥトゥ、いつでも逃げられるように準備だけはしておいてね」
「こっちはいつでも逃げる準備は万端だよ。でもその場合、ここに寝てるやつらはどうするんだ?一人くらい捕まえたほうがいいんじゃないか?」
「そんなことよりも我が身が大事よ。変に荷物を背負ってやられるなんて冗談じゃないわ。本部だって動いてるんだから、あとは本部に任せるのが妥当でしょ」
「そうだな、わざわざ危険な目に遭うこともない。せいぜい引っ掻き回してやろうぜ」
康太も文も、自分たちにできること以上のことをするつもりはなかった。今回の場合であれば相手をおびき寄せることまでが自分たちのやることであり、やられたり、ビデオを奪われることだけは避けなければいけないのだ。
身を削って自らを危険にさらしても何の意味も利点も康太たちにはないのである。
康太たちが身構えたまま待っている中、文が把握していた四人の魔術師が康太たちのいる平原に姿を現した。
四人の姿はそれぞれだ。背の高いもの低いもの、太ったもの瘦せたもの。
その中でも康太が目をつけたのは背の低い魔術師だった。
実際に対峙して理解する。あの魔術師は強いと。
康太たちは警戒しながらもとりあえず目の前に現れた魔術師たちが自分たちに敵対する意思があるのかを確認しようとした。
これで相手が万が一にも本部の魔術師だといろいろと厄介なことになる。
もっとも、状況的に見てまずそれはないとにらんでいたが、一応の保険は打っておくべきだと思ったのだ。
そしてその保険は全く意味がなかったということを康太たちは即座に理解する。
康太が最も警戒していた小柄な魔術師が康太たちめがけて攻撃魔術を放ったのだ。その魔術は広範囲で、康太たち三人を一度に攻撃できるものだった。
一瞬康太たちはそれがなんであるのか理解できなかった。だがそれが巨大な土の塊であるということを気づくと、倉敷が即座に大量の水を作り出して土の攻撃を防ごうと、そしてそのまま押し流そうと反撃する。
倉敷にとっても、大規模な術の乱発は避けたかっただろうが、相手がいきなり大規模な魔術を撃ってきたのであれば仕方がないと割り切っているようだった。
消費魔力など気にせずに、まずは自分たちの身を守ることを優先して襲い掛かってくる土の塊を水の流れで削り、押し流していく。
土の勢いを倉敷の水が押しとどめたのを確認して康太も動いた。
ウィルの中に入れていた双剣、笹船のうちの片割れを掴み、両手で構えて思い切り真上から振り下ろす。
拡大動作によってその康太の振り下ろした軌道そのままに巨大化された斬撃が魔術師四人に襲い掛かる。
水を裂き、土を割り、その先にいる魔術師たちへと斬撃が届くが魔術師たちはその斬撃を真横に跳躍することで回避していた。
「ベル、トゥトゥ、あの小さいのは俺が受け持つ。それ以外は任せた」
先ほどは五人も請け負っていたというのに、今度は一人だけ請け負うという康太の言葉に、文も倉敷もあの魔術師がかなり危険な存在であるということを瞬時に理解していた。
斬撃をよけたことで魔術師たちはちょうど二手に分かれた。これを逃す手はないなと倉敷は康太が作った切れ目から大量の水を流し込み、対峙していた魔術師たちを強引に分断するべく水流を作り出す。
康太は笹船をウィルの中にしまい、竹箒改を掴むと勢いよく前へと飛び出す。それを補助するかのように文は風を作り出し、倉敷と同じように相手を分断するべく攻撃魔術を放っていった。
康太が襲い掛かった小柄な魔術師はすでに康太のことを認識していた。康太の出で立ちから接近するタイプの魔術師であるということを認識したのか、このまま水に流されている状況は良くないと判断し、即座に周囲の地面を隆起させて水の流れを無効化する。
そして三人の中で康太が一番の実力者であるということを理解したのか、一緒に流されていたもう一人の魔術師を土でできた巨大な手でつかむと強引に投げて文たちが足止めしようとしていた二人のほうへと投げた。
康太の足止めは自分がやるとでもいうかのようなその対応に、奇しくも相手と利害が一致したことを悟って康太は薄く笑みを浮かべる。
土を操る魔術師。土属性の魔術はなかなか汎用性が高い。とはいえ攻略できないわけではない。
地面を起点とした攻撃が多いことから、空中戦に持ち出せば優位に立てるだろう。問題は康太自身が空を飛ぶ手段が少ないということにある。
康太が地面に降り立つと、待ってましたと言わんばかりにその周囲の地面が一斉に隆起していく。
形を変え、それらが動きを止めた時その場にあったのはいくつもの土で作り出された人形たちだった。
ゴーレム。康太は以前この魔術を見たことがある。
それは康太が魔術師になるために支部に顔を出した時だった。その帰りに康太はゴーレムを使う魔術師に遭遇した。
その時は小百合に文句を言うだけの魔術師だったが今回は違う。明らかに自分を標的としているのだ。
あの時と違うのはゴーレムの大きさだ。高さが百五十センチほどの小柄さである。だがその両腕は肥大化しており十分な攻撃力を有していることは容易に想像できた。
そして何よりその数が違う。康太の周りを囲むように十数体のゴーレムが存在し、徐々に康太との距離を詰めてきている。
康太を近づかせるのはまずいと相手も理解している。そして先ほどの康太の攻撃が連発できるような類のものではないとおそらく勘付いている。
康太は先ほどの拡大動作の魔術で内包していた魔力の一割近くを消費していた。連発などできるはずもない。
そしておそらくだが、このゴーレムたちもあの小柄な魔術師にとっては様子見に過ぎないであろうと康太は予測していた。
こちらの手の内だけを見せるのは良くない、だが相手がどのような手段に出るかわからない以上、ここは康太の腕の見せ所である。
「一年ぶりか・・・ゴーレム相手の戦いは本当に久しぶりだな・・・」
ゴーレムの基本的な理論はすでに頭の中に入っている。そしてその対処法も、その破壊の方法もすでに小百合によって教え込まれている。
相手がこれで康太を止められると思っているのであれば、その考えを覆してやろうと康太は笑みを作る。
「土くれでよかったよ・・・思う存分壊せる・・・!」
康太のその目は、見るものが見れば小百合のものと似通っていると気付けただろう。槍を構えて笑うその姿に、小柄な魔術師は強い威圧感を覚えていた。
康太が小柄な魔術師と対峙したころ、文と倉敷は請け負った三人の魔術師との戦いに移行していた。
文はとにかく相手を近づけないように戦おうとするのだが、どうやら相手の中にこちらに近づきたいタイプの魔術師がいるらしい。
かなり分厚い障壁を展開して倉敷の作り出す水の流れを変えながら確実にこちらに接近してきていた。
近づこうとしているのは肥満体形の魔術師だ。足取りこそ遅いものの確実にこちらに接近している。
その体形から近接戦が得意とは到底思えないが、近づこうとするのであればこちらも対処しなければならない。
長身の魔術師と細身の魔術師はそれぞれが距離を保ったまま文たちに攻撃しようと着々と準備を進めている。
「どうするよ、あのデブ俺らのほうに来てるぞ」
「トゥトゥは常に牽制してなさい。太ってる人だけじゃなくて後ろで攻撃準備してるほうにもちゃんとアプローチするのよ?」
「また面倒なことを・・・いっぺんに水を操るのって結構疲れるんだぞ」
大量の水をだし、すでに魔力をかなり消耗している倉敷は一度に操る水の量をかなり限定していた。
水というのは流れを作り出すとその周りにある水も一緒に動いてくれる。そのため一部の水を操ることでその周りにある水も一緒に操っているように見せているのだ。
節約の方法は学んだようだと文が安心する中、今自分たちがいる状況は全く油断も安心もできない状況であることを思い出して気を引き締める。
「近づいてきたやつは私が何とかするから、残りの二人を足止めしておいて。相手がどういう魔術を使うのかわからないけど、こっちだって近接戦の心得くらいは・・・っ!?」
文と倉敷がそんな相談をしている中、唐突に文たちめがけて細かく冷たい何かが降り注いでくる。
それが小さな氷のつぶてであると気付くのに時間はかからなかった。三月の深夜とはいえ雪や雹が降るほど気温は低くない。となれば相手の魔術師が何か仕掛けてきたと考えるのが自然だ。
文は警戒しながら風を作り出し、自分たちの周りを覆おうとしていた氷のつぶてを一気に吹き飛ばす。
何を考えているのかは不明だが、これだけ倉敷が水を出しているのだ、大気中の水分を凍らせて氷の粒を作るくらいは容易に可能だろう。
だが風を起こし氷のつぶてを吹き飛ばしたのが良くなかった、つぶて同士がぶつかって音を奏でる中、その音が文たちの耳に轟音となって届いていた。
つぶて同士のぶつかる音は小さな小さな雑音でしかない。小石同士がぶつかるような小さな音が、なぜか文と倉敷の耳には巨大化されて襲い掛かっていた。
耳を覆いたくなるほどの爆音、相手の作戦に見事はまったのだなと思いながら文は内心舌打ちをしていた。
音を操る魔術。マイナーではあるがその有用性は高い。アリスの様に耳元に声を届けることもできるし、今回の様に爆音を奏でることで相手の集中を阻害することだってできる。
文は少し離れた場所で戦っている康太のほうを見るが、康太は平然としているあたり標的は文と倉敷だけであるらしい。
康太がやせ我慢している可能性もあるが、今はその可能性は捨てるべきだ。
相手が耳を封じに来た。聴覚を阻害することによって集中を乱しに来ているのか、それとも阻害することで次の攻撃につなげようとしているのかは不明だが、向こうがやってきたことをこちらが簡単に受け入れたのでは魔術師として負けに等しい。
「う・・・っさいわね!」
この音がそもそも氷のつぶて同士がぶつかる音が原因になっているのであれば対処は不可能ではない。
音をさらに遠くへ吹き飛ばしてしまえばいいのだ。文は自らが持つ最大の風魔術を発動した。
自らを中心に周囲に巻き起こす、康太に教えた暴風のさらに強化版の魔術『爆風』である。
単純な風の勢いでものを吹き飛ばすこともできるまさに風の猛威。
自身の周囲に存在している氷のつぶてを一気に吹き飛ばし、同時にそれらを吹き飛ばすことで攻撃にも転化させてみせた。
小さな礫であっても、高速で飛んで来ればその威力は計り知れない。それが全身に襲い掛かるほどの強さであればなおさらだ。
さらに言えば音を操る魔術というのは空気の存在が密接にかかわってきている。音が振動である以上、何か伝導するための物がなければ音は伝わらない。
そして文は猛烈な勢いで風を生み、周囲にあった空気を一気に移動させることで音の魔術をほぼ無効化させていた。
だがこれで終わりではない。自分たちだけが五感の一部を阻害されるという一手を打たれた状態で止まるほど文は優しくない。
爆風の魔術によって作り出された猛烈な勢いの風に、肥満体形の魔術師は踏みとどまれていたが長身と細身の魔術師は一瞬体を浮かされ、魔術によって必死にその場にとどまろうとしていた。
飛んでくるつぶてを障壁によって防御して文たちが次に何をしようとしてくるのかを把握しようとした瞬間それは起きた。
それは閃光だった。カメラのフラッシュなど目ではないほどに強い光。
暗闇の中でその光はまるで周囲を昼間であるかのように照らし出し、魔術師たちの目をくらませた。
月明りしか光源のないような暗闇の中で、唐突に強い光をたたきつけられたことで魔術師たちの目は完全に使い物にならなくなってしまう。
もっともそれも数十秒から数分の間のことだろうが文にとってはそれで十分だった。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




