互いのフォロー
感電によって体の自由を奪われ、さらには攻撃を受けたことで混乱してしまったのか、展開していた障壁の魔術をコントロールすることができなくなり、その障壁は砕けるようにその姿を消してしまう。
待ってましたと言わんばかりに倉敷は攻勢に出る。完全に無防備になった魔術師めがけて倉敷の操る水が一気に襲い掛かりその体をあっという間に飲み込み、強制的に肺の中に水を侵入させることで魔術師の意識を強制的に刈り取った。
一人を無力化したのを確認すると倉敷は小さく息をつく。
「・・・ふぅ・・・タイミングシビアすぎるんだけどもうちょっと何とかならなかったのか?」
「グダグダ言わないで、ビーならあのくらい合図なしで合わせるわよ?」
「普段から組んでるお前らとあんまり一緒に行動しない俺を一緒にすんなっての、合図しててもぎりぎりだったぞ」
文と倉敷は常に合図を送りあいながら互いの魔術のタイミングや攻撃の種類などを伝え続けている。
そのおかげであまり組んでいない文と倉敷でも連携らしい行動はとれたが、これはあくまで運よくこのような形になったに過ぎない。
文の攻撃によって障壁が破られたのは事実だが、相手がそれに気づいて障壁を修復する可能性だって十分にあった。
倉敷は文の攻撃に合わせて水を向かわせる必要があるが、文の射線上に水を置いてしまえばそれだけで攻撃を妨害してしまう。
邪魔にならない位置に水を待機させながらも、いつでも障壁の内部へと水を向かわせられるだけの位置取りをしなければいけないのだ。
なおかつ障壁を直される前に侵入するという早業も必要になる。文はできて当然というような表情をしているが、倉敷からすればなかなか難易度が高い注文だったのは言うまでもない。
倉敷が一人を倒したことで一瞬気を抜いたところで、文が自身と倉敷を囲うように障壁を展開する。
障壁を展開したとほぼ同時と思えるほどのタイミングで障壁めがけて魔術による攻撃が襲い掛かった。
「気を抜かないで!まだ相手は八人いるのよ!」
「わかってるよ!しかもまだ援軍あるかもしれないんだろ!わかってるって!」
自分に言い聞かせるようにわかっているとつぶやきながら倉敷は障壁の向こう側に大量の水を作り出し地面を這うように滑らせながら魔術師めがけて襲い掛からせる。
大量の水を広範囲に広げることで逃げ場をなくし一気に相手の動きを牽制していった。
倉敷の魔術によって魔術師はダメージこそ受けないものの、機動力を削がれると同時にその体が一か所に運ばれようとしていた。
水の勢いによってその体は運ばれてしまう。無論その動きだけではダメージなど受けるはずもない。
魔術師たちは即座に水から逃れるために空中に飛び上がった。その方法は様々だ。自ら跳躍するもの、念動力によって浮遊するもの、空中に足場のようなものを作り出す者、地面を隆起させるもの。
それぞれが自分の得意とする行動によって倉敷の水を回避しようとする中、文の魔術が発動する。
巨大な竜巻を作り出した文は地面を這うように流された倉敷の水を巻き込みながら巨大さを増していく。
水竜巻の魔術。文と倉敷のコンビネーション技に魔術師たちはあれを直撃するのはまずいと判断したのか、即座に行動を開始していた。
土を操ることのできる魔術師は巨大な壁、そしてそれらを組み合わせることで要塞のようなものを作り出し、近くにいた魔術師の一人を回収していた。
そして残った二人の魔術師は同時に魔術を発動し、文と同程度の竜巻を発生させる。だがその竜巻は水ではなく炎を纏っていた。
水の竜巻と炎の竜巻。どちらが勝るのか、ぶつかった瞬間に答えは出た。
竜巻に含まれた水は炎によって蒸発させられ、周囲に強力な熱気を含んだ蒸気を発生させた。
文の竜巻と魔術師の竜巻は互いにぶつかり合い、相殺する形で蒸気を周囲にまき散らしていた。
周囲に熱気と蒸気が発生したことで視界が著しく悪くなる中、康太は自身の近くにまでやってくる蒸気を見て薄く微笑む。
康太は先ほどから相手の攻撃を回避しながらなんとか接近し、相手を倒そうと試みていたがやはり相手もなかなかどうして実力者ぞろいであるらしい。
康太が槍を持って近づこうとするといやなタイミングでフォローするかのように攻撃や防御をしてくるのだ。
相手の連携の練度はかなり高い。しかも接近してくるタイプの敵に対してもある程度対策してきているようなそぶりを見せている。
このままでは装備を放出しなければじり貧になるなと感じていたところに文の攻撃の副産物とでもいうべき熱気を含んだ蒸気が康太たちを包み込んだ。
外気に触れることでその熱気は徐々に冷めていくものの、蒸気そのものは康太たちの視界を一気に奪っていった。
そう、普通の魔術師はほとんどの情報を目による視覚情報に頼っている。だが康太はそれだけではない。
Dの慟哭を頻繁に使う康太は視覚情報に頼らない戦法になれているのである。
相手が唐突な蒸気の出現に戸惑い、すぐに視界を確保しようとそれぞれ魔術を発動する中、康太は勢いよく飛び出した。
索敵による相手の情報の確認、それは確かに有効だが戦闘においてそれを使うのはかなり神経を使う。
相手が射撃などをメインにする魔術師であるならば十分に反応できるかもしれないが康太のような近接戦に重きを置いた魔術師と相対した場合、どうしても反応が遅れてしまう。
康太ほどの相手にその遅れは致命的だった。
距離が詰められていることを察して魔術師がとっさに康太の位置めがけて射撃魔術を発動するが、先ほどまで的確にフォローしていたほかの魔術師との連携が明確に遅れてしまっていた。
とっさのこと、まずは自分の身の安全を確保し周囲の状況を確認する。当たり前のこの行動によって他人を気遣うというところまで思考が回っていないのが原因だった。
周りの人間のフォローがない状態で、ただの射撃魔術程度であれば康太の接近を阻むことはまずできない。
康太は逃げようとする魔術師の足を遠隔動作でつかむと同時に、さらに遠隔動作によりその胴体を蹴ることで半ば強引に相手の体勢を崩す。
視界が奪われ、近づかれ、意味も分からないうちに倒され、何とか立て直さなければと魔術を発動しようとした瞬間にはもう遅かった。
康太の蹴りがその頭めがけてたたきつけられ、脳が揺れる。さらに康太は自分の右腕にウィルを集中させ、思い切り殴りつける。
魔術師の体は大きく弾き飛ばされ、地面を何度もバウンドしながら失速していく。
単純な打撃ではあるが連続して脳を揺らされたことによって完全に脳震盪を起こしてしまったのか、康太に詰め寄られた魔術師はその場に倒れ伏し、動かなくなってしまった。
まず一人、康太はまだ視界が完全に戻っていないうちにもう一人くらい倒しておきたいと考えすぐ近くにいた魔術師めがけて接近しようと試みるが、一人やられたことを残った魔術師たちは感じ取ったのか、康太めがけて一斉に攻撃魔術を放っていた。
「・・・ちっ・・・ベルのフォローもらっておいて一人しか倒せないとは・・・ちょっとなめてたか・・・?」
未だ蒸気は完全に晴れていないとはいえ、魔術師たちは完全に態勢を立て直したようだった。
完全に自分に有利な状況を作ってもらっておきながら一人しか倒せないとは、小百合に見つかったら笑われそうだなと康太は自分を戒めていた。
消耗を少なく相手を倒すのは確かに大切なことだ。だが先ほど装備を多少消費すれば二人、うまくいけば三人は倒せたのではないかと思ってしまったのだ。
過ぎてしまったことではあるが、まだまだ師匠である小百合や兄弟子である真理には及ばないなと康太は自らを強く叱責する。
蒸気が晴れていき、視界が戻ってくる中、魔術師たちは康太の姿を完全にとらえていた。
一度視界を奪われたことによって味方を倒された。場合によっては康太も不利になるような状況が、少し離れたところにいる文によって意図的に作り出されたものであると周りの魔術師たちは気づいていない。
先ほどの蒸気はあくまで向こうの戦いにおける余波、副産物であると考えているのだ。
『運悪く』その蒸気がこちらにも流れてきただけ。康太たちが相対している魔術師たちはそう考えている。
だが康太は先ほどの蒸気が文によるフォローであると考えていた。
状況を作り出し相手をコントロールする。それは魔術師の戦いにおける常套手段である。
文も時折ではあるがそういった行動をとることがある。戦闘にかかわらず状況を把握して流れを作ることが文はうまいのだ。
「フォローしてもらったからにはこっちもフォローしてやらないとな・・・さてどうしたものか・・・」
索敵によって文たちがすでに一人倒したのは康太も把握していた。残りは七人。
文たちは三人を受け持ち、康太は四人を受け持っている。康太は自分に襲い掛かる射撃魔術を再び回避しながら、自分に向けられる攻撃の質が先ほどと比べると明らかに変化したことに気付いていた。
先ほどまでは様子見、そしてあわよくば康太の手の内を確認しようとするような殺意のない攻撃だった。
だが今の攻撃は康太を倒そうという意志が明確に感じられる。ただのぬるい射撃系魔術ではなく、定点発動系の魔術や、射撃系には分類できないような特殊な魔術も発動されてきている。
相手も本腰を入れ始めたのだなと、康太は身体能力強化の魔術を発動しながら機動力を高めて縦横無尽に駆け巡る。
相手の殺意が上がっているのであれば相手が狙うことができない程に動き回ればいい。とはいえこのままではいつかは捕まるだろう。
そこで康太は相手をしている魔術師たちの位置を確認し、使ってくる魔術を把握しつつ文たちとの位置を確認しながら魔術を回避していた。
文たちは今相手の魔術師を倒したことで勢いに乗っている。だがやはり相手のほうが数が上だということもあって攻め切れていない。
包囲網は抜けて単純な射撃戦に移行しているのがわかる。
康太はそれを見て回避した魔術の一つを収束の魔術によって操り、文たちと対峙している魔術師の一人めがけて襲い掛からせる。
文たちとの攻防に集中していた魔術師は、不意に背後から襲い掛かる魔術に反応できず、その魔術の直撃を受けてしまっていた。
飛距離が伸びたせいで威力も落ちたようだが、それでも一瞬相手の魔術師の意識をこちらに向けさせ、なおかつ怯ませた。
文たちにはそれで十分だった。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




