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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」
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小旅行気分

午前中のオリエンテーションを終え、昼食を軽く摂った後に康太たちは一度集まって町の方へと足を運んでいた。


康太を含めた男子三人と文を含めた女子四人の七人編成での移動だ。大仰な言い方ではあるが要するに一緒に適当に歩いているというだけの話である。


とりあえず駅の近くまでやってきたのだが、やはり昨日の夜ほどではないにせよ自分たちが住んでいた場所よりは寒い気がしてならない。


避暑地という事もあるのだろうが、やはり少し肌寒さが残る。一緒に行動している友人たちも比較的防寒着を着ているものが多い。


「最初何処に行く?温泉か飯か買い物か」


「荷物が増えること考えれば最初に温泉じゃない?」


「その後軽く食事してそれから買い物って感じかな?」


「ん・・・温泉は・・・確か北の方にあるって言ってた気がするな・・・」


携帯で情報を調べながら駅の前に配置してある地図を参考にして現在位置と目的地を設定していく。


この近くにある温泉はそれなりに有名なものらしく、評価もそれなり以上のものだった。効能に関してはさておいてゆっくりと湯につかって疲れを癒すこともできるだろう。


この肌寒さの中動き続けるよりは一度体を温めたほうがいいかもしれない。


「んじゃ行くか。ついでにいろいろ店とかも見ていこうぜ」


温泉へ向けて歩き出すと同時に、康太は魔力を微量放出し始めた。康太の供給口でも十分に補えるレベルのほんのわずかな魔力放出だが、近くにいる文はそのことに気付いているらしくさりげなく周囲の警戒を行っていた。


もしあの魔術師がこの場を観察している、あるいはこの周囲を拠点にしているのであれば康太の魔力放出に気付いている可能性が高い。


自分はここにいるぞと知らしめることで釣り餌代わりになろうとしている康太の努力に反して、反応は全くと言っていいほどなかった。


当然と言えば当然かもしれない。なにせ今は日中、しかも町のど真ん中だ。ここで騒ぎを起こせば面倒なことになるのは必然である。


魔術協会の人間がやってくる可能性も捨てきれない時点で余計な手出しはしない方がいい。康太が完全に一人になってからアプローチをかけたほうが安全なのだ。


どうやらその程度の事は考えられる、そして実行できるだけの魔術師のようだと文は安心していたが、当然まだ安心できない状況であることに変わりはない。


買い物の間にでも康太を意図的に一人にするべきだろうかと文が考える中、康太は道案内をしながら周囲の状況を確認していた。


マナが薄いこの近辺にやってきて魔術師としての感覚が目覚めるかとも思ったのだが、どうやらそう都合よく感覚が目覚めるという事もないようだ。


肌でマナを感じることはできても自分の体から流れ出ている魔力に関してはほとんど知覚できない。


何より自分の体の近くにあるものしか感じ取れないのだ。恐らく康太が見ている光景と文が見ている光景は少しどころか大きく異なるだろう。


視覚的な情報に頼る人間にとって、目で見えるものが異なっているというのは大きな違いだ。早く魔術師としての感覚を目覚めさせないと面倒だなと思いながら康太たちは街の中を歩いていく。


「こうしてみると結構店とかあるな・・・飯はどのあたりにする?」


「昼飯はもう食べたからね、軽食っぽいところでいいんじゃない?喫茶店とか」


「あ、温泉の近くに有名な店があるみたいよ?あとで行ってみない?」


「どれ?あぁこれ?ケーキが美味しいんだっけ?」


「ケーキ!?よしそこに行こう!」


康太と文の友人たちは早速仲良くなっているのか、互いに携帯の情報を見せ合いながらこれから行く店のことを話し合っているようだった。


微笑ましい光景であるために康太と文もそれに混ざりながらも警戒を怠らなかった。


この友人たちは自分たちが守るのだという気持ちがあるためにどうしても話に集中できないのだ。


道案内をしながらも警戒をし、なおかつ話もする。人間そこまで並行処理ができる程処理能力が高くないのである。


「でもあんまり食べすぎると夕食はいらなくなるわよ?」


「大丈夫、甘いものは別腹だから」


「その分太るよ?」


「それは言わない約束でしょ!何なら一緒に太れ!」


和気あいあいとしている女子たちに対して、青山と島村はコソコソと康太の後ろに回ったかと思うとその肩を思い切り掴む。


そして何も言わずに親指を立てて見せた。


「・・・なんだよそれは」


「いや、感謝のサムズアップだ」


「ありがとうね八篠。君が彼女の親戚で本当によかったよ」


どうやら女子と行動できて二人としては本当にうれしいのだろう、その表情が輝いて見える。


なんというか現金な連中だなと思いながら康太は小さくため息をついた。目的地である温泉まであと少し。文たちと一時的に別行動になるだろうがそれは仕方のないことだ。


他の客もいるであろう状況で面倒は起こさないと信じたい。


もし問題が起きた場合は面倒なことになる。まず文に結界やら記憶処理などを行ってもらわなければならない。そうならないことを祈るばかりだ。


康太と文は互いに視線を交換し合図をしながら状況がとりあえず膠着しているであろうことを確かめ合っていた。


康太たちがやってきた温泉には平日の昼だというのにかなりの人が入っていた。そのうちの半分以上が康太たちの同級生だったのは言うまでもないが、それでも十分以上の客入りだろう。


「やっぱみんな考えることは一緒みたいだな、当たり前だけど」


「でもいいじゃない、とりあえず温泉行ってみましょ」


「それじゃあまたあとでね」


男子と女子で別れる時に康太と文は互いに視線を合わせて小さくうなずいていた。そちらは任せるぞという反応だ。もし何があっても対応できるようにしておく。今は魔術師としての道具の一切を所持していないために頼れるのは自分の体と魔術だけだ。


幸いにして文の方は魔術の実力が十分以上あるために女湯の方は問題ないだろう。問題は魔術師としてポンコツな康太の方だ。


隠匿技術もなければまともな防御もできない。そうなると全裸になってしまえば相当無防備な状態を晒すことになってしまう。


温泉の中にまで監視の目を広げているかどうかは知らないが、相手が動く可能性がある以上警戒しておかないと痛い目を見るのは間違いないだろう。


「いやぁ・・・女子と一緒に行動ってのはいいもんだな。なぁ二人とも」


「まったくだよ。本当に感謝感謝だね」


「まぁ今回は文が気を回したみたいだけどな・・・」


文がどのような考えにしろ、実際こういう場では一緒に行動したほうが安全だと判断したのだ。未熟な自分としてはその考えに異論はない。


服を脱ぎながら康太はさっさと温泉の中に入っていった。


レンタルされているタオルなどをもって中に入ると流石有名なだけあって立派な浴場が康太たちを迎えてくれた。


大きな湯船に洗い場、それに空を望むことができる構造。


寒気が周囲から入ってくるはずなのだが湯気のおかげかそれとも構造のおかげか、外程寒さは感じなかった。


むしろ暑く感じる程だ。温泉はこうでなければと康太は軽く体を洗ってから温泉に浸かることにした。


「ああぁぁぁあ・・・あったかい・・・」


湯につかるとその温かさが体に染みわたるようだった。


寒い外にいたためか体は僅かにではあるが冷えていた。それをすべて打ち消すかのように体の中に熱い湯が浸透していくような錯覚さえ覚える。


僅かな痺れと共に徐々に体を温めていく湯につかりながら康太たちは三人ならんで大きく息を吐いていた。


「いやぁ・・・温泉いいなぁ・・・外が寒いからいっそうそう感じるわ」


「有名なだけあるね・・・この湯の効能ってなんだっけ?」


「疲労回復とかそんな感じじゃなかったか?」


康太たちはそれほど温泉の効能などには興味なかったが、こうして温まることができているだけありがたいものである。


何よりこうしてのんびりできることがありがたかった。


「女湯ってどっちだっけ?向こうか?」


「・・・まさか覗くつもりじゃないだろうな?」


「さすがに公共の場所でそれは・・・」


青山の発言に康太と島村は若干引いているが、青山も実際興味はあってもそこまで無謀な行動をするつもりはないようだった。


こんな所で覗きなんてしようものなら警察沙汰になるのは必至である。そんなことをさせるわけにはいかない。というかさせたらまず間違いなく文が制裁を加えるだろう。


恐らくは魔術的な何かで。


「でもさ、気にならないか?女子が入浴してるんだぞ?」


「いやまぁ気になるけどさ・・・」


「気にはなるけどさすがにねぇ・・・捕まりたくないし」


何よりもまず捕まりたくないという考えが出てくるために康太も島村も及び腰になっている。無論これが正しい反応なのだが青山の考えも決して間違っているものではない。


健全な男子高校生たるもの、女子に興味があって然るべきなのである。


「じゃああれだ、合宿所に戻ったらやってみよう。あそこも確か隣同士だったろ?」


「・・・いや知らないけどさ・・・やばくないか?少なくとも俺はやりたくないぞ?」


「まだ始まったばっかりの高校生活でしょっぱなから嫌われるようなことは・・・ねぇ」


そう、青山のやろうとしていることは確かに間違っていない。無論犯罪ではあるが男子高校生の思考としては至極普通のものだ。


そして康太や島村のそれももちろん間違っていない。どちらが正しいかで言えば後者の方が圧倒的に正しいのだが、高校生として正しいか否かで言えば前者の方が正しいような気がするから不思議である。


「いや・・・俺は断固としてやめておくべきだと思うぞ。今この場でへまをしてみろ、この三年間が地獄に変わるぞ」


「そうそう、とりあえず当たり障りのない生活を送っていよう。仲良くなってからそう言う茶目っ気のある行動をすればいいじゃないか」


「なんだよ・・・まったく意気地のないやつらめ・・・俺はやるぞ!何としても女湯を覗いて見せる!」


人が集まればそれだけ多くの種類の人間がいるのが必然である。一学年集めれば頭の良いやつもいれば頭の悪いやつもいる。計算高いのもいれば康太のような魔術師だっているのが普通なのかもしれない。


そしてこういうバカをやる人間も当然現れる。そしてその結果どうなるかはある意味お察しというほかないだろう。













「ふぅ・・・良いお湯だった・・・」


「ねー。あ、湯上りに牛乳飲む?」


「私コーヒー牛乳がいい」


「私苺牛乳!」


温泉で体を温めた女子たちは服を着た後休憩室に置いてある飲み物を購入してのんびり過ごしていた。


高校生にもかかわらず温泉でのんびりするというのも少し年寄り臭くも感じていたが、何よりこの季節にもかかわらず肌寒い気候だ。これから食事をするにしろ買い物をするにしろ一度体を温めておいて損はない。


何よりせっかく有名な温泉があるのだ、無為な時間を過ごすよりはずっと有意義である。


「いやぁこういうのもたまにはいいね。普段は体動かしてばっかりだからなぁ・・・」


「そうね、のんびりできるのもこの旅行までかな、これが終わったら部活三昧だし」


「そう言えばそうだね・・・あー・・・憂鬱」


「そう言わないの。頑張れば体重だって落ちるわよ」


そう言う事言わないでよと女子は女子なりの悩みを持ちつつも現状に満足しているようだった。


なんだかんだこういった時間をゆっくりと進める旅行も悪くないと考えているのだろう。実際にこういう時間を過ごせるのはごくわずか、こういった旅行のときくらいだ。本気で部活に打ち込んでいる人々からすれば一分一秒を争うように日々鍛錬を欠かさないだろう。


最低限の運動をこなすためと決めて部活に入っている文や康太たちからするとそう言った生活は少しだけうらやましくもあった。


自分達は魔術師だ。部活にはいる事もできるし、その気になれば公式戦にだって出られるだろう。


だが文は自らそれを禁止していた。そして康太も半ば公式記録に残るような大会に出ることは自粛する考えでいる。


それは自分たちの存在が普通の人間とは一線を画す存在であるからに他ならない。普通の人々に紛れることはできても自分たちはもはや普通の人々とは言い難い。


だからこそ、普通の人間が行う競技に混ざることはしたくなかった。


もし万が一、条件反射で魔術を使うようなことがあったら、それは魔術の存在を露見する可能性がある行為でもあるし、何よりその競技を侮辱する行為でもある。


そんなことはたとえ誰かが許しても自分が許せなかった。


少なくとも文はスポーツに適度な運動以上の価値を見いだせずにいる。否、見出してはいけないと考えている。


勝とうとすればどうしても意識の隅で魔術の使用を考えてしまう。生粋の魔術師であるが故にとれる手段の中に魔術が当たり前のように存在している自分は本気でスポーツをするべきではない。


時には適当な怪我を理由に、時には家の都合を理由に、文は今まで部活の試合の参加を見送ってきた。


それがほかの部員たちからどのように映ったかはさておき、それが文の生き方だった。


「あー・・・いい湯だった」


「お、そっちも上がってたか、八篠!コーヒー牛乳な!」


「ほれ、島村は牛乳な」


「ありがとう」


三人が上がってきたのを確認すると女子勢も自分の飲んでいた乳飲料を片手に相槌を打っていた。


一緒に行動している中で男子の話を聞けるというのは地味に珍しいことだ。これを機にこの三人のことについてある程度聞くつもりでいたのか女子勢は視線を交わしながら小さくうなずいていた。


「ねぇ、三人は一緒の部活なのよね?」


「あぁ、俺ら三人とも陸上部だ。種目は微妙に違うけど」


陸上部で日々走っているという事もあって三人とも非常に引き締まった体をしている。無駄な贅肉どころか無駄な筋肉がないというべき体だ。


康太の場合最近小百合に鍛えられているためにまんべんなく筋肉がつきつつあるがそれでも高校生の標準の体に近いだろう。


「へぇ・・・でも陸上ってなんかずっと走ってるイメージあるなぁ・・・」


「まぁ大体合ってるよ。ほとんどずっと走ってるようなもんだし」


「何でそんなのやろうと思ったの?つまらなくない?」


確かに球技のようなゲーム形式で他人と競うスポーツと違い、陸上というのは自分の記録との競い合いである。


もちろん他人と競う事の方が多いだろうが、それら全てにおいて過去の自分の記録というのが必ず存在する。


それを越えようとする競技、それが陸上と言っていい。結果が明確に出るために比較的鍛錬とその結果を視覚化しやすい競技と言い換えてもいいだろう。


「俺の場合なんかは球技全般が苦手なんだよ、ボールに当てることはできるんだけど力加減ができなくてさ、毎回毎回ホームラン」


「あー・・・そう言えばそんな事言ってたような・・・」


力加減ができないという言葉に文は思い当たる節があった。それは康太と戦ったときのことだ。思い切り木刀で叩きつけられたあの時の鈍い痛みが脳裏に過る。力加減ができないからこそあの時自分は思い切りたたかれたのだ。


女子であるにもかかわらず全力で叩かれたのは男女平等とかそう言う紳士的な理由ではなく、ただ単に手加減の類ができないタイプだったからかと文は康太の評価を半ば改めていた。


なんというか聞いて損したという気分である。


誤字報告を五件分、そしてブックマーク件数700超えたので三回分投稿


たぶん今日あたりから予約投稿にすると思います。とりあえず週末までかな


反応遅れるかもしれませんがどうかご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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