生徒としての会話
康太たちが魔術師としての話し合いを終えた後、起床時間になると同時に分かれて互いの友人たちと何食わぬ顔で合流していた。
欠伸混じりにおはようとあいさつをし、何でもないように雑談をしながら朝食へと向かう。
本当に何でもないように演じるのは難しくなかった。なにせ実際に眠かったし今日これからの行動にはまだ時間がある。こういう平穏を味わっておくのも大事なことだと康太は理解していた。
異常の道に歩みを進めた時点である意味康太は理解していたのだろう。いつか自分がこのようになると、そしてその覚悟をすでにしているのかもしれない。
自分が少しずつ普通から異常へと変化していくことを。
「今日のオリエンテーションなんだっけ?」
「高校生活をする上での注意事項とか・・・あとはまぁ仲良くしろとかそんな内容じゃない?」
「うっへ・・・そんなの今さらされてもなぁ・・・」
康太に加え青山と島村は朝食を口に運びながら今日行われる行事内容を話していた。
食堂には同じように話をしながら朝食を摂っている同級生たちが大勢いる。康太たちはその中の一グループでしかなかった。
朝食は米に焼き鮭、味噌汁に漬物と青菜のお浸し、最後に納豆だった。まさに朝食というラインナップだがこれだけの量を朝食から食べるというのはなかなか経験がない。
普段康太はパン一枚や昨日の残り物で済ませてしまうためにこういった朝食は非常に新鮮だった。
昨夜の戦いの事もあってか妙に食事が美味しく感じるのは気のせいではないだろう。
昨夜負った負傷は主に打撃ばかり。それほどひどい痕にはなっていなかったがところどころ青あざができている。
蓄積の魔術をしっかりとものにできていればそれなりに防御に応用できたのだが、こればかりは仕方がないというほかない。まだまだ練度が足りなすぎるのだ。
「でもそれが終わったら自由行動だろ?今日は町に行ってみようぜ」
「確か温泉とかあるんだろ?土産とかも買わないとな」
「長野って何があったっけ?漬物とかかな?」
他愛のない話をしながら康太はさりげなく視線を動かす。周囲にいる同級生の中には当然昨夜共に行動していた文の姿もあった。
女子は女子で集まって姦しく話に花を咲かせている。あのような状況は男子と似ているのにどこか違うもののように見えてしまうから不思議である。
同じものを使ってもなぜか違う印象を覚えるのは気のせいではないだろう。この印象の違いもただの先入観が原因なのかもしれないが。
「この辺りの地図ってどこかにあるか?携帯のだとわかりにくいんだけど」
「あー・・・確かにな。地元の駅に行けばそれなりにあるんじゃないか?まずはそのあたり行ってみるか」
「地元ならいろいろ書いてあるかもしれないしね。昨日動いてた人に聞くのもいいかも」
先日の昼間は康太と文はこの合宿所に結界用の方陣術を仕込んでいたためにほとんど外へは出歩かなかったが、他の同級生の何グループかは町の方まで出向いていろいろ探索を行っていたようだ。
温泉や店など、それなりに発見があったのだという話を小耳にはさんだ記憶がある。彼らに話を聞くのもいいかもしれないなと康太は味噌汁を口に含みながら小さく息を吐く。
今回自分がすることはマナの流れの変調の確認、そして自ら魔力を微量放出して囮になることだ。万が一の場合は積極的に単独行動して相手の攻撃を誘うのも必要かもしれない。
青山や島村とも行動を共にすることになるだろうから当然そのあたりも気をつけなければならないだろう。可能ならば途中で別れるのも視野に入れるべきだ。
彼らを巻き込むわけにはいかない、これ以上魔術的な何かに一般人を巻き込むのは康太の良心が許さなかった。
「んじゃ行きたい場所は温泉と・・・確かショッピングモール的なところがあるんだっけ?」
「あー・・・どこだっけ?こっから近いのか?」
「それなりの距離みたいだけど・・・午後使えば行けないことはないな。ちょっと行ってみるか」
ショッピングモールというよりは店の集合地のような場所が存在する。それなりに名が知られているために康太たちも当然のようにその場所の知識はあった。
もっとも知識があってもそれは最低限でしかないために細かい所在までは知らないために調べなければならないだろう。
携帯の地図機能を使えば時間をかければたどり着けるかもしれないが、せっかくの自由時間を無為に過ごすのは避けたい。少しでも効率よくたどり着くには誰かしらの案内をつけるのが一番手っ取り早いだろう。
「でさ、できたら鐘子も誘ってくれないか?せっかくだろ?」
「文を?またそれか、お前らも懲りないな」
「ハハハ、まぁできたらでいいよ。彼女たちにも都合があるだろうからさ」
「あー・・・わかったよ、断られても文句言うなよ?」
同級生として恋路は応援したいところなのだが、今回の場合そんな悠長な時間があるとも思えなかった。
というか文がこの二人をそのような目で見ているかどうかも定かではないのだ。そもそもにおいて彼女にとって一般人が恋愛対象になるかどうかも微妙なところである。
彼女の家は魔術師の家系だと聞く。魔術師以外との恋愛が禁じられていた場合この二人の猛烈なるアタックは全くの無意味ということになるだろう。
それが良いことなのか悪いことなのか康太には判別できないが、少なくとも現時点では良い方向に転じていると思いたい。
この二人が魔術的な事件に巻き込まれる可能性が少なくなると思えばそのくらいのデメリットは許容して然るべきである。
そして康太がそんな話をしているのを文はため息を吐きながら聞いていた。なぜかはわからないが康太の声は文に良く届くのだ。わかりやすい声というわけではないのだがこういう雑音の多い状況の中でも康太の声はしっかりと聞こえている。
先の話の内容からして自分を誘おうとしているのだろう。恐らくは一緒にいる男子二人のせいだろうかと考えながらも、どうしたものかと悩んでいた。
今日の午後の自由時間、効率的に考えれば二手に分かれたほうがいい。だがもし襲撃があることを考えると一緒に行動していた方が安全だし何より魔術の隠匿はしやすいだろう。
効率を取るか、それとも魔術の隠匿を優先するか。そう考えた時に文の選択はすでに決まっていた。
いかなる状況においても優先されるべきは魔術の隠匿だ。もしあの魔術師がこの旅行中に事を起こさないというのであればそれはそれで問題ない。バスの移動中に仕掛けられるというのは多少危険だが、このような魔素の薄い状況であるならば大規模な魔術は行えないはずである。
そうなれば魔術での移動よりもバスの移動の方が圧倒的に速い。何よりバスで学校の最寄り駅まで帰るのは明日の昼頃だ。日中で人の目もあるような状況で魔術師が魔術を行使することなどはあり得ないだろう。
もっとも今回のような禁術を使っている魔術師にそのような常識が通じるかどうかは甚だ疑問ではあるが。
とはいえ康太が動こうとしているのだ、こちらもそれなりに話を進めておく必要があるだろう。
「どうせだったら男子とも一緒に回りたいよね。誰か誘わない?」
「あーいいかも、でも誰誘おうか?」
「まだ仲良い男子なんていないもんね・・・」
そう考えていた時に近くにいた友人がそんな話を持ちかけてくる。これは渡りに船だと文は内心ほくそ笑んでいた。
「それならあいつ誘う?知り合いだし多少の無茶なら許してくれるわよ?」
文が視線を向けた先にいるのは他でもない康太だ。友人たちは視線の先を理解したことでなるほどねと納得しているようだった。
康太と文が親戚同士であるというのはうわさで広がっていた。まだ四月という段階で男子に親戚がいるというのはこの状況では十分すぎる。
話のきっかけとしては少なくとも親戚という設定は十分以上に役立っている。自分たちで決めておいてなんだが便利だなと思い文は席を立つ。
「ちょっと待ってて、話してくるから」
「頑張ってねー、温泉とか行きたいって言っておいて」
「あと買い物もしたい!」
「美味しいもの食べたい!」
「はいはい分かったわよ」
どこの誰でも考えることは同じなのだろうかと文は苦笑いしながら康太の元へと歩を進める。
近づく段階で康太も文がやってくるのに気付いたのか、ほんの一瞬嫌そうな顔をした。あとでその表情の理由は何なのかと問い詰めたいところだが、今は一緒に行動するための状況を作り出すのが一番優先されるべきことだ。
「ねえ康太、今日の午後よかったら一緒に回らない?」
「・・・あー・・・どうする?」
康太が友人二名に視線を振るが、二人の答えは最初から決まっているようなものだった。
こちらから話を持ちかけようと思っていたのに相手の方から来てくれたのだ、渡りに船とはまさにこの事だろう。二人には最初から断るという選択肢はなかった。無言のまま満面の笑みを浮かべて首を縦に振っている。
「オッケーみたいだ。っていうかどこ行くとか決まってるのか?」
「温泉と買い物と、後は美味しいものを食べられれば満足よ」
「・・・絶対荷物持ちさせる気だろ?」
「そんなことさせないわよ・・・たぶんね」
楽しそうに笑いながら文は康太の肩を軽く叩いて自分たちの席に戻ることにした。その後すぐに康太たちの席で小さな歓声が上がるが、康太自身はあまりいい顔はしていなかったのが印象的である。
後で徹底的に問い詰めてやろうと思いながら席に戻ると友人たちは親指を立てて迎えてくれた。
「どうだった?オッケー?」
「一応ね。温泉と買い物と美味しいもの食べたいって言っておいたわ。荷物持ちさせられるんじゃないかって警戒してた」
「アハハ、やっぱり親戚同士だとそう言う話もできるんだね。うらやましいわ」
「ていうか八篠・・・君?と鐘子さんって親戚なんだよね?」
「そうよ、細かい関係は忘れたけど」
実際にはどのくらいの関係なのかいつかは決めておく必要があるだろうが、実際には知らないと言っておいた方が信憑性は増す気がする。
文だって自分の親戚の関係なんてほとんど覚えていないのだ。むしろ自分の親戚の関係を事細かに記憶している人間の方が稀だろう。
大人になってからならまだしも高校の時にすでにそう言う事を把握している人間は希少である。
「とりあえずお疲れ様。午後は楽しくなりそうね」
「そうね、しっかり康太をこき使ってやるわ」
文のちょっとした冗談に友人たちは笑っているが、それを聞いていた康太からすれば冗談ではないと小さくため息をついていた。近くにいる友人たちだけは嬉しそうに残った朝食を一気に口に放り込んでいる。この反応の違いが非常に印象的だったのは言うまでもない。
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