応用の基礎
数時間ゲーム漬けになりながら、治久と双子たちは何とか徐々にではあるが自分の魔術を使いながらゲームで戦うことができるようになってきていた。
この訓練の目的はゲームで強くなることではなく、ゲームをしながらでも魔術を扱えるようになることなのでとにかく訓練しか上達の方法はない。
正直に言ってしまえばゲームが下手な人間にはなかなか苦行になってしまうが、そのあたりは現代の訓練方法であると言い聞かせるしかないだろう。
「さて、じゃあ次は私の講義に入るわよ。ゲームやりっぱなしで少しだれてきてるでしょうからね」
ゲームと魔術の同時並行によって徐々に集中力が落ちてきているのを見越して文が全員の視線を一カ所に集める。
ある程度休憩を含めて別なことをしないといつまでたっても上達はしないと判断したのだろう。
適度に休むのもまた上達の秘訣ということである。
「それじゃあ魔術における応用とその考え方、そして組み合わせについての講義をしていこうかしら。康太と神加ちゃんにも手伝ってもらうからね?」
「え?俺らも」
「手伝う」
疑問符を飛ばしている康太に対して神加はやる気満々なようだった。先ほどまでゲームをやっていた三人に混ざって一緒にゲームをやっていた神加だが、こういう魔術の話は嫌いではないのだろう。
何より文の役に立てるというのがうれしいようだった。
「魔術における効果はある程度均一化されています。ものによっては一定の効果しか発揮しないものもあれば、使い方によってはありとあらゆる状況を乗り越えられるものが多いです。良い例が念動力の魔術と言えるでしょう」
そう言って文は自身の持つ念動力の魔術を発動して近くにあった湯呑を浮かせたり自分自身を浮かせたりして見せる。
一つの魔術で得られる効果は一つでも、得られる結果が一つとは限らない。それは康太もよくわかっていることだ。
康太の扱う再現の魔術などはかなりの多様性を持っているといえるだろう。使用頻度が最も高いだけにその重要性はよく理解している。
「ここで重要なのは魔術と魔術の組み合わせによってそれぞれの魔術がまた別の仕様を発揮するということです。正確には互いにその性能を助長しあうといえばいいでしょうか。属性系の魔術ではこういったことがよく起きます」
そう言って文は手元に小さな炎を、そして炎の周りに小さな竜巻を発現させる。
風にあおられて炎はより強く、炎によって風はより大きくうねっていく。風によって炎は大きくなり、炎によって風がさらに巻き起こる。
康太や双子でも知っている属性系の相互関係という奴である。
互いに増長するものもあれば、逆に阻害しあうものもある。文が良く行う応用はそれらを組み合わせたものが多いのである。
「属性における組み合わせは実際のところやってみないとわからないことが多いです。普段常識的にやらないことでも、実際にやってみるとかなり強力な効果を得たりすることがあります。固定観念にとらわれずにいろいろやってみるといいでしょう。それは無属性の魔術にも言えることです。ではここで・・・神加ちゃん、ちょっと空中を歩いてみてくれるかしら?」
文に言われて神加は大きく手を広げてゆっくりと歩き始める。徐々にその体は空中へと移動していく。
まるで見えない階段を歩いているかのようだった。
一見すると何もない足場を歩いているように見えるその光景に、事情を知らない土御門の三人は驚いている様子だった。
「これは障壁魔術の応用です。自分の足場になるだけの最低限の部分を地面に対して平行に展開することで空中を歩いているように見せています。障壁系魔術が守るだけのものではないといういい例ですね」
得られる効果は一定でも得られる結果は一つではないという先ほどの説明のいい見本が神加の空中散歩だろう。
今はこのようにゆっくりと動くことを重要視しているが、今後神加が成長したら自分の思うが儘に空中に足場を作り出して移動し続けることができるだろう。
康太の使う再現の魔術による疑似的な足場よりもずっと利便性が高い。康太も練習するべきかなと思いながら、自分の持っている唯一の障壁系魔術が一種の攻撃性能を秘めていることを思い出してやめることにした。
「皆さんが覚えている魔術がどのようなものであるかはわかりませんがいろいろと試してみるといいと思います。場合によっては発動そのものが難しかったり自分に被害が出たりするかもしれませんが、それもまたいい経験だと思ってやってみてください」
「あの、例えばどんなものがあるのか教えてもらっていいですか?ちょっとイメージできなくて」
明の質問に文はどうしたものかと悩みながら、とりあえず自分が一番得意としている組み合わせを試しに見せることにした。慣れていないもので行うと威力の調整が難しいと考えたのだろう、なるべく小規模で、なおかつよくわかるように効果を説明する必要がある。
「水、風、雷の三属性の組み合わせによって作り出す雷雲の魔術を見せましょうか。最近さらにちょっとした追加をしてるんですけど、まずはオーソドックスに」
そう言って文は霧を作り出し風によってそれを操っていく。霧よりもさらに細かくなったそれらが作り出す摩擦、そして水分によって電気の伝導率は良くなり、文が作り出した電撃を一気に増幅していく。
使用している魔力の量は大したことはないが、多大な威力を持った文の切り札ともいうべき攻撃だ。
「水蒸気を作り出して風で操り、雲に似た状態にすることで雷の力を増幅させるために混ぜ続けています。処理は少々多くなりますが魔力の消費に対して得られる威力はかなり高いです。このように組み合わせによって消費魔力よりも高い威力や効果が望めるのが応用と組み合わせの特徴です」
魔術を解除するために一つ一つの魔術を消滅させていく文、その手順は決まっているものだ。これが組み合わせの魔術の利点でもあり欠点でもある。
単一の魔術によって構成されているものではないために一つの魔術を解除するだけでは完全に消し去ることができない。
相手が単一属性に対して有効な魔術を持っていたところで完全に止めることができないのがこの組み合わせや応用の特徴である。
「ちなみに今の魔術って本気でやるとどれくらいの威力が出るんですか?」
「んー・・・私もこれを本気で使ったことはないのでわからないけど・・・そうね・・・どれくらいまで威力が出るかしら・・・範囲か・・・威力かで決まるわね」
「範囲か威力?」
「積乱雲みたいに積み重ねれば一撃の威力を高められる。広範囲に広げればそれだけ広い範囲を一度に攻撃できる。どっちにしろ準備に時間がかかるけどね」
文は実戦で使ったことはあまりないのよと言いながらも、その威力については言及しなかった。
文の魔術は天候の影響を大きく受けるものが多い。特に雨や曇りの日などであればその影響はかなり大きなものになる。
良い影響を受ける時もあれば悪い影響を受けることもあるために、文の言うように実戦でコンスタントに使用できるものではないのだろう。
さらに言えばこの魔術は威力が高い。それもあって文自身あまり使用したいものではないようだった。
そんなものを初戦で使われた康太はどんな顔をしたらいいのかわからないが文のように器用に魔術の応用と組み合わせができない康太からすれば少しだけ興味のある内容だった。
何せ康太が使っている魔術は一つ一つが独立している。応用はある程度やっているが魔術と魔術の組み合わせというのはその実やったことがない。
そもそもにおいて康太が使う魔術に制約が多いのが原因の一つとして挙げられるだろう。
例えば再現、遠隔動作、拡大動作などは自らが行った動作でしか発動できないという条件がプラスされている。
これは魔術発動に必要な処理を減らすためのコストのようなものだと考えているが、同時にこれらの魔術が組み合わせに向かないタイプの魔術であるという明確なデメリットになってしまっている。
康太が今使っている組み合わせというと、火の弾丸と収束の魔術における一斉攻撃だろうか。
相手への集弾性が上がるために相手への牽制としてはかなり使える手なのだが、文のような特別なことをしているわけではないために、少々手札としては弱いように思えてしまう。実際牽制以外の役に立っていないのだから無理もないかもしれない。
だがそれも、今まで魔術の組み合わせというものをやってこなかったという事実があるからこその話だ。これから積極的に組み合わせや応用を考えるのもいいかもしれない。
幸いにして康太は火属性と風属性の魔術を扱える。それ以外のほとんどは無属性の魔術なのだが、これらを組み合わせてより良い攻撃ができるのではないかと考え、結局自分が攻撃のことしか考えていないことを理解して苦笑してしまう。
「どうせならあんたもやってみれば?何事も経験よ?」
「そうだな・・・組み合わせかぁ・・・組み合わせって言われてもポンと浮かんでこないんだよなぁ」
「当たり前でしょ。これだって訓練の一種よ。何度も何度も試行錯誤を繰り返してようやく手に入るものなんだから。ただある程度どんな効果のものにしたいかをイメージしておくといいかもしれないわね」
イメージ、そういわれても康太はうまく考えることができなかった。
だが一つ、理想としているものがあった。それは今の自分では絶対に届かないであろう領域、再現することができないであろう攻撃だ。
それは小百合の斬撃だ。
康太はそれを見たことがある。一振りで地面ごと相手の防御も何もかも切り裂き、相手の戦意を完全に喪失させる小百合の一撃。
小百合個人が持つ刀の技量に、彼女が持つ攻撃魔術、康太が予想する限り拡大動作だと思われるのだが、その練度と威力は康太が使っているそれとは桁が違う。
何より鋭すぎる。防御が防御としての意味をなさないほどの鋭さ、そしてそれを正確に打ち出せる彼女の攻撃性能はさすがはデブリス・クラリスというわざるを得ない。
康太が目指すのはあの一撃だった。相手の防御も何もかもを無意味にさせる一撃。当たってしまえばそれだけで大惨事を巻き起こす一撃。
あれを引き起こすためにどのような組み合わせをすればいいのかと聞かれると、康太もかなり困ってしまっていた。
ただの拡大動作では、あの威力を出すのは難しい。
身体能力強化を使ってもたかが知れている。何かを組み合わせることができれば自分の攻撃力を一段階上げることができるのではないかと康太は思考に思考を重ねていろいろと考え始めていた。
康太だけではなく、土御門の面々も自分の持っている手段と、自分が得たい攻撃を鑑みたときにどのような組み合わせが有効か、考え始めているようだった。
良い傾向だ。先ほどまでのゲームと魔術を使うだけの単調な訓練ではなく、自らが考えなければ答えが得られない思考が重要性を増す訓練。この組み合わせはなかなか良いのではないかと文は笑いながらその様子を眺めていた。
土曜日なので二回分投稿
そろそろ夏休みかな・・・?
これからもお楽しみいただければ幸いです




