手に余る技術
「さて、この技術の肝はテープそのものにある。ビデオテープの映像はこのテープに保存されているのは知っているね?」
「はい、焼き付けてるんだったか浸透させてるんだったかは忘れましたけど・・・」
ビデオテープの理屈までは康太も詳しくは知らなかったが、今のDVDなどと比べると大型なこともあり、その容量はそれなりでしかないのは容易に想像できる。
だがその容量の少なさとテープという人間でも知覚できるレベルの情報密度が逆にこの魔術形態には適しているようだった。
「このテープそのものに仕掛けをすることで、特定の光や音を再現できる。そうやって特定の魔術を伝達できる条件を加えるんだ」
「ビデオそのものっていうよりはテープに仕掛けをするってことですか。それってどうやってやるんですか?」
「それは人によるとしか言えないなぁ・・・方陣術を応用する人もいれば技術的に・・・っていうか物理的に何とかする人もいるだろうし・・・私の場合は方陣術のほうが楽だけど私の師匠は物理的にやっていたよ」
この方式を考えた、というか昔やっていた治久はこの方式に関しては人によりけりなのだと困った表情をしていた。
実際に特定の映像、あるいは音声を流せるのであれば方法は何でもいいのだ。正攻法で直接テープを編集する方法もあれば方陣術を利用する方法だってある。それは人によりけりだし場合によりけりだ。
「テープでやる利点は仕込む場所がわかりやすくなるのと、DVDとかCDに比べて情報の密度が低いから変更しやすいって点かな・・・もしこれをDVDとかでできる人がいたらその人は間違いなく天才だろうね。パソコンとか使えばまた話は別だろうけど・・・」
少なくとも私はできる気がしないよと治久は笑っている。康太たちからすればビデオテープにそういった仕込みをする時点でかなりレベルが高いように思えるが、確かに考えてみればDVDなどの圧縮された情報媒体に仕込みをするのはかなり面倒だろう。
パソコンなどを使って編集することが可能であればそれこそ比較的容易にできるかもしれないが、もしそれができたのであれば魔術と科学の融合品といえるだろう。
とはいえ魔術師でありそこまでのパソコン、というか映像編集技術を持っている人間がどれほどいるかという疑問はある。
さらに言えば魔術の儀式系統の発動方式を熟知していないとこれらも難しい。明らかに条件が限られてしまっているなと康太は眉をひそめながらその可能性を捨てていた。
「あとは君たちの言うところの術式をどれだけ把握できるかかな・・・どの光や音がどの魔術に関係しているのか・・・ちなみに大まかでいいんだけどどんな感じの効果があったんだい?」
康太と文は一瞬視線を合わせて小さくうなずくと今回自分たちが調査している呪いのビデオのことを話し出す。
呪いというにはすでに技術が確立されてしまっているために正確ではないかもしれないが、治久は康太たちからその話を聞いてなるほどねと小さくつぶやいていた。
「序盤中盤終盤でそれぞれ発動する術式が分かれてるってことは比較的わかりやすいかな・・・たぶんある程度の時間で区切って発動術式を区切ってるんだと思うよ。それを解析するってなるとちょっと時間がかかるかな・・・」
「やっぱりそうですか・・・単なる光だけじゃなくて組み合わせとかもあると思ってるんですけど」
「うん、こういうのは組み合わせが重要だからね。単純な光だけではないだろうね・・・たぶん認識できないレベルでの光の違いを出してるんだと思うよ。さすがに直接見ていないから何とも言えないけれど・・・」
どうやら今回のビデオを作り出した相手はかなり高い技量を持っているようだった。単純に術式を見る程度のことしかできないような魔術師では解析は難しいだろう。
本部が解決に躍起になるのもわかる気がした。この技術が確立すれば魔術協会としてはかなり魔術の研究という意味で躍進することだろう。
とはいえ危険な技術であることに変わりはない。そういう意味合いもあるのだろうが康太たちからすればこれ以上自分たちが調べることが難しくなったという事実が残るだけであった。
「技術とかは理解したけど・・・行き詰ったわね・・・これ解析って言ったらかなり面倒よ?少なくとも私たちじゃ無理ね」
「そうだな・・・別に人の思念が入ってるとかそういうタイプの呪いじゃないし・・・今回は依頼失敗か・・・」
もとより本部も康太がこういった技術的な内容を解決できるとも思っていないだろう。本部の狙いは行動を共にしていることが多いアリスであって康太ではないのだ。
もっとも、封印指定一歩手前ということもあって二つの封印指定にかかわった康太ならばあるいはという希望的観測があったのかもしれないが。
「力になれなくてすまないね・・・もっと技術的な指導ができればよかったんだけれど・・・この技術は基本難易度が高くて・・・」
「いいえ、今の自分たちには身に余る案件であるということが分かっただけでも十分に価値がある情報でした。ちなみにですけどこういう儀式的なのって戦闘中にもできるんですかね?」
康太の質問に治久は眉をひそめて唸り始めてしまう。
彼の常識の中では儀式系の発動は基本的に戦闘などとはかけ離れた状況で行われるべきものである。
邪魔するものがいなく、集中できる状態で成功するのがやっとな状態が儀式系の魔術発動形式だ。
そういった不安定な面もあってこの発動方式は廃れていったのである。だが現在、本人の集中力にかかわらず映像や音声を再生できる技術が確立されている状態であればそれも不可能ではないと言えなくもなかった。




