魔術を学ぶ理由
「神加、せっかくだから満一君と遊んでくるか?」
「・・・いいの?」
「あぁ・・・文、ウィル、神加を頼めるか?俺はここで話をしてるから」
「別にいいわよ?じっとしてるのも飽きちゃったし」
この場に満一がいては本人の話はしにくい。何より先ほどから康太は徹底的に怖がられているのだ。自分と同じ空間にいつまでもいるというのは彼の精神衛生上よろしくないだろう。
何より康太自身も彼がいると話しにくい。いつまでも怯えられた状態でいられるのは少々つらいのだ。
康太はギターケースに擬態させているウィルを文に持たせ、三人がその場からいなくなり別の場所に遊びに行くのを確認すると小さくため息をついた。
「いやはや・・・子供相手とはいえあそこまで怖がられるとは思ってませんでしたよ・・・すいません、お子さんを怖がらせてしまったようで」
「いえ、こちらこそ失礼をいたしました・・・息子があそこまで怯えるというのはあまりないのですが・・・」
芳江の言葉に康太は何となくだが文の先ほどの発言を思い出していた。
「もしかしたら息子さんは何かしら俺に感じていたのかもしれませんね・・・文に対しても神加に対しても平気なのに俺だけというのは・・・」
「はぁ・・・そうなのでしょうか・・・?」
「まぁ、普通の魔術師に比べれば得体のしれない存在なのは間違いないでしょう。文も言っていましたが息子さんはいい感性をお持ちです」
文の言葉を借りるわけではないが、満一は間違いなく康太の中に何かを感じ取ったのだ。
それが単純な危険性なのか、それともデビットに起因する何かなのかは不明だが、子供心なりに何かしらの確信を持っているのは間違いない。
その危険というのが康太自身に限りなく近いというのが複雑なところではあるが、今はそのことは置いておくことにした。
「で、話を戻しますけど・・・息子さんをうちみたいに指導するのはやめておいたほうがいいと思います。間違いなく怪我します」
「・・・あの・・・天野様はどのように訓練なさっているんでしょうか・・・?あの子も何か好きなことに混ぜる形で・・・?」
「・・・えー・・・あー・・・あんまりよそ様に話すようなことではないですが・・・先ほども言ったとおり神加は特別です・・・あの子には身寄りがいないので・・・」
身寄りがいない。それがどのような意味を持つのか芳江も、そしてその場で話を聞いていた双子も理解したのだろう。
聞いてはいけない話を聞いてしまったなと、この場に神加がいないことを感謝しているようだったが、芳江は自分があまりにも勝手だったことを恥じているようだった。
息子のためとはいえ同年代の幼い子供の家庭環境に首を突っ込もうとしてしまったのだから。
三人は神加が魔術的な何らかの事件に巻き込まれたか、あるいは事故によって両親を亡くし、紆余曲折を経て小百合のもとに引き取られ日常的に修業しているという風な光景を想像していた。
彼女があのような状態にあるのはそうするしか居場所を維持できないなどと考えているのかもしれない。
半分近く正解ではあるが、ほとんど間違いといってもいい。
小百合は神加が魔術師であれば育てるつもりだろうし、魔術師として一人前にするまではおそらく店にいることを許可もするだろう。
少なくとも神加はいやいや魔術を覚えているという様子はない。精霊たちのささやきのおかげか、それとも小百合の指導方法がいいのか順調に魔術を身に着けている。
精神面も徐々に改善されつつあり、今後小学校に上がる上での不安も少なく済むかもしれない。
なくなるわけではないが。
「まぁ・・・鍛えようがないわけではないですが・・・下手すると魔術そのものが嫌いになる可能性がありますからね」
「えっと・・・それはどのような・・・?」
「魔術を覚えないと死ぬくらいの追い詰められた状況にしてしまえばいいんですよ。この二人を見てわかるように、土御門の家って基本温室育ちって感じでしょ?もっと危険に身をさらさないと必死にはなれませんよ」
康太の言葉に双子は少しだけむっとしてしまう。自分たちの修業の光景を見てもいないのに温室と言われたのでは、いくら恩のある康太が言ったとしても不快に思うのは無理もないだろう。
「先輩、俺らだって日々きつい修業してるんですよ」
「そうです。温室っていうかサバンナって感じですよ」
双子の反論に康太は眉をひそめて双子の頭の上から足元までしっかりと観察していく。
「ふぅん・・・お前らいつから修業してる?」
「え・・・っと・・・五歳くらいの時からですかね・・・?」
「物心ついたときにはもう修業してました」
「そうか・・・俺は魔術師になってこの前一年が経過した。修業を始めたのも一年ちょっとだ・・・実力的にどっちのほうが上だろうな」
魔術師としての経験年数、そして修業の長さで言えば圧倒的に土御門の双子のほうが勝っている。
だが実際の実力ではどんなにひいき目で見ても康太のほうが上なのだ。魔術の実力がすべて戦闘能力に表れるわけではないが、それでも行動力も実績も康太のほうが圧倒的に上なのはひとえに小百合の訓練がスパルタだからである。
土御門の修業がサバンナだというのであれば、小百合の修業は全裸で砂漠のど真ん中に放置だ。
戦闘に特化した修業方法とは言え、その成果は確かなものだと言わざるを得ない。
「で・・・でも、必死さを身に着けるっていったって限度がありますよ・・・先輩だって毎日死にそうになってるわけじゃないでしょ?」
「・・・まぁな。別に本当に死ぬわけじゃないし・・・気絶するまで徹底的にボコボコにされるけど」
「・・・それって魔術の修業ですか?」
間違いなく魔術の訓練だよと断言する康太だが、土御門の双子がイメージする魔術の修業とはかなり趣が異なる。
双子がやっている修業は文が本来やっていたそれに近い。
魔術をいくつか自由に操れるようにし、それらを同時に操ったり応用したりしながら手数や手札を増やしていく。
血のにじむような努力によって成り立つ純粋な魔術の実力。文ならばその苦労を理解できるだろうが、本当の意味での戦闘になってくるとそれだけでは足りないのだ。
それはすでに文が去年の四月に証明してしまっている。
「前にも言ったけどな、魔術だけじゃなくて体も動かさなきゃ。結局体が資本なんだしな。魔術も同時に使えればなおの事いいだろ」
「そりゃそうですけど・・・満一君はそういう風にはなりませんよ・・・」
「幹綱さんの息子さんですから・・・たぶんすごく大事に育てられますよ」
「だろうな・・・お前らを見てればそうなるのは目に見えてるよ・・・実戦にも出さずに懐に収めてそうだ」
実戦経験がすべてとは言わないが、本気で戦うことのできる状況というのは良くも悪くも成長を促す。
それは康太が実際に戦ってきて感じたことだった。自分に足りないものや欲しいものなどが具体的に頭に思い浮かぶのだ。
土壇場で苦し紛れにやった行動が次の何かで役に立つことだってある。
だが土御門の指導方針に難癖をつけるつもりはない。別にそれが間違っているわけでもないのだ。
とはいえ、芳江が立派な魔術師になってほしいと思っている現状からすれば、土御門の方針はあまり褒められたものではないだろう。
「まぁなんにせよです・・・息子さんがどういう魔術師になりたいのかは本人次第。皆さんがどういう魔術師にしたいのかは知りませんが、結局なるようにしかなりませんよ。きっかけは必要かもしれませんけどね」
「・・・きっかけ・・・ですか・・・」
「えぇ、俺が師匠に会った時のように、神加が師匠に拾われた時のように、魔術に取り組むことになるきっかけがあれば、否応なしに努力するようになるでしょう」
それが本人にとって良いことなのかどうかはさておいて、魔術師として大成してほしいのであればやはり努力こそが最短の道だ。
そのきっかけについて今から外野が論じていても仕方がない。そういうきっかけは不意に訪れるものだ。
「そういう場合・・・やはりいろんなことを経験させたほうがいいんでしょうか・・・」
「でしょうね。家にいるだけではきっかけが見つからないとは言いませんが・・・やっぱり何かしら活動したほうがいいのでは?もっとも、こっちの場合ほかの家との兼ね合いとかもありそうなので難しいとも思いますけど」
協会の活動圏であれば自分以外の魔術師は仮想敵にもなり得るし、逆に味方にもなり得るが、この京都では少々事情が異なる。
四法都連盟を運営する主な四つの家。これらは基本的に常に仮想敵のようなものなのだ。
子供同士がどうかはさておいて、当主直系の息子がふらふらと歩いていたら格好の的になるのは言うまでもないだろう。
「いっそのこと、土御門の家から出るのも手では?どっかの魔術師のもとに弟子入りさせて活動させたらいい経験できるでしょう。あ、ちなみにうちはダメですよ?土御門の将来の当主の未来を潰すわけにはいきません」
小百合のもとに預けられると未来がつぶれるのかと双子は戦慄していたが、芳江は難しそうな顔をしていた。
「どこかの魔術師に・・・弟子・・・ですか・・・それも手ではありますが・・・あいにく土御門の家とその下部組織以外にそこまで魔術師の知り合いは・・・」
「・・・あとはそうですね・・・お前らはなんで修業してたんだ?」
「俺らですか?」
「そう、子供のころから修業してるんだろ?ならその理由は?なんかないのか?」
同じ土御門として、子供の時から修業しているものとして何かしら参考意見が出るかもわからない。
土御門の秘蔵っ子として育てられた二人だが、何かしら魔術に打ち込むきっかけがあったに違いないのだ。
「俺らはそうですね・・・他の家の同世代の子供に負けたくないって感じですか」
「私は褒められたいから頑張ったって気がします・・・褒められるとやっぱりうれしいし」
子供らしい理由が出てきたなと、康太は自分の魔術を覚える理由が殺伐としすぎていることに気付いて少し情けなくなっていた。
死にたくないからとにかく修業し続けたというのは何とも残念な理由だ。自分から求めたわけでもなければ、勧められたわけでもない。
いや、選ぶ権利はあったにはあったが半ば強制的だったような気がしなくもない。
そんなことを考えていると、遠くのほうから何かが走ってくる音がする。それが何なのか確認するよりも早く勢いよくふすまが開いて小さな影、満一が客間の中に駆け込んできた。
満一は母親である芳江を見つけるとすぐに抱き着いて小さく震えだす。
一体どうしたのだろうかと疑問符を浮かべていると気まずそうな表情をした文と、きょとんとした顔の神加がやってきていた。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




