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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
四話「未熟な二人と試練」

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事後処理

現実とはこんなものかと思いながら康太は再び問いを投げかける。


「じゃあ今お前の精霊はどんな感情を持ってるんだ?それくらいわかるんだろ?」


感情が伝わる、先程文はそう言っていた。それが本当なら今もその感情が伝わっていてもおかしくない。実際どれ程の感情を精霊がもっているのかは不明だが。


「・・・そうね・・・ものすごく怒ってるわ。属性は違えど仲間が殺されたって思ってる・・・すごく怒ってる」


「・・・もしかしてだけどお前にその感情が移ることって・・・」


「あるかもしれないわね・・・実際今結構ムカついてるもの。精霊の立場になって考えるってのも妙かもしれないけど、実際腹が立つわ。こんなことをまだやってる奴がいるんだから」


感情が伝わるというのは精霊の感情にも多少なりとも影響されることもあるだろう。今まさに文の状態がそれに近いかもしれない。


精霊の抱いている感情に影響される。あまり良い状況とは言い難いが、もしかしたらその怒りは文自身が抱いているものかもしれなかった。


「あんまり頭に血が昇らないようにしろよ?お前が冷静じゃないとこっちが困るぞ」


「わかってるわよ、誰にものいってるわけ?ある程度は制御するわよ」


ある程度は、つまりある一定を超すと制御できなくなるという事でもある。


それが今回でないことを祈るが、少なくとも現段階ではそこまで感情的にはなっていないようだった。そこだけは救いである。


「ところでさっきほとんど自我がないって言ってたけどさ、実際に自我がある奴ってどれくらいいるんだ?中にはいるんだろ?」


「そりゃあいるけど・・・そうなると精霊としてはだいぶ上位のばっかりよ?それこそ聞いたことあるようなのばっかり。中には妖精扱いされるようなのもいるけど」


どうやら精霊としての格が上であればあるほど自我が強く存在しているようだ。実際に大人顔負けの自我を持ち活動している精霊も中にはいるかもしれない。


「そう言うのにあったことってあるか?または仲間にしてる人がいたりなんかは・・・?」


「あのね・・・さっきも言ったけど人間が協力を要請できる精霊は自我の希薄なやつばっかりなの、そんな上位の精霊を連れるなんて無理の一言よ。自分に制御できない力を持つこと自体が無理なんだから」


魔術師において絶対的な言葉がある。それは一般的にも普及している言葉だ。


分相応


自らの実力を知り、それを超えるような力を有してはいけない。過ぎた力は身を亡ぼすという事でもある。


それは一般社会においても魔術師たちにおいても同じことだった。どのような状況においても自分の力量を超える力を持てば自分自身を危険にさらすだけなのだ。


人間のような矮小な存在が強力な力を持つ上位精霊を身に宿せばどうなるか、康太は想像もできなかった。


「でもさ、個人的に仲良くなれば協力してくれることも・・・」


「まぁそうね、あるかもしれないわね。でも基本的にそう言う精霊は力そのものが強すぎるわ。例えばそうね・・・水風船を作ろうとして消防で使うホースで水を入れようとしてるものかしら」


普段の魔力を生成する過程を水風船を作ることに置き換えると、その危険さがよくわかる。


風船によって水を入れられる限界や水を入れる速度が異なる中で、強すぎる器官を用いて水を入れようとすれば当然風船は破裂する。


しかも跡形もなくなるレベルで爆散するだろう。それが人間に起こるとなるとそれは洒落や冗談では決して済まされないレベルの大惨事になってしまう。


康太はマナや魔力を入れ過ぎた人間というのを見たことがないが、今まで何度か入れ過ぎて吐きそうになったのは覚えがある。康太のような弱小供給口でさえそのような反動があるのだ。もし強力な供給口を持っている人間がもし入れ過ぎなどという状況を起こしたらどのような結果が待っているか想像したくない。


「んん・・・なんだか思ってたよりも世知辛い話だな・・・スケールでかすぎて細かい作業ができないとかそんな感じか」


「まぁ大体合ってるわね。私はそういう有名な精霊にはあったことがないけど・・・確かどっかの湖に有名な精霊がいるって一時期騒がしかったわね・・・どこだったかしら」


康太の知らない魔術師的な事情があるのだろう、少なくともその話には少しだけ興味があった。


今まで精霊を見ていないという事もあって精霊というものを見たいという好奇心が康太の中で募りつつある。小百合の元に戻ったら精霊を見せてもらうように懇願してみようと思いながら康太は思案を始める。


「湖ってことはウンディーネとかそんな感じか?」


「そこまで行ったらもっと大きな騒ぎになってるわよ、四大精霊じゃない・・・もっと位は低いけどそれなりに名の通った精霊よ・・・なんだったかしら・・・」


どうやら魔術師の知る精霊にもかなりの数があるらしい。康太は先程文が言った四大精霊くらいしか知らないが、もしかしたらもっと別のいろんな精霊がいるのだろうか。


これはこれから先の楽しみが増えたなと康太は将来やってみたいことに一つ書き加えることにした。


精霊に会う。それが叶うのがいつの日になるかはさておき、康太の一つの目標になった。


「精霊か・・・早く見たいもんだ」


「そうね、そしたら私の子たちも見せてあげるわ。それなりに可愛いわよ?」


「子たちって・・・複数いたのか」


「そりゃ複数の属性使えるしね。大抵はそうするわ、扱いが難しくなるけどね」


やはり複数の属性の精霊を一緒に引き連れるのにもそれ相応のデメリットがあるのだろうと理解しながら康太はうんうんとうなずいていた。どこまでわかってるんだかと文はため息を吐きながら視線を康太から別の方向へと移す。


「それで、これからどうする?」


「まずはこれを解体するわ。ちょっと時間がかかるけど、その間護衛お願いね。暇なら師匠たちに報告してもいいかも」


方陣術というのは当然人が作り出したものであるために、同様に人が解体することが可能になっている。


だがそれをするのは容易ではない。それを作り出した張本人ならば比較的簡単にこなせるだろうが、術の構造などを正確に把握していない赤の他人が解体するとなると技術もさることながら膨大な知識が必要となる。


正しい手順で解体作業を行わないと術が暴発する可能性もあるために取り扱いは非常にデリケートだ。もちろんその間に外部からの干渉があれば失敗する可能性が高くなる。


文は康太に自分の護衛を任せ方陣術の解体を急いだ。


方陣術が他の魔術や精霊術と異なるのは事前に準備が可能な点と、術を発動した後も残り続けるという点だ。


無論紙などに記した術式であればやり方によっては自動で消滅させることもできる。だがこのように地面に直接描かれたものだと解体する以外の方法で消滅させるのは非常に難易度が高くなってくる。


方陣術には核とでもいうべき術式を発動するために必要不可欠な部分が存在している。


その核を中心に追加効果や条件をつけたすことでより複雑な術式へと変化していくのだ。物理的に破壊する場合、その核を破壊しない限りはその術式は生きていることになる。その為破壊されたくない術式は無駄な式を記してどれが核なのかをわかりにくくするのも技術の一つなのである。


文が集中しながら方陣術を解体する中、康太は携帯を取り出して電話をかけていた。


相手は師匠である小百合だ。今起こったことを可能な限り正確に報告しなければならない。起きているかどうかだけが不安だったが数秒間コール音が響く中電話の向こうから小百合の声が聞こえてくる。


『私だ、どうかしたか?』


「お疲れ様です、ブライトビーです。問題が発生したので一応お伝えしようかと」


問題が発生したという言葉を半ば予想していたのか小百合は驚きもせずにそうかと呟いた後で小さく息を吐く。


『それで、具体的には何が起こった?』


「俺も詳しいことは把握していないんですが、方陣術でマナを集めようとした魔術師がいました。ベル曰く方陣術と精霊術の合わせ技という事でしたが・・・」


康太の言葉に電話の向こうにいる小百合が小さく舌打ちするのが聞こえた。恐らく小百合も今こちらがどのような状況なのかおおよそながら理解したのだろう。


厄介な状況になっている。だが康太が今こうして電話を掛けることができているという事から最悪の事態には陥っていないという事を悟ったのか、少しだけ安堵しながら受話器越しに安堵の息を吐いていた。


『そうか、ライリーベルはなんと?』


「俺がそのことを伝えたらすぐに止めるように指示してきました。今はその方陣術の解体を行ってます」


『それは何よりだ。さすがはあいつの弟子と褒めておくべきか。それを起こした魔術師は捕えたか?』


「いえ・・・それが・・・その・・・」


康太が言いよどむという事からとらえることができなかったという事を察したのだろう、小百合は大きくため息を吐きながら呆れ果てているようだった。


『さすがは私の弟子だと叱るべきか?なにがなんでも捕えるべき状況だった・・・』


「すいません・・・少し詰めを誤りました・・・その・・・殺しちゃまずいと思って・・・」


殺しちゃまずい。いかにも普通の人間のような言葉に小百合は唸るような声をあげた後で再度ため息をつく。


『どうやら叱られるべきはそう言う事をしっかりと教えていなかった私の方だな・・・まったく・・・反省は後だ、その魔術師はどうした?』


「負傷させましたがそのまま逃げました。どこに行ったかはわかりません。氷を使う魔術師でした」


『氷か・・・それだけで特定はできないだろうな・・・とりあえずその近くにある協会の魔術師に応援に行けるように言ってみよう。無駄だろうがな・・・』


この場所はマナが非常に薄い。普通の魔術師であればこの場所に来ることはなるべく避けるのだ。


そんな中に好んでやってくる魔術師がいるとも思えない。そうなってくると康太たちがそれを対処しなければならないだろう。


最初からそのつもりでいたとはいえ、二人だけで対処するというのはなかなかに骨が折れる。


「師匠、このマナを集めるって前にも話してくれましたよね?そんなにやばいんですか?」


『やばい・・・というと言い方が妙かもしれんが・・・まぁそうだな。基本的に魔術師の中では禁止されている。少なくともそれを起こした魔術師はかなり重い罰が与えられるだろうな』


自分が思っている以上に大ごとになっているのかもしれないなと康太は内心ため息をつく。やはりというか当然というか、自分がこういう場所にやってきて何も起きないはずはなかったのだ。


しかもそれがなかなかに大ごととなるとこちらとしても対応に困ってしまう。だが大事であればあるほど事前情報があるという事でもある。そう言う意味ではある意味有難い状況だと言えるだろう。


もっとも、何も起こらない方がはるかにありがたかったのは言うまでもないことではあるが。


『お前は引き続きライリーベルの指示に従え。次はしくじるなよ?』


「了解です、次は確実に仕留めます」


康太の声を聞いて安心したのか、小百合は小さく笑うと携帯の通話を切る。

仕留める


その言葉に安心したのかそれを言った声音を聞いて安心したのかはわからない。だがほんの少し声が柔らかくなっていたような気がした。


それが果たして良いことなのかどうかはさておいて、康太の魔術師としての成長を心待ちにしているという事は理解できた。


自分の未熟さゆえに引き起こしてしまった状況だ。自分の不始末は自分でつける。それくらいの分別は康太にだってある。


「クラリスに報告したの?」


「あぁ・・・そっちはどうだ?」


「もう少しかかるわ。さすがに面倒な術式してる・・・」


起こそうとしていたことが事なだけに、それなり以上に複雑な術式になっているようだった。文の技術を用いても解体にはずいぶん時間がかかるようだ。少なくともまだ相当な時間がかかると予想される。


康太はとりあえず槍を手にしながら周囲の警戒をすることにした。


今回の相手である氷の魔術師が襲ってこないとも限らないのだ。どのような理由があるにせよ実験を邪魔した結果になった以上、相手も自分たちを標的に設定したとみて間違いないだろう。


これからどのような動きをするかは不明だが、少なくとも危険度が上昇したのは間違いない。


これなら下手に手を出すべきではなかったかもしれないなと思ったが、もし手を出さずにこの方陣術の効果が継続されていたらどうなっていただろうか。


正直想像もしたくないが、少なくともすでにやってしまったのだ。この教訓を次に生かすしかない。


「ベル、明日からはどうする?たぶんまたあいつと戦うことになるだろ?」


「そうね・・・相手がまだあきらめてないのかどうかはわからないけど少なくとも放置はしておけないわ。見つけたら捕まえる」


また同じ方陣術を作るとしたらマナの動きでその場所をある程度ではあるものの把握できる。もし自分たちを標的にするのであれば今日のように康太が単独で動きながら文は生徒たちの安全を確保してから行動すればいい。


どちらにせよあの魔術師が康太たちの敵になったことは間違いないのだ。相手の手の内をいくつか見て、こちらの手の内も晒す結果になったが幸いにして文の存在は相手には露呈してないはず。


ほんの少しではあるがこちらの方が有利だと思いたい。そうでなかった場合更に面倒なことになってしまう。


「クラリスはなんて言ってた?誰かしら差し向けるとか・・・」


「いや、協会に申請するとは言ってたけどたぶん期待しない方がいい。場所が場所だからな」


「・・・まぁそうでしょうね・・・協会にいる魔術師はこういうところには来たくないでしょうし・・・ジョアが来てくれるのを期待したんだけどなぁ・・・」


「姉さんは大学で忙しいから無理だって。そこは諦めろ」


マナの薄い場所には普通の魔術師は来たがらない。そうでなくともただの平日にこういう場所にやってこれるような人間は稀だ。


康太の兄弟子である真理だって一応は大学生なのだ。大学の授業を放り出すことなど彼女の性格上できるとも思えない。


何より自分たちがやるべきだと言っている事なのに真理の力を頼るというのは正直良い気はしなかった。迷惑を掛けたくないというのもそうだが何よりも自分たちでやるべきだと思ったのだ。


少なくともあの魔術師に関しては自分が始末をつけなければいけない。康太はそう決心していた。


「しょうがないわね・・・ビー、明日は私も手を貸すわ。場所によっては連携することも視野に入れておいて」


「連携か・・・俺って今まで他の魔術師と組んで行動したことないんだけど・・・」


「そのあたりは私があんたに合わせるわ、あんたはいつも通りにしていなさい」


魔術師として必要な経験のほとんどが欠落している。普通の連携を行おうとしたところで一朝一夕でできるようなものではない。


だからこそ文が康太に合わせることはごく自然な事だろう。大抵どんなものでもレベルの低い方に合わせなければいけないというのが世の常だ。


同時にレベルの低い方はレベルの高い方に引きあげられるようにしてその技術を上達させていく。無論今回もそれが起こる保証はないが。


「でもみんなの防御はいいのか?それなりに魔力も必要だろ?」


「そうね・・・だからあんたが様子見してその場所を確認してから私は行動する。たぶん交戦が始まってもすぐには助けに入れないと思って。それなりに遠くじゃないと私は動かないからそのつもりで」


「オーライ、ヒーローは遅れてやってくるってやつだな」


「女なのにヒーローってのも妙な話ね・・・そこはヒロインじゃないの?」


「自分で自分のことをヒロイン呼ばわりか・・・さすが美少女」


言葉のあやでしょと文は僅かに顔を赤くしながら方陣術の解体に集中し始めた。自分で言っていて恥ずかしくなったのだろう、僅かに拗ねるような表情をしていたのが印象的である。


文が方陣術を解体するまでに結局一時間以上かかってしまった。寒さは薄れたとはいえまだ四月、夜の寒さは康太たちの体をしっかりと蝕んでいた。


日曜日で二回分、評価者人数が85人突破したので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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