その陣の効果
「・・・あんたどうしたの?」
「・・・今絶賛反省中だ、気にしないでくれ」
十数分経過した頃、文がやってきた第一声がこれだった。巨大な氷はすでに消滅し、その場には体育座りをした状態で落ち込んでいる康太と地面を転がっている槍だけが残されていた。
その状況を見て文が眉をひそめたのはある意味仕方のないことだろう。少なくとも外見的には負傷のない康太が落ち込んでいるのは彼自身の行動に何か不手際があったからというのはわかるのだが、何故落ち込んでいるのかが分からないのである。
「とりあえず状況確認よ。怪我はないわね?」
「大きなものはない。ところどころ打撃を受けたから痛いけどそこまででもない・・・問題はそっちだろ」
康太が視線を向けた先には光を失った方陣術だけが残されていた。魔力の供給が受けられなくなったことでその機能はすでに停止している。周囲に漂っていた冷気も無くなっているところを見ると、あの異常な冷気を引き起こしていたのはこの方陣術だったということになる。
下手に触るわけにもいかず、康太はその場でじっと文が来るのを待っていたのである。
文は康太の無事を確認すると地面に刻まれた方陣術に手を当ててその術式をその目で確認していた。
康太は方陣術を見たところでただの幾何学的な模様にしか見えないが、文には全く別物に見えているだろう。
魔術師としての感覚を有している彼女なら方陣術からそこに込められた術式を読み取ることができる。もちろんすべての術式を読みとれるというわけではないが、幸いにも今この場にある術式を読むことはできているようだった。
「やっぱりね・・・止めようとして正解だったわ。これ禁術の一種よ」
「禁術?」
如何にも中二的な表現だなと康太は訝しみながらも落ち込むのをやめて方陣術をのぞき込む。少なくとも康太が見てもそこまで危険な術式であるとは思えなかった。マナを集めることができるならその方がいいだろうし、何よりそうすればこのようなマナが薄い地方などにも魔術師の行動圏を広めることができるようになるだろう。
だがそれを禁じているという事はそこまで都合の良い効果は得られず、むしろ得られるものよりもそれによって失われるものが大きすぎるからであると康太は予測していた。
そしてそんな中小百合の言っていた言葉を思い出す。碌な結果にならなかったというあの言葉を。
「そうよ、前に似たような事例があってね。属性違いだけどその時の現象と似てるわ。少なくとも放置しておけば相当危険になるわね」
「・・・ちなみにどのくらい?」
「私も書物で読んだだけだから実際見たわけじゃないけど・・・そうね・・・天変地異が一回起きるくらいかしら。あの時は大きな地割れが起きたらしいけど・・・」
大きな地割れ。康太がイメージしているそれと文の中にあるそれは全く異なるものだった。
康太のそれは本当に一部の、数メートル範囲で起きるものだ。だが文がイメージしているのは道や山にまで及ぶ巨大なものである。
道路を分断し、山のトンネルなども割るほどの巨大な地割れ。彼女が師匠であるエアリスから教えられた碌でもない結果とはそう言うものだった。
「これってどういう術式なんだ?大まかでいいから教えてくれよ。何がどう危険なのかとか」
「そうね・・・言っちゃえばこの術は精霊術と方陣術の併用なのよ。術式の中に精霊を組み込んで行う術式と言えばいいかしら。」
精霊術は人間に欠けている三つの素質を肩代わりしてもらう事で発動する術。そして方陣術は術式を体外の物質に組み込むことで発動する術だ。
その二つを併用する、方陣術のように術式を体外に組み込み、その中に精霊さえも組み込みこむという事だろう。
正直全くイメージできなかったが、電化製品の中に無理矢理別の機械の部品を接続しているようなものだと康太は解釈していた。
「じゃあこの陣の中には精霊がいるのか?」
「いたって言う方が正確でしょうね・・・もうこの場にはいないわ・・・というか消滅してる・・・いえ死んでるっていったほうがいいかも・・・」
文は仮面の奥の瞳にわずかに同情を含みながら小さくため息を吐いた。そして方陣術に触れながらその術の内容を細かに解析しようとしていた。
「この術は精霊を組み込んで、周囲のマナを集めるっていう術なんだけど、その時に精霊の性質を利用してるのよ」
「精霊の性質?」
「そう、彼らは基本的にマナを好む。濃い薄いはさておきそれぞれ自分の属性にあったマナを好む。だからそのマナを集めようとするの。それによって自然は良くも悪くも構築されていくの」
マナとは自然のエネルギーのようなものだ。そして精霊はそれらを好み、それぞれ集めようとする。それぞれがマナを集め、その偏りができることで自然現象などは発生することがある。
文に言わせると全ての現象が精霊によって引き起こされているわけではないが、唐突な異常現象や、突発的な天候の変化などは精霊の作用によって引き起こされることが多いのだとか。
それほどまでに精霊は多く存在し周囲に強い影響を及ぼすという事でもある。未だ精霊という存在を見たことがない康太にとってはそれらは眉唾な話だった。
「で、その精霊の性質を利用してマナを集めようとしたってことか。利用っていうか本人がマナを集めたがってるなら協力って言ったほうがいいんじゃないのか?」
精霊に対して本人という言葉を使うのが正しいかはさておき、それぞれがマナを好み集めようとしているのであれば別にそれを術で操ることもないのではないかと思える。
実際精霊術では精霊がマナを集めるという事だってあるはずだ。それをわざわざ方陣術に組み込んでまで発動するというのは本当に意味があるのだろうかと疑問に思えてならなかった。
「協力って言えるほどいい関係じゃないわねこの場合。この術式はいわば精霊のマナを集める能力を『暴走』させてるようなものだもの」
暴走
その言葉にはあまりいい印象はない。某人造人間の作品でも暴走と言われれば勝利確定のような感じがあるが、実際には何が起こるかわからないというリスクを孕んでいるのだ。
自らの命を懸けるのならまだしも精霊を組み込んで暴走を人為的に引き起こすというのは正直良い気はしなかった。
「暴走させるとどうなるんだ?今回みたいな異常気象発生か?」
「それもあるけどね・・・まぁそっちはおまけみたいなものよ。問題は組み込まれた精霊の方にあるわ」
異常気象などの自然災害よりも精霊の方が問題というのはどういう事だろうかと康太は訝しみながら文が触れている方陣術の方をのぞき込む。
一体何が起きているのか、文が何を考えているのか康太には理解できない。だが文が何かしらの怒りを覚えているという事は理解できた。
文は今これを起こした魔術師に対して怒っているのだ。
「やっぱ暴走させられるとその・・・精霊にも負担がかかるのか?」
「負担程度ならいいんだけどね・・・基本的に人間にマナや魔力のキャパシティがあるように精霊にもあるのよ。溜めこんでおける限界みたいなのが」
溜めこんでおける限界、その言葉を聞いて康太はその先になにがあるのかを理解してしまった。
それがどういう効果を及ぼすのか、そして方陣術に組み込まれた精霊がどのような末路を遂げるのか、そしてなぜ文が怒っているのか。
「じゃあここにいた精霊は・・・」
「手遅れだったでしょうね・・・存在が確認できない・・・うまく逃げられたとしても・・・どれくらいの時間暴走させられてたか分からないけど・・・たぶん・・・」
手遅れだっただろう、もう一度その言葉を言う事が憚られたのか文は僅かに歯噛みしてしまう。
康太は精霊というものにあったことがない。というか見たことすらない。
師匠である小百合がいつか見せてくれると言っていたのだが一向に見せてくれる気配はない。精霊術が使えるという真理の近くにいても精霊の気配や姿を感じることは全くできないのだ。
これは恐らく魔術師的な感覚が開花しないと使えないのだろうなと自己完結していたのだが、まさか今回精霊が関わってくるとは思っていなかっただけにその姿を見ていないというのは少しだけ困っていた。
なにせ文と同じ考えをすることができないのだ。
どうしても本当に精霊などいるのかという考えが頭に浮かんでしまう。そのせいで文と同じような感情を抱くことができずにいる。それが非常にもどかしかった。
「でもなんで禁止されてるんだ?精霊をひどい目に遭わせるからか?」
先程までの文の説明を聞いても、康太は何故この魔術を禁止しているのかが理解できなかった。
もしマナの濃薄を操れるようになればかなり有益になるような気がしたのだ。それなりの犠牲を払っても問題ないように思えてしまう。
「まぁ精霊が危険になるっていうのもそうだけどね・・・大規模な自然現象を起こしちゃうのが問題なの。異常気象とかならまだしも地割れとかだと原因究明とかされるでしょ?その関係で魔術の存在を露見しないようにしてるのよ」
地震などを例に挙げるとわかりやすいだろう。基本的に現代の技術は進歩しており自然現象であってもその原因を解明できる。
大きな異常気象や自然災害などが発生した場合、必ずと言っていいほどに人間はその原因究明にあたる。その過程で魔術の存在が露見しないようにするために禁止しているという事だ。
「ふぅん・・・でも原因がわからないからこれは魔術のせいだとかそんな風になるかな?」
「私もなるとは思わないけどね・・・危険の芽はつんでおこうって話よ。万が一にも超常的な存在に意識を向ける人間がいないようにね」
文も科学者が原因を究明できなかったからと言って魔術の存在に気が付くとは思っていないようだった。当然と言えば当然かもしれない。科学者は基本的に物理学などを前提とした現象を解析し理論的に物事を考える人間だ。
たとえ鉛筆が転がるという有体な動作であってもそこに科学的な解釈と根拠を求めるだろう。不明な点があったなら自分たちが解明できていない何かがあると考えるのが自然とはいえ、その先に魔術などという非科学的なものがあるという風に考えるはずがない。
だが相応にして物事には例外がつきものだ。もしかしたらそう言うものに気付くものもいるかもしれない。そう言う意味を含めて魔術協会はこの術式を禁止しているのだろう。
万が一にも魔術の存在が知られることがないように。
「なぁ、文は精霊にあったことがあるのか?」
「あったことがあるっていうか・・・私も一応精霊術を使えるわよ?たまにだけど補助を頼んでるの」
精霊術が使えるというのはもしかしたら普通の魔術師の中では当たり前の事なのだろうかと康太は眉をひそめる。
精霊術を使えるという事は文も精霊を連れているという事だろう。なのに康太が知覚できないというのはつまり先ほど考えた通り、魔術師的な感覚が備わらないとその存在を知覚できないという事だ。
「・・・あぁそうか・・・あんたはまだ見えないのね?」
「あぁ・・・可能なら見てみたかったんだけどな」
康太が不思議そうに眺めているのを察したのか、文は小さくため息を吐きながら自分の手を眺めるように視線を落としていた。
その先に精霊がいるのか、それともまた別の意味があるのか、康太にはわからなかったが文には自分が見えないものが見えているのは間違いない。
「安心しなさい、あんたもいずれ見えるようになるわ。たぶんだけど今年中・・・早ければ二学期までには見えるようになるわよ」
「そうだといいんだけどな・・・ちなみにお前の精霊はなんて言ってるんだ?今回のことに関して」
康太の言葉に文ははぁ?と疑問符を飛ばしながら康太の方を向きながら目を丸くしていた。
何故そんなことを聞くのかというよりは何を言ってるんだこいつはという感じの表情と声音だった。
何か見当違いなことを言っただろうかと思っている中、文はあぁそうかと頭を掻きながらそう言えばあんたはそうだったわねと呟いてから文は指を一つ立てる。
「いい?人間が協力を要請できる・・・つまりは契約できる精霊なんてのは基本的に自我なんてほとんどないようなものばかりよ。あったとしても子供並ね。だから意見を求めるなんてことはしないの」
「そうなのか?なんかもっと相棒的な感じなのかと・・・」
「それならどれだけよかったことか・・・でもそうね、一応感情みたいなものはあるわ。それが時々伝わってくるもの」
どうやら康太が思っているような協力関係ではないらしい。少なくとも頭の中で会話したり自分にできないことを互いに補ってもらったりするような関係ではないようだった。
精霊というものに少々憧れがあった康太にとってこれは少しだけ残念な内容だったのは言うまでもない。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです