呪いのビデオ
「それで・・・このめっちゃ厳重な箱の中身は?薬物とかの類ですか?」
康太の視線の先にあるのは先ほど支部長が取り出したアタッシュケースだ。その中身が何なのか索敵で調べてみてもよかったが、康太はひとまず支部長に説明されるのを待っていた。
もし索敵に自動発動して反撃するような術式が組まれていた場合かなり危険だと判断したのだ。そんな術式があるのかどうかはさておいて。
「うーん・・・薬物の類だったらよかったんだけどね・・・この中には所謂呪われた物品が入っている。その呪いを解析、解除してほしいというのが本部からの依頼なんだよ」
呪われた物品。そう聞かされて康太は真っ先に呪いの装備を思い浮かべる。ゲームなどの中に存在する呪いのかけられた装備。
装備するとそれを外すことができなくなる、あるいは何らかのマイナス補正がかかるというデメリットを抱え、同時に高い性能を備えた武器や防具。
康太が思い浮かべることができるのはそういうものだった。
「ちなみに、その物品っていうのは・・・?武器ですか?防具ですか?」
「いやいや、そういうものじゃないよ。実際に見てもらったほうが早いかな?」
そういって支部長がアタッシュケースに施されている拘束具の鍵を一つ一つ外していく。
鍵が収められているのもまた厳格な箱だ。ここまで厳重にするだけの価値がここにあるのかと少し不思議だったが、康太はひとまず何も言わずにそれを眺めていた。
アタッシュケースの中には衝撃などから守るためのプチプチや発泡スチロールなどの緩衝材、そしてさらにもう一つ箱が入っていた。
まるでマトリョーシカだなとあきれながらも、その箱が明らかに魔術的な閉鎖がかけられていることに気付く。
康太は術式解析を起動するとその箱を注視する。術式そのものを見ているわけではないために正確な情報を読み取ることはできなかったが、どうやら物体をその状態で固定するタイプの魔術であることは理解できた。
「物理的、それに加えて魔術的な保管ってことですか」
「うん、これだけやってるってことがどれだけ重要なことか、君たちも理解できたと思う。これの詳しい説明をするためにもちゃんと見てほしい」
支部長がアタッシュケースの中に入っていた箱にかけられていた魔術を解除し、ゆっくりとその箱を開くと、その中にはビデオテープが入っていた。
今となってはほとんど見ることのなくなったVHSという奴である。
「・・・これって・・・?カセット?いやテープ?」
「ちょっとだけ見たことがあるわね・・・映像記録用の・・・なんだったかしら・・・?」
「ビデオテープだよ。最近はもうDVDとかブルーレイになってほとんど見ることはなくなったけどね。ちょっと前の映像媒介だと思ってくれればいい」
康太たちは覚えていないが、本当に幼いころ、彼らがまだ自我に目覚めるよりも少し前にはまだこのビデオが主流だったのだ。
もっとも、康太たちがある程度育ってからはすでにテープからDVDやHDなどの映像録画方式に代わっていたために、康太たちはほとんどこれらを見たことがないのだ。
最近の子供たちはビデオテープも知らないのだなと支部長はちょっとだけショックを受けながらも話を先に進めることにしていた。
「所謂呪いのビデオってやつさ。映画なんかであるようなものじゃなくて、これは本当の意味で呪われてる」
「あー!呪いのビデオ!思い出した、貞子さんとかが出てくる奴だ!」
「あ!それそれ!昔見たことあるわ。あれ怖かったのよね・・・って支部長、ひょっとしてこれがそのオリジナルですか?」
「いやいや、貞子さんは出てこないよ。もし出てくるなら逆に見てみたいくらいさ・・・ってそういうことじゃなくて・・・んーと・・・君たちは呪いに対してどれくらいの知識があるかな?」
支部長の問いに対して康太と文は顔を見合わせてしまう。
呪い。
康太と文もその言葉くらいは知っている。魔術のルーツの中にも呪いという単語はたびたび出てくる。
だが康太は少なくとも呪いと聞いて真っ先に思い浮かぶのは武器の類のマイナス効果くらいのものである。
「えっと・・・物品とか人とかにかけるもので、人に害を与えるもの・・・って感じですか?装備が外れなくなるとか金縛りにあうとかダメージ受けるとか」
「うん、ひどくゲーム的な発想だけど・・・まぁ当たらずも遠からずってところか・・・ライリーベルはどうだい?」
「確か、魔術のルーツの中には呪いをメインにしたものもあったように思います。どこだったのかは・・・さすがに覚えていませんけど・・・」
魔術のルーツはいくつか存在している。康太たちは無意識のうちにそれらの発展形の魔術を使っているといっていい。
「あぁ・・・そういえば前に姉さんに似たようなことを聞いたような・・・」
現象などを操るタイプのオーソドックスな『いかにも魔法』といえるようなものがイギリスなどをはじめとしたヨーロッパ系魔術。
悪い未来などから逃れるために未来を知り、その対策を練る、あるいはそこへ向かおうとする世界そのものへと影響を与える。暗示なども含めた誘導などを得意とする陰陽道などがよく知られるアジア系魔術。
他にも呪術系の術式を多く擁した系統も存在する。だがそれらの術式を使わない康太たちからすればそういった知識はかなり欠如してしまっている。
現代において『呪い』という術式部門はかなり廃れてしまっているような印象を文は受けていた。
少なくとも周囲で呪いの術式を扱えるものはいないのだ。
「確か、いかにも魔法っていうのがヨーロッパ系で、暗示とか未来予知とかがアジア系、アメリカ系は呪いとかに加えてヨーロッパ系の系統も加えて対人特化になってるとか・・・あとどこだっけかな・・・?アフリカ系だっけ?」
かつて真理に説明されたことを思い出しながら康太はそれらを口にするが、おそらく大体あっているのか支部長もそのあたりを否定するつもりはないようだった。
「うん・・・じゃあまず魔術的な意味での呪いというのがどういうものかを教えよう。術式における呪いっていうのは肉体、あるいは精神に何らかの影響を与える術式なんだよ。つまり突き詰めてしまえば肉体強化なども呪いの部類に入る」
支部長の説明を受けて、肉体強化も呪いの部類に入るという事実に康太と文は若干驚いてしまっていた。
自分たちも知らず知らずのうちに呪いの術式を扱っていたということになる。
「え・・・ってことは肉体強化とかもルーツが違うってことですか?」
「そういうことになるね。もっとも肉体強化に関していえば初期段階で結構いろんな地方で研究されてたからどこがルーツなのかとは明確に言えないけど」
「・・・でもなんかちょっと不思議ですね・・・呪いっていうとマイナスイメージが強いんですけど・・・」
「もともと日本語においての呪いという言葉は祝詞と語源的には同じだよ。もっとも祈祷とかとは違って呪いはマイナス面の意味でつかわれることが多いけどね。肉体強化だって、使い方によってはマイナスの効果を及ぼすことがあるだろう?」
そういわれて康太は確かにその通りだと今更ながら自分がよく使う肉体強化のことを思い出していた。
康太が使っている無属性の肉体強化。これは肉体の能力をバランスよく引き上げることができれば安定して使用することができるが、バランスを崩した状態で使用すると強い不快感などを覚えることがある。
それこそひどいときは立っていることもできなくなるほどだ。あの状態を他者から与えられることを考えると、確かにあれは呪いの一種と言えなくもないかもしれないと納得してしまっていた。
「精神系の魔術に対しても、例えばそうだね・・・相手から情報を引き出す、相手に情報を与えるという意味では有用だけれど、相手の心をかき乱す、狂気を与えるなどの意味では呪いになり得る」
「なるほど・・・プラス面とマイナス面を強く含んだのが呪いの性質になるってわけですか・・・じゃあこのビデオの中身も?」
康太が目の前にあるビデオテープを見て眉を顰めると、支部長も小さくうなずく。そしてビデオテープを手に取ってよくよく観察して見せる。
「さっきブライトビーが言った区分で言えば、これはアフリカ系の術式が加えられていると思うんだ。といってもアレンジがされているせいでもう原型なんてとどめていないけどね」
「アフリカ系って・・・なんだったの?結局さっき言ってなかったけど」
「そこなんだよ・・・姉さんアフリカ系だけ言ってなかった気がするんだよな・・・聞きそびれたかな・・・?」
真理に魔術のルーツの話をされたのはいつだったか。もうかなり前の話であるために康太自身思い出せないがアフリカ系のルーツだけ聞きそびれてしまったような気がしてならなかった。
「アフリカ系の魔術は、呪術に加え現象系も扱っていた少々特殊な部類なんだよ。といっても、ヨーロッパ系やアメリカ系と違って特殊な部類に入るけどね」
現象と呪いを加えた術式体形というと、いいとこどりのように思えるが実際はそうでもないらしい。
おそらくは何か付加効果、あるいは条件などがあるのだろう。
「アフリカ系の魔術は音や映像、行動などに魔術の効果を付与するタイプの魔術が多くてね。かつては儀式や行動、踊りや歌に乗せてそれらを操ったといわれているよ」
「・・・付与・・・エンチャント・・・とは少し違うんですかね?」
「近いけど・・・正確ではないね・・・何と言ったらいいか・・・音そのものに術式を込めるといえばいいのか・・・いや映像や音などで術式を構成するといえばいいのか・・・」
「・・・なんかすごいハイレベルですね・・・」
「そう、手間がかかるけど、これの利点としては複数人で同じ術式、あるいは増幅させるような術式を行うと効果が倍増することでね、使い手によっては天候を操るくらい容易だったらしくて・・・って話がそれたね」
春奈や倉敷、そして何人もの魔術師が集まった状態で一時的に周囲の天候を雨にしたことはあった。
倉敷も単体ではあっても局所的な天候を雨にするくらいならできるが、あれは天気を操っているというよりも上空まで水を持って行って落としているといったほうが正確だ。
実際に天候を操っているわけではない。
手間がかかる分、多大な効果を及ぼすことができる可能性を含んでいるのがこの術式の恐ろしいところであるらしい。
だがそう考えると、このビデオテープはかなり厄介なのではないかと康太は思ってしまっていた。
「あの・・・ちょっとこのテープ解析してみていいですか?」
「構わないよ。やってみてくれ」
康太は支部長から件のビデオテープを借りると、術式解析を発動してその中身を解析しようとする。
だが隅々まで解析しても、このビデオテープから術式の類を発見することはできなかった。本当にこれが呪われたビデオなのかも疑問に思うほどである。
「さて・・・話がそれてしまったから元に戻そう。えぇと・・・これにかけられている呪いの詳細から行きたいんだけれども・・・ここから先は依頼を受けてくれる人にだけ話すことになっている。今の概要でブライトビー、並びにライリーベルは依頼を受けてくれるかい?」
支部長の言葉に康太と文は顔を見合わせて同時にため息をつく。
支部長がこうして依頼を持ってきている以上康太たちに断るという選択肢はない。それに康太と文もこの呪いのビデオとやらに興味があるのだ。
具体的にどのようなものなのか、どのような効果を持つのか、それを知りたいと思ってしまっている。
「その前に確認したいことがあります。今までこのビデオ、いくつもの支部に回されてきたって言ってましたよね?その支部の人たちは失敗した・・・その依頼を受けた人のその後は?」
「あぁ、確かに気になる。もしそのビデオを見て即死するレベルだったらさすがに断りますよ?」
「そこは問題ないよ。体調不良を訴えていたものはいたけど、逆に言えばその程度らしい。必要なら渡されてる報告書を君たちに提供しようか?」
お願いしますと康太と文は同時に頭を下げる。
そして康太と文は互いに視線を合わせた後で小さくうなずく。
「では俺とライリーベルは今回の依頼を受けましょう。本部にちょっとした貸しを作っておくのも悪くはないですし」
「そういってくれるとこちらとしても助かるよ・・・それでは話をここから先に進めるとしよう。このビデオにかけられている呪いの詳細・・・具体的には幻覚、身体能力の弱体化、あと報告には金縛りのような症状もあったそうだね」
「・・・複数あるんですか?」
「一応そのように報告が出ているよ。どれも違う人間から出ている報告だから・・・もしかしたら人によって発動する効果が異なるタイプなのかもしれないね」
「そんなことあり得るんですか?」
対象によって異なる効果を発揮する魔術。康太と文はこういった魔術を聞いたことがなかった。
単一能力で効き目が個人によって異なるということであれば納得もできる話だが、人によって効果そのものが異なるというのは明らかに異常だ。
いや、異常だからこそ本部が動くような事態になっているのかもしれないが、だとしても信じがたいことだった。
「実際報告書ではそのように上がってきているよ・・・すべて目を通したわけではないから詳細に関しては君たちのほうで確認してほしい」
「了解しました。あともう一つ確認したいんですけど・・・これ、魔力自体は内包されてませんよね?」
「あぁ。魔力のない状態だね」
「それでどうやって魔術を発動するんですか?魔力がないと術は発動できませんよね?まさか発動条件満たすと自動で魔力を作るとか?」
康太が索敵の魔術をこのビデオを対象にしてみても、このビデオからは全く魔力らしきものは感知できなかった。
発動条件、この場合で言えばビデオデッキに入れて再生ボタンを入れるとビデオ自身が魔力を生成するとかそういうことであれば納得もできる話なのだが、そんなことができるなら自動発動の方陣術が出来上がってしまう。
あり得ない話だと文としては否定したいところだが、本部が動くほどの物品だ。どのような裏があるか分かったものではない。
例えばこのビデオに精霊がいくつも隠れていた場合はそういうこともできるのではと思ってしまったのだ。
とはいえ方陣術を起動できるほどの器用さが精霊たちにあるとは思えないために文はこれも頭の中で否定していた。
「報告書では・・・ビデオを再生すると数秒してから自分の魔力が減っていることに気付いたそうだ。おそらく音や映像を媒介にして術式を飛ばし、術式を本人の体で構成して発動するタイプなのではと思われる」
「・・・そんなことできるんですか?術式を・・・あぁでも、ほかの人間にも一応術式を伝達できるんだから不可能ではない・・・のか・・・?」
術式を音や映像に乗せて自分以外のものに伝達する。そのようなことができるのかと考えたところで過去、康太は似たような形で魔術を習得していた。
小百合に体に直接術式を流し込まれる形で発動し、その術式を体で覚えるようにして魔術を習得していたのだ。
あの技術の応用だとすれば何もおかしい話ではない。
それに康太が扱っているDの慟哭だって似たようなものだ。正確に言えばDの慟哭の原型である封印指定百七十二号の話ではある。
魔力を吸い上げ、ある程度の魔力を吸い上げたらほかのものに術式を植え付けて吸い上げていく。まさしく病原菌のようなものだがこれは一種の空気感染のようなものだ。
空気感染もできるのに音や映像などに混ぜられないという理屈はないだろう。今回の呪いのビデオはそのような類のものであるということを康太は解釈していた。
「魔術師であれば、おおよそ誰もが経験したことがある手法だからね。別段おかしな話ではないと思う。すごいのはそれを肉体的伝達ではなくて視覚、あるいは聴覚のそれに混ぜて送っているということだ。これを作った魔術師は相当の凄腕だよ」
呪いのビデオを作り出したなんて言うと、とんだ恐ろしい人物のように思えるかもしれないがここにあるのは技術の結晶なのだ。魔術師からすればその技術を真似てみたいと思うと同時に、尊敬の念を抱いてしまうのは仕方がないだろう。
どうやら支部長も同じような考えを抱いているようだった。
誤字報告を十件受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです。




