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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十話「映し繋がる呪いの道」
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熱を見ることで

試作品が十を超えたあたりで康太たちはようやく食べられるレベルのクッキーを作ることができていた。

途中から甘い匂いに気が付いたのか、真理と神加が康太たちのもとにやってきてあれこれと注文を付けてきたことで出来栄えはさらに良くなったと思われる。


こういうことに不慣れだった康太も、真理の指導と神加の要望によって形も味もそれなりに良くなっていったのは間違いない。


そして、十回もクッキーを焼いていれば当然ではあるが地下空間は甘い匂いでいっぱいになっていた。


いくら換気のための空調が効いていようと、放出され続ける甘い香りを一気に外にたたき出すことなどできないのだ。


そして甘い匂いに誘われてやってきたのは真理と神加だけではなかった。


「・・・お前たち・・・何をしてる?」


「あ、師匠。おひとつどうですか?」


「・・・クッキーか・・・?・・・うん・・・甘いな」


真理に差し出された試作品のクッキーを口に含んだ小百合はクッキー独特の甘さを口の中いっぱいに広げながらわずかに顔をしかめる。


普段からしてそこまで甘いものを好んで食べる性質ではないために、久しぶりの甘いものだったのだが地下一杯に甘い匂いが広がっていては当然甘いものを楽しむ余裕もなくなってしまうというものだ。


この空間にいるだけで胃もたれしそうである。


「なんでこれを使うのかと思っていたら・・・まさかクッキーを焼くためとは・・・なんとも贅沢な使い方だな」


「もともとは鍛冶に使うためだったんですよね?まぁ火を起こすって意味では同じかなと思いまして」


「・・・火力調整などはどうやった?もともと高い温度を維持するためのものだったはずだが・・・」


「見て何とかしました。何個か消し炭を作っちゃいましたけど」


康太が持っている皿の上には言葉の通り消し炭となってしまったクッキーのなれの果てがいくつか置いてある。


高温度で焼き続けてしまった結果がこれだろうと小百合が察すると、康太が見て何とかしたという言葉に小百合は少し疑問を覚えていた。


「見て・・・とは言葉のままか?それとも別の手段か?」


「えっと・・・アリスに温度を可視化できる魔術を教わりまして・・・それで何とかしました」


「・・・なるほど・・・変なところで妙な魔術を覚えていくな・・・ほとんど役に立たないだろうに」


温度を見る魔術。サーモグラフィーのように温度を可視化できる魔術というのは特定の条件が重なっている状況でしか使うことは難しい。


暗闇で何者かを探すという方向で使えなくもないが、それならば温度を可視化するよりも索敵のほうがよほど簡単に探すことができる。


ではどのような状況において役に立つかと言われると、かなり乱雑にものが多く、索敵の邪魔になるような物品、あるいは人を模したものが動いているような状況である。


死体と生きているものを見分ける時にも使えるかもしれない。だがその程度しか使えないのだ。


アリスが何のためらいもなく教えたということもあって、この魔術の使いどころはかなり限られるうえに、そこまで重要な魔術ではないのである。


少なくとも過去から現代にいたるまで、あまり人気のない、応用の利かないうえに有用性の少ない魔術であるのは間違いない。


「そういうな。この魔術だって全く何の役にも立たんというわけではないぞ?その気になればなかなか面白い使い方ができる」


「・・・例えば?」


「例えば・・・そうだの・・・心理戦などで有利になれるな。状況によっては相手の嘘を見抜けるようになる」


「・・・え?この魔術そんなことできるのか?」


実際に火を起こしている段階でずっとこの魔術の練習をし続けていた康太だが、この魔術を使ってどうやって人の嘘を見抜くのか理解できなかった。


何せこの魔術は温度を色で判別している。低温から高温まである程度を色で判別しているためにそれらを見て人の嘘を見抜くというのがどういう理屈なのか理解できていなかった。


「人間というのは正直な生き物でな、ドキッとしたり慌てたりするとそれがすぐに体の反応に出てくる。中にはそれらをあらかじめ予測して平静を保てる者もいるが、そういうのはごく少数。そういった人間に対してこれを使うと、平時の状態と嘘をついている状態などで色が目に見えて変わるぞ」


「・・・そうなの?」


「・・・まぁ実際に見てみないことにはこういうのは分らんな。今度フミと一緒にいる時にやってみるといい。あ奴がどれだけ興奮しているかよくわかるぞ?」


女子にやる行動としてそれはどうなのだろうかと思ったが、確かに温度で人の機微がわかるようになるのであればこれは確かに心理戦などでは優位に立てるだろう。


「ちなみにこの魔術を覚えてる人ってどれくらいいるんだ?」


「さぁな。だがあまり有名でもないし必要性も低いから覚えているものは少ないのではないか?よほど酔狂か、あるいはそういうものに携わっているものだけだろう」


アリスも確実なことは言えないようだったが、少なくともこの魔術はあまり人気のない魔術であるらしい。そういう意味ではこういうものを覚えているのは一種のアドバンテージになるのではないかと康太は考えていた。
















「というわけで文!ハッピーホワイトデー!」


「・・・あ、ありがとう」


三月十四日、康太は自分が作った石窯製のクッキーを丁寧に包装した状態で文に渡していた。


丁寧に包装したといってもそこは素人の包装だ。店で売っているものに比べると雑だし、何より適当になっている。


とはいえその見た目からこれが手作りであるということを察したのか、文は目に見えて驚いているようだった。


「・・・確認しておくけど・・・これ手作り?」


「おうよ。店の地下に石窯があってな、それで焼き上げた自信作だ。最近ずっとこればっかり作ってたから手が甘い匂いするよ」


「・・・最近何かやってるとは思ってたけど・・・これを作ってたのね・・・ちゃんと食べられるの?」


「失礼な!アリスやら姉さんやら神加やら師匠やらにもちゃんと毒・・・味見してもらった自信作だぞ」


今毒見って言いかけたわよねと文は突っ込みたくなったが、康太がせっかく作ってくれたものを無碍にするわけにもいかない。


何より包装された中身を軽く見てみると、なかなか良くできている。綺麗な形のクッキーに加え、見た目もよく、においもとてもよかった。


少なくとも普通に食べられるクッキーに見える。


「さぁ食え、今食え。感想を聞かせるのだ」


「そ、そんなにせかさないでよ・・・それじゃ・・・一つ・・・」


文はクッキーを一つ手に取って恐る恐る口に放り込む。軽快な音とともにかみ砕かれたクッキーは口内に一気に甘い味と匂いを広げていく。


シンプルなクッキーだが、なかなかいい味わいだった。香りが際立つというべきだろうか、これが焼き立ての味なのだろうかと文は感心してしまっていた。


「おいしい!康太が作ったものだからちょっと心配してたんだけど・・・普通においしいわ!」


「よっしゃ!菓子作りなんて初めてだからかなり苦戦したけどな・・・何個消し炭を作ったことか」


クッキーというのはとにかく甘い。砂糖を入れる量も半端ではないためにとにかく焦げやすいのだ。


加えて石窯という熱調整の難しいものを使っていたからなおのことである。アリスに教えてもらった新しい魔術『熱可視化』によって大まかな温度は測ることができていたが、それでも魔術での温度調整というのはなかなかに難しかったのである。


「お返しは正直あんまり期待してなかったんだけど・・・やっぱりもらえると嬉しいものね・・・手作りでもらうとなおのこと嬉しいわ」


「そういってもらえると何よりだ・・・ってうわ・・・このタイミングでか・・・」


康太が朗らかに笑っているとその目から涙が流れ始める。いつもの発作だ。もう慣れてしまったために康太も文も全く驚いていないが、文は少しだけいたずらっぽく笑って見せた。


「あら?喜んでもらえてうれしくて泣いちゃった?」


「何言ってんだ。うれしかったのは確かだけど泣くかっての。ほら、お母さんさっさと抱きしめて頂戴」


「誰がお母さんか・・・全くしょうがないわね・・・」


文は手慣れた様子で康太の頭を自分の胸元に引き寄せて優しく抱きしめる。優しく頭をなでてくれる中、康太はさりげなく熱視覚化の魔術を発動してみた。


文の体の中で特に熱を持っているのは胸の奥、心臓部分だ。そしてさりげなく顔も見てみるとかなり熱くなっている。


慣れてきたとはいえ恥ずかしさがまだ残っているのだ。その恥ずかしさを覚えているうえでこうして抱きしめてくれている。


その事実に康太は少しだけうれしくもあり恥ずかしくもなってしまっていた。


「なぁ文」


「この状態でしゃべらないでよ、くすぐったいわ」


「ごめん・・・これってやっぱ恥ずかしいか?」


「・・・恥ずかしいわね。当たり前でしょ。男で言うところの自分の股間に異性の顔を突っ込ませてるようなものよ?」


「・・・とんだ変態じゃないか!やばいなおい!」


文のたとえに康太はその状況を想像してしまう。こうして抱きしめられている分には何も問題はないように思えたのだが、文の羞恥心的にはそこまでの部類だったのだ。


自分の股間に文の顔を押し付けているような状態を想像してしまった康太は一気に背筋が凍り付いた。


まだ抱きしめられているだけならば愛情表現としてとられなくもないが、股間に顔を押し付けるなんて完全にセクハラを通り越して犯罪級の行動だ。


もし同級生にでも見られようものなら、いや家族に見られたとしても一発でアウトととられるような行動だ。


しかも泣いている相手に対してそのような行動をとっているのだからなおのことたちが悪い。


康太は今更ながら自分がされている、文がしてくれていることがどれだけ危ないことか再認識してしまっていた。


早いところ精霊が泣き止んでくれればいいのだが、半月ほど経過した今でもまだ安定する傾向はみられない。


ただその頻度は確実に減ってきている。そういう意味では良い方向に向かってきているのだと思いたかった。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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