表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十九話「鐘子文奮闘記」
826/1515

彼女はこれからも奮闘する

「以上が報告になります。とりあえず一段落ってところですかね」


『そうか・・・大事がなくて何より・・・と思うべきか?』


康太はひとまず先ほど言ったように奏に今回の件を報告していた。


結果的に言えば精霊を発見することができ、なおかつそれを康太の中に入れることができたのだ。


時間はかかるかもしれないがひとまずこの件は収束すると考えていいだろう。


『ひとまず残りの期間はその物件に滞在してくれ。そうだな・・・きりが悪いだろうから年度が替わるまでは好きにしてくれて構わない。経過観察の意味も含めてな』


「ありがとうございます。神加のおかげで助かりましたよ」


『あの子が役に立ったというのは良い知らせだ。とはいえ少々危険だったのも事実。過保護になりすぎるのも問題ではあるが、もう少し慎重に動いたほうがよかったのではないのか?』


奏の言うことももっともだが、現在進行形ですでに過保護と思えるほどに神加は甘やかされているのだ。

そろそろ魔術師として少しずつ経験を積んでいくのも悪くないだろう。


魔術も覚え始め、あとは精神的に少しずつ改善及び成長していってくれればと願うばかりである。


「お言葉ですが、少しずつでも自立を促さないと小学校に通うようになってから困りますよ。ただでさえ不安定ですから少しずつ危ない目にもあっていかないと」


『なんだかお前の考えが小百合に似てきているようで少し不安だな・・・ふむ・・・その件はまぁお前たちに任せるとして・・・妙な後遺症ができたわけだな・・・そのあたりは大丈夫なのか?』


後遺症というのは康太が唐突に泣き出してしまうということだ。まだ一度しかこの現象が発生していないためにまた起きるかどうかも怪しいところだが、赤ん坊の夜泣きに等しく唐突に泣き出すようなことがあれば面倒なことこの上ない。


幸いにして早期に解決法が見つかったために今後文が近くにいて二人きりになれるような状況であれば対処は可能だ。


もっとも、少々恥ずかしい解決方法であることに変わりはないが。


「そのあたりは何とかします。どれくらいでこれがなくなるかはさておいて・・・どうしましょうか、一度経過観察にいらっしゃいますか?」


『・・・ん・・・そうしたいのはやまやまだが・・・確か二十時半だったな・・・そのあたりだと普通に仕事をしているな・・・すまんが見に行ってやることはできん。お前たちに任せる。二人の時間を邪魔するのも悪いしな。お前ももう少し文をしっかり見てやれ』


「またそんなこと言って・・・まぁ・・・こういう機会はなかなかないですから、少し見方を変えることにしますよ」


今回康太と文が二人暮らしをするきっかけとなったことを正確に把握している奏としては康太の今後の文に対する見方の変化はかなり気になるところでもあるのだろう。


自身の管理する物件のことよりもそちらのほうが優先されるというのも少々複雑な気分ではあるが、奏からすれば身内の色恋沙汰のほうがよほど興味があるのだろう。


「ところで奏さん、雷属性の魔術って具体的にどんなものがあるかご存知ですか?」


『なんだ藪から棒に・・・雷か・・・そのあたりは文のほうが知っていると思うが・・・そうだな・・・基本的に攻撃魔術が多い。あとは補助系の魔術だな。だが確かお前は雷属性への適性はなかったように思ったが?』


「はい。実は雷属性の精霊を手に入れまして・・・これを機に一つくらいは覚えてみようかなと」


その雷属性の精霊が今回の幽霊騒ぎの原因なのだが、そのあたりは奏には関係なくまた奏もどうでもいいと考えているようだった。


康太が新しい属性の魔術を覚えたいと考えているということに奏は嬉しそうにしながらもどうしたものかと悩んでいた。


『そうだな・・・小百合も雷属性の魔術はさほど覚えていなかったように思うし・・・んー・・・文に聞いてみるのもいいがあいつのは攻撃が主だからな・・・いいだろう。お前に合いそうな雷属性の魔術を一つ知っている。今度教えてやろう』


「ありがとうございます。ちなみにどんな魔術ですか?」


『具体的に体に作用させる魔術だ。体への負担は大きくなるがお前なら使いこなせるだろう。本格的に使おうと思ったら扱いが難しいうえに出力も高くない。ただ扱えるようになればかなり戦闘を有利に運べるだろうな』


「鍛錬次第ってことですね。ありがとうございます」


奏からしたら兄弟弟子の弟子に魔術を教えるというのはあまり良いことではないように思ったのだが、そのあたりは康太の師匠にやや問題があるために仕方がないと割り切っているようだった。


『ところでお前は最近小百合に魔術は教わっているのか?』


「えぇ、今一つ練習中ですよ。あとはほかの技術をいくつか・・・破壊系の技術なので覚えるのがなかなか難しいですけど」


『なるほど、精進しているようで何よりだ。小百合は最近神加にかかりきりかと思ったがそういうことでもないのだな』


「はい、神加の近接戦闘の訓練は姉さんが担当していますから、少し師匠にも時間ができたんです」


『・・・なるほど・・・確かにあいつは良くも悪くも加減を知らんからな・・・ある意味あの子が訓練するのは適任か・・・』


小百合の性格を知っているだけに、奏としても神加の訓練を真理が担当するというのは納得のようだった。


師匠としてお前それはどうなのだと思ってしまうところもあるが、奏としては適材適所こそが重要であるらしい。


立場よりも能力を優先する。一つの会社を切り盛りしているだけあってそのあたりはさすがというべきだろうか。












「・・・やっぱりさ・・・これは早めに解決しておいたほうがいいと思うわけよ・・・そうじゃない?」


「・・・うん。今更ながらことの重要性を再認識したわ」


学校の屋上。ちょうど昼休みの時間に康太は文に抱きしめられていた。泣き止んだ時と同じように胸に顔をうずめる形で。


なぜこのような状況になったかというと、康太が授業中、普通に授業を聞いていると唐突に泣き出してしまったのだ。


やはり来たかとあらかじめこの事態を予想していた康太だったが、自分が泣いていると気付くのが遅くなったためにクラスメートからは変な目で見られてしまった。


先生からも心配されてしまったが、花粉症の薬の効果が切れたと言い張ってその場はやり過ごした。


とはいえ、残りの授業を泣いた状態で過ごしたのはなかなかに周りの視線が痛かったのは言うまでもない。


そこでこうして文に慰めてもらっているのだが、もしこの状態をほかの人間に見られたら一発で停学になるかもしれないなと康太と文は少しだけ悩んでいた。


「いったいいつになったら泣かなくなるのかしらね」


「きっとこの精霊は泣き虫なんだな・・・どうしようもない」


「・・・あんたちょっと楽しんでる?」


「・・・正直に言おう・・・ちょっと楽しんでる。堂々と胸の感触を楽しめるというのは役得だ」


「・・・殴ってもいいかしら」


「やめてくれ、泣き止めなくなるだろ」


康太が文の胸に顔をうずめている間、文はずっと康太が安心できるように抱きしめ頭をやさしくなで続けている。


仕方がないとはいえこの状況をこれからも続けなければいけないかと思うと康太と文は頭が痛かった。


「ねぇ康太。本当に何も感じないの?」


「・・・胸の感触はすごくいいぞ?」


「そっちじゃないわよ。精霊のほう。なんかこう・・・悲しいとか、寂しいとかそういうのはないの?」


康太が泣く原因になっているのは康太の中にいる精霊だ。その精霊の感覚や感情を康太が正確に把握できていないというのは単に康太が精霊に対しての知識や経験がないからではないかと文は考えていた。


そのため精霊との親和性を高め、徐々に慣れていけば康太にも精霊の感覚がわかるのではないかと考えたのだが、康太は唸りながらもぞもぞと動いている。


「なんていうか・・・そうだな・・・やっぱり普段は何も感じないんだよ。泣いてる時も特に何か感覚があるってわけでもないし」


「・・・そう・・・」


「でもあれだ・・・こうしてるときは、安心する。ほっとする」


「・・・それって実際にあんたが思ってることじゃないでしょうね?」


「それはわからない。どっちなのかは微妙なところだな」


自身が抱いている感情や感覚が自分のものなのか、それとも精霊に影響を受けているものなのかを判別するのは困難だ。


特に精霊を最近体内に入れたばかりの康太には判別するのは難しい。いくらデビットを中に入れて長いとはいえ、精霊とデビットでは勝手が違う可能性もあるのだ。


精霊と自分の感情の違いを正確に把握するには長い時間が必要なのである。


「にしても悪いな・・・こんなこと頼んで・・・いやだろ?」


「・・・いやじゃないわよ。好きな相手にこういうことするのはちょっと憧れでもあったし・・・」


「・・・こういう時にそういうこと言うのかよ・・・」


「ずるいと思う?でももういいのよ。たぶんちょっと吹っ切れた」


文は康太の頭をやさしくなでながら薄く微笑む。康太はその笑みを見ることはできなかったが、文のその表情は慈愛に満ちたものだった。


こうして康太を抱きしめているとき、康太だけではなく文自身も満ち足りた感覚になるのだ。


それがどういう感情なのかはわからない。最初は恥ずかしさで頭がパンクしそうになったものだが、二回目ということもあってかなり慣れてきていた。


「・・・ちゃんと答えは出すから・・・もうちょっと待っててくれるか?」


「・・・えぇ、待ってるわ・・・だから早く泣き止んでね」


「俺が泣いてるみたいな言い方やめろよ。別に俺は泣きたくないんだから」


「はいはい、そうね。わかってるわ」


絶対にわかってないだろと康太は複雑そうな表情をしながらため息をつく。


康太が呼吸するたびに文の肌にその温かさが伝わる。文は康太を抱きしめながら屋上から空を見上げる。


こんな時間を過ごすようになるとは、わからないものだなと思いながら文は小さくため息をつく。


短い時間で劇的に変わった康太との関係。まだ今一歩足りないところはあるが、康太も少しずつ前に進もうとしている。


今はこれでいい。そう思いながら文は康太の頭をなでながらその体の温かさを感じ薄く微笑む。

恋する文の奮闘はこれからも続く。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ