泣き止ませるには
「お兄ちゃん・・・?どうしたの?どこか痛いの?」
康太たちが洗面所で話していると、いつの間にこちらにやってきたのか神加が心配そうな表情をしながら康太のほうを見ていた。
どうやらアリスの意識がそれた瞬間を見計らって念動力による拘束から抜け出したのだろう。我が弟弟子ながらなんと行動力のある少女だろうかと康太は感心してしまっていた。
とはいえ泣いているところを見られてしまったのも少し気まずい。別に恥ずかしいということはないのだがただ涙が流れているということを説明してもこの少女が理解できるとは思えなかったのである。
「大丈夫だよ。ちょっと涙が止まらないだけだ。花粉症の一種だよ」
「かふんしょー・・・?えっと・・・はい・・・」
神加は花粉症という言葉自体を知らなかったのか、リビングから持ってきたであろうティッシュを箱ごと康太に渡す。
何と気遣いのできる子だろうかと感動しながらも康太はティッシュで流れ続ける涙をぬぐっていた。
「とりあえず水を飲みましょ。このままだとまずいわ。えっと・・・ポカリとかのほうがいいのかしら?」
「涙には微量の塩分などが含まれているのだったか?一応少し塩と砂糖を混ぜてやれ。コータよ、あまりに止まらんようであれば言え。その時は私が対処しよう」
「それはいいんだけど・・・変な感じだな・・・」
康太が身をかがめて軽く鼻をかむと、神加は康太を安心させようとしているのかその体に抱き着く。
本当は抱きしめて康太を落ち着かせようとしたかったのだろうが、体格差のせいで神加が康太に抱き着いているようにしか見えなかった。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ?痛くないよ?怖くないよ?」
「・・・あはは・・・ありがとうな。神加のおかげで元気が出てきたよ」
別につらいわけでも悲しいわけでもないのだが、こうして神加に励まされていると不思議と元気が出てくる。
こんな小さな子供に慰められているあたり少々情けないが、状況が状況だけに仕方がないだろう。
「康太、水・・・ってあらら・・・立場逆転って感じね」
「おぉ、文よ、神加はきっといい女になるぞ?俺が保証する」
「はいはい、身内の評価はあてにならないってね。はい水。とりあえず飲めるだけ飲んどきなさい」
礼を言いながら康太は文が作ってくれた塩と砂糖を混ぜ込んだ水を飲む。ポカリなどのスポーツ飲料とはまた違うが、康太が涙で失った分の水分くらいは補給できているのだろう。
とりあえず用意された二リットルのペットボトルの中身を康太は少しずつ飲むことにしていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんが泣いてるの、慰めてあげて」
「え?だ、大丈夫よ神加ちゃん。康太は強いんだから」
自分では慰めても意味がないということを理解したのか、神加は文に助けを求めるようだった。
別に慰めたところで結果は変わらないと思い、文は断ろうとしたがそこでアリスがにやりと笑う。
「ふむ・・・ミカがこうしてフミに頼んでおるのだ。まさかそれを無碍にするほどフミも薄情ではあるまい?」
「・・・あんたね・・・だってそんなの意味が・・・」
ないでしょと言いかけた時、神加が文に抱き着くような形で距離を詰め、まっすぐに見つめながら無言の圧力を加えてくる。
さすがにここで必要ないなどと言ったら神加に嫌われてしまうかもしれないなと文はため息をつきながらわかったわよと了承する。
「ふふふ・・・さすがのフミも泣く子とミカには勝てんか」
「うっさい・・・ほら康太、来なさい」
「来なさいと言われてもな・・・どうしろと・・・」
「・・・こうするのよ」
文は康太の体を掴むと強引に抱き寄せる。もとより神加の視線に合わせていたこともあって身をかがめていた康太の体だが、強引に文に引き寄せられたことで半ば倒れる形で文に接近する。
結果、康太の顔が文の胸元に突っ込む形になっていた。
一瞬文は身を硬直させるが、羞恥心が一周回って妙なテンションへと変化したのか、康太の頭を動かないように固定してからゆっくりとその頭をなで始める。
「んぐ・・・!文・・・!?」
「大丈夫よ康太・・・大丈夫だからね・・・」
穏やかな声で、ゆっくりとしたテンポで康太の頭をなでながら文は康太を落ち着かせようとなだめ始める。
慰めるというのとは少し違うかもしれないが、康太が泣いているこの状況を改善するかどうかよりも、神加に対して康太を慰めているところを見せるのが重要だと文は考えているようだった。
実際神加は満足そうにしている。アリスもまたニヤニヤしながらその様子を眺めている。
後で絶対殴ってやると思いながら、文は康太が抵抗をやめるまでずっとその頭をなで続けた。
文にとっても康太にとっても、その数分間は一種の役得となったことだろう。この場にいてそのことを理解していないのは幼い神加だけだった。
「ぷはぁ・・・さすがに突っ込んだままっていうのはきついって・・・」
「何よ、人の胸の感触味わえたんだからもっと嬉しそうにしたら?」
そういいながら文は顔を真っ赤にしている。恥ずかしいならやらなければいいのにと康太は思うが、康太からすれば嬉しいが恥ずかしいという何とも奇妙な状態だったのだ。
そんなことを話していると、文はふと気づく。
「あれ?あんた泣き止んでるじゃない」
「え?あれ?ほんとだ」
いつの間にか止まっていた涙に康太は驚いていた。先ほどまでとめどなく流れ続けていた涙は嘘のようにぴたりと止まっている。
いったい何が原因だったのだろうかと康太が疑問符を浮かべていると、アリスは唸りながら何やら考え、そのあとでなるほどと小さくつぶやいて見せる。
「あれだな、一種の母性を感じて泣き止んだのかもしれんぞ?」
「母性・・・って要するに文が抱き着いたからってことか?」
「かもしれんな。とはいえ確証はないが」
赤ん坊の意志の影響を受けたからと言って女性に抱き着かれると泣き止むというのはどうなのだろうかと康太は複雑そうな表情を浮かべる。
文がこの場にいたからまだよかったものの、これで女性が誰もいなければずっと泣き続けることになっていたのかと思うと背筋が寒くなった。
「ていうかもしかして、これで解決か?もう精霊は普通状態に戻ったのか?」
「いや、少なくとも一回程度で何とかなるようならここまでこじれていないだろう。おそらく定期的、あるいは突発的に同じようなことが起きると思うぞ?」
「え・・・いきなり涙的な?」
「うむ・・・まぁいいではないか。お前たちは基本的に一緒にいるのだから。また泣きだしたら同じように慰めてやるがいい」
康太と文は困ったような表情を浮かべて顔を見合わせた。
まだこのように家の中にいるならまだ何とかなるが、もしこれで学校にいる時などに涙が出てきたら相当面倒なことになる。
昼休みなどの時間なら文の協力のもと屋上に向かえばいいが、十分程度の休み時間にいきなり涙が流れ始めたらもうどうしようもない。
「さすがに学校とかでは・・・まぁ・・・普通に慰めるくらい・・・頭をなでる程度でもいいのかしら?」
「いやダメだろうな。やはり胸に顔をうずめなければ。赤子とはそういうものだろう?」
「・・・あんたこの状況を楽しんでないかしら?」
「何を言うか。そんなことはないぞ?」
そういいながらもアリスは満面の笑みを浮かべていた。明らかにこの状況を楽しんでいるような表情だ。
まず間違いなく康太に対してのフミのアプローチを楽しんでいるように思える。というかそういう風に誘導しようとしているように見える。
だが少なくとも対策が見つかったのは確かだ。偶然といえば偶然だが、ある意味必然だったのかもわからない。
「とりあえず・・・幽霊関係は進展したってことで・・・というかすっげーのど乾いた・・・やっぱ結構水分消費したんだな・・・」
「もっと飲んでおきなさい・・・ていうかこれ寝てるときに泣きだしたらどうするのよ・・・さすがに私夜泣きまではまだ対応したくないわよ?」
まだ子供を産むどころか結婚すらしていないうちから夜泣きの対応をしなければいけないなど文は嫌だった。
というか赤ん坊のように泣きわめいてくれるならばよいのだが、康太の場合は泣き声を上げるということはない。
ただ普通にしている状態で勝手に涙が流れるのだ。その状態で気づけというのは無理な話である。
「ふむ・・・今日はウィルもいることだし、コータが寝ているときに泣きだしたら強引に文の胸元に顔を突っ込ませればよいのではないか?それで何とかなるだろう」
「・・・なんかすっごい犯罪のにおいがするんだけど気のせいか?」
「気のせいだ。これも精霊を正常化するためと思ってあきらめろ・・・なに、コータとしても悪い気はしないのだろう?」
アリスの言葉に康太は顔を赤くして視線を背ける。その反応に文は先ほどの羞恥心がよみがえってきたのか康太と同じように顔を赤くしてしまっていた。
その反応を見てアリスは満足そうに笑い、康太が元気になったのを見て神加も嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「・・・もうその話はいいわ・・・神加ちゃん、一緒にお風呂入りましょ。もう遅い時間だしそろそろ寝ないと」
「・・・話をそらせたな?愛い奴め」
「うっさい」
少々強引な話題転換ではあるが、文の言うようにもうすでに神加が起きてるには遅い時間となっている。
そろそろ風呂に入れて寝させてやったほうがいいと考えたのだ。
当然不自然な話題転換だが、神加は特に気にした様子もなかった。
「それじゃ、俺は奏さんに報告しておくわ・・・神加、文にちゃんと洗ってもらうんだぞ?湯船には百数えるまでつかるように」
「うん、わかった」
いつの間にかお父さんみたいなことを言うようになったなと文は康太のその反応に少々あきれながらも康太とアリスを洗面所兼脱衣所から追い出し、神加と二人でふろに入る準備を進めていた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです。




