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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十九話「鐘子文奮闘記」
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流れるその意味

その精霊の体の周りに光る稲光から、姿を現したのが雷属性の精霊であることはすぐに想像することができた。


この中で雷属性が最も得意なのは文だ。もし体の中に入れるのであれば文が適任かと康太は思ったが、いくら得意属性でも相性があるためになんともいいがたい。


そもそも文はすでに雷属性の精霊を連れているのだ。長年連れ添った精霊がいるにもかかわらず同じ属性の精霊をもう一つ体に入れるのは良くないかもしれないと思いながら康太と文はわずかに視線を合わせる。


神加とデビットの行動によってなぜか姿を現したその精霊を見逃すことはできない。とにかくこの精霊を何とかしなければいつまでたっても定刻に赤ん坊の泣き声が聞こえてくるという事故物件に該当してしまうのだ。


過去一家一つ心中している時点で事故物件扱いかもしれないがそのあたりは今更というものである。


「文、とりあえず俺の体の中に入れておく。魔力の流れ作るから可能なら誘導してくれ、アリスは神加の護衛頼むぞ」


「わかったわ」


「任されよう。さあミカよ、ここからは二人の仕事だ。我々子供は退散しようぞ」


念動力の魔術で神加をその場から退避させながら、アリスは一緒にリビングまで避難していた。


数百年生きておきながらどの口が子供などというのだろうかと康太と文は苦笑しながらも、目の前に現れた鳥の姿をした精霊に向き合う。


康太がひとまず魔力をわずかに放出し、精霊までの道を作り出すと雷をまとった状態の精霊はその魔力に気付いたのか、そしてその魔力のもとが康太であることを理解したのか、ゆっくりと康太のほうに近づいていく。


稲光が康太の体に触れる瞬間、わずかに痛みを覚えるが、鳥の精霊は康太の体の中へとゆっくりと入っていく。


まだ精霊を体の中に入れた経験の少ない康太にとって、どの程度が許容してもよいレベルの違和感なのかは不明だが、今まで入れたいろいろな精霊の中でも最も違和感は少なく感じられた。


文の言うところの靴下が裏返しレベルとまではいわないまでも、少し気になる程度の違和感で済んでいる。


これは良かったと思うべきなのか、それとも運が悪いと思うべきなのか。


そんなことを考えている中、文が不安そうな表情をしているのに気づく。一体どうしたのだろうかと疑問符を飛ばしていると、康太の頬に何か液体が伝っているのに気づく。


それが涙であると気付いたのは頬を伝う液体に触れた時だった。


「え?あれ?なんで?」


悲しくなどはない。辛くもないしうれしくもない。苦しくもなければ痛くもない。だというのにただただ涙が出てくる。


唐突に現れた体への影響に康太は困惑していた。


「大丈夫?どんな感じがしてるの?」


「えっと・・・違和感はそこまで強くない・・・なんかこう・・・肌に合わない服を着てるって感じ。ごわごわする感じがする」


「そっちじゃなくて。精霊を入れてるのよ?なんか感情とか意志とか、あるんじゃないの?そんなことになってるんだし」


唐突に泣き出すなどという突拍子もないことをしてしまっている以上何の影響を受けているかなど考えるまでもない。


精霊の影響を受け康太の体が反応しているのだ。なぜ涙を流しているのかはわからない。少なくとも康太の体には、康太の心には何の影響もない。


強い感情や意思を覚えると宿主にも影響が出る。かつての文のように怒りを覚えるようなことがあるのかもわからないが、少なくとも康太は今何の感情も抱いてはいなかった。何の感情も湧いてはこなかった。


怖いとも思っていないし、不安だとも思っていない。康太と文があらかじめ予想していた赤ん坊が感じそうな感情や感覚は全くないのだ。


「んー・・・どうなってるんだろ・・・なんともないんだけど・・・なんでか涙が止まらない・・・なんだこれ、まじで止まらないぞ・・・」


あふれ出るほどに涙が出てくるというわけではないものの、康太の目からはとめどなく涙が流れてきている。


それがどういう現象なのか康太も文も理解できていない。とにかく不思議な現象だとしか理解することができなかった。


「さっぱりわからんな・・・よし、困ったときのアリスえもんだ。アリスー。アリスやーい」


「なんだ。ミカがそっちに行かないように止めているんだぞ・・・ってどうしたコータ。フミにいじめられたか?」


洗面所に顔だけ出す形で反応したアリスは康太が泣いているのを見て一瞬驚いていた。


今まで康太が泣く姿というのは見たことがなかっただけにびっくりしたのだろう。実は文も康太が泣いているのを見たのは初めてだ。


もっとも今回の場合少々特殊な状況ではあるのだが。


「なんでそんなことしなきゃいけないのよ。私を何だと思ってるわけ?」


「そうなんだよアリス、実は文が俺の大事にしていたゲームのセーブデータを全部上書きしやがってさ・・・」


「そいつは許せんな。万死に値するぞ」


「康太も乗らないでよ。今どういう状況なのかわかってるでしょうに・・・とりあえずアリス、ちょっと康太の体を調べてくれない?何が起きてるのかさっぱりなのよ」


二人の悪乗りはさておき、アリスも何となく事情を察しているのかすぐに康太の体を調べ始める。


「んー・・・私もそこまでこういった事象に明るいというわけではないから確実なことは言えんが・・・間違いなく康太が泣いているのは精霊の影響だろうな」


「うん、それはわかってるんだけどさ・・・」


「私たちが知りたいのはその先なのよね。何の感情もわかないのにただ泣くだけってどうなのよ?康太に害はないの?」


康太も文も、この状態が何かしら精霊の影響を受けているということは理解している。だが問題は康太の体がどのような影響を受け、またその影響によって害があるのかないのかという話だ。


少なくとも康太は何の感情も抱いていない。赤ん坊やその母親の意志に影響を受けた精霊であるから何かしら強い感情、あるいは意志を抱いていることは間違いないのだが、康太が涙を流す以外の影響を全く受けていないというのはどういうことなのか、そのあたりが不明だったのだ。


「んー・・・コータよ、嘘偽りなく答えるがいい。今どんな気分だ?」


「普通」


「どんな感情だ?」


「特に何も・・・普通の状態?何もないのが不思議って感じ」


「その涙がどんなものだかわからないか?」


「わからん、さっぱりだ・・・トニオさんの水を飲んだわけでもないのに・・・」


「寝不足かどうかはさておき・・・精霊の存在は感じるか?」


「うん、体の中にいる。違和感は・・・まぁ強くはない。気にしないこともぎりぎりできるレベル」


アリスは康太にいくつも質問をぶつけるが、康太の答えは先ほど文に対して答えたものばかりだ。


アリスは首をかしげながら康太の体の中にいる精霊に意識を集中して調べようとする。


「前にアリスが言ってたことが確かなら、この状態で何日か放っておけば普通の精霊と同じ状態に戻るんだろ?」


「そのはずだ。少なくとも前の時はそうだった・・・とはいえ圧倒的に過去の例が少ないからな・・・今回もそうとは断言できん」


何百年も生きてきたアリスではあるが、こういった精霊の対処をするのはまだ両手で数えられる程度なのだ。


その程度ではアリスと言えど百パーセント確実だと断言することはできないのだろう。


康太の体の中にいる精霊を一通り調べると、アリスは唸りながら口元に手を当てて悩み始める。


「どうだった?」


「・・・雷属性、中級下位の精霊といったところか・・・コータとの相性はまぁまぁ。少なくとも嫌がられてはいないようだな・・・コータ、今デビットはお前の中にいるのか?」


「いるぞ。特に何の反応もしてない」


「ふむ、デビットとの相性も悪くはない・・・か・・・」


この精霊が中級の下位に属する精霊というアリスの説明に、康太は少々複雑な気分になる。


康太の素質自体もC-。一応真ん中よりも少し下レベルのものだ。


良くも悪くも同類のにおいがするなと思いながらも自分の体の中にいる精霊を意識するが、やはり特に何の反応も示していないように思える。


いったい何を考えているのか、何を思っているのか全く不明だ。


「んー・・・母親よりも赤ん坊のほうに強い影響を受けているタイプだったのが良い方向に進んだのか・・・とにかく泣く・・・感情を抱いていないというよりコータがよくわからないといっているあたり特定の感情に該当するような感情を抱いていないというべきか・・・」


「ごめん、わかりにくいからわかりやすく言ってくれ」


「要するに、赤ん坊だからまだ自意識もない。感情と呼べるようなものもないから感情などを具体的な行動でしか示せないということだ。つまりは泣いている状態ということだ」


「・・・赤ん坊の仕事は泣くことっていうけど・・・まさか泣くことしかできないとは・・・ちなみにこの状態止めることは?」


「・・・どうだろうな・・・疲れるまで泣いたらどうだ?」


たいてい赤ん坊は泣く原因がなくなるか、泣き疲れて眠るまで泣く。康太の場合なぜ泣いているのかがわからないために原因の排除というのは難しい。


つまり泣き止むまで、泣きつかれるまで泣くしかないのだろう。


「このままだと脱水症状になりそうだな・・・っていうか涙腺が痛くなりそうだ・・・今までこんなに泣いたことないぞ?」


「とめどなく流れてくるわね・・・しかも本人が普通にしてるし・・・なんかちょっとホラーよ?」


「幽霊関係の話だからな・・・まぁようやくホラーっぽくなったんだろうけど本人からすればちょっとどころか結構怖いぞ?意識と全く違う感じで涙が出てるんだからさ。体が言うこと聞いてない感じ」


涙を流すというのは肉体的なものでもあり感情的なものでもある。康太の体が言うことを聞いていないという状況なのか、康太の心が言うことを聞いていないのか。あるいは心と体がちぐはぐな反応を示してしまっているのか。


どんな状況にしろこのままでい続けるのはあまりよろしくなかった。いくら涙程度の水の量とは言えこのままで続ければいつかは脱水症状になってしまうだろう。


仮にこの状態がずっと続くとしたら厄介なことになる。寝ている時もこの状態が続いたらベッドは水浸しになるだろう。


朝起きたら康太がミイラのように干からびていたなどと本当の意味でホラーのようになってしまう。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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