愛の巣
「ほほう・・・ここが二人の愛の巣か・・・なかなかどうしてよいところではないか。心なしか生臭い気がするぞ?」
「その言い方やめてくれない?まだ何もしてないわよ、神加ちゃんもいるんだから変なこと言わないでよね」
「ほほう?『まだ』・・・とは・・・ふむふむ、フミもいつの間にか腹をくくったようだの。いやよい傾向だ。恋する乙女はそうでなければいかん」
アリスの反応に文はもう勝手に言っててくれとため息をつきながら康太と文の仮拠点となっている部屋にアリスと神加、そしてウィルを招き入れるとそれぞれに茶と菓子を出してもてなした。
神加は慣れない部屋に少々戸惑っているようだが、この部屋にわずかながらとはいえ康太と文のにおいが残っているためか、そこまで強い違和感を覚えることはなかったようで意気揚々と茶菓子をほおばっている。
「して・・・件の泣き声というのは?いつ頃聞こえるのだ?」
「普段だったら二十時三十分。夜の時間帯ね。それまで精霊に神加ちゃんの影響があるかどうかは置いておいて、今の状態でどんな感じかしら?」
文は神加のほうを見てから周囲に視線を動かす。少なくとも現時点ではまだ精霊らしき姿は何も見えない。
まだ日も高い時間帯であるというのもあるのか、それともただ単に神加の存在が影響していないだけか。
どちらにせよ康太と文にとっては期待通りとは言えない結果になっていた。
「ふむ・・・まだ反応はないようだの。ただ私にも知覚できていない可能性も十分にあり得るぞ?」
「あんたにも知覚できなかったらもうお手上げよ。この件に関しては何もできないって形になっちゃうわ」
「まったくだ。最終兵器アリスの名が泣くぜ」
「そんな不名誉な名前を襲名したつもりはないのだがな」
最終兵器扱いされていやそうな口ぶりではあるがその実案外嫌いではないのか、アリスは得意げな表情をしながら文の淹れた紅茶を口に含む。
こうして神加とアリスが並んでいるところを見ると、髪の色などを除けば姉妹のように見える。
何百歳も年の離れた姉妹になってしまうが、そのあたりは今はいいだろう。
「神加ちゃん、何か不思議な感じはする?何か変な感じがするとか、声が聞こえるとか・・・何でもいいのよ?」
「・・・ん・・・何もないよ?何も聞こえない」
「・・・そうか・・・やっぱまずは時間まで待つしかないか・・・?」
まだ定刻ではないとはいえ、現時点で神加がなにも感じ取っていないというのは少々不穏でもある。
少なくとも幽霊が住み着いているといわれるような物件に来ながら何も感じないというのはそれはそれで不安になる。
もっとも精霊を大量に宿している神加からすれば、もしかしたら精霊が一人や二人増えても気にするまでもないのかもわからないが。
「そういえばさ、アリスって精霊連れてるのか?今までそういう話聞いたことなかったけど」
「ん・・・一時期連れていたぞ?とはいえそいつとはもう契約を解除したがな。もう二百年以上前の話だ」
「そんなに前に・・・でもなんで解除しちゃったの?一応一緒にいたほうが楽なんじゃないの?」
「・・・ふむ・・・まぁ隠すことでもないか・・・私が連れていた精霊は土の精霊だったのだが、私の体以上に良い住処を見つけてな。それで出て行ったのだ」
アリスの体以上に良い住処。言葉が微妙にわかりにくいが、アリスが言いたいことは何となく康太も文も理解することができていた。
精霊は居心地の良さを求めるものだ。契約者以上に居心地の良い空間を見つければその場にいたくなるというのも無理もない話なのかもしれない。
「それにな、ずっと一緒にいるというのもつかれてしまうものだ。時には一人になりたいことだってある。奴とは五十年ほど一緒にいたが、いなくなって肩の荷が下りたと思ってしまうのも事実だ」
五十年も一緒にいたという言葉になかなか長い時間一緒にいたのだなと思ってしまう康太と文だが、アリスの年齢を考えるとそう長い時間ではないように思える。
数百年間生き続けた中の五十年。その時間をどのように取るのか、どのようにとらえるのかはアリス次第だろう。
「でもどうしてその後から精霊と契約しないんだ?楽になりそうなのに・・・実はなんか訳あり?」
「うむ。この体のことはお前たちには話したな。私の体は術式によって成長そのものを遅らせている状態だ。細胞一つ一つに術式を書いているわけだが、その体に精霊を入れるというのはデメリットが大きい」
「・・・なるほど、勝手に適性じゃない魔力を注がれちゃう可能性があるってことね?」
「そういうことだ。無論コータの言うように楽になるのも事実だ。だがこの体のことを考えるとどうしてもな・・・その気になればそれらすべてコントロールも可能だが・・・いかんせん面倒でな」
アリスがその気になれば突然術式に適合しない魔力が注がれても瞬時に修正可能だろうが、そんな気を張った状態でいるのは疲れてしまうのだろう。
仕方がないとはいえ少しもったいないと思ってしまう二人だった。




