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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十九話「鐘子文奮闘記」
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試行錯誤する二人

「いや待て、それならこういう手はどうだ?デビットが動けないならこの部屋すべてをデビットで埋め尽くせばいい」


康太はポーズをとりながら体の中から勢いよく黒い瘴気を噴出させていく。


康太の体から出てきた黒い瘴気は一気に部屋中に広がり、康太たちのいるリビングだけではなく寝室や押し入れ、トイレや風呂場など隅々までいきわたり辺りを真っ黒に染め上げていった。


「・・・久しぶりに見たわねこの光景・・・やっぱいいものじゃないわね・・・ていうかこの部屋の中全部を満たすつもり?」


「ふっふっふ・・・前に街中に散布した時に比べれば軽い軽い、うちの高校の体育館くらいまでだったら余裕で満たせるぜ?」


康太が散布できる黒い瘴気の量は本来の封印指定百七十二号のそれに比べるとかなり少ない。


もともとデビットを介してしか封印指定の力を発動できないためにまだ劣化版しか扱えないことが原因と思われるが、それでもかなりの体積の瘴気を出すことができる。


少なくとも街一つに高濃度で散布する程度のことはできるのだ。それに比べれば2LDKの中を満たすことくらい何でもないのである。


康太がその気になればこのマンションすべての部屋を黒い瘴気で覆いつくすことができるだろう。


もっともそれをしても意味がないうえに、ほとんどの人間はこの黒い瘴気を見ることもできないためにそこまで大きな影響を及ぼすことはないが。


「それで?ここまでした結果は?何か見つけた?」


「・・・いや、今思い出したんだけどさ、この黒いのって生きてるやつのことならかなり大雑把にわかるんだけど、それ以外のことってわからないんだよな・・・少なくとも索敵代わりにはならないんだよ」


Dの慟哭を発動している際、生き物に魔力吸引を発動している状態であれば大雑把にではあるが対象がどのくらいの位置にいるか、生きているかどうか程度はわかるのだが、対象が生き物ではない場合、どのような状態なのか知ることはできないのである。


少なくとも今回のように精霊を探し出すということはやったことがない。できたこともないし試したこともないのだ。


「デビットもお手上げってことね・・・これは本格的にアリスへの協力を打診するべきなのかしら?」


「それは本当に最終手段だろ。最終日まで何もできなかったらそうする。奏さんの依頼で失敗するわけにはいかん。とはいえ、手詰まり感は否めないな・・・今のところ取れる手段は全部取ったと思うんだけど・・・」


まだ行動するだけの余地があるとはいえ、現時点で見つけることができる可能性のある行動はすべて取った。


だが今のところ成果らしい成果は上げられていない。文の精霊たちが部屋の中を探しているが、これもうまくいくかは怪しいものだ。


文自身精霊たちに精霊を探させるという行動はとったことがないのだ。


そんなことを考えている中、康太は部屋の中に満ちている黒い瘴気を自分の体の中に回収しながらふと思いつく。


「・・・なぁ文、ずっと前にマナを回収する方陣術があったの覚えてるか?」


「随分と懐かしい話ね。えっと・・・長野に行った時だったかしら?」


「そうそれ。それじゃないけどさ、マナじゃなくて精霊を引き寄せる魔術とかってないのか?あればそれが使えそうだけど」


「・・・んー・・・少なくとも私は知らないわね・・・精霊を召喚する術式があるわけだから、引き寄せるっていうのもあり得なくはないと思うけど・・・」


「思うけど・・・なんかあるのか?」


文が悩んでいるのはただ術式を知らないというだけのものではないらしい。康太はそれを感じ取って文の説明を待つことにした。


「私がさっきやったみたいな召喚陣は遠くにいる精霊を近くに呼び出すだけじゃなくて、私たちに見えやすいように核そのものを引っこ抜いてるのよ。たいてい現象とかに宿ってる精霊をより見やすく認識しやすい形にしてから呼び出してるって形ね」


「うん・・・うん・・・?まぁいいや続けてくれ」


康太は微妙に理解していないようだったが、文にそのまま説明するように促す。もう少し精霊のことを勉強しなければいけないなと思いながら文の説明を待つと、彼女は小さくため息をつきながら戻ってきた自分の精霊を体の中に入れていく。


「召喚の術式は転移系って言ったのは覚えてるわね?ただ転移するだけじゃなくて現象とかから分離させるための術式も入ってるのよ。もし仮に精霊だけを引き寄せる術式を組むならその分離させる術式も組み込まないといけないわけで、不特定多数の近くにいる精霊にそれを行えるかどうか・・・」


「・・・うん・・・うん・・・で、わかりやすく言うと?」


「・・・お金を引き出すために暗証番号が必要なのが通常の召喚。遠くても引き出せる代わりに暗証番号は必須。けどあんたが言ってるのは近くの銀行に預けたお金しか回収できない代わりに暗証番号が必要ない。そんな感じよ」


「ワォ・・・そりゃチートすぎるな・・・さすがに無理か・・・」


「ていうかできたとしても禁術レベルになると思うわ・・・可能だった場合、近くにいる精霊たちを一カ所に集めるわけでしょ?大変なことになるわよ」


康太は自分の考えているものがどれほど技量が必要なのかわからないからこそ突拍子もない発言ができるが、少なくともこういった意見を出せるからこそ話が先に進む可能性があるのである。


少なくとも文はとあることを思い出していた。可能か不可能かはさておいて、試してみるだけの価値はあるものだと携帯を取り出してメールを打ち始める。


康太は何もできなかったデビットを恨めしそうに見ながら文が何をしようとしているのかを待ち続けていた。


翌日、康太と文は学校が終わった後で小百合のところにはいかずに春奈のもとを訪れていた。


「師匠、メールでもお伝えした件なんですが・・・」


「あぁ、わかっている」


あらかじめメールで春奈に対して用件は伝えていたのか、文が修業場に訪れると春奈は察しているのか机の中から木の箱を一つ取り出した。


そこまで大きいものではない。いったい何だろうかと疑問符を浮かべていると春奈はそれを開いて見せる。


そこにあったのは康太も一度見たことがあるものだった。一見鉱石のように見えるそれはかつて康太と文が遭遇したマナを一点に集めた長野の禁術の一件で発見されたマナの結晶だ。


久しぶりに見たことで一瞬これが何なのかわからなかったが、その物体を索敵してみるとその存在を正しく理解することができていた。


ただの物質ではない、物質的な性質を持ち合わせているというのに大気中に漂っているマナと同質の物体。


明らかに矛盾した目の前の物体にこれがかつて自分たちが関わったものであると思いだすのはそう難しくはなかった。


「それってマナの結晶ですよね?いいんですか?結構貴重なものなんじゃ・・・」


「まぁそうだがな。そこまで時間もかからないうえに別に使って消滅するというわけでもないだろうから」


春奈としては文や康太を信頼しているからというのも理由の一つなのだろう。貴重なものとはいえこのマナの結晶を貸し与えることくらいは何の問題にもしていないようだった。


「なんでこんなものを?何かしら考えがあるのか?」


なぜマナの結晶を用意するのか。その考えが康太には理解できなかった。少なくとも精霊を見つけるための一手になり得るのか、そもそも持っていると何か変化があるのか、そのあたりは康太には分らない。


「一応ね。このマナの結晶は精霊が原因で生まれたものでしょ?何かしら周囲にいる精霊に影響を与えるんじゃないかと思って」


「そういうもんなのか・・・?」


「直接触れると私の中にいる精霊たちもちょっとざわざわするしね。うちの子たちもこれが精霊が原因で作られたってわかるのかしら・・・?」


かつてマナを一カ所に集めていた術式を見つけた際、文はその中にいる精霊たちの影響を受けて強い怒りを覚えていた。


そして今、その術式の結果生まれたものを触るとわずかではあるにせよその中にいる精霊たちは動揺するらしい。


その動揺にどれほどの意味があるのかはさておき、その場にいる精霊としての本質を揺さぶることができるのではないかとにらんでいるようだった。


「それにしても・・・二人とも最近ちゃんと食事はとっているのか?二人だけでの生活というのはなかなかに不便があるだろうに」


春奈は文の師匠として心配だったのか、文と康太の顔を交互に見比べる。まだ生活を始めて一週間も経過していないためになんとも言えないが、少なくとも康太も文も夕食などはちゃんととるようにしていた。


「大丈夫ですよ。ちゃんと交代で食事作ってますし」


「でも親元を離れると親のありがたさが実感できますね。家事とかいろいろとやってるとすぐに時間とられちゃいますよ・・・学校がある日なんかは特に」


康太たちの今の生活サイクルはさほど変わってはいないとはいえ、学校が終わってから部活、あるいはすぐに小百合の店、あるいは春奈の修業場に向かい魔術師としての修業、そして一応二人で話し合い門限と定めた二十時までに今の住まいに帰ってこられるように行動していた。


ただ二十時に帰ってから家事やら食事やらを作っていると食べるのは二十一時前後になってしまう。


さらに言えば精霊の召喚のために魔力をためなければいけないのだ。これは文にしかできないためにこれがまた面倒なことになる。


朝ぎりぎりまで全力で魔力をチャージし、帰ってきてから再び魔力をため込んでも発動できるのは深夜過ぎになってしまう。


それから眠ってまた学校に行くとなるとやらなければいけないことで一日が終わってしまうためになかなか多忙になってしまうのである。


一時的にでも部活や魔術師の修業をいったん休止するべきかと思ったが、こういったことは今後もあるだろうとあえてこのハードスケジュールをこなすことにしたのである。


「幽霊とは・・・あの人もなかなかに面倒そうな依頼を持ってきたものだな・・・少なくとも力技で何とかなるようなものでもないか・・・」


「そうですね・・・うちの師匠みたいに壊してはい終わりじゃ絶対にダメですからそのあたりが何とも・・・」


「奏さんの依頼ではそういうわけにもいかないだろうね。とはいえそれが役に立てばいいんだが」


「ダメでもともとですよ。なるべく早くお返しできるようにしますね。相手は幽霊・・・っていうか精霊みたいなものですからどうなるかわからないですけど・・・」


幽霊=精霊という考えがあまり根付いていない、というかそのこと自体を知らない春奈はそうなのかと小さくつぶやいてから悩むようなそぶりをしてから康太のほうに視線を向ける。


いうべきかどうか迷ってから、春奈は小さく息をつきつつ康太のほうに顔を向けた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです。

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